時系列的には最終話とエピローグの間ですが、展開上挟めなかったので。
全ての戦いが終わり、巡洋艦〈甲武〉は船の修理を行いながら微速にて、IS学園へと向かっていた。
その艦内。医務室のベッドには救出された春斗が眠っている。その傍らに座り、千冬はぎゅっと手を握っていた。
「あなたも少し休んだら? 何だかんだで疲れているでしょ?」
そう言ってフィリーは湯気の立つ紙コップを渡す。中身は珈琲ではなくハーブティーだ。その優しい香りを匂いながら、千冬はそれをすする。
「いいや、大丈夫だ。今は……少しでも、この子の傍に居てやりたい」
「……そっか」
「それより、他の面子はどうした? さっきまではやかましかった筈だが?」
千冬はドアの方を見やった。つい先刻まで、一夏や箒、鈴、シャルロットらが春斗と一緒に居たいと騒いでおり、喧しさの余りに部屋から叩きだしたのだが、今はずいぶんと静かだ。
「張り詰めていた糸が切れたのね……皆、揃ってお休み中よ。まぁ、とんでもないプレッシャーの中で戦い続けたんだから、当然かしらね」
フィリーは苦笑しつつ、面々の寝顔を思い出した。戦いの興奮と緊張が薄れて疲労が顔を覗かせだすと、まずは簪が落ちた。それを引き金にシャルロット、セシリア、鈴、楯無と落ちて、ラウラと一夏が揃って落ちた。
通路に崩れ落ちた面子を箒と織羽が仮眠室へと運び込むもベッドが足りないので二人ずつ押しこむと二人にも疲れが出て、眠りに落ちた。
「――そうか。皆、よくやってくれたからな」
「そういうの、ちゃんと言って上げなさい? きっと喜ぶわよ?」
「死んでも言わん」
「素直じゃないわねぇ、本当に」
「そういう性分だ。今更、変えられん」
千冬はフイッと顔を背けた。その子供のような仕草にフィリーはつい失笑し、部屋を後にするのだった。
日も傾き出した頃。IS学園の桟橋に甲武が到着する。既に更識、辰守両家の人間が待機しており、直ぐに春斗の移送が開始される。それに合わせ、楯無と織羽も共に学園を離れていった。
それを見送って、一夏達はようやく、事件の終幕を実感できた。船で仮眠を取ったとはいえ、やはり疲労は大きく、すぐにでも休みたいと体が懇願している。
「さぁて、部屋に帰ってシャワー浴びるか。さすがにもう、クタクタだぜ」
「一夏さんは宇宙まで行かれましたものね。さすがに今日は、私もシャワーを浴びてすぐに寝ますわ」
「お腹空いてるんだけどね~。食べる気力がないわ」
一夏達はこれ以上は限界だと、帰寮の途につく。と、その背中に千冬からの声がかかった。
「あぁ、お前たち。今月末に行われる〈キャノンボール・ファスト〉の準備を忘れるなよ?」
「「「「「「「――え? えぇええええええええええええええええええっ!?」」」」」」
全員は思わず耳を疑った。今月末――九月二七日に行われるキャノンボール・ファストのことは知っている。
だがしかしだ。これだけの激務をこなした後で、一週間後のイベント参加など、正気の沙汰ではない。機体ダメージチェックや調整、バランス変更、パッケージインストール等々。
ぶっちゃけ、休む暇無しである。
「ち、千冬姉。さすがにほら、それは無茶苦茶じゃないかな? だって……俺達、すっげぇ頑張ったんだぜ? それに……ほら、他の奴らが出れば俺達は出なくても良いんじゃないか?」
毎年行われているキャノンボール・ファストは各学年の代表が参加している。一夏は他の一年が出れば自分達は出なくて良いだろうと主張し、他の全員もコクコクと頷いた。
「残念だが、今年の一年は一般生徒と専用機持ち都で部門分けされている。つまり……お前たちは強制参加だ」
「なっ……!? だけど、これだけの戦いの後じゃ……キャンセルとか出来ないのか?」
「はぁ……、いいか。今回の作戦は表向き”無かったもの”だ。つまり、”キャンセルする正当な理由がない”ということだ。それに、大々的に告知もされている以上、今更どうにもできん」
「ま、マジか……」
「そ、そんな殺生な……」
「教官の決定では……いや、しかし……」
「……これはあれだ。きっと悪夢なのだ。起きればきっと……ベッドの中だ」
「ドラグーン、機体ダメージ大きいのに……徹夜になるの?」
一夏達が絶望に没む中、簪がおずおずと尋ねた。
「あ……あの、私は?」
「あぁ、お前の機体は完成していないから、今回は参加見合わせだ」
