「それにしても、サンズはやっぱ苦手だな…」
雪道を歩きながら、僕はぼそっとそう呟く。サンズ自体はあの独特のクールな雰囲気といい、Gルートの最終決戦といい、個人的にはUndertaleの中でも一番好きなキャラクターだった。ただ、実際に会うとなるとそれは違ってくる。あの勘の鋭さと何を考えているのか分からない不気味な笑み。特に自分の置かれた立場を考えると、それは尚更だった。
「だろうね。私だって、いったいどれだけあいつに串刺しにされたか。大体きみ、操るの下手過ぎ」
「へ?」
恨みがましいキャラの言葉に、思わず僕は訊き返す。
「サンズ戦だよ。あれ、ほぼフリスクと私は一体化してるようなものだから、痛みが直で来て辛いんだよね。しかも、きみが何度もしくじるもんだから、それはそれは地獄だったよ」
それを聞いて薄っすらと記憶が蘇る。確かにあの戦いは難しいなんてものじゃなかった。不死身のアンダインもかなり苦戦したけど、サンズはそれ以上だった。そもそも初っ端の攻撃を生き残るのも大変なのに、その後の鬼畜のような連続攻撃と憎たらしいスリップダメージ。最終的には半ば攻撃パターンを暗記するような形でクリアしたけれど、その時には50回近くやっていた気がする。
こうも直接的に下手糞とまで言われると癪に障るものの、彼女が受けた痛みを考えると何も返す言葉はない。
「あれは一度、きみも味わってみるべきだよ」
「いや、それだけは遠慮しとく」
僕は即答した。画面で動いていたのはソウルだからまだ見ていられたけど、実際の光景を考えるとあれは中々恐ろしいものがある。足場から落ちれば即串刺しだし、ガスターブラスターを食らえば消し炭になるのは必至だ。それをこの体で受けるのは、何が何でも嫌だ。
道の先にはセーブポイントの黄色い光が見えてきた。今度のセーブも特に迷うことなく、一瞬で完了する。ここでは確か、『あのランプの都合の良さにあなたは決意で満たされた』というようなメッセージが表示されたはずだ。初めて見た時は、少し吹き出してしまったのを覚えている。
頭上に表示される黒画面がまた更新された。
『Tsuna LV1 1632:06 Snowdin-箱通り』
気づけば1日以上が経っている。トリエルの家で一夜を過ごしたのだから、当然と言えば当然だった。箱通りという名前の通り、道の先には看板とともに大きな木箱が見えてくる。確かアイテムを自由に預け入れすることのできる箱で、この先に存在する別のボックスからでも中のアイテムを出し入れすることのできる便利な代物だ。
ボックスに近づいた僕は、静かにそれを開けてみた。中にはやや擦り切れているものの丈夫そうな革手袋が入っている。文字通り『丈夫なグローブ』というような名前だったはずだ。つけると攻撃力がやや上がったように記憶していたけど、いまは誰かを傷つける気はないので必要ないだろう。
でも、閉めかけたところで僕の手が止まった。
寒い。とにかく寒すぎる。
指先を見れば赤紫色になっていて、既に感覚が鈍くなってきている。このままだと下手すると凍傷になりかねない。空を見上げればいつの間にか小雪が舞い、風も少しだけ出てきた。地下世界のはずなのに摩訶不思議極まりないけれど、Ruinsのことも考えるとこれがこの世界の普通なのだろう。うん。
結局ボックスを開け直した僕は、グローブを手に取るとはめてみた。やっぱり手袋があるだけで体感が全く違う。最初のうちは冷え切っていて辛かったものの、しばらく手を開いては閉じてを繰り返していると、だいぶ温まってきた。手袋の効果は抜群のようだ。攻撃には使わないにしろ、これはSnowdinを抜けるまでははめていてもいいかもしれない。
そのまま先へ進もうとする僕。その時、一瞬だけ辺りが暗くなる。
「なんだ?」
すぐに空を見上げてみるものの、そこには誰の姿もない。いったい何だったのだろうと首をかしげていると、突如として強い風が吹き、たちまち辺りの雪が舞い上がった。あまりの激しさに目も開けられず、僕は右腕で顔を隠す。吹き付けてくる雪は異様なまでに冷たく、一気に体が冷えた。
それでも、案外すぐに風は収まり、僕は顔を覆っていた腕をゆっくりと下げる。すると、すぐ目の前には自分の背丈はあろうかという一羽の大きな鳥____Snowdrakeが立っていた。彼は黄色の派手な嘴をしばしば動かしながら、好奇の眼差しで自分を見つめてきている。その顔の真ん中には雪の結晶のような奇妙な飾り羽が生えていて、青い体色もあってか見ているだけでも寒気がしてくる。
