Undertale 落とされた人間   作:変わり種

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前話からかなり間が空いてしまってすみません…。
流血表現多々ありますのでご注意を


第17話 最悪な時間

「へっ…、何言って…?」

 

「お前さんの知り合いか、友達かは知らんが、気色の悪い笑みを浮かべた金色の花はそう言ってたぜ。青と薄緑のボーダーの服を着たガキ。そいつは人間なんかじゃない、()()()だと。数え切れないほど俺達の世界を弄り回して運命を滅茶苦茶にして、それが遊びだとほざくクソったれだと。ほんと、狂ってるよな」

 

気色の悪い笑みの金色の花なんて、そんなのはフラウィしかいない。あいつはあろうことか、よりにもよってサンズに僕の秘密を漏らしたのだ。心臓が弾けそうなほどに脈打ち、顔から血の気が引く。修羅場とはまさにこのことだった。張り詰めたあまりの空気に押し潰されそうになりながらも、僕は懸命に声を絞る。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!Playerって何さ!サ、サンズはその花の言ったことを信じるの!?」

 

「全部信じちゃいない。あくまで、参考にしただけだ。ここでこうしてお前に会って、裁くためにな」

 

「裁く?なんでっ…」

 

思わず言葉が詰まる。サンズは表情一つ変えず、ニッとした笑みを浮かべていた。気だるく上着のポケットに両手を突っ込んでいるその様子は、全く普段と変わらないようにも見える。けれども、その眼は射貫くように自分を捉えていた。まるで、心底どうしようもないクズを見下すような眼で。

 

「ぼ、僕は誰も殺しても傷つけてもいないし、これからもそんなことするつもりはないってば!君の弟だって、傷つけようなんてこれっぽっちも思ってないよ!」

 

「あー、そうか。確かにそうだな。お前の様子を見るに、ここに来るまでに誰かを殺したり傷つけたりしたことはないようだ」

 

僕は必死だった。極度の緊張の中、懸命にサンズに訴えかける。だって、サンズを敵に回してしまったら何が起こるかなんて、火を見るよりも明らかなのだ。サンズは僕の言葉にそう答えると、軽く頷きかける。そう、僕は誰も殺さなかったし、これからも殺すつもりはない。だから、安心して。お願い、サンズ。

 

「だが、それは()()()()()だろ?」

 

闇に染まるサンズの眼窩。その瞬間、僕は腹に強烈な衝撃を受けた。

 

「グゥッ!」

 

肺の中の空気が全部押し出される。体がくの字に折れ曲がり、全身の力が抜けて地面に崩れた。

 

最初、何が起きたのか全く分からなかった。でも、倒れる最中に目に入ってきたのは、地面から突き出た一本の太い骨。力なく僕がその場に倒れるのと同時に、骨はすっと溶けるように消えてなくなった。

 

「な…、んで…?」

 

腹部を襲う激痛にうずくまり、酷く咳込みながら僕はそう言った。状況からして、あの骨で腹を一発突かれたってところだろうか。幸い突き刺さってはいなかったらしく、血は出ていないようだ。それでも、的確にみぞおちを突いたあの一撃は強烈で、あまりの痛みに僕は立ち上がることができなかった。

 

そんな中、何とか顔をもたげた先にいたサンズは、他人事のように素っ気ない様子で答える。

 

「何でかって?そりゃ、いまに分かるさ」

 

(いま?)

 

どういう意味だろう。考えを巡らせた矢先、ふとある予感が頭の隅を過る。でも、まさかそんなはずはない。そんなこと…。

 

「ッッ!?」

 

その時だった。突然、胸を突き刺す激痛。心臓が悲鳴を上げ、鼓動が恐ろしいほど早く脈打つ。考える間もなく、痛みは全身に広がった。

 

 

「ひっ!?ああああぁっっ!!」

 

体中を生きたまま焼き尽くされるかのような痛みが、容赦なく襲い掛かってくる。まるで地獄だった。絶え間なく押し寄せる苦しみに身悶えし、喉が潰れそうなほどに叫び続ける。それでも痛みが止むことはなく、頭がどうにかなるんじゃないかとすら思った。恐怖と絶望が心を蝕み、正気すらも奪いに掛かる。

 

(助けてッ!誰かぁッ!!誰かぁッ!!!)

