『全員、指定区画内に避難完了しました』
「分かったわ。そのまま待機を。一人も捕まらせないから安心なさい……フフフ」
ファウストは手元のコンソールをリズミカルに操作する。画面には次々と、『High Levels Oxygen Supply』の文字が浮かんでいく。
そして、モニターには異変が起こり始めた。
『ぐ……ぐあ……!?』
『博士……何を!?』
画面には苦痛、苦悶にのたうつ者達。高濃度酸素を密閉空間に流し込まれ、酸素中毒を起こし始めたのだ。
「言ったでしょう……誰も捕まらせないって。その為の一番いい方法を取っただけよ?」
『まさか……俺達を!?』
『くそっ! 開けろ!! 出せぇええええっ!!』
朦朧とする意識の中で、叫ぶ。それを見てファウストは静かに言った。
「ご苦労様。ゆっくりお休みなさい……永遠にね」
これ以上、目障りな光景は見たくないと、ファウストはモニターを全て落とした。
「元々こうするつもりだったとはいえ……なかなか残酷ね」
部屋の壁に寄りかかったままのスコールが、言葉とは裏腹に眉一つ動かさずに言う。
「あら、私は慈悲深いと思うわよ? 彼らはどうせ”ISに全てを奪われた”人間なのだから、せめて新世界の為の生贄にでも使われれば幸福でしょう?」
改めて開かれたモニターには、外での戦闘が映し出された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シャルロット・デュノア、行きます!」
太陽の如き輝きを放ち、オレンジの翼が大洋を駆け抜ける。
その動きに対して、鈴達を包囲していたアンズーの小隊が向きを変えたのを、ラファール・ドラグーンのハイパーセンサーが捉えた。
シャルロットはそのままの速度でアサルトライフルを構える。ターゲットサイトが敵影をロックオンした。
トリガーが引かれると同時に銃口が砲火を放つ。遠方で火花が散り、爆発が起こる。
それを貫いて、数機が閃光を撃ち放ってきた。
―― レフト・シェル ガードモード ――
―― ライト・エッジ ブレードモード ――
左腕部のシールドでビームを防御しつつ、ライフルを収納。同時に右腕部にブレードを展開する。
スラスターウイングが更に出力を上げた。詰まる距離。アンズーから閃光が発射される。
「ッ――!」
身を捻り込み、閃光を躱す。ローリングと同時に更に加速して右腕を振るった。
ギャィイイイイインッ!
斬光と共に火花が散り、アンズーが爆散する。
「邪魔をするなぁあああああっ!」
豪炎を背に、シャルロットが吼える。怒れる竜姫の咆哮が爆音よりも激しく戦場に反響する。
更に向かってくる敵に、ブレードモードのまま右手にマシンガンを展開し、左手にはショットガンを展開する。
「押し通す!!」
速射と広範囲弾幕が、行く手を塞ぐ凶鳥の群を薙ぎ払う。
それでも、それを掻い潜って来るアンズーに、シャルロットがその身を持ち上げて足を振り抜く。脚部装甲が翼をひしゃげさせ、頭部をグシャリと潰した。
「どけぇえええええっ!」
そのまま力任せに振り抜き、更にブレードで斬り捨てる。しかし、更にアンズーの一軍が襲いかかり、シャルロットは舌打ちする。
「シャルロット、雑魚に構うな!」
「一気に抜けなさい!!」
ラウラと鈴が援護射撃を開始し、アンズーを迎撃する。行く手を塞ぐ敵を次々に落としていく。
「ありがとう、二人とも! 行くよ、ラファール・ドラグーン!!」
リンドブルムが一際強く輝き、スラスターウイングが一層強い力を放つ。
二人の援護を受けて、シャルロットは包囲網を一気に突破し、その手にアンチマテリアルライフルを展開する。
スコープに映る、デモニアの横顔。僅かにシャルロットの表情が辛そうに歪む。
(狙いはデモニアの推進用ロケット。可燃系燃料を使っていないから、被弾による爆発は起こらない……思いっ切り狙え!)
ターゲットをデモニアからずらし、腰から下――まるで巨大な四本足の様なロケットに定める。
「行け――っ!」
トリガーが引かれる。ズゥン! という強い衝撃と共に弾丸が銃口を飛び出す。
弾丸はアンズーの群の隙間を縫い、真っ直ぐにロケットへと飛ぶ。
―――バチィッ!!