「”冷”血に戦おう!」
いきなりダジャレをかましてくるSnowdrake。これは、一戦を交えるのは避けられないかもしれない。僕は足を広げて姿勢を低くし、戦闘態勢を取る。でも、Snowdrakeはいつまで経っても攻撃する素振りを見せず、何かを待っているようだった。そこで僕は思い出す。
確か彼はコメディアンであり、観客を引き止めるために戦っていたはず。ならば、こっちもジョークで対抗するのが筋ってところだろうか。といっても、そうそう駄洒落なんて思いつきそうもない。懸命に頭を捻った僕はしばらく考え込み、思いついた駄洒落をすぐに口に出す。
「MERCYするか悩
あ、これシャレにならんやつだ……。
言い終わってから後悔するけれど、もはや時すでに遅しだ。それを聞いたキャラは目を点にして呆れ返っている。でもその一方で、意外にもSnowdrakeはクスクスと笑ってくれた。反応が良くて一安心する。
「は…は…。まぁまぁかな」
そう言うと、Snowdrakeは大きく羽ばたいた。またたく間に雪が舞い上がるとともに、翼から生み出された不規則な風の流れが寄り集まって銀色の刃を形作る。三日月型のそれらは風の流れに沿って次々と空気を切り裂き、自分に襲いかかってくる。
とはいえその軌道はブーメランのような円弧状なので、あのトリエルの攻撃に比べると動きを読むことは容易かった。僕は刃の流れを見ながら右へ左へ体を動かし、押し寄せてくる連続攻撃を回避する。足場が雪で不安定なのがやや気がかりなものの、今のところは大丈夫そうだ。やがて攻撃が止み、Snowdrakeは静かに羽を畳む。
次は何の駄洒落を言おうか…。さっきはちょうどよく思いついたけど、今度ばかりは全く思いつきそうもない。そうしている間に、みるみるSnowdrakeの機嫌が悪くなっていく。こうなったら、もう適当に言うしかない。
「アルミ缶の上にあるみかん!」
「それは前に聞いたぞ」
まじか…。
やっぱり、どこかで聞いたことのあるような普通の駄洒落では通用しないらしい。というか、『アルミ缶のうえにあるみかん』は人間界だけではなくモンスターの世界でも共通なのか?むしろそっちのほうが驚きだ。みかんはもちろんだけど、アルミ缶なんてこの世界にあるのだろうか…?
一方のSnowdrakeは軽く咳払いをすると、ポーズを決めて渾身のダジャレを披露する。
「氷の駄洒落は“スノー”プロブレム」
「おー、うまい!」
すぐに拍手をして歓声を上げる僕。一方、キャラは底なしの悪寒にでも襲われているのかすっかり青くなっていて、心なしか自分を見つめる目まで冷たかった。別にそこまでつまらなくもないと思うんだけど…。もしかして、僕までちょっとズレちゃってる?
つづいてSnowdrakeの攻撃が始まり、彼は再び翼をはためかせて無数の刃を生み出していく。放物線を描いていた先ほどとは違い、今度の軌道は直線的で前後左右から一直線に三日月の刃が通り過ぎる。スピードこそ早いものの、刃の進む方向さえ見ていれば何も問題はないはずだ。僕は腰を落として姿勢を低く保ち、いつでも対応できるようにして意識を集中させる。
前から来た刃の一撃をサイドステップで躱し、続いて右から来た刃を軽く身を捩って躱す。続いて背後と正面からの同時攻撃を避けるべく、再びサイドステップを決めようとする。その時だった。
「ひゃっ……!?」
まるで漫画みたいにツルッと足が滑り、見事なまでに尻餅をついてしまったのだ。さっきより軌道が簡単だったので油断して、雪の下に氷が張っていたのを見逃したのかもしれない。地面に打ち付けた部分はかなり痛むものの、構っている暇はなかった。
すぐに迫っていた前後からの刃をその場に伏せて辛うじてやり過ごす。しかし、間髪入れずに左から迫ってきた刃には対応が遅れてしまった。すぐさま飛び上がって身を翻し、躱そうとする僕。でも、間に合わずに避け切れなかった一撃が左腕を掠めた。最初は全然当たった気はしなかったけれど、攻撃が終わった頃になって急に痛み出す。かすり傷とはいえ、余程刃が鋭利だったのかパックリと皮膚が切り裂かれていて、血がだらだらと流れ出ている。意外に痛い。
「クソ、ドジったな…」
