ゴールデンウィーク2日目の4月30日。
「ふぁ…ふ」
欠伸をしながらベットから起きあがる。
壁に掛けてある時計を見ると、午前7時を指している。
自分の体を見下ろすと、何故か制服を着ていた。
寝起きのぼんやりとした頭のまま、何があったかを思い出す。
「そうだ、そういえば。 昨日は間違えて学園に行ってそれから……。」
ナノちゃんを見た。
口には出さずに、心の中で思う。
口に出すとなんだか本当のことだって認めないといけないみたいに感じたから。
本当の事なんだけど、私の中ではまだ整理しきれていない。
昨日に私が目撃したナノちゃんは、はっきり言って別人だった。
姿が変わったのではなく、中身が私の知らない誰かと入れ替わってしまったように。
昨日は、結局吾野先生と伏見先生と一緒にナノちゃんを目撃したところで帰ることになり、私は自宅まで車で送られた。
帰り際の車内では、吾野先生が車を飛ばしご機嫌になっている中、隣で伏見先生がぶつぶつと呟き、私はというと……押し黙っていた。
頭の中の整理をするためにというのもあったけど、何よりも混乱していたんだと思う。
車から降ろされると、吾野先生は車に乗り込みながらこう言った。
「あんまり、気すんなよ。 どうにかしてやっからよ。」
さっさと家に入れ、というようなそぶりを見せ、伏見先生と共に去って行った。
きっと、天之御船学園に戻ったのだろう。
「さて、どうしようかな……。」
家に入ると、私は少し考えてしまう。
これから、どうするのか。
そして、どうナノちゃんと関わっていけば良いのか。
私は自室に入ってベットに飛び込む。
制服に皺が寄っちゃいそうだけど、今はそんな些細な事は気にならなかった。
額の上に右手を乗せて考える。
ナノちゃんが二重人格だということを、
私が受け入れることができるのかという事を。
ただ、疲労からか、私の意識は遠のいて行き、終いには眠ってしまった様だった。
そうして、今に至る。
「だから私は制服のままだったんだ……。」
まったく、母さんも起こしてくれれば良かったのに。
ええと、昨日家に帰ってきたのが午後1時くらいだったから、17時間くらいは寝てたのかな……。
いくらなんでも、私は寝すぎな気がする。
と、思っているところで、くきゅーーという音が聞こえてきた。
何事かと思ったけど、単純に私のお腹の音が鳴っているだけだった。
「ううっ……恥ずかしいな。」
誰もいないとはいえ、こんなに大きいお腹の音を出してしまうなんて。
そりゃ何時間も寝ていたんだから、お腹も減るよね。
私は自室から出て、リビングに向かう。
リビングには、母さんか父さんがいるかと思ったのに、誰もおらず代わりに机の上に一枚だけ、行き手紙が置かれていた。
そこには……
彩歌へ
あなたは間違えて高校に行っちゃってたけど、お母さんとお父さんは今日からゴールデンウィークの終わりまで、夫婦で旅行に行ってきまーす。
彩歌一人になちゃうけど、頑張ってね!