 

頭の中ではそう叫んだつもりだったけれど、声として出てきたのはただの悲鳴に近い叫び声だけ。いったいどれほどの間のた打ち回り、もがき苦しんだだろう。永遠とも思えた苦しみがようやく和らいだ頃には、体の感覚は無くなりかけていた。

 

呻き声を上げながら起き上がろうともがくも、体がまるで言うことを聞かない。それでも、辛うじて動いた右手をポケットに突っ込んでマモノのアメを取り出した僕は、それを包み紙ごと口の中に放り込む。そして、力一杯噛み潰した。途端に体中の感覚が戻り始め、脈打つようにズキズキと痛んでいた腹の痛みも止む。

 

あの腹の一撃だけでこれほどのダメージを食らうなんて考えられなかった。まして、あの生き地獄のような苦しみ。あれはやはり…。

 

業の報い(Karmic Retribution)ってやつだ。散々この世界を荒らしまわったお前さんにはふさわしい罰だろ。そう思わないか?Playerさんよ」

 

まるで心の中を読んでいるかのように、サンズはそう答えた。でも、なぜ…。僕はこの世界に落ちてきてから誰一人として殺してもいないし、傷つけてもいない。そう心に誓ってここまで来たのだ。でも、今さっきのあの苦しみは、サンズが言ったようにKR状態に他ならない。

 

「なぜ業の報いを受けるのか、不思議そうな顔をしているな。確かにお前さんはこの世界では誰も殺しちゃいないし、Lvも1のままだ。だが、KARMAは違う。お前さんという一人の人間が、この世界で積み上げてきたKARMA。その運命からは、決して逃れることはできないんだ。Playerとして、散々世界を弄んで運命を滅茶苦茶にして、楽しんできたツケ。それは必ず巡り巡ってお前に戻ってくる。因果応報ってやつだな」

 

自分に突き付けられた現実を淡々と告げるサンズの言葉に、思わず押し黙る。自分でも薄々分かってはいた。散々殺し回って世界をぐちゃぐちゃにした人間が、何もなかったかのように許される訳はないと。でも、改めてそれを告げられると、心がギュッと締め付けられるかのような、苦しい気持ちになる。

 

僕には何も言い返す言葉がなかった。だって、本当に自分はこの世界でKARMAを重ねてきたのだから。挙句にはフリスクの決意を砕いてしまった。因果応報と言われれば、それまでなのだ。

 

「それじゃあ、さっさと始めようか?」

 

目の前に立ち塞がるサンズ。凍り付いたような笑みを浮かべた彼は、すっかり手慣れた口調でそう言った。もはや、戦いを避けることはできそうになかった。僕は覚悟を決め、おろしたナップザックを洞窟の隅に放り投げると、姿勢を低くして身構える。

 

赤いソウルがぽうっと自分の胸で光を放った。

 

サンズのぼっかり空いた眼窩には、蒼白い炎が宿る。

 

 

 

 

 

次の瞬間、まるで体中に錘を付けられたかのように地面に圧せられる。ハッと気づいた時には、地面を覆いつくさんばかりに数え切れない骨の刃が突き出ていた。飛び上がって躱すものの、間髪開けずに“白い激流”が襲い掛かる。咄嗟に激流の切れ目に身を滑り込ませ、転がるようにして何とかやり過ごしたものの、まだまだ攻撃は終わらない。

 

記憶通りなら次はガスターブラスターが来るはず。攻撃に備えるために瞬時に立ち上がった僕は、部屋の中央に駆ける。初手は部屋の壁際すべてを薙ぐ攻撃だからだ。

 

間もなく召喚された獣のような骸骨頭は、瞬く間に自分の四方を塞ぎ込む。発射されるであろう強力なエネルギー弾に身構える僕だったが、先に襲い掛かってきたのはブーメランの如く高速回転する太い骨。

 

「ッ!?」

 

まったくの予想外だった骨攻撃に、完全に不意を突かれた。四方八方から打ち込まれる無数白い骨は弓なりの軌道を描いてカーブし、空気を切り裂く。初弾は横っ飛びして躱したものの、後ろから来ていた骨には気づかず背中にもろに攻撃を食らった。鈍い嫌な音が響き、遅れて激痛が脳を突き抜ける。

