あの日のことは忘れられなかった。
まだ朝だというのにじりじりと照り付ける太陽。体中の水分が蒸発し干乾びるような暑さの中、母さんは燃えないゴミ袋を片手にいつものように「行ってきます!」と快活な声で玄関のドアを開け、仕事に向かっていった。自分の部屋で携帯ゲームに熱中していた僕は、空返事で彼女を見送ったのを覚えている。
夏休みだったので、僕は一日中暇だった。といっても父親とはしばらく別居中の、事実上母子家庭みたいなものだったので、掃除や洗濯などある程度の家事はやらなければならなかったが。それでも、稼ぎの柱はもっぱら母さんで、僕に不自由な思いをさせないよう女手一つで働いて学校に通わせてくれていた。
でも、その頃の僕はまだ考えが浅く、母親の苦労を分かっているつもりに過ぎなかった。朝早く出社し遅くまで残業して、さらに帰ってきて家事をこなす。その大変さを本当の意味で理解してはいなかったのだ。
そして、その時聞いた彼女の声が、最後になってしまった。
お昼頃だったと思う。ちょうど、カップ麺を食べようとお湯を沸かしている時だった。突然、電話の呼び出し音が鳴った。勧誘以外に滅多に鳴ることのない、家の固定電話が。
見慣れない番号だったので、僕は最初出るのを躊躇った。けれども、あまりに鳴り続けるものだから、妙な胸騒ぎを覚えて受話器を取ったのを覚えている。
警察からだった。
母さんが交通事故にあったこと。そして、亡くなったことを伝えられた。
その後、父親や親戚の連絡先などを尋ねられたが、頭が真っ白になって後のことは覚えていない。
不幸な事故だった。信号待ちのため停車していた母さんの乗った社用車に、後ろから来た居眠り運転のトレーラーが突っ込んだのだという。不運にも前方にはダンプカーが停まっていて、2台の大型車の間に挟まれた車は文字通りのぺしゃんこに潰れてしまったのだ。
即死だったらしい。
気づけば病院の待合室にいた。遺体の確認には立ち会わなかった。代わりに駆け付けた父や母方の祖父母が、彼女の安置されている処置室に入っていったが、大声で母の名を呼び泣き叫ぶ声が聞こえたのを覚えている。特に祖母は酷く取り乱し、祖父に抱えられながら病院を後にした。
それからはあっという間だった。葬儀を済ませ、住んでいたアパートも整理し、僕は一時的に父のもとで暮らすことになった。けれども、家族とはいえたまにしか会わなかった仲だ。次第に関係がギクシャクしてきたので、高校進学を機に僕は下宿先で一人暮らしをすることになった。
あのペンダントは、そんな時に見つけた。赤いハート型のロケットペンダント。中には僕が小学生の時に撮った家族写真が入っている。
引っ越しのため自分の荷物を整理していた時、机の引き出しの奥底に落ちていたのだった。もらった時はこんなペンダントを土産にするなんて、と不機嫌になって放り投げたのを覚えている。けれど、母を失った今、彼女のくれたものは全て宝物になっていた。例えどんなものでも、母と過ごした思い出が蘇ってくるからだ。
一人暮らしを始めて1年近く経った今でもそれは変わらない。僕はペンダントを失くさないよう大切に枕元に飾り、事あるごとに写真を眺めては母と過ごして日々を思い出していたのだった。
僕のことを一番に考え、優しかった母さん。
また彼女に会えたら、どれだけ幸せなことか。
母さん…。
「……子よ、…我が子よっ!」
目を開けると、目の前には酷く泣きじゃくっているトリエルの顔があった。あれ、僕は死んだんじゃなかったのだろうか。その隣にはキャラが立っていて、深い溜め息をつくとやれやれといった様子で軽い笑みを浮かべる。
僕は自分の腕を見てみた。服の袖は黒い煤だらけの上、所々が焦げて穴が開いている。でも、そこから覗ける皮膚には目立つような傷はなかった。脚や体も見たものの、同様に服が酷くボロボロになっている割に怪我はしていないようだ。
