Undertale 落とされた人間   作:変わり種

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第15話 油断

引っ込んだスパイクを抜け、橋を渡った僕は、少しだけ緊張していた。この先には、あのDogi夫妻が出てくるはずだった。大きな斧を振り回すあの攻撃は、ゲームではかなり苦労した記憶がある。コツを掴んだ後は簡単になったけれど、まだ苦手意識があるのは否めない。

 

(…大丈夫。こいつを使えば、すぐに切り抜けられるさ)

 

僕は自分にそう言い聞かせながら、懐から再び“ぼうきれ”を取り出した。夫妻が現れたらすぐにこれを投げつけて取ってこい遊びをして、打ち解けようと考えていたのだ。Doggoにもそれは上手くいったので、今回もきっと大丈夫だろう。

 

「気を付けな。何でもゲーム通りに行くとは限らないよ」

 

そこに、釘を差してくるキャラ。せっかく、自分を安心させようとしていたのに、そんなことを言われるとまた不安になってくる。

 

「そんなの言われなくても分かってるよ!」

 

ムッとして思わず強い口調で彼女に返したところで、道の先から2体の黒い影が姿を現した。同じような黒いローブを身に纏い、手には大きな斧。深く被ったフードから覗ける白い鼻先の片方には、立派な髭が見えた。間違いない、Dogi夫妻だ。

 

「何のにおいだ?」

「どこのにおいかしら?」

 

そう言いながら、2匹は僕のすぐ真横まで近づいて来ると、鼻先をクンクンさせる。ゲームでは画面上でしか見ないからあまり分からなかったけど、こうしていざ目の前に現れると思いの外の体格の良さに驚かされる。普通に今の自分の身長より頭一つ分は大きいし、顔ほどもある大きな斧を握る腕は太く逞しい。

 

でも、視覚では僕のことを捉えられていないのか、彼らは全く見当違いの別の方向を向いてにおいを探っているようだった。僕はその場で息を殺し、身動ぎ一つせず立ち続ける。

 

「においの元がいるなら…」

「…私たちの元においで!」

 

すぐ近くまで来ていた2匹はそう言うと、素早く辺りを嗅ぎ回り始めた。一瞬、自分から離れてくれたことに安堵するものの、犬の嗅覚を誤魔化せる訳はない。すぐににおいを辿ってきた2匹は結局、僕のもとに近づいてきた。

 

「ふうむ…。ここから怪しいにおいがするな…。なんだかとても排除したくなるにおいだ」

「…排除するわ!」

 

その言葉に、僕はゴクリと息を呑み込む。2匹は見事なまでにシンクロした動きで立てていた斧を素早く取り、胸の前で構えた。同時にはらりとフードが取れて、素顔がはっきり見える。2匹とも真ん丸の瞳が特徴的な、そっくりな外見。DogamyとDogaressaだ。

 

鋭い刃をこちらに向けて今にも切り掛かってきそうなDogi夫妻に、僕はさっそく戦闘前から出していた棒切れを2匹が良く見えるように大きく掲げて左右に振った。最初はにおいでしか僕を認識できていなかった夫妻だったけれど、さすがにここまで派手に振ると気づいてくれたらしく、明らかに棒切れに釘付けになっているようだった。

 

これは、いける!

 

僕は2匹がすっかり棒切れに注意を引かれたのを見計らって、「ほい!」と勢いよく棒切れを投げた。宙を舞う棒切れの動きを目で追った2匹は、そのまま頭上を越えていった棒を追って後ろを振り向く。そして、そのまま我を忘れたように四つん這いになって、勢いよく棒切れを追って駆けていく。

 

「やった!これで…」

 

そう言いかけた矢先だった。力んで目測を誤ってしまったのかもしれない。あろうことか棒切れは2匹の追う目の前で崖を越え、下の森へと落ちてしまったのだった。

 

あまりの出来事に絶句するしかなかった。キャラは「だから言ったのに…」と呆れたように呟くと、クスクスと笑い出す。いや、笑い事じゃないんだけど。このあと、どうすりゃいいの?

