IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第74話  黒の鍵/白の剣

 

蕾が開き、暗黒の空に大輪の花が咲く。開かれた花弁はクリスタル状であり、禍々しく紅い輝きを放つ。そこには一片の可憐さもない。

『あの花弁の全部が、コア・キューブのエネルギー結晶体だ……!』

『何て数だ……百やそこらじゃ足りないぞ!? っ――!!』

その姿に驚愕した直後、花弁がキラリと光ったかと思うと無数の閃光が白式目掛けて襲いかかる。

すぐに一夏は回避するべく飛ぶ。しかし、精密な狙いを付けていない代わりに、流星雨の如く圧倒的弾幕で襲い掛かる全てを躱すことなど不可能だ。

「雪羅、シールドモード!」

雪羅のエネルギー無効化シールドを展開し、防御する。しかし、それでも被弾を止められない。

「くそっ、弾幕が厚過ぎる! 近づけない!」

『一夏、僕と代われ! 裏白式ならこの距離で戦える!』

「だけど……裏白式の防御力じゃ、一気に落とされるかも知れないんだぞ!?」

『わかってる! でもこのままじゃ、手も足も出せない! それしかないんだ!』

「……分かった」

一夏は口惜しいながらも、春斗と代わる。白式が裏白式になり、宇宙の闇に溶けこむような漆黒の機体が現れる。

すぐさまウイングを広げ、虚空に羽撃く。その軌跡を追うようにして、閃光の雨が襲い掛かる。

「全く……幾ら意識がないからって、もうちょっと手加減して欲しいね!」

春斗は弓剣月影を展開。速度を維持しながら光の矢を引く。

 

―― 単一仕様能力 月華白麗発動 ――

 

キィイイイイイイイン――!

 

輝きを増す矢。その溢れる力を押さえながら、春斗は更に飛ぶ。それを追いかけて閃光の豪雨は容赦なく襲い掛かる。僅かでもコントロールをミスれば、あっという間に蜂の巣だ。

「中途半端な攻撃は返って不利を招くだけ。故に、狙うのは一撃必殺。最大級の攻撃で、一気に倒す!」

春斗は一気に切り返して弾幕を振り切り、そのまま射撃体勢に入った。引き絞った弦がギシリと鳴る。

「これで――!」

撃ち放つ。彗星は闇を切り裂いて、凶華を穿つべく真っ直ぐに飛んでいく。

その侵攻を阻もうとする流星を吹き飛ばして、ついに光矢は障壁と激突する。

静寂の世界を揺るがすように、光の欠片が際限なく飛び散る。

全てを穿つ絶対破壊の力と、鉄壁という言葉さえ生温い絶対障壁が、矛盾の名の下に互いを殺し合う。

数秒の拮抗の果てに――月華白麗が消滅する。圧倒的なエネルギー量が、無効化限界値を超えたために打ち消されたのだ。

『そんなバカな!?』

「くっ……! エネルギー総量に任せてのシールドなのは分かってたけど、一枚も抜けないなんて……っ!」

相手のエネルギー量が強大なのは分かっていたが、それでも障壁一枚さえ貫通できないという事態は想定していなかった。

動揺する春斗達を、ブラッド・ガーベラの容赦無い攻撃が襲う。ハッとしてすぐに動くが、弾幕があっという間に逃げ道を塞ぐ。

そして正面、高密度エネルギー反応に警報が鳴る。

『春斗!』

「月之雫!」

春斗はビットを全機切り離す。それを前面に置き、雫之刃(ティアーズダガー)を展開する。

直後、閃光が裏白式を呑み込んだ。

「ぐぐぅ……っ!」

視界全てを埋め尽くす禍々しい光の嵐。重ねられたビットの刃が直撃を防ぐが、一瞬でも気を抜けば、そのまま彼方まで吹き飛ばされてしまいそうだ。

『春斗!』

「くそっ、なんて威力だ……!」

光が収まり、どうにか耐え切る。だが、その代償に月之雫全機がバチバチとスパークを起こし、そしてセンサーがSE限界値を知らせる警報をけたたましく鳴らし続けている。

『接近距離まで近づけない、遠距離も通らない……なんてバケモノだ』

「一夏、あれを止めるには……月華白雪しかない」

春斗がその名を口にすると、一夏が驚きとともに声を荒げた。

『っ!? それは駄目だ! 月華白雪を使ったら、お前は……!』

「でも、アイツを止めるにはそれしかない。アイツを止められなきゃ……全てのISが破壊される!」

『ISが壊されるからって――』

「それだけじゃない。アイツが……デモニアがコアを破壊しようと仕掛けたらどうなる? 三年前のあの日、今年の夏休みと昨日の学園祭で何が起こったか……まさか、もう忘れたの?」

