戦場となった太平洋上施設〈フォー・リーフス〉は辰守家、更識家の人間によって、再度の調査が行われた。
施設内にあった死体は、亡国機業に与した技術者や元軍属者などであり、やはり生存者は一人もいなかった。
残されていたデータも亡国機業に直接繋がるものはなく、それらは全て物理的に破棄されたという報告が上がっていた。
デモニアを始めとするI・S・Eや、コア・キューブに関するデータも同様で、好く捉えれば対IS兵器の存在が無くなったとも取れるし、悪く取れば亡国機業がそれを所有しており、未だに脅威は残っているとも言える状況であった。
しかし、だからといってコア・キューブやI・S・Eの存在が世間に知れれば、間違いなく混乱が生じる。再び世界のバランスを崩壊しかねない存在は、やはり秘匿されておくべきなのだ。
――アラスカ IS委員会本部 大会議場――
『どういうつもりですか、議長!? 織斑一夏への対応が〈現状維持〉とは!!』
バシン! と、テーブルを強く叩く音がモニター越しに響く。アラスカくんだりまですぐに来れない委員は、通信でこの会議に参加している。
その委員は議長から提案された案を知るや、憤った。
織斑一夏による〈究極単一能力〉の発現。そして同時期に次々に報告されるISコアの異常反応。
その二つの事柄を無関係と思う者はいない。それを抜いても、〈究極単一能力〉の発現は、IS委員会を色めき立たせた。
すぐに彼の身柄と彼のISを学園から引き取り、委員会の管理下に置くべきだと。
しかし、委員長である男性は委員全員に対してこう言ったのだ。
「織斑一夏に関して、今後も同様の観察を継続する」と。
それに対して先の委員程ではないが、全員が同じような考えであることは、その顔を見れば一目瞭然であった。
IS委員会は表向きではIS運営規則、ISデータの収集管理を行なっている。しかしその裏では、究極単一能力に関してのデータを集め、そのメカニズムを解明することを主としている。
その裏の目的があるからこそ、委員長の案に対してこの反応を示したのだ。
「逆だよ。だからこそ、現状を維持するべきなのだ」
委員長は両の指を組み合わせてテーブルに肘を付き、全員を一瞥した。
その言葉の意味を探るような視線に、委員長は言った。
「織斑一夏が究極単一能力を発現した。その事実は確かに重要事項である。しかし真に重要なのはそこではない。彼のデータを収集することは、イコール究極単一能力の原理が明らかとなるかもしれないという事だ」
「だからこそ、彼の身柄を委員会で……」
「彼――織斑一夏の身柄をIS学園預かりとしたのは彼の存在が貴重であり、こちらとしても彼の処遇をどうするか……それを纏める時間が必要だったからだ」
「………」
「それもまだ纏まり切っていない現状、彼を委員会預りにするのは得策ではない。そして学園から切り離して、彼の身柄を守りきれるのか。それならば現状を維持して、データの収集に力を入れる方が得策ではないかと」
委員長はそこまで言うと体を起こした。ギシ。と、背もたれが音を鳴らす。
「IS学園に居る限り、彼は各国の専用機持ちや代表候補生、そして教員によって守られる。こちらはデータ収集に専念できる上、彼に対して悪印象を与えることもない。特にあの……〈天災〉にもだ」
「っ……」
天災。その言葉に全員が顔を顰める。それが意味する人物はただ一人――篠ノ之束だ。
表向きではISを作り上げた世紀の大天才。しかしもう一つの顔は世界的大事件を起こした愉快犯。
下手に刺激をすることの恐ろしさは言うまでもない。
「究極単一能力の発現は確かに僥倖だ。しかし、状況は白騎士の時とは違う。その所在は明白であるし、データ収集にも協力的だ。身柄の安全をしっかりと考慮すれば、三年間は安泰だろう。その間に体制を整えることに専念すれば良い」
そう結ぶと委員たちは皆、黙りこくる。確かに、下手に委員会預りにすると彼の安全もそうだし、各国に対しても、そして篠ノ之束に対しても変な刺激を与えてしまうかも知れない。
そうなれば何が起こるか。想像することさえ恐ろしくなる。
そんな危険を犯してまで、一夏を直接の管理下に置く必要性を、彼らは見いだせなかった。
彼らの目的は究極単一能力の原理を明らかにすることであり、織斑一夏を守ることではないのだから。