 

崖下に消えた棒切れに、流石のDogi夫妻も取ってこれるはずはなく、2匹は「クーン」と何だか悲しそうな声で鳴いた後、自分のものに戻ってきた。でも、もう投げるべき棒切れは残っていない。

 

「えへへ、失敗しちゃったみたい…。ゴメン…」

 

凄まじい気まずさを感じる中、苦笑いを浮かべて懸命に場を和まそうとする僕。でも、そんなものが通用するなら苦労はしない。夫妻は先ほどの様子とは一転して、手の平を返したように鋭い殺気を向けてくると、斧を握り直し襲い掛かってきた。

 

「妻のノミをくらえ」

「やめて、本当に…」

 

素早い身のこなしで挟むように僕の左右に回り込んだ夫妻は、斧を深々と振り上げて切り掛かってくる。2匹同時のその攻撃に、僕は咄嗟に飛び退いて最初の一撃を躱した。勢いよく振り下ろされた斧はそのまま地面を深々と抉り、ドスンという軽い地響きを轟かす。まともに食らうと体を両断されかねない威力だ。

 

でも、攻撃はまだ終わらない。再び斧を振り上げた夫妻は、躱した僕を追いかけるように襲い掛かってくる。それも、何度も何度も。

 

「ひッ…!」

 

執拗に切り掛かってくる夫に、僕は身を捩ったりその場で転げたりして躱すのがやっとだった。一瞬でも気を抜けば刃が体を掠め、切り裂かれそうになる。2,3発を躱した頃には、すっかり息も荒くなっていた。そのせいで、いつの間にか妻の姿が見えなくなっていることに、僕は気づかなかった。

 

「馬鹿ッ!後ろだ!!」

 

キャラの怒声に僕が振り返るのと、斧が振り下ろされたのは同時だった。斧に気づいた僕は咄嗟に身を捩って避けようとするものの、妻の振り下ろした斧の方が早い。

 

背中に大きな衝撃を感じた。

 

半ば突き飛ばされるような形で前に倒れ込んだ僕は、その場にうずくまる。すぐに起き上がろうとするものの、途端に襲ってきたのは背中が引き裂かれるような鋭い痛み。

 

「ぐぅぅッ…!」

 

思わず漏れる呻き声。真っ白な雪面にぼたぼたと血が滴り、瞬く間に自分の足元を赤黒く染め上げる。額からどっと脂汗が吹き出し、体に悪寒が走った。

 

「大丈夫か!?」

 

キャラが駆け寄ってくる。DogamyとDogaressaは攻撃を終えたらしく、2人ともすぐに互いに寄り添うと熱いキスを交わしていた。けれども、Dogaressaの握る斧にはべったりと血がついていて、冷たく光る刃先を伝って地面に滴る。相当深く切り付けられたのか、左手で傷を押さえてもなお流れ出る血は止まらない。

 

最悪だ。

 

何でこっちは何も手を出してないのに、こんな目に合わないといけないのか。

 

「…っざけんなよ」

 

頭では理由は分かっているはずなのに、自然と怒りがこみ上げてくる。握った拳が小刻みに震え、思わず唇を強く噛んだ。うっすらと鉄の味が口に広がる。

 

「早く回復アイテムを…。おい、どうしたんだ?」

 

キャラの声も耳に入らず、僕はよろめきながら立ち上がるとDogi夫妻を睨みつけた。驚いたかのように一瞬だけ見開かれる2人の目。その瞳は、まるで化け物でも見るかのような恐怖に怯えたもののようにも見えた。けれど、すぐに取り直した彼らは斧を構え直す。

 

そこで、僕は自分がしたこと、しかけたことに気づいた。

 

「クソッ」

 

向けられた殺意を殺意で返したところで、何にもならない。何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに、なんて自分は馬鹿なんだろう。

 

僕は大きく息を吐くと、気を落ち着かせようとする。そして、ポケットの中からマモノのアメを2粒取り出すと、口の中に放りこんだ。まずは冷静になること。感情だけで物事を向き合っても、絶対に後で後悔することになる。ふと、母がそんなようなことを言っていたのを思い出した。

 