『っ……! それは……でもっ!』

「アイツがいつ、コアの破壊に移行するか分からない。今しかないんだ!!」

『ッ……!』

尚も続けられる言葉に、一夏は歯ぎしりする。

デモニアのエフェクト――コア・ディバイドが起こす副次的効果がどれ程か、言われるまでもない。

単機の起こしたものでさえ街一つ、そして学園のシステムをダウンさせる事ができる。

あの大出力で、世界中に散らばった全てのコアを破壊するために、世界中の都市機能を巻き添えにするという事だ。

その結果がどれ程のパニック、そして破壊を呼ぶことになるか想像するに容易い。

今正に、世界は未曾有の危機に晒されているのだ。だが、それでも――一夏は決断できない。

『だけど! 月華白雪を使ってアイツを止めて世界を守ったって……お前が消えちまったら何の意味もないじゃないか!! 俺が! 皆が! 誰のために頑張ってるのか……これじゃ意味が無いじゃないかよ!』

「……一夏。君はその手で僕をずっと掴んでいるんだ。だけど人の手は二本しかない」

春斗はギュッと、その手を握る。そして優しく微笑む。

「空いてる片手で救うには……世界はちょっと、大き過ぎる」

『っ……!? お前……』

ブラッド・ガーベラはこちらを近づけないよう牽制しながら、その態勢を変えていく。

敵は最終段階へと移行しようとしている。逡巡の時間は、最早無い。

「それにね一夏。もしかしたら……意外と大丈夫じゃないかな?」

『春斗……?』

訝しむ一夏を余所に、春斗は続ける。

「そもそも、僕が消えるとかって束博士がそう言ってるだけだし……ほら、僕って普段から行い良いしさ。こういう時、結構無事だったりするかも知れないよ?」

『春斗……っ!』

一夏は出掛かった言葉を止めた。その真意を、春斗の決めた覚悟を汚せないから。

『……本当に、消えないんだな?』

だから、代わりにその言葉に乗る。都合のいい解釈。何の確証もない言葉。

「消えないよ。だって、すぐそこに僕の体があって……何より、僕がそれを望んでない。もっと、生きていたいからね。それにさ、せっかく作ったあれ、無駄にしたくないし」

『それってあれか? 夏休みに材料買って作った、秘匿回線(シークレットチャンネル)を受信できるスピーカーだっけか?』

「そうだよ。あれ結構パーツ代高く付いてさぁ~。本当、無駄にしたくないよ、マジで」

『……そうだな。無駄にしたくないよな』

「うん、無駄にしたくない」

その中に見える真実を受け止めて、機体が黒から白へと変わる。

「――約束だ。絶対に消えるな!」

だから一夏は言う。それが叶わない願いだとしても。

『あぁ、約束するよ……!』

だから春斗は結ぶ。それが果たせない約束だとしても。

『さぁ、始めよう!! これが僕達の”再開(リスタート)”だ!!』

そして宇宙に瞬きの間――星が生まれる。

 

――止めろ。

流れ込む記憶。煩悶。寂寥。愁傷。歓心。随喜。そして思慕。それらが濁流となって一夏の中を駆け巡る。

 

――止めろ!

それは一夏のものではない。それは一人の少年の人生の軌跡そのもの。自在ならぬその身に苦しみ、それでも強く生きようとしたその道程。

 

――止めろ! こんなものを俺に見せるな!!

目を閉じようとも、耳を塞ごうとも、決して止められないそれは、半身にして対なる魂の全て。さながら遺言の如きそれを見て、一夏は慟哭する。

 

―― コア共鳴機動 月華白雪 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁああぁ………ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