「では、決を取ろう。私の案に反対の方は挙手を」
委員長は全員を静かに見回す。委員達は沈黙をもってそれに応える。
「―――では、満場一致にての可決という事で。では次の案件を……」
――???――
円形の会議場。その中央に空間投影モニターが浮かぶ。そこに映っているのはIS委員会の会長であった。
「それで、委員会はどうなったのかな?」
子供特有の、高い声が響く。
『織斑一夏に対する処遇は今まで通り、観察とデータ収集ということで落ち着きました。裏で手を回す国や組織があるかも知れませんが……』
「それは今までもあったことだよ。まぁ、許容範囲だ。ご苦労様」
『では、失礼します』
ブツン。という音を立ててモニターが消えると、会議場に照明が点灯する。
そこはシンプルながら、しかし重厚感と荘厳さを兼ね備えた――まるで中世ヨーロッパの裁判所のような姿であった。
半円状に並べられた席に、人種も年齢も性別も様々な人間が座っている。
皆一様にして、常人のそれとは比較にならない程の――覇気とでも言えば良いのだろうか――王の如き強い気配を纏っている。
その中でも最も異質なのはテーブルの再奥。彼らを統べる者が座るであろう場所に座する、一人の少年。見た目は12~3歳ぐらいだろうか。長い黒髪を束ね、その身をシンプルなデザインながら細かい刺繍の目立つ、上等な衣で包んでいる。
「それじゃ、報告を聞こうか。いいかな、スコール・ミューゼル?」
「はっ」
照明に照らされない闇の向こうから、ブロンドの美女――スコールが現れる。ただし何時もはスーツ姿である彼女だったが、今日はその装いが違っていた。
白地に金の縁取りを施した、前面と背に赤い十字架が描かれた、法衣のような物で身を包んでいた。
「ご推測の通り、I・S・E軍は全機敗北。ファウストは死亡を確認しました」
「うん。まぁ彼女も一時とはいえ、ISをあそこまで追い詰めたのだから満足だろうさ。それで、君の部下は?」
「はい。オータム、エム両名ともに回収しました。ですが、エムはともかく、オータムはダメージが酷く、しばらく任務には付けません」
「いいよ。充分に働いてくれたからね。ゆっくり養生するよう取り計らっておいて。観測データの方は?」
「そちらもご推察の通り。コア・ネットワークは活性化し、次のステージに進んだものと。詳しいデータはこちらに」
そう言って、スコールはデータを転送する。それを確認し、少年は満足そうに頷いた。
「うんうん、順調だね。これなら、もうそろそろ次の段階に進めるね。あ、I・S・Eのデータはどうした?」
「フォー・リーフスにあった物は破棄してあります。残るはこちらで管理している物だけです」
「じゃあ、それも全部破棄しておいて」
「なっ!? お待ち下さい!!」
少年の思わぬ発言に、一人が驚きとともに声を上げた。
「I・S・Eやコア・キューブにはまだ、商品としての利用価値があります。なにより、投資した額も額ですし、それを処分するというのは……」
「必要ないよ。我々〈
薄い笑みを浮かべながら、しかしその瞳は冷酷さに光っていた。一周以上も歳の離れた相手に睨まれ、息を詰まらせる。
「所詮、悪魔が神に成り代われる筈もない。あれの役目はISの進化を促す事。それも終わった以上、お役御免だよ。スコール・ミューゼル。コア・ディバイドの効果は……もう効かないだろう?」
少年が言うと、並ぶ面々が驚きに目を見開いた。そしてスコールもまた、驚きに眉を動かしていた。
「確かに……私の
「どういう事ですか?」
「死の恐怖によるコアの破壊。だけどね、死に対する恐怖なんてものは……慣れるんだよ。正確に言えば、コア・ネットワークが進化したことで、耐性が生まれたんだ」
クスクス。と、嬉しそうな顔をする少年。更に続けた。
「これから僕らの活動も次の段階に進む。確かにI・S・Eに出費した額は相当なものだけど、無駄になったわけじゃない。充分に役割を果たしてくれた。そうだろう?」
少年は全員の顔を見回す。沈黙を肯定と捉えて、少年は立ち上がった。
「諸君。我々は永らく世界の闇に潜んできた。何故か? それはこの世界を見守るためだった……主の代わりに」
今までとは違う静かな――しかし、どこまでも強く響く。それは少年とは思えない程に迫力を秘めていた。
