Undertale 落とされた人間   作:変わり種

15 / 23
かなり間が空いてしまい申し訳ありません。お楽しみ頂ければ幸いです。


第14話 疑念

進んでいる道は次第に狭まってくる。気づくといつの間にか、左右には底が見えないほどの切り立った崖が広がっていた。怖い、怖過ぎる…。高所恐怖症の自分にとっては、これほどまでに恐ろしいことはなかった。へっぴり腰で何とか渡されていた橋を抜けると、近くの岩に腰をおろして一息つく。今のでかなり寿命が縮んだかもしれない。

 

休みつつ辺りを見回すと、近くに派手なパラソル付きのワゴンが停まっていることに気づいた。その傍には、ウサギのような耳をした水色のモンスターがため息をついている。

 

「なんで売れないんだろ…。アイスを食べるには最高の気候なのに…」

 

いや、周りもアイスな気候だったら、買う人なんていないような気が…。売るんなら、せめて街に行かないと。心の中でそんなことを思っていると、落ち込んでいる彼と目が合った。

 

「ああっ!!もしかして、お客さん?」

 

「えっ…?いえ、はい、まあ…」

 

そこまで近づいていたわけでもなかったのに、じっと見ていたせいで勘違いされてしまったらしい。何かここまで来ると、買ってあげないのも可哀想な気がしてくる。仕方なく近づいていった僕は、ワゴンを覗き込んでみる。

 

「お、意外に種類あるんだ」

 

メニュー表には、バニラやチョコ、ストロベリーといったアイスのフレーバーがびっしり書かれていた。その数21種類。なんだか後ろの方にはリコリスという文字も見えたけれども、気にしないことにする。

 

「どれにしますか?きみの心をあっためるアイスクリーム。いまならたったの15G!」

 

「うーん、じゃあ、グリーンt…痛ッ!」

 

好物のグリーンティー味を頼もうしたところで、思いきり腕をつねられた。振り返ると、キャラが心底恐ろしい顔でこちらを睨んでいる。

 

《相棒、分かっているだろうね。頼んでいいのは…》

 

(チョコ味だけでしょ。もう…、わかったよ!)

 

渋々、僕はチョコ味を頼んだ。ほんとはグリーンティーが食べたかったけれど、そんなことをしたらキャラに何されるか分からない。注文を聞いたナイスクリームガイは、ワゴンの中からアイスを取り出すと優しい笑顔で手渡してくれた。

 

「はいどうぞ!ナイスな日を送ってね!」

 

見た感じは少し大きめの棒アイスといったところで、包装紙には、『今日は良い日になるね!』と書いてある。少し食べたい気もしてくるけど、やっぱり回復アイテムなので浪費することは避けたかった。仕方なくナップザックに入れておく。一応、雪だるまのかけらのそばに入れて対策はしてあるものの、溶けてしまわないか若干心配だった。

 

その先に進んでみると、公園のような大きな広場に行き当たった。でも、特に何かがあるというわけではない。ここって、ゲームだと何があっただろうか。

 

懸命に思い出そうと記憶を辿りながら歩き続ける僕。やがて、目の前の地面に雪で塞がれた穴が見えてきたとき、ようやくひらめいた。

 

(ここはボールゲームのある場所か)

 

ゲームだと、この広場の入り口に雪玉が転がっていて、それを蹴飛ばしてこの穴に入れるミニゲームができる場所だった。後で知ったことだけど、穴にボールを入れた時に出てくる旗の色とメッセージは、これまで落ちてきた子どものソウルの色に対応しているらしい。でも今は穴が塞がっているうえ、入り口に雪玉もなかったので、プレイできないだろう。

 

何で塞がっているのかは謎だ。これも、自分がここにいることと関係しているのだろうか。

 

でも、考えたところで答えは出なそうなので、僕は先に進むことにした。道の先には、既に2人ほどの人影、いやスケルトン影が見えている。

 

「人間!!心の準備はいいか…」

 

近づいていくと、相変わらずの大声が響き渡った。そこにいるのはおなじみのスケルトン、サンズとパピルスの2人だ。そして手前には、何やら怪しい1枚の紙切れが落ちている。

 

「SANS、パズルはどこだ?」

 

「そこにあるだろ。地面の上に。まあ見てな、これを乗り越えるなんて不可能だぜ」

 