寂しくなったら電話してきてもいいけど、電波が届かないかもしれないからそれだけは気をつけてねー。
あなたの生活力なら、一人でもやっていけると思います。
追伸、お土産には期待しててね。
と書かれていた。
「あの2人は何やってるんだか……。」
夫婦揃って、ひとり娘を置いて海外旅行に行くなんて……。
信頼されてるってことなんだろうけど、ゴールデンウィーク中の約一週間の間、私はなんとかして生活しないといけないのか。
とりあえず電話をかけようと、固定電話の方に向かうと、その傍にスマートフォンが置いてあった。
「うーん、なんだろうこれ?」
桜色の手帳型ケースに身を包んだソレは、手に取ってみると意外と軽く、使いやすそうだった。
私は、今までスマホとかに触ったことなんてなかった。
私自身が携帯を使う意味なんてなかったし、あまり友達とのやり取りもしなかったせいで持っていなかった。
まじまじと見つめたあと、スマホを手にとって手帳を開くようにスマホの画面を見る。
すると、突然スマホがバイブレーションを起こし、震えだした。
驚きながらスマホの画面を見ると、「着信:西沢
西沢 紅葉とは、私の実の母親で今この状況を作り出したであろう張本人だ。
左下の丸い黄緑色の電話の様なマークをタップして、着信に出る。
「もしもし、母さん?」
すると、普段とは違う、少し浮ついたような声が帰ってきた。
『もしもし彩歌? スマホの調子はいい感じ?』
「うん、まあまあだよ。 それで聞いたいことがあるんだけどさ、いつの間に私の両親はひとり娘を放っておいて海外旅行なんてものに出かけているの?」
スマホの向こう側から笑い声が聞こえたあと、母さんは答えた。
『実はここ数年、結婚記念日という存在を夫婦揃って忘れていて。 それで丁度休みが取れたので羽を伸ばしているところなんだよー。』
私は、1人しかいない家の中を見渡したあと、ため息をついて質問をさらにぶつける。
「それで、具体的にはいつ帰ってくるの? それとこのスマホはいつのまに買ったやつなの? 父さんはいま一緒にいるの?」
『あーもううるさいよー。 お父さんに変わるからあとはよろしくー。』
少しの間ガタガタと音がした後、父さんに電話相手が変わる。
『もしもし、彩歌か?』
父さんに変わったところで、私はある予想を立てていた。
「うん。 私だよ、それで父さんもしかして母さんっていま…」
『ああ、酒に酔って寝てるよ。 すまんな、そっちはどうだ?』
「とりあえず大丈夫だけど、状況を説明してほしいかな。」
『ああ、わかった。』
そういうと、なぜ今の状況になったかを説明してくれた。
まず、父さんは母さんに連れられる形で旅行に行ったらしかった。
私を家に残したのは、ゴールデンウィーク中にも学園に通わないといけないからという理由らしい。
最後に、置いてあったこのスマホは、私へのプレゼントらしかった。
父さん曰く、早めの誕生日プレゼントらしい。
『まあ、そういうわけだ。 それじゃあそろそろ切るよ。』
最後に弱々しく笑うと、父さんは電話を切った。
……未だに驚いているけど、私はとりあえずご飯をどうにかしないといけないかな。
電話で話していたのもあって、もうお腹がペコペコだ。
時計を見ると、午前8時を指している。
新しく貰ったスマホをパジャマのポケットに入れて自室に戻る。
自室に戻ったのは、朝食を食べるにあたって着替えてからにしようと思ったからだった。
ふと、勉強机の上を見ると、今までなかったスマホ用の充電器一式が置いてあった。
コンセントに接続して、そこに私のスマホを置いて充電しておく。
スマホをいろいろ見ておきたかったけど、今はお腹が減ってそれどころでは無い。
部屋の端の方にあるタンスに向かうと、今まで着ていた長袖長ズボンのスエットのパジャマを脱いで、青と白のボーダーのTシャツ・カットソーに袖を通して、動きやすそうな薄茶色のジーパンを履く。
そこから髪を結ばないまま、朝食の支度に取り掛かろうとリビングに行くと、テーブルの上に朝食の準備がしてあり、料理にラップがかけてあった。
「おお、母さんも気がきく……いや、多分これは父さんのお陰かな?」
感謝しつつ、レンジを使ったり火を通したりして、朝食を済ます。
「ごちそうさまでした。」
陽毬さんの影響だろうか?
最近はよく「いたただきます」と「ごちそうさまでした」は、1人でご飯を食べるときにですら言うようになってしまった。
食器を片付けて、食洗機の中に食洗機用洗剤と一緒に入れてスイッチを押す。
そこから歯を磨いて、さっぱりした後に髪を整える。
アクセサリーの付いたヘアゴムで、ツインテールに纏める。
けれど、なんだか今日は髪型を変えることにした。
両親も今はいないわけだし、誰にも見られる心配は無さそうだから、ポニーテールにしてみようかな。
私は鏡を見ながらヘアゴムを二つとも外し、髪をすかしながら、後ろで束ねてポニーテールにする。
「よし……と。」
気合いを入れて今日やることを決める。
昨日のナノちゃんについて色々調べたい。
けれど、情報が何もないし、何より知ってそうな先生達が今は休日だから会うこともできない。
いきなり、煮詰まってしまったな……。
いや、そういえば、小学生の頃までナノちゃんが住んでいた家に行けば会えるのかもしれない?