Snowdrakeは先ほど自分のギャグを笑ってくれたことにすっかり機嫌を良くしているようだった。僕は「ありがとう」と感謝を伝えると、彼を逃がす。間もなく猛烈な風を吹き荒ませて、Snowdrakeはどこかに飛び去っていった。
「あーあ…。軌道が読みやすいからって、ぜったい油断してただろ」
「うぅ…」
「いいかい、Snowdinは雪の世界だ。きみはあまり雪に慣れていないようだから言っておくけど、さっきみたいに雪の下に氷が隠れていたりなんてことはザラにあるんだ。下手したら、落とし穴みたいに深い溝にズボッと埋まることだってある。足場が不安定だから、無駄に死にたくなきゃ慢心しないことだね」
左手で傷を押さえながら歩いていた僕に、キャラの容赦ないお説教が浴びせられる。少し言い返したい気にもなったけど、彼女の言葉は確かにその通りなのでまったく反論できなかった。というか、それだけ知っているなら最初から言ってくれればよかったのにとも、一瞬思う。でも、彼女にそんなことなんて言えるはずもなかった。やがて説教が終わると、僕は「はい…」といかにも気だるく返事をする。
幸い傷の方はセーブポイント近くでエンカウントしたおかげもあって、決意の光でスムーズに回復を行うことができた。気づけば腕の傷はなくなり、流れ出ていた血まできれいさっぱり消えている。どういう理屈で傷が癒えるのか、やっぱり謎だった。
改めて準備を整えた僕は、気を取り直して再び前へ進み出す。
箱通りを抜けた頃だろうか。ちょうど道の先に2人ほどの人影が見えた。いや、正確には人間ではなくモンスターなので、その言葉は正しくないかもしれない。片方は背が低く、シルエットだけでもサンズだと分かる。もう一人はひょろりとした体格で、よく見ると赤いマフラーを首に巻いているようだった。だとすると、あれはおそらくパピルスで間違いない。
何やら話し合っていた2人だったが、自分の存在に気づいたらしく急にこちらを振り向いてきた。胸がドクンと脈打つ。
「……。」
だがパピルスは無言のまま、何事もなかったかのようにサンズの方を向き直る。そして、若干の間を開けてから二度見する。サンズも同じだった。再び互いを向き直る彼ら。少し間を開け、改めてこちらの方を振り返る。その繰り返しだ。三度見、四度見、五度見…。次第に残像が残るほど超高速で振り返り、その場でくるくる回り始めたので、もはや何度見なのか分からなくなった。
数え切れないほど見返したところで、ようやく彼らの動きが止まる。
「SANS、なんてこった!あれはまさか…人間!?」
目を丸くして驚愕しながら、こちらを見つめてくるパピルス。「あ、どうも」と、取り敢えず軽く会釈してみたけれど、それどころではないのか気づいていないようだ。サンズは相変わらずのニヤけ顔で困ったように声を上げる。
「あー…、あれはただの岩だと思うぜ」
「そっか」
念のためさっと後ろを振り返ってみるものの、どう考えても岩なんてない。サンズはともかく、パピルスはこれまで探し求めてきた人間が、まさか自分の目の前にいるなんて信じられないのだろう。
「おい、あの岩の前にあるのはなんだろうな?」
「そんな!!!」
結局誤魔化すのではなく言ってしまうんかい!思わずツッコミを入れたくなる僕。パピルスは空気が震える程の驚きの声を上げて、呆然と立ち尽くしている。すると、間もなく2人で何やらコソコソと話し合い始めた。もしかするとパピルスは人間を見たことがないので、本当にこれが人間なのかサンズに確認しているのかもしれない。ちょっとかわいい。
「なんてこった!!!」
相談が終わったのか、パピルスが再び声を上げる。この距離でこれだけ大きく声が聞こえるって、一体どれだけでかい声で話しているのだろう。
「SANS!ついにやったぞ!UNDYNEもきっと…俺様はついに、人気者!人気者に!!人気者になれるぞ!!!」
まるで無邪気な子どものように、大はしゃぎするパピルス。その様子に、チクリと僕は心が痛む。こちらに向き直ったパピルスは、軽く咳払いをしたのち腕を組んで格好良くポーズを決めると言い放った。
「やい人間!ここは通さないぞ!この、グレートなPAPYRUS様が、お前を止めてみせる!」
「はあ…」
「そしてお前を捕まえれば、お前は都に送り飛ばされ、そして、そして……。その後どうなるのか俺様も知らない」
(ガクッ)