虚空に慟哭が響き、光が爆ぜる。その中から生まれたのは、黒と白がコントラストを描く機体。

陰と陽、表と裏、光と闇、そして白と黒。対極を纏めて太極を成した――最後の輝き。

一夏は宙空に漂う雫を振り払い、その手に刃を呼ぶ。

その身に満ちた万能なる力とは真逆に、空っぽになったその内側。

世界などどうでも良い。ISがこの世界から消えようが、世界中が壊れようと構わない。

守りたい者を犠牲にして、それでも守る価値があるとは思えない。

だが、それを犠牲にして今、一夏は戦う力を得た。その背に負った十字架が、彼の心を激しい憤怒で焼き尽くす。

世界を守れと、春斗の最後の願いを叶えるために。

「春斗ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

その背の翼が、光子を巻いて羽撃く。その速度は福音やデモニアと戦った時の比ではない。

まだ、もしかしたら、すぐならば間に合うのではないか。縋るような思いが一夏の心を更に押す。

反応して迎撃を行って来るブラッド・ガーベラの弾幕を躱し、その障壁に刃を突き立てる。

バチバチと電光が走り、月華白雪の装甲を叩く。それに構わず、一夏は力で強引に雪片を押し込む。しかし、障壁はビクともしない。

逆に、ブラッド・ガーベラがエネルギーを結晶化させた弾丸を撃ち放って来る。その直撃を喰らって、起こった爆発に弾き飛ばされる。

「ぐぅうううっ!」

弾かれながら、一夏は雪羅をクローモードに切り替え、零落白夜の爪を撃つ。

突き刺さる爪が障壁を削り、その間に今度はカノンモードを構える。

「ぶち抜けぇえええええええっ!!」

えぐられたポイント目掛けて、荷電粒子砲が発射される。砲撃はしばしの拮抗の末に障壁を貫通。そのまま直撃する――

かに思われた。

 

バチィイイッ!!

 

「っ……!?」

貫通したその先に、更なる障壁。それが荷電粒子の波動を阻む。

砲撃は防がれたが、今の攻撃にブラッド・ガーベラは月華白雪を排除するべき対象として判断したのか、その態勢を変える。

開いていた花弁の半分が閉じ、代わってそのボディに無数のレンズが開く。

更に何十本もの巨大ワイヤーアームが出現し、その先端から一斉にビームが発射された。

それだけではない。エネルギー結晶の弾丸も一斉に発射される。

「チッ!」

嵐の如き怒涛の攻撃に、一夏は舌打ちしつつ一気に飛ぶ。敵の攻撃を強引に突っ切ろうと、速度を最大にまで引き上げる。

白い光子を残して飛翔する流星はブラッド・ガーベラの迎撃を掻い潜り、一気に切り返す。

「ウォオオオオオオオオッ!!」

ブラッド・ガーベラはすぐに、月華白雪に対する迎撃を再度開始する。一夏は構わずに、雪羅のクローモードを突き出し、一気に突撃する。

幾度も装甲を撃たれ、痛烈な衝撃が体を貫くが、歯を食い縛って耐える。

どれだけ頑強なシールドであろうとも、それさえ貫けば後はどうにでもなる。あの装甲を引き裂いて、これでもかと破壊し尽くして、そしてデモニアを引き剥がせば終わりだ。

どれだけダメージを受けようと――ここで決めれば。

「がぁああああああっ!!」

クローが障壁と激突して食い込み、突き出した雪片が障壁を破壊する。

相手が更に障壁を展開するよりも前にその切っ先を叩きつけるべく、瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に接近する。

「これでぇええええええっ!!」

 

ガキィンッ!

 

全力で繰り出す裂破の一撃。しかし、それは四方から突き立った刃によって阻まれる。

「っ!?」

刃の正体は、ワイヤーアームの先端に構築されたエネルギー結晶のブレード。それが雪片を挟み込んで押さえつけたのだ。

押すも引くもビクともしない。

「こんのぉおおおお……っ! 舐めるなぁっ!!」

雪片を押さえ込むブレードに、雪羅のブレードモードを叩きつける。クリスタルブレードに亀裂が走り、更に細雪で蹴りつけて粉々に粉砕する。

自由になった雪片を引き抜いて、今度こそとスラスター翼に力を篭める。

が、その一夏の眼前を覆い尽くす真紅の閃光。反射的に防御する。

「ぐあぁあああああ……っ!」

全身を暴風のような圧力が襲い、一夏はそのまま押し返される。

すぐに態勢を整えるも、せっかく詰めた距離はまたしても離されてしまった。

一夏は忌々しく舌打ちし、スラスターを全開にして加速した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

虚空に浮かぶ様々な光。それはまるで星のようでもあり、または命のようでもある。それらの光は星座のように幾重にも線で結ばれ、まるで分子構成模型のように見えた。

「これは……?」

『君にはそれが何なのか……分かる筈よ?』

彼の脇に立つ、魔導師のような装束の女性は少しだけ帽子のつばを持ち上げて言った。

春斗はその内の一つに手を伸ばす。近くにあるのに遠く、彼方にあるのに目前にあるそれに触れると、不意に流れるイメージ。

 