2人がそう話す中、僕はしゃがみ込むとその紙を手に取ってみる。

 

『よいこのことばさがし』

 

謎の氷のような熊のようなよく分からないキャラクターの隣には、これまた意味の分からない文字の羅列が書いている。その下にはいくつかのキーワード。ゲームで最初これを見た時は、意味不明過ぎて諦めたパズルだった。

 

けれど、後で調べて分かったのが、その名の通り単なる文字探しだということ。上の文字の羅列の中から、下のキーワードを探して消していくという、単純なものだったはずだ。実は消して残った文字に何か意味があるんじゃないかと思って、地味に書き写して考えていたこともあったけど、まったく分からなかった。というか、たぶん意味はないと思う。

 

《おーい、そんなワードサーチパズルも解けないのか?もしかして、意味分かってない?》

 

(んなわけないよ。ちゃんと分かってるって)

 

じっと紙を見つめていると、案の定キャラにからかわれた。いやまあ、たしかに最初の時は分からなかったけれども。

 

とりあえず、中身は理解できた。僕は静かに立ち上がるとパピルスの方に向き直る。それを見た彼は、驚いたように声を上げた。

 

「SANS!!!何も起きないじゃないか!」

 

「おっと、やっぱり今日のクロスワードを用意した方が良かったかな」

 

「はあ?クロスワード!?何でそんなもの出すのだ。俺様が思うに…ジュニアジャンブルの方が難しいに決まってる」

 

何やら言い争いを始めるスケルトンの2人。ジュニアジャンブルとクロスワードのどっちが難しいかで揉めている。その途中でサンズがジャンブルのことを「あれ赤ボーン向けだぜ」といったのには、どういう訳か寒くなった。でも、そんなことよりもっと大きな問題がある。ジュニアジャンブルって何だったっけ。

 

「人間!!!お前はどう思う!」

 

ジャンブルのことを思い出そうとしている中、突然話を振られた。そんなこと聞かれても、ジュニアジャンブル知らないのにどうやって答えればいいんだろう…。

 

言い淀みながら適当に誤魔化そうとするものの、あまりにパピルスがまじまじと見つめてくるので、仕方なく僕は「クロスワード、かな…」と答える。それを聞いたパピルスは、目を丸くして驚いた。

 

「おかしいだろ二人とも!クロスワードは簡単すぎる。問題の解き方がいっつも同じじゃないか。全部の欄に「Z」を書いて埋めるだけ…。だって俺様はいっつもクロスワードをやってると、つまんなくて寝てしまうからな!!!ニェーヘッヘッヘ!!!」

 

あ、はい…。

 

そうして、パピルスは笑いながらまた先の方へ走っていってしまった。その場にはまた、サンズと僕たちだけが残される。何だか、途轍もなく気まずい。

 

(これはもう、逃げるが勝ち、かな…)

 

そのまま、そっと立ち去ろうとする僕。でも、サンズの目の前を通り過ぎたところで、呼び止められた。

 

「おい、人間」

 

「は、はいィッ!何でしょうか!」

 

緊張のあまり、声が上ずってしまう。もしかして、パピルスの意見を否定したことに怒っているのだろうか。それはちょっと理不尽過ぎる気もするけれど、脅してくるような今までの出来事を考えるとあながちそれも否定できない。次第に顔が青ざめてくる。

 

やがて、独特のにやけ顔のままサンズは再び口を開いた。

 

「お前さんも、クロスワードが難しいと思うだろ。同じ意見で何よりだ。PAPYEUSは変なところに問題を見出すからな。昨日も星占いを『解こう』としていたし」

 

「へ…?まあ…」

 

拍子抜けする彼の言葉に、思わずため息が漏れそうになる。でも、ぎりぎりのところで抑え込んだ。まだ胸がドキドキする中、僕はサンズと別れるとセーブポイントのある広場に向かっていく。慎重に振り返ってサンズがいないことを確認した僕は、ようやく安心して腰を下ろすことができた。

 

「君、警戒しすぎじゃない?もっと気を楽にしていったら?」

 

「そ、そんなこと言われても…」

 

キャラが相変わらずのニヤリとした薄笑いを浮かべながらそう言ってきた。それができれば苦労はしない。あんな出来事があった後だと、まだまだサンズに対しては警戒してしまうものだった。むしろ、警戒しない方がおかしいと思う。