 

よろめきながら何とか痛みに耐えるも、時間差で骸骨頭が眩いばかりの閃光とともにブラスターを発射し、躱しきれなかった右肩を焼いた。攻撃はようやく終わったらしいものの、自分の体力も尽きる寸前だった。しかも、再びKR状態が発動して体中を焼き尽くすのだから、もう気がおかしくなりそうだった。

 

「heh…、いつも決まった攻撃パターンばかり出すと思ってたら大間違いだ」

 

力なく地面に膝をついた僕に、そう言い放つサンズ。イレギュラーな世界なら、攻撃もゲーム通りとは限らないということだ。そもそも、トリエルとの闘いでも同じ目に遭ったのに、なんて僕は馬鹿なんだろう。

 

そう思いながら、ポケットからマモノのアメを引っ張り出すと包み紙から取り出して口の中に放り込んだ。スッと爽やかな甘さとともに痛みが和らぎ、力が湧き出てくる。

 

残りのアメはあと2つ。Ruinsでポケットに入るだけアメを持って行ったのは正解だった。一応、ナップザックの中にもパイやドーナツが入っているけど、戦闘時に咄嗟に引っ張り出せるのはアメに限る。今のサンズが悠長に僕がナップザックからアイテムを取り出すのを待つなんて、考えられないからだ。

 

いずれにせよ、できる限り早くこの場を収めなければいけない。回復アイテムあるとはいえ、間に合わなければ殺されてしまうのだ。それに疲れだって溜まってくる。それはサンズも同じだろうけど、この世界に不慣れな分、僕の方がおそらく不利だろう。ならば、早いところ説得するしかない。でも、どうやって…。

 

「ほら、行くぞ」

 

サンズがそう言った途端、いきなり正面に現れた骸骨頭がガスターブラスターを撃ち込んできた。狭い洞窟内に轟く爆音。既の所で躱したものの、再び現れた骸骨頭が執拗に僕を付け狙ってくる。何度も何度も。息をつく暇すら与えず、まるで狼が獲物を追い立てるかのように。ガスターブラスターが放たれる度に瞬く閃光は、薄暗い洞窟を真昼のような容赦ない光で照らし上げる。

 

気づいた時には、僕は洞窟の隅に追い詰められていた。それを待っていたかの如く、目の前に現れたのは3つの骸骨頭。同時に口を開いたそれらは、全体を蒼白く輝かせながらブラスターをチャージする。逃げ道はもはやないに等しかった。後ろも左右も、岩の壁が塞いでいている。なら、正面は?

 

迷っている暇はなかった。ブラスターが放たれるまでは少ししかない。

 

(くそッ!)

 

僕は半ばやけくそになって骸骨頭に向かって突っ込むと、跳び箱の要領で大きく踏み切った。そのまま、口を開いた骸骨の鼻先に手をついて勢いよく跳躍する。その瞬間、放たれたブラスターが耳をつんざかんばかりの爆音を轟かせて背後の壁面を吹き飛ばし、そのまま僕は前に弾き飛ばされた。

 

目の前にはサンズが相変わらずのにやけ顔で立っている。

 

「ほら人間。俺はここにいるぞ、攻撃してみろ」

 

いつになくサンズは挑発的だった。何が彼をここまで変えてしまったのだろう。それは言うまでもなく、自分の所為に他ならなかった。どうしようもない悔しさに、僕は唇を強く噛み締める。

 

「攻撃しないよ。だって、僕はそう誓ったんだよ。自分の罪を償うために」

 

その答えにサンズは虚を突かれたのか、一瞬言葉に詰まったようだった。でも、すぐに何事もなかったように落ち着いた声で返す。

 

「償いか…。薄汚い兄弟殺しがよく言うぜ。それならお前の命で償ってもらおう」

 

その瞬間、浮遊感を覚えたかと思うや否や瞬く間に体が空中に投げ出され、天井に叩き付けられた。不意を打たれて受け身が取れなかった僕は、頭を岩に打ち付ける。一瞬だけ意識が飛び掛かるも、背筋が凍る悍ましい殺気にすぐに飛び上がった。案の定、先ほどまでいた天井には無数の骨の刃が突き出ている。