「なっ!?」
フォー・リーフスの敷地上空に入った瞬間、弾丸が不可視の障壁にぶち当たり、弾かれてしまった。
ハイパーセンサーが中央施設をグルリと囲むようにして、展開されている高密度シールドを確認した。
「さっきまで無かった筈……今の一瞬で展開したの!? でも、それなら!」
シャルロットはアンチマテリアルライフルを右脇に退かし、レフト・シェルをバンカーモードに切り替える。
上空から、そして左右からアンズーの光線が襲いかかる。シャルロットはそれらを回避しつつ、一度後退。そして、振り返りざまにドラゴンホーンを突き出す。
バンカーから打ち込まれたエネルギーが空間に作用し、歪曲波動となってアンズーを纏めて彼方までふっ飛ばした。アンズーはそのまま為す術なく、障壁や施設自体に叩きつけられていく。シャルロットはそのまま一気に上昇した。
「道は開けたよ! 春斗、お願い!!」
―― 単一仕様能力(ワンオフアビリティー) 月華白麗 ――
シャルロットの真下を抜けるように、閃光が駆け抜ける。
甲武直上。ブルー・ティアーズと裏白式が、ステルスモードを解除し、その姿を晒していた。敵の防壁の存在を予測し、それを突破する為に潜んでいたのだ。
月華白麗。それはあらゆるエネルギーをゼロへと返す、絶対破壊の力だ。例え強固な障壁でも、エネルギーである限りはそれから逃れることは出来ない。
光の矢が障壁と激突する。さすがに膨大なエネルギー故に拮抗するが、しかしその決着はあっさりと着いた。
バキィイイイイイインッ!
砕け散る障壁。今度こそ阻むものはないと、ロケットに接近しつつ、シャルロットがアンチマテリアルライフルを構えた。
「今度こそ……これで!」
「終わりじゃねぇぜぇええええええっ!」
「何――グッ!?」
深紅の閃光が幾本も走り、シャルロットを撃ち抜く。衝撃にバランスが崩れたところに、猛スピードで突撃してくる機影。それはまっすぐにシャルロットにぶつかってくると、禍々しく開かれた八つの足でシャルロットを絡め取った。
その衝撃に、アンチマテリアルライフルが手からこぼれ落ちていく。
「お前は……オータムッ!」
襲ってきたのはISを纏ったオータムであった。シャルロットは八つの足にしっかりと押さえ込まれ、その鼻先には凶悪な笑みを浮かべた顔が突き付けられる。
「よぉ、昨日ぶりだなシャルロット・デュノア! フランスでの決着を付けたいんだろ? だったら今、遊んでやるよ!」
「このっ……アラクネなんて、ドラグーンのパワーで!」
アラクネを力尽くで引き剥がそうと、リンドブルムが輝き、ドラグーンの出力が上がる。
第二世代機のアラクネと第三世代機のラファール・ドラグーンとでは出力がまるで違う。数秒と経たずこの拘束は外れると、シャルロットは疑いもしなかった。
だが、アラクネの足はビクともしない。
「っ……!? そんな……!?」
その現実に驚き、シャルロットは目を見張った。単純なパワーでさえ強力なドラグーンが完全に押さえ込まれているのだから、彼女の反応も当然である。
だが、驚きはそれだけに留まらない。
「そらそら! こっちに付き合ってもらうぜぇえええええっ!」
シャルロットの体がカクンと揺れる。アラクネがスラスターに力を篭め、ドラグーンごとフォー・リーフスのプラントに向かって突撃を始めたのだ。
「くっ……ドラグーンが力負けしているの!?」
抵抗を試みるシャルロットだったが、しかしオータムの為すがまま、プラントエリアへと押し込まれていく。
「シャルロット!」
「僕はいいから、一夏は行って!!」
入れ替わり、後詰に動いていた一夏に向かって叫ぶ。障壁の無い今が、絶好のチャンスなのだ。
「一夏さん、行きますわよ!」
「………分かった。シャルロット、負けるなよ!」
セシリアに促された一夏は改めて、デモニアに向かって飛んでいく。
「大……丈夫! 僕とドラグーンは……無敵だから!」