「今にも事切れそうだったきみに、トリエルがマモノのアメを飲ませたんだ。戦う前にナップザックを壁際に投げていたろ?あれから引っ張り出したんだ」
僕の体に縋りながら嗚咽を漏らすトリエルに代わって、キャラが事の顛末を説明してくれた。なるほど、確かにあの傷では到底助かりそうもなかった。なのに、こうして生きているということは、回復アイテムの効果以外には考えられない。慌てて持っていたナップザックのおかげで、僕は命拾いしたのだった。
でも、結局トリエルを説得することはできなかった。傷は回復しているものの、体は極限までの疲労で動きそうもない。この後彼女は扉を破壊するだろうが、僕にはもうどうすることもできないのだ。悔しさがこみ上げるものの、これも全て自分が招いたこと。僕はあまりに無力だった。
「…ごめんなさい、我が子よ。あなたを傷つけるつもりは本当になかったの」
すすり泣きをしながら、トリエルはそう言った。手を伸ばし、僕はそんな彼女の背中をそっと撫でる。あなたは何も悪くない。悪いのはこんな思いを繰り返し味わわせた自分だ。けれども、そんなことを言っても彼女には何も分からないし、信じてもくれないだろう。僕はこうして、ただ背中をさすってあげることしかできないのだ。
「なのに、私ったら…。ほんとに馬鹿ね。守りたいはずのあなたを、殺そうとしてしまうなんて」
懸命に首を振った。溢れ出す涙に潤み、悲壮感に満ちたトリエルの瞳は自分をじっと見つめている。
「あなたは強かった。私なんかよりも…。私がやっていたのは、ただ自分を守りたいがための行動だった。これ以上、私が傷つかないように。あなたの事なんて、これっぽっちも考えていなかったのよ」
「……。」
僕は何も答えることはできなかった。そんな状況を招いたのは、他でもない自分だからだ。でも、彼女は気丈に振る舞うとこう言った。
「……やりたいことがあるんでしょう?この扉を越えた向こうに。私と戦って、こんな目に遭ってまでもやり遂げたい大切なことが」
「…はい」
「だったら、行きなさい…。それがあなたの望むことなら、私は応援するわ」
思わず目を丸くして驚く僕。気づくと瞳は涙で潤み、泣き出しそうになっていた。
信じられなかった。こんなに悲惨で辛い目に遭っているのに、トリエルは自分を送り出してくれると言ったのだ。底深い彼女の愛情に、ついにこらえきれなくなった自分の頬を、大粒の涙が伝う。
「泣かないで。いいのよ、私は何があってもあなたを応援するから。だけど、これだけは約束して。ぜったいに、危ないことはしないで。殺されそうになったら、必ずここに戻ってくるのよ。分かった?」
その表情は真剣だった。僕は力強く首を縦に振り、頷く。彼女も本当は途轍もなく辛いに違いなかった。心が張り裂けそうなほどに。けれどもこうして僕を行かせてくれるのは、子への愛がその辛さを上回ったからなのかもしれない。
ふと、母さんのことを思い出した。
いつも、僕のことを想ってくれていた母さん。小学生だった頃、僕は友達にキャンプに誘われたことがあった。その時も、止められるとばかり思っていたのに彼女は優しく微笑んで行かせてくれたのだ。本当は凄く心配していたに違いないのに。
トリエルにも、そんな母の面影をどこかに感じてしまう。
静かに背中をさすってくれるトリエル。僕は何度も涙を拭ってこらえようとしたけれど、拭っても拭っても涙が溢れてきてどうしようもなかった。そうして、嗚咽を漏らしながら静かに泣き続ける。彼女はそんな僕の背中に手を当てて、さすり続けてくれた。僕が泣き止むまで、ずっと。
「きみ、案外マザコンっぽいんだな。あんなに大泣きするなんて」
「う、うるさいな!あの時は感極まってたから、うっかり涙が出ちゃったんだよ」
「うっかりねぇ…。その割には、結構出てたと思うけど」
クスクスと薄笑いを浮かべながら、からかってくるキャラ。僕は顔を赤くして必死に否定しようとするものの、あの場にいたキャラには全く言い逃れのしようがなかった。彼女、何気にSっ気が強いかもしれない。今度は迂闊に弱みを見せないように気を付けないと…。僕は自分にそう強く言い聞かせる。