 

でも、確かにこのままサンズに会うたびに神経をすり減らせていたら、Snowdinの街に辿り着く前にぶっ倒れてしまうかもしれない。それに、あまりに挙動不審過ぎてもサンズに怪しまれるだけだろう。次からは、もうちょっと気を強く持っていかなければ。僕は自分にそう言い聞かせる。

 

辺りに目をやると、ゲーム通りパスタと電子レンジがポツンと置かれていた。その隣には1枚の置き手紙。近づいていって読んでみると、こう書かれていた。

 

『人間!!このパスタを召し上がれ!なんと、このパスタは罠なのだ…。パスタがお前をおびき寄せ、お前はすっかりパスタに夢中…。先に進むことすら忘れてしまうという寸法だ!!お前はグレートなPAPYRUS様に完全にハメられるのだ!!!

ニェッヘッヘッ、PAPYRUSより』

 

夢中になって先を進むことすら忘れるようなパスタなら、ぜひとも食べてみたい限りだ。けれども、隣のパスタはあいにく寒さのあまり氷漬けになっていて、テーブルに張り付いてしまっている。温めようにも隣の電子レンジはコードが宙ぶらりんの状態で、動くはずもなかった。これでは食べることは難しいだろう。

 

「やれやれ、パピルスってのは何を考えているんだろね。敵に塩を送っているようなものなのに」

 

「それが、パピルスの優しさなんじゃない?まあ、ちょっと抜けてるとこもあるけどさ」

 

疑問に思っているキャラに、僕はそう答えた。確かに、生きるか死ぬか、殺るか殺られるかという世界で生きてきたキャラにとっては、理解しがたいことなのかもしれない。僕の言葉を聞いた彼女は、あまり腑に落ちない様子で口を開く。

 

「ふーん、優しさねぇ…。私だったら、このパスタに毒でも混ぜておくところなんだけどな」

 

流石はキャラ。言うことが恐ろしい。いまではだいぶ慣れて普通に彼女と接しているけれど、時折こういった冷酷な一面を見せるあたり、やはり彼女は彼女なんだと感じる。よくよく考えれば、彼女はGルートでフリスクのソウルと同化してモンスターを虐殺した張本人なのだ。そして、最後には彼女を完全に乗っ取って、世界を破滅へと導いた。

 

そんな恐ろしい人間と一緒に行動しているなんて、とても信じられない。自分が殺されていないことだけでも驚きなのに、協力までしてくれるなんて。それだけ、彼女もフリスクを助け出したいと思っているのだろうか。それとも…。

 

いや、変なことを考えるのはやめよう。

 

カチンコチンになったパスタの後ろには、またもやネズミの巣穴が見える。せっかく餌になりそうなスパゲティなのに、ここまで凍っているとネズミでも食べられないだろう。そんなことを考えつつ、セーブポイントに向かうと、案の定無事にセーブが完了する。

 

『Tsuna LV1 1861:21 Snowdin-スパゲティ』

 

いや、スパゲティって…。それしか、いいポイント名が思い浮かばなかったのだろうか。

 

おかしな名前に首を傾げつつも、僕らは小雪の舞う道のさらに奥へと進んでいった。その様子を青い瞳がじっと見つめていたことに、僕は気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は密かに、あの子どもの後をつけていた。

 

あの電撃パズルの一件以降、少しばかり引っ掛かるところが出てきたからだった。

 

何度タイムラインを通っても記憶が残る俺には、あの場で起こる事は全て()()()()()。パピルスがオーブを渡し忘れて電撃を食らったり、雪に足跡を残してネタバレをしてしまうことも。だから俺はパピルスが電撃を食らう前に、オーブをあの人間に持たせるよう伝えたのだった。その上、パズルに少し細工をして、本来のコースの後にもいくつか曲がり角を付け足したりもした。彼がどう反応するか、見てみようと考えたからだ。

 

その結果は、ある意味予想通りだった。

 

ゆっくりではあるものの、彼は的確に歩き電撃を一切食らうことはなかったのだ。そして、俺が仕掛けた”おまけ”の部分になると、ことごとく失敗して何度か電撃を食らっていた。

 

これが意味するものは何なのか。

 