猛スピードで押されながらも、シャルロットは徐々に拘束を押し返していく。
「ちぃ、うざってぇ!!」
オータムが苛立ちに顔を歪ませ、拳を握り固める。四肢を使って拘束を外そうとしているシャルロットに対して、オータムの両腕はフリー。つまり、シャルロットにはそれを防ぐ手段がない。
彼女の顔目掛けて容赦無く、文字通りの鉄拳が降り注ぐ。
「がっ!? がふっ! ぐぁっ!!」
「ほぉら、これでぶっ飛びな!!」
ギシギシという凶悪じみた音と共に眼前で握られた拳が、シャルロットの正面を打ち抜く。同時に拘束が外れ、シャルロットの体が施設を繋ぐ数本のパイプを粉砕して、床へと叩きつけられた。
「ぐっ……うぅ……!」
眩みに顔を顰めながら、シャルロットは立ち上がる。シールドダメージ自体は微々たるものだが、喰らった衝撃は脳を揺さぶるには充分であった。
「どうしたよ、シャルロット・デュノア。ドラグーンは無敵じゃなかったのか?」
「その機体……ただのアラクネじゃないね?」
シャルロットはゆっくりと降りてくるオータムを見やった。八つの足を持つISなど、アラクネ以外には存在しない。だが、そのパワーはアラクネと比較にさえならない。
「その通り。こいつはアラクネのフレームを改造して作ったI・S・E〈アルケニー〉さ!」
アラクネ――否、I・S・E〈アルケニー〉の背部には4つのコア・キューブが禍々しく輝いて、それと連結する八つの足とISアーマーは、元のアラクネよりも若干、重層感を増している。
オータムはアルケニーの装甲脚を広げ、凶悪な敵意を込めて叫んだ。
「くくく……さぁて、始めようぜ! フランスでの借りを返してやるよ!!」
「こっちこそ……今度こそ、決着を付ける!」
シャルロットが両手に展開させた銃を、オータムへと向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「始まりましたわね」
デモニアに向かって進行するセシリアと一夏は、シャルロットの落ちた場所から響き始めた爆音に視線を送った。
爆煙が何箇所からも上がり、張り巡らされたパイプラインが轟音を立てて崩壊していく。
それだけで今、どれ程の激突が行われているのか想像は容易だった。
『一夏。シャルの事は心配要らない。それよりも、あのオータムっていうエージェントがここに居るって事は――』
「サイレント・ゼフィルス。あれも、ここにいる可能性がありますわ」
既に施設上空に入っている。周りには背の高い建造物が立ち並び、それらを繋ぐパイプが入り組んでいる。
もっと高度を上げられれば良いが、アンズーの編隊が上を抑えており、遮蔽物がないと四方八方から攻撃をされてしまう。
「邪魔ですわっ!」
「どけっ!」
真正面から向かってきたアンズー四機を、セシリアが二機、一夏がすれ違いざまに残る二機を撃墜する。
墜落して爆発するのを後にして、一夏達は中心地近くまでようやく辿り着く。
発射施設はフォー・リーフスの中心――セントラルタワー最上部にある。後は施設下部から、一気に駆け上がるだけだ。
「っ!? 一夏さん!」
「何!?」
突如、センサーが警報を鳴らす。直後に両脇のタンクの影から、ビームが襲ってきた。それは、大きく弧を描きながら回り込んでくる。
「どわっ!?」
二人はギリギリでそれを躱す。目標を逸れたビームは壁を粉砕して消えた。
「この攻撃は!?」
ビームの曲射――偏向射撃(フレキシブル)。この能力はBT搭載機の特性。つまり、予想通りに待ち構えていたのだ。
「来るぞ!」
上方、正面から閃光。二人は両サイドに分かれて躱す。それを追い、ビームが曲がる。高度を一気に落とし、真上をスルーさせると、一夏は一気に加速した。
正面のガラスが粉々に散り、背後の壁に次々と弾痕が刻まれていく。
『敵影正面――いや、右側面だ!』
「くそっ! 速い!」