鼻に抜ける独特の風味と、舌を包む優しい甘み。いつの間にか背中の痛みは消え、出血もおさまってきた。相変わらずここまでの傷も治ってしまうなんて、アイテムの力には仰天してしまう。頭もだいぶ冷えてきて、やっと冷静に目の前の状況を考えられるようになってきた。

 

「落ち着いたかい?」

 

「まあね…。」

 

「反省するのは後にしな。もうすぐ次の攻撃が来る。ヒントをあげるなら、片方だけを見過ぎないことと、“匂い”だ」

 

キャラには全部お見通しらしい。でも、彼女が最後にいった言葉に、僕ははっと思い出す。

 

そうだった。すっかり初っ端の大失敗で忘れてしまっていたけど、Dogi夫妻の和解条件は“匂い”だったはずだ。彼らは匂いで自分を認識しているので、体じゅうを地面に擦り付けて雪や土の匂いをつければ子犬の匂いだと勘違いして和解できるはず。実際、夫妻は今も鼻をクンクンさせて辺りの匂いを嗅いでいるようだった。おそらく、自分の居場所を嗅ぎ分けているのだろう。

 

間もなく、夫妻はダンサーのようなシンクロした動きで僕の左右に回り込むと、大きな声で吠える。すると、見る間に白と青のハートが無数に現れ、リングを形作りながら自分の方へと迫ってきた。しかも、リングはリングで回転しているので弾は複雑な軌道を描き、見切るのが難しい。

 

「このッ!」

 

僕は地面の雪を弾幕に向かって蹴り飛ばす。トリエル戦で弾幕は打ち消せることが分かっていたので、もしかするとこの弾幕も何かをぶつければ打ち消せると考えたのだ。蹴り上げた雪の大部分は散り散りになってその場に舞ったものの、いくつかの塊はそのまま残って弾幕にぶつかる。

 

でも、さすがに雪では脆過ぎたらしい。雪の塊は弾に当たった瞬間に木っ端微塵に砕け散ってしまい、跡形もなく霧散する。一方の弾はスピードが弱まることもなく、そのままの勢いで突っ込んでくる。

 

「ヤバッ…!」

 

目前まで迫った弾幕に、たまらず僕は近くの雪の中に飛び込み、激しく転げまわった。あまりの冷たさに心臓が止まるかと思ったけれど、弾は何とか躱すことができた。まあ、体はすっかり雪と土にまみれて普通じゃ考えられないような酷い有様にはなったが。

 

休む間もなく来た第2波に、僕はすぐさま起き上がると、弾の動きを見て弾幕の隙間に体を滑り込ませる。でも、まだ安心はできない。今は弾が描くリングの中に入り込んでしまっている状況なので、もう一度弾の隙間を越えてリングの外へ出なければならないのだ。

 

動く弾に歩調を合わせながら、弾の隙間に飛び込む僕。少しドジって左腕を弾が掠ったものの、ちょっと血が滲んだだけで大した怪我にはならなかった。

 

攻撃はそこで止む。夫妻はというと、しきりに鼻を動かして匂いを嗅ぎ直しているらしかった。もしかすると、僕がさっき地面を転げまわったおかげで匂いを見失ったのかもしれない。

 

ここぞとばかりに、僕は夫妻に近づくと思う存分ににおいを嗅がせてあげた。斧を持ったままにじり寄ってきた時には身じろぎせずにはいられなかったけれども、夫妻は匂いを嗅ぐだけで危害を加えようとはしてこない。

 

「何!この匂いはまるで…」

 

Dogamyがそう呟く。和解まではあと少しかもしれない。でも、そこで夫妻が繰り出してきたのは、僕の苦手な斧攻撃だった。

 

振り下ろされた斧が空気を切り裂き、地面に深々と抉る。そしてまた振り上げると、僕に向かって迫ってくる。恐怖が蘇り、心臓が脈打ってきた。

 

「一発一発を着実に躱せ!片方だけじゃなく、両方に注意を向けるんだ」

 

キャラがそう叫ぶ。再びDogamyに追い詰められて後ずさりするしかなかった僕は、背後に迫っていたDogaressaの斧に気づいて既のところで横っ飛びした。ブンという恐ろしい風切り音がすぐ耳元で聞こえたものの、体には当たらずどうにか回避する。