自分とキャラはトリエルの家の玄関にいた。あの後、すっかり疲れ切っていて動けなかった僕は、トリエルに抱えられて一旦家に戻ったのだ。そこで一休みして疲れを取った後、こうして用意を整えて扉の向こうの世界に踏み出そうとしていたのだった。
着ていた服は酷い有様になっていた。全体が黒く煤けてボロ雑巾のようになっていた上、炎の直撃を受けた背中には大穴が開いていた。これ、背中は一体どんなことになっていたのか想像するだけでも恐ろしいが、アメと彼女の魔法のおかげですっかり治癒した背中には何の痛みもなく、傷跡も残っていなかった。
そして、トリエルが代わりに持ってきてくれたのはここに来る前に着ていた半袖のボーダーシャツ。袖が破れて血まみれになっていたのに、跡が分からないくらいに綺麗に縫い直され、新品のようになっていた。トリエルは料理だけではなく、手芸もかなりの腕前のようだ。着てみると、ほのかなゴールデンフラワーの香りが鼻をくすぐる。訊いてみると、洗濯の時にゴールデンフラワーからつくったアロマで香りづけしているのだという。何度嗅いでも良い香りだ。
おやつにはチョコが出てきた。朝食前に冷蔵庫の中にあった、ブランド物のチョコレートバーだ。たしかこれは、キャラのために買っているはず。食べてしまっていいのかと心配になったものの、どうやら僕が料理中に冷蔵庫を覗いていたことが彼女にバレていたらしく、そこでおやつをチョコにすることを思いついたという。もっとも、なぜチョコを買っていたのかは話してはくれなかったが。
キャラは大喜びだった。自分は最初の方こそ遠慮しようとしたけれど、どうしてもチョコが食べたいキャラに促され…、というよりは腕を掴まれて半ば強制的に食べさせられた。でも、一口食べたその瞬間、濃密な甘さが舌を包み込んで思わず驚く。ミルクのまろやかな風味が口の中を駆け抜け、微かに残るカカオ独特の苦味が病み付きになるような美味しさだった。
そのまま止まらない勢いでパクパクと食べ続けた結果、あっという間にチョコレートは無くなる。すっかり大満足になったキャラと僕は、頬っぺたを押さえながらしばらく至福の笑みを浮かべた。
そのあと、粗方の準備を整えた僕は、ナップザックを背負うとトリエルに挨拶するために玄関に立っていた。けれども、いつまで経っても彼女の来る気配はない。チョコを食べた後、「少し待ってて」と言い残して自分の部屋に籠ってしまった彼女。変わった様子はなかったものの、少しだけ心配になってしまう。
「すっかり遅くなってしまったわね。お待たせ!」
すると、扉が開いて中からトリエルが慌てた様子で出てきた。その手にはオレンジ色のマフラーが握られている。
「はい!プレゼントよ。扉を抜けた先にあるSnowdinはとても寒い場所。そんな服だけじゃすぐに風邪を引いちゃうわ。せめて、このマフラーを使ってちょうだい」
トリエルはそう言って、マフラーを手渡してくれた。毛糸で丁寧に編まれたそれは、手で持っただけでもふかふかで気持ち良い。試しに巻いてみると肌触りが最高で、すぐにホカホカしてきた。これなら、Snowdinの寒さも耐え切れるかもしれない。
「ありがとう!」
「いえいえ、いいのよ。あと、これもあげるわ。ポケットから小銭がチャリチャリする音が聞こえたから、不便そうだと思って用意したの。気に入ってくれるかしら?」
トリエルが懐から取り出したのは、青い小さな小銭入れだった。しっかりとしたガマ口がついているので、コインがこぼれ落ちる心配はない。やっぱり、トリエルまじ優し過ぎる。丁度欲しかったので、このプレゼントは本当に有難い限りだった。しかも、中を開けてみると10枚ほどの金貨が入っている。ざっと数えて100Gくらいだ。
「え!?こんなにもらっちゃっていいの?ありがとう!」