センサーが示すよりも早く、敵――サイレント・ゼフィルスが影へと消える。
「違うな。お前が遅いだけだ」
そして右側に飛び出したエムが、スターブレイカーのトリガーを引く。
「やらせませんわ!」
「チッ」
その時、エムの射線を塞ぐようにして上空から閃光が走る。射撃体勢に入っていたエムが、舌打ちしつつ離脱する。
「ここは私が引き受けます! 一夏さんは一刻も早く、デモニアを止めて下さいませ!」
「セシリア!?」
『サイレント・ゼフィルスは偏向射撃(フレキシブル)を使える! 今のセシリアさんじゃ……!』
「あら、私も甘く見られたものですわね。こちらはBT搭載機を一朝一夕で使っているのではありませんのよ? 例え向こうが偏向射撃(フレキシブル)を使えようと……負ける道理はありませんわ! さぁ、急いで!!」
「セシリア……分かった!」
『気を付けて!』
一夏らは切り返して、一気にセントラルタワーへと向かった。影から出たことでアンズーの攻撃に晒されるが、それを纏めて無視して一直線に飛んで行く。
「………」
それを見送ることなく、セシリアは展開していたビットを回収した。
「ふん、織斑一夏は行ったか。それで、貴様が私の相手か……セシリア・オルコット?」
同じく、ビットを回収したエムがゆっくりと上がってくる。
「えぇ。あなた方に奪われたその機体の件、そして箒さんに春斗さんの件……積りに積もった借りを、ここで纏めて返させていただきますわ!」
「くくっ。私が、フルスペックも発揮できない出来損ないの相手とは……役不足も甚だしいな」
バイザーに隠されて僅かに覗く口元が、ニタリと歪む。
「まぁ、いい。精々、私を退屈させるなよ……貴族様?」
「そちらこそ……私に喧嘩を売ったこと、監獄の中で反省なさい!」
同時に上げられたライフルが閃光を放ち、正面から激突した。爆ぜる光を合図に、二機の決闘は始まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「敵の数がまだ、二機ほど足りないわね?」
ファウストは戦場のモニターを見ていて、ふと違和感を感じた。ここに恐らく来ているだろうIS――ロシアのミステリアス・レイディと、日本の舞影が見当たらないのだ。
この二機のパイロットは『更識』に『辰守』という、裏側に属する人間だ。この場に出て来ない理由がない。
「………恐らく、既に行動を開始しているわ」
スコールが、ポツリと呟く。
「――なるほど。施設内部に潜入する気ね。なら、来客には相応の出迎えをしないといけないわね」
ファウストは脇のコンソールのスイッチを押す。画面に『クー・シー全機起動』と表示された。
「クー・シー……ファウストの城を守るのが”妖精の番犬”とは、ジョークが利いているわね」
「フフフ。さて、貴方はどうするの、スコール?」
「そうね……適当な所で引き上げさせてもらうわ。でもその前に……挨拶して来ても良いかも知れないわね?」
そう言うと、スコールはブロンドをなびかせてヒールを返した。
「貴女の想いの成就……心より願っているわ、博士?」
「ありがとう、スコール。生まれ変わった世界で、また会いましょう?」
シュン、とドアが開閉する音がして、スコールが部屋を後にすると、ファウストは再び、外部映像をモニターした。
「デモニアの発進まであと僅か……止められるかしら?」
見れば白式が、アンズーの追撃を受けながらもセントラルタワーへの直進コースを飛んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フォー・リーフス脚部下層にある貨物搬入口。海面から手が伸びて、二つの影が上がってくる。
「どうやら、向こうは上手くやっているようね」
極小サイズの酸素ボンベとマスクを外し、投げ捨てる。その下から現れたのは楯無の顔であった。
「敵は中央管制室にいる筈……急ぎましょう、会長」