 

再び寄り添い合い、熱い抱擁を交わす2匹。攻撃が終わる度にこんな風にイチャイチャされたら、ちょっと目のやり場に困ってしまう。でもそんな僕にはお構いなしに、2匹はなおもキスを繰り返す。どうも今の彼らには周りはあまり見えていないらしい。

 

僕は若干恥ずかし気に目を背けつつ、そっと刺激しないように2匹に近づいてみた。流石に敏感な嗅覚には反応されたらしく、2匹の鼻がピクピク動いているのが見える。けれども、注意を向けてはいるもののあまり警戒はしていないようだった。どうやら、ゲーム通りに自分を子犬だと思ってくれているようだ。

 

勇気を出して手を伸ばした僕は、そのままDogaressaの肩をそっと静かに撫でてみる。何で肩かと言えば、単純に今の自分の身長じゃ彼女の頭に届かなかったからだ。

 

途端にビクっと反応したDogaressaは、抱きついていたDogamyの体を急に離すと、自分に向き直る。思わず身構える僕。でも、彼女は斧を構えることはせず、ゆっくりとしゃがみ込むようにして頭を下ろしてくれた。まるで、もっと撫でて!と言わんばかりに。

 

ここまでされたら、撫でないわけにはいかないだろう。僕は彼女が満足するまでずっと頭や背中を撫で続ける。

 

Dogaressaはとても満足してくれたようで、一目見ただけでも自分を見つめる瞳から殺気が消えたのが分かるほどだった。一方、Dogamyは「僕がここにいるのに……」と不満そうにしている。

 

流石に彼だけ仲間外れにするのは可哀そうなので、僕はすぐにDogamyも同じようにして撫でてあげた。ちょっと不思議そうにしていたのが個人的にツボにはまって思わず笑いだしそうになったけど、何とかこらえる。そうして、心が寛大になった2匹はもう僕に攻撃しようとしてくることはなかった。

 

「犬が犬を撫でる???」

 

「ありがとう、怪しい子犬よ!」

 

そう言うと、2匹は元来た道を戻っていった。しかも、去り際に40Gまでくれて。

 

どうにかこうにか、和解することができたらしい。思った以上に手強くて深手を負いはしたものの、何とかMERCYまで漕ぎ着けたことに僕は深く安堵する。でも、そのままぺたんと地面に腰を下ろして一息ついたとき、キャラがクスリと笑った。

 

「きみねぇ、ちょっとは鍛えようよ。無事にMERCYまで行けたのは百歩譲って褒めてやるにしても、いちいちボス相手に死にかけてたんじゃ、この先大変だよ?」

 

「そんなこと言われても…。今まで生きてて本気で襲われたことなんてあるわけ無いんだから、仕方ないじゃないか」

 

キャラの言葉に不服気味にそう返す僕。当たり前だけど、今まで自分はほとんど命の危険もないような平穏な世界で“のほほん”と暮らしてきた。それがいきなり、出会うモンスターほぼ全てが殺しに来るような世界に放り込まれて、そのうえ戦いのプロみたいな立ち回りを求められても無理というものだ。

 

でも、次に放った彼女の言葉には、何も返せなかった。

 

「言いたいことは分かるけど、死ぬのよりはマシだと思うけどね。特に、きみみたいな()()()死んだことのないような人間なら」

 

「……。」

 

彼女はそう言うと、ぐっと顔を近づけてくる。その張り付けた笑顔に光る、血に染まったような赤い瞳をさらに見開いて、自分を見つめてくる。思わず息を呑む僕。考えてみれば彼女自身、既に死んだ人間なのだ。それに、憑依したに近いGルートのフリスクも入れれば何十回、いや何百回も彼女は死んでいる。下手をすれば何千回も。

 

そんな彼女が放つ言葉の重みは、まるで違うものだった。

 