 

一安心と思ったのも束の間、今度は飛び上がったままの勢いで地面に引き寄せられ、思い切り叩きつけられた。しかも、今度は骨が出るタイミングが圧倒的に早い。立ち上がった瞬間に骨の刃が突き出たせいで、両足を鋭い刃が貫いた。

 

「ぐああああぁぁッ!!」

 

思わず声の限りに絶叫する。支えを失った体はそのまま地面に倒れ込んだ。引き千切られたんじゃないかと思った足は、赤黒い血で染まっていてピクリとも動かない。自分でも驚くくらいに脂汗が額に滲み、涙が出てくる。

 

そこにサンズが静かに歩いてきた。

 

「Player。俺も最初はそんな存在なんて、信じようとすら思わなかったさ。時空連続体の大規模な異常と、あちこちに跳ねて止まってはまた動き出す時間軸。そいつは、まあ、ある一人の人間の仕業ってとこまでは突き止めていたんだが、やれるのはそこまでだった。だが、ある時俺はタイムラインの中で不可思議な現象に遭遇したんだ。以前のタイムラインの記憶が残り続けるという現象に」

 

頭も打ち付けたせいか、ぼんやりして視野が定まらない。サンズは動けない僕をじっと見つめながら、過去を思い返すようにゆっくりと続ける。その間に、僕はポケットから引っ張り出してきたマモノのアメをまた一つ噛み潰した。

 

「それは俺を酷く苦しめたが、同時に収穫もあった。記憶が残り続けるがゆえに、俺は自分の研究に没頭できたんだ。そのおかげで、研究の末にこれまで時空に起きた異常現象は、ある一つの数理モデルですべて説明できることが分かった。そして、そのモデルが示唆していたのが、この世界とは別の世界線から干渉する第三者の存在。俺たちをおもちゃにして楽しんでいる、Playerなる存在だ」

 

低い声で冷静にサンズはそう言った。いや、懸命に冷静を装っていたのかもしれない。その証拠に、最後の方の声は震えていた。

 

「お前がそのPlayerなんだろ。俺たちで“遊んで”さぞかし楽しかっただろうな。()()()を散々弄んで、踏みにじって、終いには...。」

 

そこで、サンズが言葉を詰まらせた。見ると、今までに見たことのないような、辛く重い苦悩に満ちたような表情を滲ませている。何があったんだろうか。

 

「とにかく、お前さんができる償いは一つだ。ここで死んできれいさっぱり諦めること。ロードしたって無駄だ。俺は今までの俺とは違う。SnowdinだろうがRuinsだろうが、どこでも平気でお前を殺す。たとえパピルスの前でもな」

 

滲み出るゾッとするほどの殺意。説得しても無駄なんじゃないかと、一瞬思い浮んだけれども、僕は必死で掻き消した。彼女__フリスクを助け出す。フリスクを助け出してハッピーエンドで終わらせる。僕はそうキャラに約束したんだ。そしてそれこそが、きっと皆にとっての償いになる。

 

「いや、僕は諦めない。僕は確かにこの世界をぐちゃぐちゃにした。そしてフリスクの決意も砕いたんだ。でも、その僕だからこそ、彼女を救わないといけない。それが償いだと信じているから」

 

「勝手なことをぬかしやがって。ならお前のその決意、粉々に砕いてやるよ」

 

そう言ったサンズは、左眼を蒼白く光らせる。重力の方向は横。そしてその先には、既に無数の骨の刃で埋め尽くされた壁が待っていた。咄嗟に僕は地面の鍾乳洞を掴んで体を支える。だが、そこへ容赦なく撃ち込まれるガスターブラスター。雲梯のように他の鍾乳洞に飛び移るものの、至近距離で炸裂したブラスターに吹き飛ばされる。

 

飛び散った岩の破片があちこちの肉を抉った。耐え難い痛みが容赦なく体を突き抜ける。幸い、骨攻撃の継続時間は長くは取れないらしく、壁を埋め尽くしていた刃はいつの間に消え去っていた。そこに着地した僕だったけれど、続けて青とオレンジの骨が交互に襲い掛かってきた。それだけならまだ何とかできたものの、加えて骸骨頭が自分目掛けてブラスターを撃ち込んでくる。