少し抜けたところがあるのも相変わらずのようだった。そんなところもまた少し可愛らしい。でもまあ、現実はそう甘くはないものだ。もし僕がパピルスに捕まって本当に都に送り飛ばされでもしたら、間違いなく殺されてソウルを奪われることになる。この純粋なパピルスはそんなことは知る由もない。いや、知らないほうが彼にとっては幸せなのかもしれない。知ってしまえば、彼の目指す道は閉ざされてしまうかもしれないからだ。
「まあいい!ついて来い…。その勇気があるならな!!ニェッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!」
独特の笑い声を上げながら、パピルスはスキップで冬道を駆けていった。やっぱりこのハイテンションには、なかなかついて行きづらいものがある。それに正直言うとこの先、彼とどう接していいか分からない自分もいた。自分が彼にしてきたたくさんの非道な行い。それを考えると、明るく接することなんて出来そうもない。
「ふぅ、上手くいったな。そんな悩むなって、ちゃんと目玉ひん剝いて見てやるからよ」
一人残されたサンズが、思い悩んでいる様子の僕を見てそう言ってくれた。見てくれるだけでなくて手伝ってほしいのが本音だけれど、流石にそれを本人に言えるわけはない。彼は「ヘヘ…」と軽く笑うと、そのままパピルスの後に続いて歩き出す。いや、
突然、何かを思い出したかのように足を止める彼。ただならぬ様子に、再び心臓が脈打つ。
「ああ…。あと、一つ言っておくことがあった」
「…な、なに?」
ゆっくりとこちらを振り向くサンズ。その眼窩には先ほどまであった輝きがなく、底なしの闇に塗り潰されていた。自分の顔から一瞬で血の気が引いていく。本能が危険だと告げていた。
「兄弟には手を出すなよ…。さもなければ、最悪な目に合うことになる」
闇に染まっていた左目が、一瞬だけ青く光る。悍ましいまでの強烈な殺気が、容赦なく自分に突き刺さった。戦慄した僕は足が竦んでその場から動けない。恐怖で顔が引き攣り、思わず息も止まった。
サンズはその凍りついた笑みを深めたのち、「じゃあな…」と気だるく手を挙げると何食わぬ顔で去っていった。あまりの出来事に、僕はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
だが、やがて彼の姿が森の奥へと消えた途端、緊張の糸が切れるとともに、抑え込んでいたものが一気に限界を迎える。驚きよりも先に襲ってきたのは、恐怖だった。
全身の力が抜けてふらっとその場に座り込み、自分でも止められないくらいに足が震える。何度立ち上がろうとしても、体に全く力が入らない。腕も足も、まるで先に進むことを拒んでいるかのように、まるで言うことを聞かなかった。
「クソッ…。クソ……」
身震いをしながら、絞り出すような声でそう漏らす僕。なんで、こんなことで怯えきっているんだろうか。別に殺されるわけでもないのに。強く自分にそう言い聞かせるものの、あの射抜くようなサンズの眼光が脳裏に浮かぶと、再び震えが止まらなくなる。
「へえ..。今まで散々勝手な事してきたクセに、やっぱりサンズは怖いんだね。何もできなくなるくらいに」
薄笑いを浮かべながら、キャラが覗き込んでくる。
悔しかった。
キャラに馬鹿にされたことではない。サンズに怖気づき、何もできなくなってしまった自分が悔しいのだ。こんなことじゃ、ここから先に待ち構えているであろうさらに恐ろしいことに耐え切れるはずがない。自分でも思っている以上に、自分は無力で臆病だったのだ。そんな自分に、果たしてフリスクが救えるのだろうか。あれだけ意気込んだはずの決意が、瞬く間に揺らいでいく。
「やれやれ。操られてる時からずっと思ってたけど、相変わらずきみは臆病だなぁ。そんな決意でフリスクを助けようと思ってたんなら、正直なところ無理な話だよ。彼女はおろか、きみは一生この世界から出ることができないだろうね」
もはやキャラの顔を見つめることができず、僕はずっと俯いていた。ただただ、どうしようもないほどの悔しさと無力感が自分の心の中を支配する。
「だけど、きみはその決意でトリエルを説得し、ここまで来た。それも事実だ」
先ほどまでの人を蔑むような態度とは一転して、落ち着いた穏やかな声で彼女は言った。
「私からすると、きみは糞みたいなほどに臆病だけど、それでもここまで来れたんだ。もう少し胸を張ってもいいと思う。なにせ、きみはこれまでの恐怖に打ち勝ってきたんだから。それとも、君の決意はこんなにも中途半端だったのか?」