「ふふ…。慣れないうちは、怖いなんてものじゃないよ。なにせ“死”だからね。普通なら一生に一度しかない出来事だ。人が死んだあとに自分の死を認識することなんてないから、本当に怖いのは死ぬ一瞬だけ。まあ、天国とか地獄とかがあるなら話は別だけど。でも、きみは私たちと同じように、死んだ後も蘇る。するとどうなるか…。君は自分が死んだ記憶、恐怖をずっと胸に抱え込みながら生きる羽目になるのさ」

 

キャラの言葉が頭の中で何度も繰り返された。今まで考えなかった、いや考えようとしてこなかったけれど、今の自分に突きつけられた運命はまさにこれなのだ。死んでもなお蘇り、クリアするまでその呪縛から解放されることのない世界。一見すれば不死身な分、安心と思えるかもしれないけれど、死の苦しみが等しく訪れる以上、蘇るとはいえそれはただの無間地獄でしかない。

 

そんな世界に、自分は()()放り込まれているのだ。

 

「別にきみを怖がらせる気はないよ。だけど、覚悟しといた方が身のためだって話さ。ま、10回くらい死んだらもう慣れてくるんだけどね」

 

何気に恐ろしいことを相変わらずさらっと言ってくる彼女。僕は「ははは…」と軽く苦笑いするけれども、笑っていたのは声だけだった。たぶん、顔は苦笑いにすらなっていなかったと思う。それでも、声だけで笑い続けた。すぐ目の前にある、目を背けたい現実から逃れたい一心で。終いには、自分でも笑っているのか泣いているのか分からなくなってきた。

 

だって、殺されるのだ。

 

死ぬのが怖くない人間なんて、どこにいるんだろう。いくら蘇ることが分かっているとはいっても、苦しみを感じるのは自分自身。それも、感じるのは死の苦しみなのだ。平然としていられる人間の方が狂ってる。

 

ただただ笑い続ける僕。流石にそんな様子を見かねたのか、まだ半分からかったような調子で彼女が声を掛けてくる。

 

「おい、大丈夫か?おかしくなったんじゃないだろうな」

 

「…大丈夫だよ。でも、こうでもしないと正直頭がどうにかなりそうなんだよ…。怖くて…」

 

「……。」

 

それを聞いて、珍しくキャラが押し黙った。ふと彼女の方を見ると、いつもの仮面のような笑みではない、どこか思いつめたような険しい面持ちに変わっていた。

 

「……悪かった」

 

「…え?」

 

唐突に彼女の口から漏れたその言葉に、僕は驚きを隠せなかった。

 

「無駄にきみを怖がらせるようなことを言って悪かった。ごめん…。」

 

突然のことだった。突然過ぎて、彼女が何を言っているのか理解するのに少し時間が掛かってしまった。だって、あのキャラが謝ってきたのだ。今までからかってきてばかりだった彼女にこうも謝られると、自分も何だか悪いような気になってしまう。

 

「大丈夫だよ。キャラは何も悪くない…」

 

「いや、悪いのは私だ。いつも、余計に他人(ひと)を傷つけてばかり。傷つけることしかできないんだよ…。最後にはアズまで巻き込んで…」

 

咄嗟にそう返す僕を遮るように、彼女は固い面持ちでそう言った。どこか物悲し気なその瞳は、涙で潤んでいるようにも見える。僕は懸命に言葉を絞り出そうとするけれど、そんな彼女にかける言葉は今の僕にはなかった。

 

そのまま俯いた彼女は、細く小さな声で「ごめん…」とだけ呟くと、すっと背中を向けて森の方へと歩き出していく。

 

「キャラ!」

 

呼び止めようとする僕だったけれど、不意に雪を乗せた冷たい風が辺りに吹きすさんだ。舞い上がった雪が視界を塞ぎ、たちまち全てを白で塗り潰してしまう。吹き付ける雪に目を細めながら懸命に彼女の姿を追い続けるものの、無情にも雪煙に覆われて見えなくなってしまう。

 

「キャラ…!キャラ!!」

 

声の限りに呼び掛けたけれども、彼女の返事は聞こえない。嫌な予感がした。

 

地吹雪は間もなくおさまり、徐々に雪煙が晴れて視界が戻ってくる。

 

 

 

 

 

その先に、彼女の姿はなかった。

 

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