枝垂れ桜の並ぶ川辺。光の反射して麗美なる光景の中に佇む、灰桜色の甲冑に身を包んだ侍。

その手に携えた刀は、(はばき)より先が無い――無刃であった。

 

『これは〈暮桜〉と呼ばれた子の世界ね。この光の一つ一つが今まで生まれたISの固有世界。これらは全て繋がり、一つの存在を構成しているの』

「じゃあ、これがコア・ネットワークの全景……?」

彼はそれを見渡し、つい感嘆の声を上げた。

『そう。そして君は唯一、人の身でありながらこの世界に干渉することが出来る。その意味が分かる?』

「……そうだね。多分、それが僕の役目なんだろうなって、何となく感じるよ」

彼がそう答えると、女性は少しだけ憂いを帯びた顔をした。

『ならば私――門番(ゲートキーパー)が選びし〈黒の鍵〉たる少年よ。数多の願いに導きを。そして守護者と〈白の剣〉たる少年に―――神成る力を』

女性が手を振るうと、幾つかの光が彼の前へとやって来る。

「……待ってて、一夏」

彼はそっと、光に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

フォー・リーフスを制圧した箒達は、周囲を警戒しながらも、遠い青空を見上げていた。

何度も通信を試みるも、開放回線(オープンチャンネル)は勿論、個人回線(プライベートチャンネル)秘匿回線(シークレットチャンネル)も繋がらなかった。

「お二人は大丈夫でしょうか?」

「通信がジャミングされてるってことは、まだデモニアは健在って事よね。多分、まだ戦ってるんじゃないかしら?」

「……ですわね」

セシリアの呟きに鈴が返す。二人は過去のデモニアとの戦闘から、未だに戦いが続いている事を感じていた。

「姉さん。本当に私達には何も出来ないのですか?」

箒は姉に尋ねる。が、束は首を横に振る。

『残念だけど無理だね。コアに対する干渉を防ぐってことは、イコールネットワークから完全に切り離さないといけない。だけど、それをしたコアは二度とネットワークに復活できないし、独立可動(スタンドアローン)させた場合、いずれは機能停止するしかないのよ~』

「っ……! なら………っ」

箒は更に言葉を続けようとしたが、ハッとして思い直し、通信を開放回線(オープンチャンネル)から個人回線(プライベートチャンネル)へ切り替えた。

『――では、ISの本当の力ならば? 世界初のIS〈白騎士〉だけが有していたという神の欠片(ピース・オブ・ディバイン)――究極単一能力(アルティメット・ワン)』

『ッ……。その名前を箒ちゃんの口から聞くなんて……いや、もしかしたらって気はしてたかもね』

『それで……どうなんですか?』

箒が答えを促す。束はまた、首を横に振った。

『残念だけど、無理だね。だって、これに関しては束さんにも全然分からないんだよ~』

『でも、姉さんは白騎士を――』

『白騎士の時とは事情も状況も違うよ。あの時とはコア・ネットワークは比較にならない程に肥大化しているし、何より当時の究極単一能力の発動に関わっている二基のコアの内の一基は、最近まで機能停止状態だったからね~。天才束さんでも、時間ばかりはどうにも出来ないのだよ~、シクシク』

『……本当に、どうしようもないんですか?』

『無いね。……いっくんと春るん以外には、ね』

箒は悔しさに顔を歪め、通信を切った。

究極単一能力の現実を歪める力ならばもしかしたらという僅かな期待があっただけに、箒の絶望感は一入である。

本当に打つ手が無くなってしまった今、箒は自身の無力感に憤り、ギュッと拳を握る。

「何も出来ないのか? 私はただ、待つことしか……それしか無いのか!?」

 

 

 

―― そんな事はないよ? ――

 

 

 

声が聞こえた。そして、世界が一瞬で入れ替わる。

「これは……以前にも!?」

カラフルな光の粒子に彩られた世界。そしてそこに漂う自分と、もう一人。

「――春斗?」

名を呼ばれ、春斗はニコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「おぉおおおおおおおおおっ!!」

連続する爆発。静寂を切り裂く深紅の閃光が、闇に網の目を描く。

そして、その間を滑り抜けるようにして黒白の機体は舞う。すでにその純白の装甲はくすみ、漆黒の装甲はひび割れていた。

幾度と無く仕掛けた攻撃は、しかし尽く防がれる。

「っ――!」

視界の全てを破壊を呼ぶ閃光が埋め尽くす中、スラスターが白い光子を撒き散らし、天地左右を幾度と無く切り返して鋼鉄の鎧を加速させる。

 