感謝を告げると、トリエルは笑顔で返してくれた。僕は手持ちのコインも中に入れると、ポケットの中へとしまう。小銭入れのおかげでポケットの中でコインが暴れる心配もなく、これでお金を落とすことに怯えながら歩くのは避けられそうだ。
「じゃあ、僕、そろそろ行くよ」
「そう…。気を付けて行ってくるのよ。困ったことがあったら、携帯に電話してね。絶対に出るから」
「うん!」
僕は元気よくそう答えると、トリエルに力いっぱいに手を振りながら地下に通じる階段を降りる。彼女も涙を見せずに満面の笑顔で手を振り、僕を見送ってくれた。
「何はともあれ、無事に彼女を説得出来て良かったね」
「まあね…。一時は駄目かと思ったけど、やっぱりトリエルは本当に優しいよ」
「そりゃ、私のマ…、母さんだからね」
いま絶対ママって言おうとしただろ、と突っ込みたくなったがやめておいた。僕とキャラはいま、扉までの長い地下通路を歩いている。前に来たときは必死で走っていたためか一瞬で扉まで着いたものの、いざ歩いてみると意外に距離があった。
ふと、キャラにとってのお母さんはトリエルなのだろうか、と考えてみた。ゲーム中では明確に描写されてはいないものの、Pルートのアズリエルの話からは彼女が地上で過酷な運命に置かれていたことは想像に難くない。とすると、彼女は当の昔に生みの母親なんてものは忘れているのかもしれない。もしくは、思い出したくもないのかも。育ての親であるトリエルをママと呼ぶのは、そのためかもしれない。
悲しい話だった。
結局、彼女は地上の人間への恨みから自ら命を絶ってしまった。あのトリエルの愛をもってしても、彼女を憎しみから救うことはできなかったのだ。
「母さんはたまに厳しいこともあったけど、私のことを考えてくれて優しかったな…。料理とか服はもちろん、酷い風邪を引いたときも必死で看病してくれたよ。まるで、本当の母さんみたいに」
キャラは遠くを見るような目で、懐かしい思い出に心を馳せるように言った。もしかすると全く救えなかった訳でもないのかもしれない。思い出に浸る彼女の顔には、どこか物悲しさも滲み出ていた。彼女も一概に、ドリーマー家と過ごした日々を単なる家族ごっこだと切り捨てているわけではないらしい。
彼女の選択が違ったら、別の未来もあったのだ。キャラがドリーマー家とずっと暮らし、平穏な世界が訪れていたかもしれない未来が。そこではアズゴアが苦しみに溺れることも、6人の子どもの命が奪われることも、トリエルが我が子を失う悲しみを味わうこともなかったはずだ。
でも、時というものは一方向に流れる。一度起きてしまったことは、取り返しはつかないのだ。キャラももしかすると、やり直したいと考えているのかもしれない。ドリーマー家と幸せに暮らす未来を望んでいるのかもしれない。けれどそれは、彼女には叶わない話だった。
しかし、自分にはその力がある。今のところその力の世話にはまだなっていないが、これまでのセーブポイントを見る限り、その可能性は高いのだ。
ならば、この力を自分のためではなく皆のために使わなければならない。制約はあるものの、少なくとも自分のいるこの世界だけは、誰も苦しむことのない幸せなものにしたい。その中にはもちろん、これまで自分の身勝手な行為に散々振り回された挙句、決意を砕かれてしまったフリスクも含まれる。
「おーい、大丈夫か?」
気づくとキャラが訝しげに見つめてきていた。考えているうちにいつの間にか、扉の前に着いていたようだ。
ゆっくりと扉を開ける僕。その先には真っ直ぐな通路がさらに奥まで続いていた。再び歩き始める中、僕は思考を巡らせる。
今回の事で分かったのは、この世界はゲームとは必ずしも同じではないということだった。それはプレイヤーである僕がこの世界に落ちている時点で自明だけれど、それだけではなくトリエルなど、明らかに僕がこれまで繰り返した数えきれないほどのリセットの影響が表れている。
