Undertale 落とされた人間   作:変わり種

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第3話 声

「モンスターたちは人間を見つけると、襲ってくることもあるわ。その時のために準備をしておかないとね」

 

「えぇ…」

 

思わず声が漏れた。幸い、トリエルには聞こえていないようだ。

 

やはりゲームと変わらず、モンスターは襲ってくるらしい。初っ端からあんな目に会っただけに、生き残っていく自信がなかった。しかも、本当に命を狙って殺しに来るのだから、こんなに軽いノリで扱って良いことなのか疑問に思えてくる。不安が顔に出てしまったのか、トリエルは元気づけるように大きな声で話を続ける。

 

「でも心配しないで!やりかたは簡単よ。モンスターに遭遇すると戦闘が始まるの。戦闘が始まったら仲良くお話すればいいのよ。時間を稼いでくれたら私が仲裁するわ」

 

お話ねえ…。外交的に解決するというのは人間界でもモンスターの世界でも共通のことらしい。もっとも話が通じればのことだが。交渉が決裂してしまえば、残された手段は“力”だけになる。この世界だと言ってしまえば殺し合いになるのだから、絶対に避けたいことだった。

 

「このDummyで練習してみましょうか」

 

あ。肝心なことを忘れていた。このイベント、穏便に済ませようとするとダミーとお話しなければならないのだ。本当に自分がフリスクくらいの小学校低学年程度だったら、躊躇いもなくお話しできたかもしれない。でも、この年になってダミー人形相手にお喋り?それも、トリエルの目の前で?恥ずかし過ぎて涙が出てくる。いまの自分の姿がフリスク似の子どもになっているのがせめてもの救いだが。

 

「たぶん、練習なんてしなくても大丈夫かと…」

 

「駄目よ、練習は大切なんだから」

 

やんわりと回避しようとしたものの、意外に厳しめの口調でトリエルに返された。ええ、これ絶対やらないといけないパターンなのか…。

 

考えてみると、ゲームの中でもこれは回避できないイベントだった。だとすれば、ここでもそれは同じなのかもしれない。諦めた僕はトリエルに促されるまま、ダミーの前に歩み出た。もう泣きたい気分だった。

 

気づくと、自分の胸に赤いソウルが浮かび上がっていた。いつの間に出てきたのだろう。もしかすると、フラウィのところでも気づいていなかっただけでソウルが出ていたのかもしれない。一応、ゲームに忠実だ。

 

でも、今は自分自身が主人公になってしまっている。コマンドを選ぶなんてことはなく、実際に自分で行動するほかないのだ。

 

戦うか行動か。この先を考えるのなら、行動するほかない。僕は身構えた体から力を抜き、リラックスしようとする。

 

《本当にそれでいいの?殺せばいいのに》

 

(っ!?)

 

突然、どこからか声が聞こえた。

 

10歳過ぎあたりだろうか、少なくとも女の子の声だった。不思議なことに、その声にはどこか聞き覚えがある。けれど、誰の声なのかはまったく思い出せない。すぐに辺りを見回してみるものの、それらしき少女の姿はなかった。一瞬、トリエルが出したのかと考えたが、ここまで子どもみたいな声をトリエルは出さない。何より、殺そうなんて恐ろしいことは言うはずがなかった。

 

何が起こったのだろう。いや、自分の身に何が起きているのだろう。どこにもいない少女の声が聞こえるだなんて。

 

慣れない環境に疲れているのだろうか。きっとそうかもしれない。考えてみれば展開が早すぎるのだ。ついさっきまではフラウィに殺されかけていたのに、気づけばトリエルと一緒に遺跡の中を探検している。そもそもUndertaleの世界の中に落とされたというだけでも混乱するのに、その中で歩き回って早くもストーリーを進めようとしているのだから、頭が悲鳴を上げるのは当然だ。

 

僕はそう自分に言い聞かせた。正直、こうして何かしら理屈をつけて納得させないと頭がおかしくなりそうだった。自分の身に起こったあり得ないような奇妙な出来事。それに押し潰されないためには、こうするほかないのだ。

 

僕は少女の声を振り払うと、目の前のことに意識を向ける。そう、ダミー人形に話しかけるのだ。見ればボタンでできた瞳はつぶらで可愛らしくも見えるし、綿でできた体はふかふかそうで抱きつきたくもなる。なんて可愛らしいダミー人形なんだろう。そんな彼?いや彼女?と、ぜひお友達になりたい!