もう一人――織羽もボンベとマスクを外し、腰に付けたバックパックから、銃を取り出す。
楯無も同じく銃を取り出し、警戒しつつ運搬口から施設内部へと踏み入る。見張りがいない事を確認し、その奥の運搬用エレベーターへと向かう。
少しの間を置いて、エレベーターが降りてくる。その大型のゴンドラに乗り込み、上層階へ。
時折、施設全体を揺さぶる衝撃にエレベーターが揺れる。
「取り敢えずは作戦通り……かしら?」
「そうですね。ファウストの身柄を確保すれば、デモニアの停止コードも解る……その為にも、こっちが失敗する訳には行きませんし」
ガコン。と、ゴンドラが揺れて、停止した。そしてゆっくりと、三重の扉が開いていく。
二人は警戒しつつ、シンと静まり返った通路に足を踏み出す。通路は足元の誘導灯のみで、数メートル先もよく見渡せない。
「おかしいわ。人の気配を全く感じない」
「確かに。でも、今は先に進むことが優先です」
まるで異世界に迷い込んだような異変を感じつつ、二人は通路を走る。
「ん? 会長、これは?」
織羽は脇のコンソールに目を止めた。何やらロックがされているようで、赤く点滅している。
「何かしら? ここは特に何もない部屋のはずだけれど……?」
事前に入手した、フォー・リーフスの地図を
楯無は不穏な気配を感じ取り、バンクルからコードを引き出して、電子ロックのコネクタに接続する。
数秒と経たずにロックが解除され、ドアが開いた。
「っ!?」
その直後、楯無の足を何かが掴む。思わず声を上げそうになるのを抑え、すぐさま銃のグリップでそれを殴りつけた。
「っ……何、これ……死んでいるの?」
しかし何の反応も示さないそれを、楯無は引き剥がした。見れば真っ赤に染まった目をクワッと見開き、恐怖と絶望に染まりきった表情を貼りつけたまま死んでいる。
一体何が起こったのかと、織羽はライトと銃を構えながら一歩、中に踏み入った。
そしてすぐに、飛び退く。
「織羽ちゃん?」
「ダメです。この中……多分、高濃度の酸素が充満してます。それに……あれを」
僅かにでも吸ってしまったのか、苦悶に歪む表情でライトを揺らして中を指し示す。
楯無が覗くと、驚愕に大きく目を見開いた。
何故なら、そこには何十といった数の死体が無残にも転がっていたからだ。そのどれもが今、楯無の足元に転がっているような表情で死んでいた。
「これは……ここの職員かしら?」
「死体はまだ温かい……死んだのはついさっきね。恐らくは口封じ……やってくれるわね、本当に」
楯無は胸糞悪いとばかりに吐き捨てる。
「っ! 会長!!」
織羽が声を上げた。同時に楯無もその場を飛び退く。直後に楯無のいた場所を銃撃が撃ち抜いていた。
「これは……っ!?」
「会長!」
気が付けば、通路の暗闇に無数の赤い点が光っている。誘導灯に照らしだされたそれは、四脚のローラーが付いた砲台のような姿。
「あら、もしかしてここの警備かしら?」
「随分とまぁ盛大な出迎えですね……本当に!」
自動攻撃機〈クー・シー〉に向かって、二人がトリガーを引いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うぉおおおおおおおっ!!」
上空から無数とも言える閃光が放たれ、一夏はただ只管にブースターの出力を上げる。
セシリアに後を託した一夏は、タワー正面の施設運搬路を低空で飛んでいた。
遮蔽物の一切ないそこは、最短距離であると同時に敵の攻撃にさらされる危険も大きい。
「どけぇっ!」
スプリットS―180度ロール&ピッチアップループ―で回り込んできたアンズーの編隊に、真正面から突っ込む。
ビームの走射を最小限の機動で躱し、手にした雪片で一閃。障害を纏めて吹き飛ばす。が、通り過ぎるとすぐに体勢を立てなおして追撃を掛けてこようとする。
「チッ! 春斗!!」