「そ、そうですか……ほっ」
簪はついつい、安堵の溜息を吐いた。しかし、その肩をガシリと掴まれる。
「更識さ~ん。ま、さ、か、一人だけ休めるなんて思ってないわよね~?」
「こうなれば一蓮托生。お付き合い頂きますわよ? ……限界の向こう側まで」
「え、えぇ……いや……いやぁあああああああぁぁぁぁ………!」
ズーリズリと引きずられていく簪。それは地獄に引きずり込まれる咎人のようだなと千冬は思ったりしたが、そのまま止めなかった。
◇ ◇ ◇
臨海地区。雲一つ無い青空に花火が上がる。軽快な音を響かせるその下には、最大二万人の収容が出来る巨大なアリーナ。
場外の巨大スクリーンには『IS学園協賛キャノンボール・ファスト』の表示が流れていた。
「はぁ……マジでやるんだなぁ」
控室でその映像を見ながら、一夏は今更ながらに嘆息した。
疲労は未だに抜け切らず。ISの調整に四苦八苦し、キャノンボール・ファスト仕様の高感度ハイパーセンサーの感覚にも慣れなければならず、まともに休めたのは本当に僅かな時間だ。
アリーナでは、先行して行われている二年生の試合が始まるところだ。
「しっかし、お偉いさんがまた……わんさかいるなぁ。暇なのか? もしかして?」
VIPの座る特別観覧席には、招待された各国関係者やIS関連企業の重役などが座っている。それを見て、また何か襲撃とかのトラブルが起こるんじゃないかという不安を、一夏は感じてしまう。
『……そういや、戦闘じゃないISバトルって、見るのもやるのも初めてだな。やっぱ普通とは違うんだよな……春斗?』
一夏は内側に”いた”存在に語りかけた。しかし、直ぐに思い出した一夏はガクリと肩を落とす。
「……あ、あ~。またやっちまった。春斗はもういないんだっけ」
もう一夏の中に春斗はいない。春斗は自分の体に還り、今も病院だ。しかし、長年の癖というのはそうそう消える訳もない。これで何度目か分からない”いつもの行動”に、一夏は嘆息する。
「……機体チェック、やっとくか」
一夏は独り言ちて、白式のデータを呼び出した。しばらくすると、控室のドアが開いた。顔を覗かせたのは箒だった。
「あぁ、此処にいたか一夏。そろそろ準備をしろと、織斑先生が呼んでいるぞ」
「あぁ、分かった」
データウインドウを消すと、一夏は箒とともにアリーナへと向かった。
◇ ◇ ◇
アリーナのピッチに出ると丁度、二年のレースがクライマックスを迎えているところだった。
例年ならばリヴァイブ一色の勝負になっているところだが、今回はリヴァイブと打鉄――リヴァイブ・エスキィースと真打鉄が上空でデッドヒートを繰り広げていた。
ラファール・リヴァイブは両サイドと背部に増設スラスターを装備し、大出力を得た仕様となっている。
対する真打鉄は、打鉄専用高起動パッケージ〈
最高速度で言えば〈打鉄・天津〉の方が速い。しかし、誰もがリヴァイブを使う。その理由は唯一つ。
この打鉄・天津は恐ろしい程に鈍重で、操作性が悪いのだ。その為、些細なコントロールミスが致命打になりやすく、並の腕では振り回されて自滅するのがオチなのだ。
しかし今回。打鉄には〈真打〉が組み込まれ、専用機並みのスペックを発揮できる為、コントロールの劣悪さに対して操縦者の立て直しが容易になっているのだ。
容易といっても、コントロールは難しい。だが、どうにか出来ないレベルではないし、何よりそれを差し引いてもその速度は魅力だ。
しかし、リヴァイブとて〈エスキィース〉を搭載し、反応速度が上昇。曲がりくねるコースを、針の穴を通すほどの繊細なコントロールで駆け抜けられる。
カーブで離し切れればリヴァイブの勝利。離し切れなければ最後のストレートで打鉄が勝利を奪い取るだろう。
『さぁ、トップ二機がホームストレートに帰ってきた!! リヴァイブが僅かに抜き出ているが、果たして逆転はあるのか!?』
実況アナウンスが興奮気味に伝える中、トップを行く二機が最後のカーブを抜けてストレートへと入った。
「おぉ、すげぇ! どっちもすごい速さだ!」
真打鉄・天津とR-リヴァイブ・エスキィース・ブーストカスタムがスロットルを全開にして一夏達の前を駆け抜けていく。
『残り200……100……! ゴール! 勝ったのは……打鉄・天津だぁ!!』
空を揺るがさん程の大歓声。打鉄・天津を操っていた二年生――サラ・ウェルキンが勝利を誇示するかのように、高々と拳を突き上げた。