考えられることは一つだ。彼は本来のタイムラインで起こっていたことを()()()()()()()()()()()()のだ。でなければ、初めて会ったのにヒントもなしにパズルをノーミスでクリアするなんて不可能だし、イレギュラーに手を加えた部分で間違えた理由も説明できない。

 

そして、そんなことができるのは他でもない。あの忌々しい”Player”。奴が関わっているとしか考えられなかった。記憶を留めている俺ですらあの少年とは初めて会うくらいなのだから、そんな彼に過去のタイムラインの記憶があるはずはない。だとすれば、同じく記憶を留めるプレイヤーの仕業以外にはあり得ないのだ。

 

おそらく今回現れた彼もまた、プレイヤーに()()()()()()のだろう。まるで弄ぶようにフリスクを操ってこの世界を滅茶苦茶にしたあのプレイヤーが、再び影を見せたことには正直、頭がどうにかなってしまいそうなほどの怒りがこみ上げてくる。でも、すぐにでも殺さないだけの冷静さも俺は持ち合わせていた。

 

彼女__フリスクが教えてくれた優しさ。彼女を失った今こそ感じるその大切さを、俺は深々と心に刻んでいたからだ。取り返しのつかない後悔と、果てしない悲しみとともに。

 

だから俺は、あの場で彼を見逃した。たとえプレイヤーが操っているにしろ、必ずしも破滅の道に導くとは限らない。皆が満たされる幸せな未来に導いてくれるという可能性も、ないわけではないのだ。

 

でも、一つ引っ掛かるところがあった。

 

俺はいままで、彼をフリスクの成り代わりか、フリスクとは全く異なる出自の人間だと考えていた。だが、単純な成り代わりなら基本的にはこれまでのタイムライン通りに物事は進むはずで、俺がさっき起こしたようなイレギュラーな出来事は起こり得ない。どう足掻いても運命は変わらず、同じシナリオを辿ることになるのだ。それは今までのタイムラインで、俺が数え切れないほど証明していることだった。

 

ならば、やはり彼はフリスクとは全く異なる出自の人間なのだろうか。一度は、俺もそう考えた。だが、先ほどの出来事ではっきりしたのは彼もまたプレイヤーに操られているということ。俺が何度試しても失敗し、またプレイヤーですら今までは決められたルートの中しか歩むことができないこの世界の法則を打ち破る彼は、まさにイレギュラーな存在だった。いや、”異質”といったほうがしっくりくるかもしれない。そんな彼と、これまで散々この世界に干渉としてきたプレイヤーが関わっているというのは、どういうことなんだろう。

 

謎は深まるばかりだった。

 

もう一つ気になるのは、あの少年と会った時から薄々覚えている違和感の正体だ。確かに俺が計測する限りでは、彼のLV、EXPはともに初期のまま。この世界に落ちてきてから、誰も殺してはいないはずだった。なのに、彼の内から滲み出てくるこの気配。これは一体、何なのだろう。まるで、俺と殺し合った時のフリスクのような、悍ましい程の罪にまみれた人間の気配…。

 

確実に、彼には何か裏がある。

 

それも、途轍もなく重要で、この世界をひっくり返しかねないような裏が。

 

俺はそう直感していた。だから、こうして気配を消して密かに彼の後をつけているのだ。この先に起こるかもしれない、悲劇的な結末を未然に防ぐために。そして何より、弟であるパピルスを守るために。

 

 

 

 

 

しばらくスパゲティの前で休憩していた彼は、何度か独り言を呟いたのち再び歩き出した。周りには誰もいないのに、妙な話だ。もっとも、何を喋っているかまでは分からなかったので、何とも言えない部分はあるが。

 

そうして、時折看板を読んだり近くの雪山を覗き込んだりしながらも、彼はほとんど迷わずにSnowdinの方へと進んでいった。俺は気づかれないようにショートカットを駆使しながら、一定の距離を保ちつつ追い続ける。だが途中、彼は先の道を塞ぐスパイクの山に気づいたらしく、思い出したように一旦道を引き返した。

 

案の定、行き止まりになっている別の道に進む彼。そして、雪の中に隠れていたスイッチをカチッと押し込んだ。瞬時にスパイクが下がり、道が通れるようになる。

 

この手慣れた様子、やはり彼はパズルの配置をあらかじめ知っているのだろう。

 