 

半ばやけくそになって自分の気持ちを奮い立たせ、僕は口を開いた。

 

「可愛い!ねえ、一緒に遊ぼうよっ…!」

 

もちろん、ダミー人形が答えることはない。ちぐはぐな会話、というよりは返事がないのだから、会話が成立していない気がする…。話し終えた僕は顔を真っ赤にして、両手で隠すように覆った。もはや泣き笑いみたいな状態だった。もし元の自分を知っている誰かにこんな会話を聞かれたら、一生ネタにされるだろう。

 

間もなく戦闘が終わったのか、自分の胸のソウルがすっと消えていく。トリエルは戦うのではなく話すことを選んだ自分の行動をみて喜んでいるらしかった。頼むから見ないで、お願い!

 

「わぁ、良いわね!よくできました!」

 

目を輝かせて褒めるトリエル。何か大切なものを失ったような気がする。とりあえず僕は浮かんだ涙をバレないように拭い取り、平常を装った。明らかに顔が火照っていたのでバレそうな気もしたけど、トリエルが察してくれたのか単純に気づかなかったのか、何も触れられることはなかった。僕は大きくため息をついて安堵する。

 

「次はこっちの部屋よ。ついてらっしゃい」

 

ポンポンと自分の頭を撫でたトリエルは、そう言うと次の部屋へと進んでいく。ふと、僕は元の部屋を振り返った。やはり、聞こえたような少女の姿はない。あれはいったい何だったのか。明らかにあれは、自分に誰かを傷つけるようそそのかす声だった。

 

そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。どこでだろうか。

 

立ち止まって考え込む。

 

ゴールデンフラワーの下で目が覚め、フラウィに会い、トリエルに助けられ、そして…。そうだ、思い出した。トリエルに抱きつかれる前、同じような囁きが耳元で聞こえてきたのだ。殺せ、とそそのかす恐ろしい声が。その時は自分で言うのも変な話だけど、怯え切っていてかなり精神状態がおかしかったので幻聴か何かだろうと思っていた。でも、よくよく考えてみるとさっき聞こえた声はその時に聞こえた声と似ている気がする。

 

謎は深まるばかりだ。考えれば考えるほどドツボに嵌る気がする。

 

ここまでにしておこう。そう考えた僕は先を進んでいったトリエルに追いつこうと、足早に部屋を後にした。その様子を見つめる人影の存在に、僕はまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パズルはもう一つあるわ…。解けるかしら?」

 

レバーがあった部屋と同じく、この部屋も細長い構造で壁に突き当たると右の奥へと続いている。壁にはまた蔦が生えていて、そのうちに壁全体を覆いつくしそうな気がする。トリエルは少し試すような口調でそう言うと、奥の方へ進んでいった。置いていかれないように、僕もそのあとを続く。

 

部屋を抜けると細い小路に差し掛かった。まるで迷路みたいに、右へ左へと直角の曲がり角が続いている。こういう路地の陰には誰かが隠れていそうで、本能が警戒しているのか心臓が脈打つ。それに、そろそろモンスターが出てきてもおかしくないはずだった。

 

「うわっ!」

 

案の定、2つ目の曲がり角のところで物陰からぱっと黒い影が現れた。愛嬌のあるカエルの頭に2本の前足。どう見てもデフォルメされたような可愛いカエルなんだけど、前足の間にはしきりに瞬きを繰り返す謎の生き物のようなものが見える。少し怖い。

 

『Froggitが襲ってきた!』

 

とか出るんだろうな、ゲームの中では。自分自身がこの世界に落とされている今の状況ではナレーションは脳内補完するほかない。

 

とりあえず、話すなりして平和的に解決するのがよさそうだ。そう考えた自分だったが、フロギー相手でもやっぱり話しかけるのは恥ずかしかった。でも、ダミー相手に話しかけるよりはマシなので、息を大きく吸い込んで呼吸を整えると、声を出す。

 

「か、可愛いね、フロギー」

 

フロギーは突然話しかけられたのにびっくりしたのか、身を震わせて怖がっている。それなら、最初から出てこなければ良かったのに。そう思ったのも束の間、気づいたトリエルがじっとフロギーの方を睨んだ。思わず自分でも「ひっ」と身が縮こまるような中々に怖い顔だ。さきほどまでの温厚な彼女の顔からはまるで想像できない。