「あのサラ・ウェルキンって人……確か、イギリスの代表候補生だっけ?」
「えぇ。専用機はありませんが、とても優秀な方ですわ。本国にいた頃、操縦技術の指導をして頂きましたわ」
一夏の言葉に答えたのはセシリアだった。二年のレースが終わりこの後が出番だというのに、その雰囲気に緊張の色は見えない。
「それにしても……春斗さんのお作りになった〈真打〉と〈エスキィース〉はとんでもない代物ですわね。量産機が、まるで専用機として誂えたかの様に動いていましたもの」
セリシアは驚きとともに感心の声を上げた。実際、一般生徒よりも候補生に両プログラムの評判は高い。
専用機は元々、数が限られているコアの中でも更に限られた数しか存在しない。故に、量産機を使用する候補生というのは普通のことだ。しかし、せっかくの代表候補生でありながら専用機を使えないということは潜在的なフラストレーションであったのだ。其処に現れた二つのプログラムは、彼女達に戦慄をもたらした。
量産機で専用機と戦えるスペックを得る事ができるプログラムは、『専用機さえあれば』という彼女達の願いを、間接的ながら叶えたのだから。
閑話休題。
ともあれ、二年のレースが終わり、休憩兼コースチェックの後にはいよいよ一夏達の出番である。
出番までもう少しあるが、全員がISを展開してその時を待っていた。
「それにしても……何だか鈴のは豪くゴツイな」
一夏は甲龍の高機動パッケージ〈
完全なキャノンボール・ファスト仕様のそれは、衝撃砲をサイドに置き、背中には四機の増設スラスターを加え、胸部追加装甲は大きく前にせり出し、まるで衝車のようだ。
「ふっふーん、いいでしょー。コイツの最高速度はストライク・ガンナーにも引けは取らないわよ」
そう言って、鈴は尖り盛りになった胸を張った。
(春斗だったらきっと『鈴ちゃんたら、そんなに無理してパッド入れなくても良いのに』とか言いそうだな)
「……一夏? 今、何だかすっごく不愉快なこと、考えなかった?」
「っ……!? か、考えてないぞ? そ、それより他の皆はどんな感じなんだ?」
ごまかしついでに、一夏は他のメンバーに話を振ってみた。
「私は高機動パッケージを取り込んでセカンドシフトしてしまったので……出力調整で対応してますわ」
「こちらも同様だな。紅椿の展開装甲のバランスが難しくて……苦労したぞ」
「あぁ、二人もか、俺も白式のスラスター出力の調整が難しくてなぁ。何度、春斗にアドバイス貰おうかと思ったぐらいだ」
セシリア、箒の苦労を身を知って知る一夏はウンウンと頷く。
「織羽と鈴は高機動パッケージだけど……シャルロットもなのか?」
鈴の〈風〉はともかく、織羽は福音戦で装備していたパッケージ〈空魔〉だ。
なので一夏はシャルロットのラファール・ドラグーンについて聞いてみた。何時もならばリングにそって稼働するウイングがある筈だが、今は二機の大型ブースタとなっており、全身の装甲も形状が変わっている。
ドラグーンの装甲は〈可変装甲〉という、紅椿の展開装甲の前身であり、白式の〈雪羅〉と同様の機構を備えている。形状の違いはそのまま、性能の違いになる。
「ふふっ。今日のドラグーンは出力強化型高機動仕様だからね。きっとびっくりするよ、一夏?」
「へぇ、そりゃ楽しみだ。……ラウラはスラスター増設だな」
「うむ。姉妹機の〈シュヴァルツェア・ツヴァイク〉用に開発された新型だ。突貫とはいえ、出力では見劣りはせん」
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは背部に大型スラスターを三機搭載し、軽量化を兼ねてか、レールキャノンも小型のものに変わっていた。
それぞれの機体仕様を並べれば――出力調整組は白式。紅椿。ブルー・ティアーズ。
高機動パッケージ組はラファール・ドラグーン、甲龍。舞影。
増設スラスターはシュヴァルツェア・レーゲンとなっている。
「ははっ。揃いも揃って……負けず嫌いだな」
そうして並び立つ面々を見て、一夏はこれから行われるレースがどれ程厳しい戦いになるか、武者震いした。
「あの……そろそろ出番だから、移動をお願いします」
他の生徒に混じって動いている簪が七人に声を掛けた。いよいよ、レースの開幕である。
◇ ◇ ◇
二年のレースの興奮冷めやらぬアリーナに、実況席からのアナウンスが響く。