――左肩部装甲ダメージ エネルギー残量27%――

 

「っ……はぁ、はぁ……はぁ……!」

ダメージも大きくなり、エネルギーも少ない。だが、それ以上に一夏の消耗が酷い。息は上がり、ズキズキと頭が痛む。少しでも気を抜いたら、そのまま気絶してしまいそうだ。

「はぁ、はぁ……くそっ!!」

ブラッド・ガーベラのレーザーを僅かに掠めながら、眼前に在る者へとその刃を向ける。

刃を握るその手に力が篭る。視線に捉えるそれは禍々しき物。世界に混沌を喚ぶ、宇宙に咲いた悪鬼羅刹なる狂華。

その花弁がきらめき、花粉が集束する。

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

虚空に響く慟哭にも等しい咆哮。それさえも呑み込まんと、正面から彗星の如き光波が迫る。

「斬り裂け、零落白夜ぁあああああああっ!!」

雪片弐型の光刃と光波が激突し、弾かれた光が飛び散る。流線となって宇宙に散る光の中で、一夏はその身を襲う圧力に抗っていた。

「ぐぐっ……ぅう……がぁあああああ……っ!」

ガタガタと揺れる刃。一夏の世界をまるごと呑み込んだかのような真紅の閃光に、必死に立ち向かう。

背のウイングも、全身のアーマーも、全てでそれに耐え続ける。だが、その差はハッキリと結果となって現れた。

「ぐぐ……ぅあああああああああああああっ!!」

濁流に消える月華白雪。その閃光は彼方まで届き、そして一夏を中位衛星軌道まで吹き飛ばした。

それを見届けたかのように、ブラッド・ガーベラは再び、地球へ向けて変形を開始した。

「っ……ぅぅ……」

光が消え、そして無音の空間に力無く漂うIS。力が入らない。エネルギー危険域を知らせる警報が鳴り続けているが、それがまるで遠くの出来事のように聞こえる。

「ちっくしょお……何で……」

一夏はうっすらとだけ目を開き、そして――涙した。

「なんで……おれは……こんなによわいんだよ……!」

大切な半身が自分を犠牲にしたというのに、自分はそれに応えることも出来ない。

「なんで……ちくしょお……っ!!」

顔を両手で覆い隠し自分の無力に咽び泣く。

 

「――な~に泣いてるのさ。似合わないよ?」

 

「っ――!?」

目の前に浮かぶ自分と瓜二つの顔。そしていつの間にか、世界が入れ替わっている。

それは以前、ラウラとの戦いで見た世界と同じものであった。

「春斗……? どうして……?」

「どうしてって……こっちが聞きたいよ。何でそんな情けない顔してるのさ?」

「ッ……! 誰のせいだと――!」

「ま、一夏のことだから『天才春斗君が頑張ってくれたのにボコボコにやられて悔しいよぉ』といったところかな?」

「内容に関してはその通りだけど……何だろうな、この言いようのない憤りは」

呆れて肩を竦める春斗に、一夏はフルフルと震える拳を必死に抑える。

「それより一夏。しっかりしてくれないと困るよ。今、君が負けたら世界は滅茶苦茶になるんだよ?」

春斗はそう言い、指を弾く。それは波紋となって、一夏に触れた。

 

『あーあ。織斑君達、みんな休みってどういう事~?』

『ていうか、生徒会の劇に行ってからみんな帰って来なかったし……どうなってんの?』

『織斑先生も今日は休みだって』

『はいはい。皆さん、席について下さ~い』

 

聞こえる声。そして脳裏に映るビジュアル。それは一夏のよく知るものであった。

「っ……これは、IS学園? うちのクラスの……?」

一組の教室。席に座る生徒達。そして一人、それを仕切る真耶の姿。

春斗はもう一度、指を弾く。

 

『おい弾! 昨日のあのメールに関して説明してもらおうか!?』

『貴様! 生まれた時は違えども彼女を作る時は同じという我らの誓を裏切ったな!?』

『んな誓をした記憶はないっ!』

 

「……弾」

「彼らは平常運転だねぇ……」

 