 

フロギーはそれを見るや、そそくさと逃げ出していった。何だったのだろうか。トリエルはというと、フロギーが逃げていった方向をまだムッとした表情で睨みつけ威圧している。正直、怖い。

 

「さ、行きましょうか」

 

トリエルに再び促されて、僕は進み始めた。途中にあった壁の石碑を見ると『西の部屋は東の部屋の設計図を描いている。』と書かれていた。西の部屋というのは先ほど通った部屋、東の部屋というのはこの先の部屋のことを指すだろう。たしか、この先は針山が床一面に広がっている針地獄のような場所だ。

 

予想通り、角を曲がると向こう側に恐ろしい針山の数々が見えてくる。間違って転びでもしたら、文字通りの串刺しになりそうだ。ゲームの画面でもこんなような光景だったはずだけれども、現実で見ると遥かに恐ろしく感じる。こんなところ本当に通れるのだろうか。

 

「これもパズルね、だけど…」

 

トリエルもさすがにこの恐ろしいパズルには考えるところがあるのか、言い淀んだ。

 

「さあ、少しの間私の手を握っていてね。」

 

ゲーム通りに進んで良かったと、僕はひと安心した。一度ゲームでプレイしているとはいえ、実際にここを渡れと言われたら怖くてできそうもない。もし踏み間違えたらなんて考えたら、恐ろしくて目も当てられなかった。

 

差し出されたトリエルの手を、僕はしっかりと握った。大きくてあたたかみのある手だった。

 

そのまま、僕はトリエルに引かれるようにして針山の中を進んでいく。見ると、どうやら針の突き出ているブロックの枠を踏んだタイミングで針が引っ込んでいるようだ。だとすれば、石橋を叩いて渡るみたいに、足で先を突くようにして慎重に通れば串刺しにならずに一人でも渡れそうではある。もっとも、怖いことには変わりはなく、一人で通る気は到底起きないけれど。

 

しばらく針山の道は続く。そんな中でも、トリエルは自分が怖がってはいないかと時々、後ろの方を見やって心配してくれていた。トリエルまじ優しすぎる。感動して心がジーンとしてしまう。

 

「これは今のあなたには少し危険すぎるわ」

 

ようやく針地獄を渡り終えると、トリエルがそう言った。やっぱり、これは誰がどう見ても子どもには危ない。トリエルもそう感じたらしく、少し困ったような表情だった。

 

さて、記憶が正しければこの後は長い長い通路があったはず。確か、お留守番するためのテスト的なものだったような。もっとも、お留守番するように言われるがゲームでは早々に破って勝手にトリエルの家まで行くことになるけど。

 

通路を進むと案の定、かなり大きな広間に行き当たった。向こう側の出入り口は思ったよりかなり小さく見える。これ、端までいったい何メートルあるのだろう。

 

「ここまで本当によくやってきたわ、我が子よ。けれど…ちょっと辛いことをしないといけないの」

 

思い悩んだ顔で、トリエルはそう切り出す。

 

「この部屋は一人で進んでほしいの。許してね」

 

本当に申し訳なさそうな弱々しい声でそう言うと、トリエルはいきなり凄い勢いで走り出した。唐突な展開に思わず「えっ?」と声を漏らしてしまう。これ、本当に子どもだったら「ママっ、待ってぇ!」と泣きながら追いかけるような展開になりかねない気がする。

 

通路の先まで進んだトリエルは左側の柱の陰に隠れた。あ、見えちゃうんだ。

 

ゲームだったら神様視点から俯瞰するように世界を見ていたけど、いざ自分が主人公になると一人称視点なので、ゲームでは見えなかったものが普通に見えてしまう。まあ、逆にゲームでは見えていたものが見えなくなることもありそうだが。

 

トリエルをあまり待たせるのも心配させて悪い。そう考えた僕は、走ってさっさと通路の向こう側へ進むことにした。それでも、先があれだけ小さく見えていただけあって、走っても走っても全然たどり着かない。しまいには息が切れてきたので、仕方なくペースを落として歩き始める。自分がいま、子どもの体になっているというのもありそうだった。

 

ふと振り返ると、自分たちが来た入り口がかなり小さくなっていた。そして、その奥には見覚えのある金色の花の姿が一瞬だけ見える。まあ、すぐに地面に潜って見えなくなってしまったけれど。

 

「あいつ、ストーカーしてきやがった」

 

ぼそっと呟く僕。あれは絶対にフラウィだろう。ゲームの展開からしても間違いはない。ゲームの中でフラウィはどういうわけか、主人公をこっそりと尾行しているのだ。自分をあんな目に合わせておきながら、ストーカーしてくるなんていい度胸だ。今度会ったら絶対に仕返ししてやる。

 

《復讐だね…》

 

(あれ?)