 

もはや当たらない方が不可能だった。ブラスターを躱すとそこに青い骨が飛び込んでくる。咄嗟に体を守ろうと組んだ両腕に骨が当たり、何かが折れる鈍い音が響いた。途端に襲い掛かる鋭い痛みに、思わず「い゛ッ…!」と声が漏れる。終いには立ち止まっている最中にオレンジ骨の攻撃をもろに食らって、地面に倒れ伏した。

 

(このままじゃ、確実にやられる…)

 

遅れて発動してきた業の報いのダメージに歯を食いしばりながら、僕は最後のアメをポケットから取り出そうと手を伸ばした。これでアメは最後。あとはタイミングを見てナップザックから何か取り出すか、サンズを説得するしかない。あの様子だとかなり難しいかもしれないけれど、諦める訳にはいかなかった。声を掛け続けていれば、きっとサンズだって分かってくれるはず。トリエルだって分かってくれたんだから、まだ希望はあるはずだ。

 

でも、そこで僕はあることに気づいた。

 

ポケットにあるはずの最後のアメ。あろうことか、それが無かったのだ。

 

(嘘…。さっき食べた時にはまだあったはずなのに。もしかして、落としたのか?)

 

焦りが一気に心を蝕む。両腕の骨はさっきの攻撃で折れたのか、肘から先は血まみれでろくに動かない。脚も太ももに岩の破片が刺さったせいか、感覚がぼやけ、ぬるりとした生温かく気持ち悪い感触だけが残っている。

 

(どうしよう…どうしよう…。)

 

サンズはその眼窩を真っ黒に染め、音もなく静かに近づいてくる。一か八か、ナップザックに飛び掛かって…。いや、でもこんな手足じゃろくに開けられない。でも、このままだと確実に串刺しになるのがオチだし…。

 

選択の余地はなかった。

 

覚悟を決めた僕は、最後の力を振り絞って壁際のナップザックに飛び掛かる。最悪手が使えなくても口で回復アイテムさえ咥えられれば、一先ずこの場は乗り切れるはず。途端に凄絶な痛みがこれでもかというほどに襲い掛かってくる。気を失いそうになりながらも、僕は何とかリナップザックの口に噛みついた。

 

隙間からはさっき買ったばかりのナイスクリームが覗けている。あと少し、あと少しでアイテムに口が届くところだった。

 

 

 

「よう。随分とお前さんも必死だな」

 

気づけば目の前にはサンズの姿。まだ距離はあったはずだった。それに、気配も何も感じなかった。まさか、ショートカットを使ったのだろうか。

 

「待っt…!」

 

青ざめる僕の体を、捻じ曲げられた重力が容赦なく空中に弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間はもはや虫の息だった。

 

手持ちのアイテムが尽きたのか、満身創痍でナップザックに飛び掛かっていたところを、俺は見逃さなかった。これまでなら“ターン”という憎たらしい制約のために、俺は黙って奴がアイテムを食う所を見ているしかなかった。でも、幸運にもこの世界にはそんな制約すらもないらしい。

 

ショートカットでヤツの目の前に飛んだ俺は、アイテムに食らいつく寸前の所で重力操作でヤツを天井に思い切り叩きつけた。あんな体じゃもはや着地なんて取れるはずもない。鈍く生々しい音を耳に残して天井に激突し、短い悲鳴を上げた。その後も、人間の体はもはや成されるがままに何度も壁や天井に打ち付けられ、今は俺の目の前の壁に張り付けになっている。

 

それでも人の体というのは意外に丈夫らしい。重力で壁に張り付けられてもなお、ヤツは意識を辛うじて保っているようだった。念のため俺は骨の刃を手足に打ち込んで身動きを封じておく。俯いたまま押し黙っていた人間だったが、これにはかなり堪えたらしく、くぐもった悲鳴を上げる。

 

「人間。最後に言い残したことはないか」

 