「だがしかし、世界はその間どうであったか? 繰り返される侵略戦争と植民地支配、二度の世界大戦、そして世界を東西に二分する冷戦。その果てに人類は愚かにも、地球を幾度も滅ぼす量の核を抱え込んだ」
少年は、沈痛の面持ちとでもいうように頭を振った。
「かつて世界に邪悪が満ちた時、神は大洪水で世界を浄化した。邪悪に満ちたソドムとゴモラは、天の裁きによって滅んだ。そして今……世界には、かくも邪悪が満ちている」
少年は政治家のように大きく手を振り上げる。その姿はまるでシーザーか、それともカエサルか。
「国が乱立する限り、世界から争いは消えない事を我らは知った。故に、神の名の下に世界は真に一つにならなければならない。邪悪に満ちた世界は浄化されなければならない。しかし、それを為して良いのは神のみ。故に我々は神の降臨する器を用意する。そのためのインフィニット・ストラトス。神の卵こそ、この世界に残された唯一の純粋無垢なる依代だ」
少年は高らかに叫ぶ。大劇場の舞台とでもいうかのように、大仰にその両手を振り上げた。
「我らは〈亡国〉の糸を以って世界を〈機織〉の如く一つにする神の使徒――〈亡国機業〉」
天井を仰ぐ。そこには聖書の一片を描いたステンドグラスがあった。
「世界は正しい歴史を歩まなければならない。そうでしょう……篠ノ之束?」
誰にも聞こえないほどの小さく呟き、少年は薄く微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの戦いから暫しの日が経っていた。
一夏達は月末のイベントである『キャノンボール・ファスト』に参加した。
日が空くとはいえ、あれだけの戦いの後にイベントに参加するなどと、さすがに冗談だろうと皆は思ったのだが、千冬の最後通告に一同は顔を引き攣らせた。
そして――本当にキャノンボール・ファストに参加することとなった。
大会自体は大した問題も起こらず、白熱したレースが行われた。超高速の戦いを制したのは誰だったのか………それは割愛する。
そして現在――。
ガシャン。
自動販売機が音を鳴らす。取出し口から缶を取り出し、一夏は「ふぅ」と溜め息を吐いた。
キャノンボール・ファスト開催日。その日の夜。それは一夏と春斗の誕生日であった。
そんな日に一夏は何をしているのかというと……織斑家で行われている誕生日パーティーの主賓であるにも拘らず、ジュースの買い出しに来ていた。流石に十本もの量を一人で抱えるのはなかなかに難儀だ。
「えっと……紅茶に緑茶、コーヒー、烏龍茶、スポーツドリンクに炭酸………誰だよ、ほうじ茶オ・レなんて頼んだ奴は?」
袋の中身を確認し、一夏は独りごちた。
コンビニで買い、そして道すがらにある自販機で買い、ようやく全部を揃えた一夏は自宅の方へと足を向ける。
「ん……?」
その時、街灯の明かりの向こうに影が見えた。上半身は光が当たらずに見えない。しかし光に照らされているスカートや、ぼんやりと見える影が小柄であることから、女性であると思われた。
「………」
一夏は無意識に警戒していた。その人影は、まるで一夏を待っているかのようにそこに佇んでいる。
一歩進み出る。すると、向こうも合わせたかのように一歩踏み出して、その全身を光のカーテンに晒した。
背中まで伸びた黒髪をした15、6歳の少女。その顔を見た時――一夏は驚きに目を見張った。
「お前は……誰だ?」
驚愕に震えながら、一夏は何とか言葉を吐き出す。
「……私はお前だ、織斑一夏」
少女はそう言って、
「私の名は……織斑マドカ」
「織斑……マドカ?」
織斑の姓に千冬に瓜二つの顔。それが何を意味するのか、一夏には理解できなかった。
腰に回した手が、ゆっくりと前に伸びる。そこには黒光りするピストルが握られていた。ご丁寧にサイレンサーが付けられた銃口を躊躇なく一夏に向ける。
「私が私であるために……貴様はここで死ね」
「っ――!」
そのトリガーに掛けられた指が、引き曲げられた。
プシュッ! という空気音がして、一夏目掛けて放たれる鉛玉。それは僅かゼロコンマ秒と経たずに一夏を貫くだろう。
一夏はとっさに両手で防御姿勢を取った。そんなもので防げる筈もない。だが、それ以外に抗う術を一夏は持たず、銃殺の運命を受け入れる以外に選択肢は無かった。
いずれ来るであろう激痛に一夏は歯を食いしばった。
――パチィン!!