 

また謎の声が聞こえた。どうも、この声はどうにかして自分に誰かを傷つけさせたいらしい。そんなにしつこく言われたら、むしろそんな気は失せてしまうのに。

 

「何なんだよ。僕にそんなに誰を傷つけさせたいのかい?」

 

そう言ってみたけど、誰も答える気配はない。もしかして、これは単純に自分の幻聴なんじゃないか。そんな気もしてくる。でも、仮にそうだとしたら自分の精神状態はかなりマズいとしか言いようがない。さすがにそれはちょっと、というか普通に困る。まだ自分はそこまでおかしくなってないと信じたい。

 

辺りを見回してもやっぱり誰もいる様子はないので、あきらめた僕は再びトリエルのもとへと進み始めた。3分くらい歩き続けると、ようやく白い柱の前にたどり着く。来る前からトリエルがたびたび顔を出して自分の様子を確認していたので、柱の陰にいることは分かりきっていた。

 

そこで何を思ったか僕は、トリエルを驚かせてみようと足音を立てずに柱に近づくと「わっ!」と声を上げて一気に柱の後ろに飛び出した。

 

「あれ…?」

 

ところが、驚いたのは僕の方だった。なんと、そこには誰もいなかったのだ。ついさっきまでトリエルが隠れていたはずなのに、なんで?

 

「ばあっ!」

 

「ぎゃひっ!?」

 

突然、背後からトリエルの声が聞こえた。ビックリした僕は思わず素っ頓狂な声を上げて飛び跳ねる。本当に心臓が止まりそうだった。どうやら、僕が柱の陰に飛び出したタイミングで、彼女はさっと自分の後ろに回り込んでいたようだ。ひどく驚いた様子を見た彼女はしばらく大笑いしていたが、だんだん可哀想になってきたのか笑いが止む。

 

「ごめんなさいね、つい。あなたが驚かしてみようとするものだから、逆に驚かし返そうと思って」

 

「いや、大丈夫…、大丈夫です」

 

本当は心臓がドキドキして全然大丈夫ではなかったけど、あんまりに心配そうにしているのでこう答えるしかなかった。

 

「安心して、私はずっとこの柱の陰からあなたを見ていたの。私を信じてくれてありがとう」

 

大袈裟に感謝を伝えるトリエル。そして、優しい面持ちで話を続ける。

 

「このお稽古には大きな意味があったの。…あなたが一人でいられるかどうかテストするためよ。私は今から用事があるの、だからあなたは待っていないといけないわ。ここにいてちょうだい。一人で探索するのは危険だわ」

 

1年ぶりだから忘れていたけど、一応トリエルはここにいるようきちんと言っていたのか。それを破って勝手にトリエルの家に行くなんて、悪い主人公だな…。なんてことを僕は考えていた。まあ、ゲームのストーリー的には先に進まなければ進行できないから、仕方がないといえば仕方がないけど。

 

「そうだ。携帯電話を渡してあげましょう。もし何かあったら、いつでも電話してね。いい子にしてるのよ、分かった?」

 

ぼんやりしている間に話が進んでいたのか、すっと携帯電話を渡された。この世界観で携帯電話が出てくるのは相変わらずびっくりだ。しかも、すっかりスマホが普及している時代にガラケーで、その上折りたたみ型ではなくストレート型という拘り様。さすがにこれを使っている人は身の回りでも見たことがない。

 

他にもいくつか聞きたいこともあったけれど、トリエルはそう言い残すと先の方へ歩いていってしまった。その場には自分一人だけが取り残される。呑気に変なことを考えている場合ではなかったな、と少し後悔した。

 

どうも、積極的に関わらないと基本的にはゲーム通りの流れで進行するらしい。まあ、それが自然なのだから、自然の摂理に従っていると考えるべきか。それでも、うまいこと会話を誘導すればトリエルについていって面倒な一人旅を避けられたかもしれないと思うと、残念でならなかった。

 

(うーん、ここから一人かあ。とにかく死なないように基本逃げながら行こう...)