『両足をこっちに! 月乃雫機動!!』
白式の両脚部が漆黒に変じ、外装部の月乃雫が、後方に向かって砲身を向けた。
『墜ちろ!』
月乃雫から放たれた光弾が、アンズーを撃ち抜いた。墜落した機体が爆散して炎上する。
『最上部に高エネルギー反応! 一夏、時間がない!』
「分かってるよ!!」
『タワーまで残り280メートル! ピッチを上げて!』
「ブースター全開だ!」
機体を持ち上げ、タワーを舐めるようにして一気に上昇していく。
流線のように流れ、または歪む視界の中、白式はタワー最上部を超えた。
「見えた! デモニア!!」
間に合ったかに見えたその時。
『一夏、射線上から退避っ!』
「っ!?」
鳴り響く轟音。そしてロケットを勢い良く噴射させて、真下から突き上がってくる機体。デモニアがついに発進する。
「まだだ! 飛ばせるかよ!!」
一夏は零落白夜を発動。エネルギー無効化の風を叩きつけて、その静止を狙う。
『敵影補足。迎撃』
直後、デモニアが砲身を展開。白式に向かって砲撃を放ってきた。
「チィッ!」
すぐさま零落白夜を砲撃に叩きつける。輝く刀身に両断されて、閃光が弾け飛んでいく。
『射線クリア。テイクオフ』
「しまった!」
閃光の影に隠れたデモニアが、一夏の目前をかすめるように飛翔する。
あっという間に速度を上げ、白煙を残して通り過ぎていく。
「くそっ! 逃さねぇぞ!!」
『PIC及びブースター、リミット解除! 重力圏離脱モード!!』
ブースターが出力を最大に上げ、PICがその機能を全開にして、デモニアを追撃する。
「ぎぎ……っ!!」
キャンセルし切れない強烈なGに、一夏は奥歯を噛み締めて耐える。
『今の白式は単独離脱モード。通常は機動力に使われているPICを全て、重力影響下脱出にだけ向けている。敵の攻撃はろくに躱すことが出来ない。後、カノンモードも使えないからね』
『だったら……アクセルを踏み切るだけだ!!』
『上空、エネルギー体接近!!』
「ぐぅうううううっ!!」
雪羅を前面に構えて、シールドを展開する。直後、デモニアの放った光弾がそれを打ち叩いた。
『くそっ! 今のでまた距離が!?』
『まだだ……まだまだ……!』
白煙を貫いて、白式は更に加速する。既に機体速度は、第一宇宙速度にまで到達しようとしていた。
ガタガタと震えるブースター。ギシギシと鳴るフレーム。それでも尚、一夏は止まらない。
二機の残す軌跡は、さながらバベルの塔の如く、遙か天空の頂まで伸びていく。
『ぐぅっ……追いつけない!!』
『もうすぐ高度10000メートルを超える。対流圏を超えたら成層圏だ。気温が一気に上昇していくから、機体温度に注意して!』
『このままだと宇宙まで行きそうだけど……大丈夫なのか?』
『ISの全機能は無重力、無酸素空間での活動を可能とするから、このまま出ても問題はない……けど、出来るならその前にあれを止めたいね』
『宇宙なんて、行ったこと無いしな!』
『無重力下での戦闘は予想外の事態も起こりそうだしね……スペースデブリとか。当たったら死なないまでも、地球圏から吹っ飛ばされるかもね』
『うわぁ、ヤダなそれ』
青が深みを増して、蒼へと空が色を変えていく。対流圏を超えて、成層圏下層に侵入したのだ。
『とにかく今は、あいつを見失わない事だ。踏ん張れ、一夏!』
『分かってるよ!!』
悪魔と騎士の戦いは、その舞台を〈星ノ空〉へと移そうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「敵機、こちらに向かってきています! 数は約20!」
「報告は正確にしろ」
「敵機……23!」
「進路右に40度修正」
「アイサー。面舵」
「全攻撃システム起動。迎撃開始」
「了解」
甲武でも、いよいよ戦闘が開始される。
「敵機から攻撃、来ます!」
「総員、衝撃に備えろ!」
――ズズズゥウウウウウンッ!