眼前で何かが破裂したような音が起こり、鼓膜を激しく叩く。しかし一夏を襲う筈の衝撃は幾ら待っても来ない。
「っ……?」
一夏はそっと、腕を退けて視界を開けた。果たしてそこにあったのは一夏を守るように浮かぶ黒い影と、その向こうで驚きに目を見開く織斑マドカと名乗った少女だった。
「これは……
一夏は目の前に在って凶弾を阻んだ物の名を口にしていた。これを操れる人間は世界にたった一人しかいない。
「それ以上は遠慮してくれるかエム……いや、せっかく自己紹介したんだから『マドカ』と呼んだ方が良いかい?」
声は一夏の背後からした。ゆっくりとした足音が、こちらに向かって来ている。その音は、やがて後ろの街灯の辺りで止まった。
「お前は……!」
スッと伸びた背。少しだけ細い顔のラインが照明に照らされて、更にそれを増しているように見える。
一夏そっくりの顔立ちの少年は、街灯に背を預けて指を揮った。
「っ――!?」
気が付けばマドカを包囲するように、
それを察せれなかったことに、マドカは大きく舌打ちする。
「は、春斗……!?」
「やぁ、一夏。久しぶり」
驚きに声を詰まらせる一夏に対して、春斗は軽く手を振って返す。
「織斑春斗……貴様!」
ギリ、と苦々しくマドカは吐き出す。
「ここは大人しく退いてくれないか? 住宅地のど真ん中でドンパチなんて……後始末が面倒なだけだろう?」
「うるさい!」
マドカが殺意とともに銃口を動かす。その瞬間、凶器を閃光が穿っていた。
「言っておくけど、僕も射撃には自信があるんだ。君がISを展開するよりも早く……君を正確に撃ち抜ける。試してみるかい?」
マドカが衝撃に痛む手を押さえる。しかし、その瞳の殺気は薄れるどころか更に激しくなっている。
「何故だ? 何故、貴様はその男を守る!? お前も私と同じ……その男の影だろうに!」
「っ……影、だと?」
マドカの言葉に一夏はハッとして振り返った。だが、マドカに瞳は既に一夏ではなく、春斗だけを映していた。
「影ねぇ……なら一夏は、さしずめ太陽とでも言ったところかな?」
春斗は警戒を緩めず、少し考えるような素振りで返す。
「そうだ。私もお前も織斑一夏という太陽に照らされなければ存在できない……あの月の様にな」
マドカはチラリと、空を見やった。そこには美しい満月が星と共に輝いている。
「月か……そんなに悪いもんじゃないでしょう。僕は好きだよ?」
スッと静かに手を持ち上げ、春斗は天蓋の中心で輝く金色の真円を指差した。
「太陽は星を遮って闇を消し去ることしか出来ない。だけど月は違う。月だけが、星と共に闇を照らすことが出来るんだ」
マドカはただ、春斗を睨み続ける。
「自分で輝けなくても良い。独りきりで光る太陽よりも、瞬く星と一緒に輝ける月の方がずっと良い」
「………そうか」
暫しの睨み合いの末、マドカがポツリと零す。そして殺意の色に満ちた瞳で言った。
「なら……今からお前も敵だ」
「何時でも受けて立つよ」
「………」
憎悪の瞳をそのままに、マドカはゆっくりと闇の中に下がっていく。
やがて姿が消え、足音が消え、気配が消えて行く。そうして濃密な殺気が薄らいでいくのを感じると、一夏は自然と溜息を吐いていた。
「はぁ………一体なんだってんだよ。あ、そうだ。春……っ!?」
向き直った一夏が息を呑んだ。街灯に寄りかかっていた春斗の体がズルリと崩れ落ちていったのだ。慌てて駆け寄って、その体を抱える。
息が荒く、顔色が悪い。街灯に背を預けていたのは余裕ぶるためではない。立っていることもやっとで、支えがなければ倒れてしまうからだったのだ。
「春斗! しっかりしろ!!」
「ごめん……もう、限界」
ジワリと滲む汗。顔色もどんどん悪くなっている。
「待ってろ! すぐ病院に――」
「一夏くん、こっちに!」
「楯無さん!?」