『会長。例の彼とはどうですか?』

『あの巨乳と雌雄を決するのはいつですか?』

『今度の学園祭、やっぱり招待するんですよね?』

『何なのよあなた達は!?』

 

「蘭ちゃん、大変そうだね」

「例の彼って……そうか、蘭も誰か気になる奴ができたのか」

「………マジで大変そうだな」

 

パチン。パチン。指が鳴る度、様々な場所、様々な人、様々な言葉が見え、聞こえてくる。

「……この世界は生きているんだよ、一夏」

「あぁ……生きているな」

今も、地球(あの場所)には普通に日常を送っている人達がいる。

あそこで生きている命がある。生まれる命がある。消える命がある。

それは永劫の営みであり、流れ続ける時の証である。

「守らなきゃいけないのは、僕の体でもISでもない。今、あそこに生きている人達の世界なんだ」

「わかってる。分かってるさ……だけど!」

一夏はギリッ、と歯ぎしりする。分かっている。誰にもそれを奪い取る権利など無い。だからこそ、守りたいと願うのだ。

だが、月華白雪でさえ――最強の切り札さえ、圧倒的エネルギーの前には無力だった。

自分がもっと上手く戦えたなら、違ったかもしれない。だが、既に戦う力はない。

「ダメだったんだ……俺じゃあ。俺には……何も守れない……!」

無力な自分が憎い。弱い自分が憎い。吐露する弱さが涙となって溢れる。

「―― 一夏。この馬鹿者っ!」

「ッ――!?」

突然、背に届く叱咤。驚きに振り返ると、そこには黒髪の少女がいた。

「ほ、箒……?」

「お前は自分の弱さに負けるのか!? 諦めてしまうのか!?」

「箒……だけど、もう」

「一夏さん。貴方は弱くなどありませんわ」

「そうよ。なのに、終わる前に自分で負けを認めちゃうの?」

「っ――セシリア!? 鈴!?」

両手に触れる手。セシリアと鈴が一夏の手を握っていた。

「一夏。僕達は勝ったよ。だけど、デモニアを止めることは出来なかったんだ」

「世界を、そして義兄上を救えるのは一夏……お前だけだ」

「シャルロット……ラウラ!?」

その手に重ねられるように、シャルロットとラウラの手が触れる。

「織斑君。勝利はいつだって、抗うことを諦めなかった人にだけ与えられるのよ?」

「大丈……夫。だって、あなたは強いもの」

「私が鍛えてあげたんだから、情けない結果なんて許さないわよ?」

「織羽……簪……楯無さん」

肩に触れる両手。織羽がその背を押す。

 

「一夏さん。貴方は一人ではありません」

「何時だって、何処に居たって……独りなんかじゃない」

「僕達は、一夏を信じてるよ。だから立ち上がって?」

「諦めるな一夏。お前ならば出来る。かつて私をVTシステムから救ってくれたように」

「福音にやられても、立ち上がったように……織斑君になら出来るわよ」

「私の特訓を乗り切った根性、今こそ見せなさい」

「頑張って……!」

激励の言葉を残し、彼女達は消えていく。

「一夏……」

「箒……」

ただ一人残った箒から伸ばされる手が、一夏の頬にそっと触れる。

「喩え無間の狭間があろうとも、それさえも飛び越えて私達はお前の背を守ろう。喩えお前が力及ばず倒れようと、私達は必ず、その背を支えよう。だから……戦え、一夏!」

ぱぁん。と箒が光となって消える。だが、その言葉は勇気となって一夏の中でドクン、ドクンと脈動する。

「皆……ありがとう」

一夏は目を閉じてそう呟くと、強い輝きを取り戻した瞳で春斗を見据えた。

「春斗、俺は守りたい……これまで関わった全ての人を! これから関わる全ての人を!!」

「出来るさ。君が望むなら……きっと、奇跡だって起こせる」

「だったら……起こすさ。奇跡ってヤツを!!」

 

世界が弾け飛び、再び無音の虚空へと還る。一夏はキッと凶華を見据える。

警告音(アラート)が鳴り響く。だが、一夏はそれに構わず、両手を握りしめた。

 

分かる。白式に触れた時と同じように――いや、それ以上に明確に。今から起こるそれ(・・)がどういう意味を持つのか。

「行くぜ、月華白雪!」

一夏が叫ぶ。それに応え、一つの表示が現れた。

 

 

 

―― Accessed Core Network ――

 

―― 究極単一能力 天雲無限(インフィニット・ストラトス) ――

 

 

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