「うわぁあああっ!」
海が飛沫を上げて大きく船を揺らす。そして甲武の機関砲や、コンテナミサイルから、次々に弾幕が放たれる。
「うはぁ! こりゃ凄いわ!」
フィリーは艦橋にいても耳に痛い発射の衝撃に感嘆の声を上げた。
「ミヤムラ、お前という奴は……ふざけているのか!?」
「ふざけてないわよ。だってこれ……本気の戦争でしょう?」
「っ……」
千冬はフィリーの言葉に言葉を詰まらせた。
戦争。そう、これは戦争なのだ。そして今、そこで戦っているのは自分の教え子達。
その切っ掛けは過去の自分で、そのツケの為に世界が本当に危機に晒されているのだ。
敵の策が成ればその時、世界の文明は一気に崩壊する。白騎士事件など本当に可愛いイタズラ程度だ。
「お楽しみの処をすまないが、余裕があるなら手を貸してもらえるかな?」
連音は振り返り、二人を見やった。
「あら、手伝えることなんてあるの?」
「この艦にはあと二機……予備のISが積んである。学園から運び込んだ〈特別機〉だ」
「それを使って戦えと?」
「そういえばハンガーに置いてあったわね。でも、何で今さら?」
「敵の出方が分からない以上、カードは伏せておくものだろう?」
連音はニヤリと笑う。向こうが専用機組で攻めてくることを予測していたとして、それ以外の戦力を何処まで読めるか。
とびっきりのジョーカー、世界最強の二枚を残しておいたのはその為かと、二人はすぐに理解した。
「了解。ま、ここで見てるだけってのも、体がウズウズするだけだしね」
「すぐに出る。用意をしておくように――「筆頭!」?」
「どうした?」
慌てた様子のオペレーターに連音が返す。
「ハンガーから誰かが出ていきます!」
「なんだと?」
すぐに甲板の映像がモニターに映る。放火と硝煙の中、現れたのは――。
「打鉄弐式……更識の妹か!」
連音はすぐに通信を開いた。
『更識の、何をやっている!?』
「私も……戦います!」
『馬鹿な事を。その未完成のISで何が出来る!?』
「確かに、この子は未完成です。でも、武装は積んであるから、砲台代わりにはなれます。シールドシステムは機能していますから、敵の攻撃を引き付ければ船の損害を抑えられます」
『言葉ではそうだろうな。だが……死ぬぞ?』
「死にません。絶対に……〈更識簪は絶対に死なない〉んです!!」
簪はコンソールを展開。向かい来る敵影に照準を合わせた。
(まだ、マルチロックオンシステムは出来てないけど……自力でなら合わせられる!)
素早くキーを操作して、敵をロックオンしていく。
「これで……きゃあっ!?」
発射しようとする簪に、敵の先制攻撃が放たれる。痛烈な一撃に弾かれて、背後の装甲板に叩きつけられる。
「ぐ……痛っ……!」
『PICもまともに機能していない以上、食らえば吹き飛ぶ。そんな体たらくで、戦えるのか?』
「っ……戦えます!」
背がズキリと痛む。絶対防御は命に関わるようなもので発動する。この程度では反応しない。
痛みに顔を歪めながら、それでも戦う事を簪は諦めない。
「私だって……私だって、専用機持ちなんですっ!!」
叫ぶ。痛みも恐怖も、弾き飛ばすように。
―― 敵 ロックオン ――
「うっ!?」
アンズーが打鉄弐式をロックオンした警報が表示される。簪はとっさに防御体勢を取った。
「――おっと、そこまでよ!」
「これ以上は、遠慮願おう!」
簪の両脇を、疾風が駆け抜ける。同時にアンズーの編隊が爆散した。
「あ……」
何が。そう思う簪の前には二機のISがあった。
「良い啖呵、切るじゃない。やっぱ若いのはそうでないとね~。そう思うでしょ、チフユも?」
「私に振るな。お前ほど老けたつもりはないのでな」
ラファール。リヴァイヴと打鉄。それを纏った世界最強の二人。
「しっかし、この〈エスキィースシステム〉って凄いわね。義手にもちゃんと反応してくれるんだもの」
フィリーは、左腕の装甲腕をギシギシと動かし、ニッと笑った。
「チフユの〈真打〉ってのはどうなの? 弟の作ったプログラムなんでしょ?」
「ふむ……まぁまぁだな」
千冬はそう言いながら、口元に笑みが浮かんでいる。
素直じゃないなと思いながら、フィリーは簪に振り返った。
「お嬢ちゃん。後のことなんて気にしないでバンバンやりなさい! 祖父ちゃんが言ってたわ。やりたい事とやるべき事が一致する時、物語は始まるって! 今がきっとその時よ!」
「何か違うような気が……でも、ありがとうございます!」
簪は改めて、ミサイルのロックを合わせる。
「さてさて、そんじゃ行きますか!」
「まずは邪魔者を排除するぞ!」
彼方には、鈴とラウラの戦線を抜けて迫るアンズー。戦局は更に拡大の一途を辿る。