その問いに、僕はしばらく無言を貫いていたものの、ゆっくりと首を横に振った。
「なら、こんなところで立ち止まっている暇はないんじゃないのかい、相棒」
俯いていた僕の目の前に、突然手が差し伸ばされる。驚いた僕が顔を上げると、彼女は普段の不気味な笑みとは違う、温かみのある笑顔で自分を見つめてきていた。それを見て、僕ははっとする。
確かに自分は臆病かもしれない。でも、だからってこんなところで怖気づいていい理由にはならないのだ。恐怖がなんだ。そのせいで何もできずに、結局誰も助けられなくなってしまうことの方が、一番怖いじゃないか。
僕は決意を胸に秘めてここまで来ているのだ。それは、こんなにも脆くて弱いものだったのだろうか。いや、違う。
僕は彼女の手を掴んだ。温かい感触と、力強い手応え。徐々に心に勇気が湧いてくる。
自分を奮い立たせて震える手足を抑え込むと、僕は再び立ち上がった。その様子に、キャラはニコッと安心したように微笑む。
「ごめん。心配ばっかり掛けて」
「大丈夫。きみを励ますのも、私の仕事の一つだからね」
薄っすら浮かんだ涙を拭った僕は、彼女に心から感謝を告げた。考えてみれば、彼女がいなければきっと僕はトリエルを説得することもできず、Ruinsの中にずっと留まっていたかもしれない。彼女には感謝しても感謝しきれない思いでいっぱいだった。
足についた雪を払い、再びSnowdinへと進み出す僕ら。だが、歩き始めて何歩かで、キャラが思い出したかのようにケラケラと笑い出す。その顔は悪戯っ子のずる賢い笑みそのものだった。
なんだろうか…。何だかとっても嫌な予感がする。
ついに我慢できなくなった僕は、やや突っ掛かり気味に彼女に訊いてみた。
「なにさ!?」
「ハハハ…ごめん。今思い出したんだけど、扉を抜けてからきみのことをAlphysが盗撮してるの知ってるよね。さっきの女々しく泣いてたとこ、ばっちり映ってると思うよ。ご愁傷様でした」
ニヤけながらそう答える彼女。僕は何秒か経ってから、彼女の話した言葉の意味を理解した。
「ああああああああああーーーーーっ!!!」
すっかり忘れていた。あの根暗科学者、本当にろくでもないことしかしないじゃないか。さっきの顔が映ってたとしたら、恥ずかし過ぎて死にたいくらいだ。
素っ頓狂な声を上げた僕は、大慌てで辺りの森の中を手当たり次第に探し回り、隠しカメラを見つけ出そうとする。雪山を掘り起こし、針葉樹の幹を覗き込み、枝に積もった雪を叩き落とす。そんな様子を見たキャラが、さらに笑いながら煽ってくる。
「自業自得さ。なんたって君は救いようのない泣き虫だからね。トリエルに抱きつくようなマザコンだし」
「は?」
さすがの僕も、これには頭に来て少しばかりキレてしまった。その勢いで咄嗟に地面から雪を拾って丸く握ると、彼女に投げつける。もちろん、幽霊みたいな存在である彼女には雪玉は当たらず、ただすり抜けただけ。でも、彼女の怒りに火をつけるには十分だった。
「へえ…。きみは私とやり合いたいってわけだ」
「あ…いや、これはその……」
瞬く間に底気味悪いあの張り付けたような笑みを浮かべ、瞳を赤く光らせるキャラ。あれ、これはもしかして、怒らせちゃったやつ?
両目を光らせた彼女は右手をゆっくりと上げる。すると、驚くことに周りに積もっていた雪が徐々に持ち上がり、空中で押し固められてあっという間に無数の雪玉が形作られた。まじっすか…。
今までは自分の感覚だけに干渉すると思っていたのに、こうやって自然物にも干渉することができるなんて初めて知った。現象としてはおそらく、ポルターガイストのようなものだろう。
いや、冷静に観察している場合ではない。
後ずさりする僕。彼女は笑みをさらに深めると、上げていた腕を前に振りかざす。同時に浮かんでいた無数の雪玉が次々に放たれ、かなりの勢いで僕に迫ってきた。これ、普通に雪合戦とかのレベルの速さじゃないんだけど…。
「ちょ…、ちょっと待って!話せば分かr……痛っ!」
何気にトリエル並の弾幕密度な上、弾速も早いまさに鬼畜仕様の容赦ない攻撃だった。ぜったい僕、ここまで酷くやってないと思うんだけど。そもそも、キャラに当ててないし。一体これ何倍返しだよ!
口々に文句を言ってやりたいところだったけど、とてもそれどころではない。僕は彼女の怒りが冷めるまでの間、機関銃の如く放たれる無数の雪玉による凄烈な弾幕の中を逃げ惑ったのだった。