だとするとこの先もおそらく、リセットの影響が表れている可能性が高い。今のところこの世界の基本的な法則は変わっていないが、それすらもこの先保たれる保証はないのだ。最悪、MERCYできない相手が出てくる可能性すらある。そうなってくると流石に手の打ちようがない。また、トリエルのようにMERCY条件が変わってくる可能性は十分にあり得る。
とすれば、この先の道のりも困難になることは避けられないだろう。何としてもこの決意で、皆を救ってみせる。覚悟を決めた僕は、目の前に現れたもう一つの扉を開いた。
そこにいたのは一輪の、あの忌々しい花だった。
「賢いねぇ。とっっっっても賢いねぇ。」
聞こえてくる甲高いフラウィの声。そこは最初にフラウィに会った場所のように、天井からの光が部屋の中央にだけ差し込んでいた。どうやら彼はこの部屋の中で相変わらずの嫌悪感を覚えるにやけ顔をしながら僕を待っていたらしい。わざわざご苦労なことだ。
「うるさいクソ花。言いたいことはそれだけか?」
突っ慳貪な態度でそう罵る僕。けれど、心の中では溢れ出てくる恐怖とせめぎ合っていた。ともすればまたあの出来事がフラッシュバックして、恐怖に支配されそうになる。そうなれば、まさしくフラウィの思う壺だ。心まで負けるもんか。僕は強く自分にそう言い聞かせる。
「誰がクソ花だ。フラウィだよ!まったく、今まで散々殺してきたクセに急におりこうさんぶって。さぞかし良い気分だろうね、この偽善者め」
フラウィの言葉が心に突き刺さる。彼の言っていることに間違いはないのだ。たしかに僕はどうしようもないクズで、これまでに数えきれない程リセットを繰り返しては世界を好き勝手に荒らし回った。それがいきなり自分がこの世界に来た途端、誰も殺さずに進めようと言うのだから、善人ぶるにも程があるというものだ。言うなれば、人の皮を被った悪魔という方が、しっくりくるかもしれない。
「で、どうするつもりだい?まさかこのまま自分の信念を貫くとか言うんじゃないだろうね?」
「そのまさかだけど?」
「へえ。人ってものはこんなにも変わるものなのかい。あれだけの悪魔がこうまでもなってしまうなんてね」
凶悪な目つきで嘲笑うフラウィ。僕は顔色一つ変えずに答える。
「きみに言われて、遅すぎるけど僕も自分のしてきたことに気づいたんだ。自分のした、とても大きな過ちに。だから僕は、せめてこの世界だけは幸せなエンディングを迎えさせたいと思ってる。それが罪滅ぼしになるかは分からないけど…」
フラウィはそれを聞いて一瞬押し黙ったものの、突然狂ったように笑い出した。
「ハハハッ!こいつは笑えるね。何を言い出すのかと思えば、そんなことなんて…。まあいいさ、好きにしていればいい。君には神様のようにタイムラインを弄ぶことのできる力、『SAVE』する力があるんだ。それを使えば、きみの望むエンディングを迎えることはできるよ」
「フリスクを救うことも?」
唐突に切り出した僕。フラウィは完全に虚を突かれたのか、驚愕のあまり固まる。
これは言うなればカマを掛けたようなものだった。フリスクの決意が砕けたという話はキャラから聞いているだけで、フラウィの口からは直接聞いていない。けれども、最初にフラウィにゲーム画面上で会った時、彼はフリスクに呼びかけるような言葉を話していた。僕がゲームを始めることに対して、「良かったねフリスク」と。ならば、フラウィも彼女の決意が砕けたことについて、何らかの情報を知っている可能性がある。それに、僕は賭けたのだった。
「……。無理さ。きみに彼女を救うことはできやしない。それを招いたのはきみ自身のはずだ。自分のしてきたことを忘れたのかい?」
「だからこそだ。僕は彼女を絶望に陥れた張本人。だから、僕自身じゃないと彼女を救いだせないんだ」
真剣な面持ちで、僕はフラウィにそう話した。やはり、フラウィも彼女の決意が壊れ、姿を消したことを知っているのだ。
「ふん。自分で壊しておきながら、どこまでも勝手なやつだね。流石は、ぼく以上に狂っているだけあるよ」