『さぁ、まだまだ続きますキャノンボール・ファスト! セカンドレースは揃いも揃った個性派IS達! 一年生専用機組によるスペシャルマッチです!!』
実況を担当しているアナウンサーは、気合の篭った声を張り上げる。
『それでは早速ご紹介しましょう! 先ず登場しますのは中国代表候補生凰鈴音選手! 専用機は〈甲龍〉! 高機動パッケージ〈風〉を装備しての登場です!!』
紹介を得て、鈴がピッチからコースへと飛び出す。その登場に大きな歓声が上がった。
『続きまして登場しますはドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ選手! 専用機は〈シュヴァルツェア・レーゲン〉! スラスター装備の特別仕様での参戦です!』
続いてラウラがコースに飛び出す。そして鈴の隣へと降り立った。
『続きましては、イギリス代表候補生セシリア・オルコット選手! 専用機は〈ブルー・ティアーズ
セシリアが紹介を得て飛び出す。そして優雅に、音もなくコースへと降り立った。
「おぉ、あれがブルー・ティアーズとは……高機動パッケージを取り込んでのセカンドシフトと聞いた時にはどうなるかと思ったが……あれならばやってくれるか?」
特別観覧席に座るイギリス大使は、同じ観覧席に座っているとある国をちらりと見やった。
その先にある国――フランスの大使は、それに気付きながら、敢えて気が付かないふりをした。
「……ところで博士。ドラグーンは本当に大丈夫なのか? 高機動ユニットは完成したてなのだろう?」
「大丈夫。問題はない。経験値の低さもシャルロットならば、やってくれよう」
そう言って、デュアン博士は笑って答えた。
機体ダメージの大きかったドラグーンの為に、本国から〈竜の砦〉と名付けられたIS運搬用大型飛空船まで駆り出し、一時期IS学園に戦慄をもたらしていた。
その時に一緒に来たデュアン博士は、飛行船と共に帰らず、大会を直接観覧する為、日本に残っていたのだった。
「問題があるとすれば……やはり、ブルー・ティアーズと紅椿。この二機のスペックだろうなぁ。かたや未知数。かたやあの篠ノ之束の作ったIS……どうなることか」
『続いての登場は代表候補生ではありませんが……日本、辰守インダストリー所属IS〈舞影〉! 搭乗者は辰守織羽選手!! 独創的なデザインの高機動パッケージを装備しておりますね。あれは……鷹でしょうか?』
更に織羽がコースへと進み出る。一夏は深く息を吐き、一歩前に出る。
『そして、いよいよ登場するのは……世界初の男性IS操縦者、織斑一夏選手! 専用機は〈白式・雪羅〉! こちらもセカンドシフトを果たしており、純白の装甲がなんとも美しい機体です!』
「――どわっ!?」
一夏がピッチから出ると、凄い歓声が降り注いだ。まるで自分の体を押し潰さんほどのそれを受け止め、一夏は目を白黒させた。
「はぁ……すげぇ歓声だな。他人のと自分のとじゃ段違いだな」
一夏はドキドキとする胸を押さえながら、コースに降りた。これでは次に出て来る箒はヤバイんじゃないかと心配になり、そっちを振り返った。
『続けて登場しますは……篠ノ之箒選手! 専用機〈紅椿〉はあの、篠ノ之束博士が作った第四世代ISとの事! 世界を変えたIS。その進化の系譜が今日、ここで発揮されるのか!?』
再びの歓声のシャワーを浴びながら、箒が出て来る。顔は伏せ気味で、視線は下を向いている。元々、人見知りの気がある箒には、この状況は良いプレッシャーにはならない。
「大丈夫か、箒?」
「あ、あぁ……何とかな。レースさえ始まってしまえば他に気を取られることもあるまいが……しかし、こうしてみると凄いものだな」
箒は客席を見渡し、感嘆の息を漏らした。二万人を収容できるというその席はほぼ全てが埋まっている。ハイパーセンサーはその一人ひとりの顔までハッキリと映し出した。
「そういえば、あの夏祭りで一緒だった……蘭、だったか? あの子も来ているんだろう?」
「あぁ。その筈だけど……居ないっぽいな。席はあのへんで合ってる筈だし……トイレか? あてっ!?」
そういった一夏の頭に、数度の衝撃が走った。
「一夏、下品よ」
「一夏さん。そういうのは口にするべきではありませんわ」
「一夏……もう少し考えろ」
「……ごめんなさい」