慌てた様子で楯無が駆けてきた。まるで一人用ソファのような機械仕掛けの車椅子を押している。
どうして彼女がここに居るのか。何故車椅子を押しているのかを理解するよりも早く、一夏は動いていた。
春斗の体を抱き上げ、楯無の持ってきた車椅子に乗せる。すると甲高い音を車椅子が鳴らし、あれ程に乱れていた春との呼吸が静まっていくではないか。
これはどういう事だと、戸惑う一夏に楯無は言った。
「これは国立医療技術研究所――医技研の試作品でね。ISに使われている生命維持システムを取り入れた特別製なのよ。まだ、春斗くんの体調は万全じゃないから、これがないとまともに動けもしないのに――」
「はぁ……いやぁ、死ぬかと思った」
復調した春斗がヤレヤレといったように肩を竦めると、頭に衝撃が走った。
「痛っ!」
「君ねぇ、幾らなんでも無茶をし過ぎでしょう? 見てるこっちがハラハラしたわよ!」
本気で呆れる楯無に、春斗はごまかし笑いを浮かべながら謝った。
「あはは……すみません、生徒会長。一夏もごめん。心配かけて」
「あ……いや、俺も助けてもらったし。ていうか、何でここに?」
「それより先に、ここから移動しましょう? 騒ぎを駆けつけて人が来るかもしれないしね」
質問を制して、楯無は車椅子を押し出した。一夏はその後を慌てて追った。
「……それで、どういう事なんです?」
家への道程の最中、一夏はもう一度尋ねた。
「一応、一通りの検査は終わって異常は発見されなかったから、今後は学園の方で預かることになったの」
「もう、検査検査で飽き飽きだよ」
「学園でって……でも、春斗はIS適性が………あれ?」
そこで首を傾げて言葉を止める。
「お前、さっき……ビット使ってたよな?」
「使ってたよ?」
「お前……IS適性無かったよな?」
「現在進行形でないよ。この裏白式以外にはね」
そう言ってコンコン。と、肘置きを叩くとカシャンと開く。そこには黒いリングが収められていた。
「それは……でもどうして?」
「その”どうして”はどれに対して? 適性が無いのにISを使ったこと? それとも身に着けてないのに使ったこと?」
「両方だよ」
「後者は前に剥離剤を使われたことがあったでしょ? あの時、影響を受けたのは白式だけじゃないって事。前者に関しては……裏白式のコアにだけ、適性があったって事だね」
「そんな事ありえるのか?」
「実際そうなんだから仕方ないよ。そもそも、裏白式のコアは今まで、誰にも動かせなかったものだったらしいし」
春斗はリングを車椅子に押しこむと再び蓋が閉まり、その繋ぎ目が消える。
「この車椅子はまだ試作品だから、バッテリー系が未完成なんだ。で、裏白式がそのバッテリー替わりをしているんだ。というか、この車椅子が無いとあと数ヶ月はベッドの上だからね」
「そんな無理して、どうして?」
段々と、家の明かりが近づいて来る。織斑家の明かりだ。
「無理ぐらいするさ。今度の誕生日は一緒に祝ってもらうって約束してたからね」
そう言って笑う春斗に、一夏はハッとした。臨海学校の帰りにした、最初の約束だったからだ。
「いっぱい約束しちゃってるからね……これからが大変だよ」
「………そうだな」
一夏は律儀な春斗に口元を歪め、そう返した。
「じゃあ、一夏くん……はい」
楯無は押していた車椅子から離れた。その意図を察した一夏は、持っていた袋を腕に掛け、楯無に代わって車椅子のハンドルを握った。
「それじゃ、行くか」
「うん。よろしく」
二人は視線を合わせて、そして一夏はグッと両手に力を込めた。ゆっくりと車輪が回り出し、玄関の明かりが近付いてくる。
先に回った楯無が、その戸をガラリと開け、車椅子はその中へと吸い込まれていく。
これから、少年は結んだ約束を一つ一つ果たしていく。だが、まずはこれを言わなければならない。
「「――ただいま!」」
玄関口に元気よく、二つの声が重なって響いた。