「そりゃどうも。…それよりフラウィ、きみにも何か望みがあるんでしょ。僕を落としてきたということは、何か目的があるんじゃない?」
「目的、ね……」
自然な流れで、僕はさりげなくそう訊いた。キャラの話では、僕をこの世界に落としたのはフラウィだということになっていた。ならば、フラウィにも何か目的があるはずなのだ。一番に考えられるのはキャラと同じくフリスクを救ってほしいということだろうか。
曲りなりにも彼も数えきれないほどフリスクと接触して、ともに時間を過ごしてきた身だ。それに、本当の彼はこんなソウルレスのモンスターではない。可能性としては限りなく低いものの、アズリエルとしての考えが彼を無意識に突き動かしたということも考えられる。
少しの間唸っていたフラウィだったが、おもむろに口を開く。
「そんなものは決まっているさ……。」
そう言いかける彼。珍しく弱々しい彼の態度に、つい僕は歩み寄ってしまう。だが次の瞬間、フラウィは突然俯いていた顔を上げて目を見開いた。
「きみが絶望して死んでいく様を見ることさ!!」
容赦なく向けられる恐ろしい程の殺意。醜悪な表情を浮かべて目を見開いたフラウィは、葉の陰に隠し持っていた弾を撃ち込んできた。
「……っ!」
ある程度は予想できていたこととはいえ、あまりに素早い動きに僕は咄嗟に飛び退くことしかできず、尻餅をつく。先ほどまで自分がいた場所には数えきれない程の弾が殺到し、地面に深々と抉った。
しまった。今ここで攻撃を受けたらひとたまりもない。
けれどもフラウィは攻撃する素振りは見せず、底気味悪い笑い声を響かせながら言った。
「よく躱したね。でも、この先はどうかは分からない。不殺を貫くなんて、そんな甘い信念で進んでいたら、死んで死んで死にまくっちゃうだろうね。それでも君がその信念を貫けるか、それとも諦めるか。ぼくは遠くからそれを見させてもらうよ」
フラウィはそう言うと、ニッと凶悪な笑みを見せて地面に潜り消える。相変わらず、性根の腐った奴だった。アズリエルだったという事情を知らなければ、絶対ぶん殴っていたと思う。
その場には僕とキャラが残された。深い溜め息をつきながら土を払い、立ち上がる僕。どういう訳かキャラはにやついていて、笑いを堪えているようだった。
「何か面白いことでも?」
「いやフラウィがさ、不器用だなって。私と同じソウルレスだから当たり前なんだけど、あのセリフ。『きみが絶望して死んでいく様を見ることさ!!』なんて、何のアニメの台詞だよ」
僕には全く分からないものの、彼女のツボにハマったのかしばらくキャラはクスクスと笑い続けていた。その様子は傍から見ると不気味で恐怖を感じる。でも、考えてみるとキャラとフラウィ、いやアズリエルは親友ともいえる仲だった。そんな相手が、僕相手に普段見せないような気取った態度を取っていることに笑いを堪え切れないのだろう。フラウィのあの様子を見る限りでは、まさかキャラに見られているとは思ってもいないようだったし。
「もうっ…。そろそろ行くよ」
あんまりに笑い続けるものだから、僕は怒ったようにキャラにそう言うと、目の前の重厚な扉に手を掛けた。
軋むような音を立ててゆっくりと開いていく扉。その隙間からは眩いばかりの白い光が差し込み、遺跡の薄暗さに慣れていた僕は思わず右腕で目を覆い隠す。
しばらくして目を慣らしてから開けた僕。そこに広がっていた一面の銀世界に思わず息を呑んだ。
変わり種です。
Ruins編はこれにて終了。次回からはSnowdin編となります。
ストックがだいぶ消費されたので、少し間が空くかもしれませんが、何卒ご了承を。
DELTARUNE公開されましたね。早速、夜更かししてプレイしてしまいました。ネタバレになるのであまり言わないですが、ゾクゾクするような興奮と衝撃に痺れちゃいました。
特に最後のシーンとか
感想等頂けると嬉しいです。今後とも、宜しくお願いします。