鈴、セシリア、箒に小突かれて、一夏も謝るしかなかった。
「というか、トイレは決定事項なのか?」
ラウラは一人、小首を傾げた。
――ゥワァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「な、なんだ……っ!?」
突然の大歓声。今までの比ではないそれに、全員がビクリと肩を震わせた。見れば観客が総立ちになっている。一体何が起ころうというのか。
『さぁ、最後に登場しますは……今夏、鮮烈なるデビューを果たし、瞬く間に世界中にその名を知らしめた、フランス製第三世代IS〈ラファール・ドラグーン〉! 搭乗するのは勿論、シャルロット・デュノア選手!! 今や世界中にその名を轟かせる〈竜の王女〉が、ついに日本に初降臨だぁああああっ!!』
「うわ――っ!?」
シャルロットが登場すると、天地を揺るがさん程の大歓声が響き渡った。耳を激しく叩く衝撃に、思わずセンサーをカットする。その興奮、一夏達が霞んで消えてしまう程であった。
「す、凄い反応だな。夏のアレのせいか?」
「アハハ……ビックリしたよ」
シャルロットもこの反応には苦笑いであった。
「せっかくだから、手でも振ってやれ。きっと喜ぶぞ?」
「え……むしろ嫌な予感しかしないんだけど……?」
ラウラがニヤニヤとしながら言うと、シャルロットは恐る恐る手を上げて振ってみた。
――結果。激震が走った。
――ドワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「うぉおおお! 手ぇ振ってくれたぞ!!」
「きゃあああ! シャルロット様ー!!」
「シャルロットちゃーん!!」
「シャルロットブヒィイイイイイイイ!!」
「おい、いまブタがいたぞ!?」
一夏は思わずセンサーを最大にして客席を探してしまった。
◇ ◇ ◇
まもなく試合開始となる会場の外では、ゲート目指して必死に走る二人の少年少女がいた。件の五反田蘭とその兄である弾である。
元々は余裕があるように出た筈が、乗った電車がよりにもよって事故で大きく遅延。今まさに駅から全速力で駆け抜けてきたところだ。
「もう、急いでよ兄ぃ! もうすぐ一夏さんのレース始まっちゃうじゃない!」
「そうは言っても……! 駅から走りっぱなしだぞ!? もう……息が……げんかい……どわ!」
つい足をもつらせ、弾は転んでしまう。受け身を取ろうと、弾はとっさに手を伸ばした。
――むにゅ。
その手に、何かが触れた。手に張り付くような感触と、突き立ての餅のような柔らかさ。そしてほのかに温かい。おまけに香水だろうか、鼻をくすぐるバラの香気。
「あら?」
「なんだこれ……て、えぇ?!」
弾は顔を上げて――そして驚きの声を上げた。弾の目の前には一人の女性が立っていた。魔性を帯びた体躯を包み込む、赤いスーツの二十代後半ほどの女性。美しい金髪と、サングラスの奥に隠された切れ長の瞳。
まるでひとつの芸術品のような――弾が今まで見たこともない存在。
「――大丈夫?」
「あ……ご、ごめんなさい!」
女性に声を掛けられて、弾はハッとなって離れる。不可抗力とはいえ、女性の胸を揉んでしまったのだから、弾は大慌てで謝った。
「いいわよ。気にしていないわ。それよりも急いでいるのでしょう? 早く行ってあげなさいな……五反田弾君?」
女性はそう言い残して、行ってしまった。
「……あれ? なんで俺の名前?」
「兄ぃ! 何してるの、急いでよ!!」
「あ、あぁ……分かってる」
あの女性が、どうして自分の名を知っているのか。その疑問に答えが出ないまま、弾はアリーナへと急いだ。
◇ ◇ ◇
揃い踏みした専用機組達は、真耶の先導を受けてスターティングポイントへと移動する。
『それではこれより、一年生専用機組レースを開始します!!』
スラスターが力を噴き出し、高速機動専用ハイパーセンサーが起動すると、スクリーン・バイザーが展開される。
上空のスクエアのモニターにて、カウントダウンが開始される。
「いよいよか。わくわくするぜ」
大歓声の中、一夏達は闘志を漲らせる。
『5……4……3……』
これより始まるは、世界最速を決める戦い。
ISの本領――音速域にて駆け抜け、天地を突き抜ける闘争。
『2………1……』
少年少女よ。その翼持ちて、弾丸よりも速く――世界を翔べ。
『――0!』
キャノンボール・ファスト、開幕!!