自室からキャップ帽を被ってから、小さなポシェットを下げて靴下を履く。
ポシェットの中に、さっきのスマホを入れて準備を整える。
私は慌てて、家中の戸締りをして玄関に立つと、普段から学校用で履いているローファーから、白のスニーカーに履き替えた。
玄関のドアから出て、外から鍵を締める。
「よし、行ってきます。」
私は、誰もいない家にそう語りかけて出発した。
少し急いで、元あったナノちゃんの家に向かう。
私の家からは多少離れていて、途中に遊具が多く置いてあった公園を通り抜けて行く。
多くあった、というのも、ナノちゃんと遊んでいた小学生くらいの頃はまだ多くの遊具が置いてあったけど、今では安全上の問題だとかで遊具の数が減っていた。
「懐かしいな……。」
小走りになりながら、そう呟く。
そうして、公園を抜けた先に、少しお洒落な雰囲気の住宅街が広がっている。
その中に入り、いくつか道を曲がったり、細い路地を通ったりしたところで、ようやくその場所についた。
しかし、その場所にはかつてナノちゃんが住んでいた面影は残っておらず、別の家が建っていて表札も[園池]では無かった。
「違ってたか……。」
疲労感と、軽い焦燥感が私を襲う。
これで、もうナノちゃんにたどり着けるものが無くなってしまっていた。
その事実に、私は軽い目眩すら感じてしまうほど、ショックを受けた。
この家の前にいつまでも居るわけにはいかないと思い、重い足を引きずりながら来た道を戻っていく。
そもそも、ナノちゃんにはあと何日かすれば学園で会える。
なのに、何で私はこんな風になってまで、ナノちゃんを探しているんだろう?
ナノちゃんに会ったらどう良い繕えば良いのか分からない。
だって、今までの様子だとナノちゃんは自分が二重人格だということに、気づいていない様子だった。
ぐるぐると、私の頭の中をいろんな考えが回っていく。
私はいつのまにか、ナノちゃんとよく遊んだ公園の中のブランコに乗っていた。
キコキコ鳴らしながら、考えていく。
……ただ、ただ、時間だけが流れているのを、私は肌で感じていた。
ナノちゃんとの関係性、それは、友達だ。
幼馴染でもあり、私にとっては親友だと思っている。
けれど、私の中である疑いが持ち上がる。
今、私はナノちゃんと会ってちゃんとそういう関係で振る舞えれるのか。
知らない一面を知ってしまった私にとって、ナノちゃんはどこか遠い存在になってしまったように感じているし、会ったらそういう様な態度をとってしまうかも知れない。
そう思うと、私の心はどんどん沈んでいくようだった。
ポタッ、と雫がジーパンの膝の上に落ちた。
私の頭の中に、雨というキーワードが浮かび上がる。
「雨が降ってきたのかな?」
しかし、空を見上げても雨水なんて降ってこない。
ただ、視界が、いや世界全体がにじんで輪郭を失っている。
その時になって私はようやく気がついた。
私が泣いているということに。
気づいてみると止まんなくて、私は声を上げて泣きじゃくっていた。
もう、なんだかナノちゃんと一生会えなくなるような気がして。
「あれ……もしかして、彩歌さんですか〜?」
背後から、そう声をかけられた。
その声は心配そうにしていて、それでとても慈愛があるようにも私は感じた。
振り返ると、心配そうな顔でこちらを見つめているひまりさんが佇んでいた。
はい、ということで、陽毬ちゃん登場で次に続きます!
〜次回予告〜
陽毬と偶然会った彩歌は、事情を話すことに。
話を聞き終えた陽毬は、菜野花の居場所を知っていると言い始めて……?
次回、Lucky.27 ひっしになって
次回もお楽しみに〜!