(食えないやつだぜ。ますます野放しにはできねえな…)

 

彼はそのまま来た道を戻えると、下がったスパイクの方へ進もうとする。だがそこへ、鎧を纏った1匹の白いモンスター、レッサードッグが立ち塞がった。

 

(さて、どう反応するか見ものだな)

 

読み取れる限りでは彼のLVは1。でも、それはあくまで数字の上での話だった。滲み出るあの気配の正体は一体何なのか。この戦いから、それが分かるのだろうか。

 

俺は近くの木の陰から、戦いの様子をじっと見つめる。

 

矛と盾を持ってじりじりと距離を詰めるレッサードッグ。それに対して、彼は遠慮がちに、少しだけ手を上げた。それを見たレッサードッグは、口から舌を出してハッハッと息遣いを荒くする。どうやら興奮しているらしい。あいつは撫でられるのが好きだったから、上げられた手を見て撫でてくれると思ったのだろう。

 

レッサードッグはそのまま勢いよく四つ足でダッシュすると、彼に向かって飛び掛かる。様子としては犬がじゃれる様なものに近いが、背丈はあの少年と同じくらいあった。その上に鎧を着込んでいることも考えると、彼みたいな子どもなら簡単に吹き飛ばされるほどの威力だ。

 

「っと…!」

 

軽い身のこなしで、レッサードッグを引き付けた彼は既のところでタックルを避ける。そうして、再び手を上げた。すっかり興奮しているレッサードッグは、撫でてほしくてウズウズしている。同時に、首が少しだけ伸びた。

 

「キャンキャン!」

 

甲高く吠えると、レッサードッグは短剣を勢いよく振り回した。それにはあの少年もちょっとビックリしたらしく、「うわッ!」と声を上げて必死に刃を避ける。それでも、教えてもいないのに青く光る刃には的確に静止してやり過ごしていて、躱し方が様になっていた。

 

「よしよし、いい子いい子!」

 

攻撃を終えたレッサードッグに近づいていった彼は、その頭をそっと撫でる。キャンキャン吠えて激しく尻尾を振るレッサードッグ。撫でやすいようにと、首がもっと伸びた。そのままじゃれつくようにレッサードッグは飛び掛かるものの、さすがに見切られていて瞬時に身を翻した彼は軽々と躱す。そして、レッサードッグと再び間合いを取った。

 

彼はそこで逃がすことに決めたらしい。軽く手を振ると、静かにその場を去っていった。レッサードッグは名残惜しそうに彼の後ろ姿を見つめ、「キャンキャン!」と興奮気味に鳴いている。でも、その首は既にだいぶ伸びていて、若干不自然さを感じる程だった。

 

もしかすると、彼もこれ以上首を伸ばし過ぎるのは可哀そうだと思ったのかもしれない。だから、ここで逃したのだろう。

 

(案外、人の心もあるようだな)

 

彼は引っ込んだスパイクの上を乗り越え、先へと進んでいく。俺は木の陰からその背中をじっと見つめていた。

 

考えていたほど、彼は危険な人間ではないのではないか。あの様子を見る限りでは、彼は皆を地上へと導いてくれたフリスクと同じように、溢れんばかりの慈悲の心をもってこの世界に平穏をもたらす天使になるのではないか。心の中に、ふとそんな考えが浮かぶ。

 

でも、俺はすぐにそれを振り払った。そんなものは単なる希望に過ぎないのかもしれない。そんな甘い考えだから、今まで起こったような悲劇を食い止めることができなかったのだ。ならば、まだ何も信じる訳にはいかない。

 

やがてその姿が白い景色に消えて見えなくなると、俺も陰から出てゆっくりと歩き出す。だが、何歩か進んだところで俺はすっと足を止めた。

 

”奴”と話すにはそろそろ良い頃合いかもしれない。そう思ったからだった。

 

「おい、そこにいるんだろ?隠れてないで出てこいよ」

 

その場に響く俺の声。少しの沈黙の後、雪の地面がボコボコと盛り上がり始める。それを見た俺は、ニッと笑顔を深めた。山はやがて内側に崩れて、小さな穴が穿たれる。

 

「なんだ、気づいてないのかと思った…」

 

 

 

 

 

姿を現したのは、ニッコリとした笑みをたたえた金色の花だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。