近づいた俺は、全身血まみれの人間にそう言った。ヤツは頭からも流血していて、額を伝った血は左眼に入って塞いでいる。時折呻き声を上げながら、喘ぐように肩で息をするその姿は見ていて辛いものがあるが、それがヤツの犯した罪の報いなら仕方ないだろう。

 

人間は残された微かな力で首をもたげると、静かに俺を見つめる。そして、消え入りそうな細く小さな声で、けれども強い意志を込めて答える。

 

「…信じて、ほしい。僕は、もう誰も殺さない。フリスクを助けるって、約束したんだ」

 

「約束ねぇ…。悪いが、俺は約束ってもんが嫌いなんだ。約束した以上は守らなきゃならねえからな。それに、破ったら破ったで、約束したヤツには申し訳が立たねえ。…だから俺は誰とも約束はしないことにしたんだ。あのおばさんにも、実はお前さんを守るように頼まれたんだが、適当にはぐらかして断ったよ」

 

人間は何を思ったか、それを聞いて酷く悲しそうな顔を浮かべた。今まで散々好き勝手な事をして俺たちを苦しませておきながら、何を悲しむことがあるのだろう。俺には全く理解できなかった。

 

「ま、せいぜい約束したヤツに謝っておくことだな。あいつは、フリスクは…。もう戻ってこない。お前が殺したんだからな。奴の夢、希望、決意。ぜんぶ粉々に打ち砕いて。だから、お前にできるのは、ここで諦めること。それだけだ…」

 

俺はそう言うと、自分の背後に一本の骨を呼び寄せる。胸にある心臓を一突きすればヤツが確実に息絶えることは、嫌でも味わってきたあの戦いの中ですっかり身についていた。別に態と急所を外して拷問よろしく甚振ってやることもできるが、そんな趣味は俺にはない。

 

その時だった。

 

「…いやだ」

 

「は?」

 

ヤツは確かにそう言った。

 

「僕は、絶対に諦めない。サンズにも、本当に悪いと思ってる。でも、だからこそ、ハッピーエンドでこの世界を終わらせるって、そう誓ったんだ。もう誰も、苦しまなくていいように。だから、お願い。僕を信じて…。こんな身勝手で、どうしようもない僕だけど、信じて」

 

口から血を吐き出してとても苦しいはずなのに、ヤツはそう言うと微笑んだ。

 

その姿に、一瞬だけあいつが重なる。

 

なんなんだよ、コイツ…。お前に俺の何が分かる。俺が今まで散々味わってきた絶望と苦しみ。すべてを知っていながら何もすることができない無力感。それを味わったこともない人間に、いったい俺の何が分かるんだ。

 

「黙れ!お前はただの極悪非道な化け物でしかない。薄汚い兄弟殺しでフリスクを消し去った。誰がそんなお前の言うことなんて信じられる!?」

 

怒りに任せて、俺は思わずヤツの首を絞める。細い首筋に俺の指が食い込んで押さえ付け、息の根を止めに掛かる。身動きができない人間は顔を歪ませて苦しんでいたが、それでもなお、懸命に俺に声を掛けてきた。

 

「そんなの、わかってる…。でも、お願い…。信じて…。」

 

黙れ。

 

「お願いだよ…。」

 

頼むから黙ってくれ。

 

「しんじ…て…。」

 

黙れ!いい加減にしないと今すぐに…。

 

 

 

 

 

背後に呼び出した刃をヤツの心臓に突き立てようとしたその時、ふと、あいつの笑顔が浮かんだ。

 

天使のような、満面の笑み。

 

あの笑顔がもう一度見られたら、どれだけ幸せなんだろう。

 

「クソ…ッ!」

 

俺は手を離した。

 

でも案の定、その時にはもう人間に意識はなかった。脱力した体は恐ろしい程に蒼白くなっていて、ぴくりとも動かない。攻撃を解くと、ヤツの体は人形のようにその場に崩れ落ちる。もう手遅れだった。壁にはべっとりとついた赤黒い血。拭い切れないその赤は、己の犯した罪を痛いほどに脳裏に刻み込む。

 

「…これだから、人を殺すのは嫌いなんだ」

 

深い溜め息をついた俺は、しばらくの間その場に立ち尽くした。

 


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