 

そんなことを呟きながら、僕は再び通路の奥へ向かって進み始めた。しかしその矢先、驚きのあまり大きな声が漏れる。

 

「い、いきなりフロギー!?」

 

次の部屋に足を踏み入れたと思った瞬間、そこには1匹のフロギーが佇んでいたのだ。しかし、先ほどとは違って襲ってくる様子はなく、妙に落ち着いている。そこで僕はようやく思い出した。

 

(ああ、NPCか。たしか『MERCY』のやり方を教えてくれるんだっけ)

 

ついいつもの癖で、妙にゲーム的に考えてしまった。そこにいるのはちゃんとこの世に生を受けている1匹のモンスターなのに、だ。ふと、こんな風に考えるからバチが当たってこの世界に落ちたのだろうかとも考えた。でも、同じようなことを考える人間はいくらでもいそうな気がする。なんで自分だけが。

 

理不尽な出来事に少し怒りがこみ上げる。こればかりはフラウィに聞かなければ分からないだろう。

 

とりあえず、僕はセーブをすることにした。ちょうど目の前に、赤い落ち葉の山があって、黄色い光が輝いているからだ。光に向かって歩き始めた僕。しかしその時、大音量で携帯の呼び出し音が鳴る。これ、少し大き過ぎやしないだろうか。隣にいたフロギーまでビクついていたんだけど。

 

「もしもし?」

 

「もしもし?TORIELよ」

 

ガラケーなんて扱うのはすごく久しぶりでもたついてしまったけど、何とか電話が切れる前には出ることができた。スピーカーからはトリエルの優しい声が聞こえる。声だけでも彼女の優しい顔が思い浮かぶような気がした。

 

「部屋から出たりしてないわよね?」

 

「…もちろん、出てないです。たぶん」

 

嘘です。

 

少し心が痛んだけれど、これも仕方のないことなのだと自分を納得させる。どのみち先に進まなければ道は開けないのだ。僕の答えを聞いたトリエルは安心したのか、こう続ける。

 

「それは良かった。その先にはまだあなたに説明してないパズルがあるの。あなた一人で解こうとするのは危険よ。良い子でいるのよ、いいわね?」

 

「は、はい…」

 

ぎこちない答えの後、電話が切れた。

 

ため息が出る。ゲームだったら何も考えることはなかったのに、いざ自分がこの場にいるとどうしても罪悪感が出てしまう。ゲームでは散々トリエルに酷いことをしてきたのだから、なおさらだった。

 

(とにかく、トリエルにはこれ以上辛い思いはさせたくないな…)

 

僕は強くそう思った。

 

電話をしまった僕は、セーブポイントの前に来る。ここでは確か、木の葉の上を通るんだっけ。僕は落ち着いて木の葉の上をゆっくりと歩き回る。しかし何も起こらない。まさか、メッセージ通りちゃんと戯けて通らないとダメなのだろうか。

 

「ああ、もうっ!」

 

またやけくそになって僕は落ち葉の上を走り回った。カサカサと音が鳴り、落ち葉が舞い上がる。それでも、まだダメらしい。

 

「何で、すぐに、セーブ、できないんだよ!このッ」

 

僕は何度も落ち葉の上をくるくる回って、落ち葉を吹き飛ばす。だいぶ息も上がってきた頃、ようやく聞き慣れた効果音が響いて頭上に黒画面が現れた。

 

『Tsuna LV1 6:41 Ruins-葉の絨毯』

 

何とかセーブできた。まったく、セーブするのも一苦労だ。

 

心の中で悪態をついた僕は、ひとまず北側の部屋に向かうことにした。入り口から見て突き当たり左の部屋だ。記憶の通りなら、その部屋にはHPを回復することができる『マモノのアメ』なるアイテムが置いてあるはずだった。本当にHPが回復できるのかは疑問なところだけれど、フラウィにやられた腕の傷が簡単に治ってしまうあたり、可能性としては高いかもしれない。

 

部屋に入ると、たしかに色とりどりのアメがかごに入って置かれている。誰が何のためにアメを置いたのか、ちょっとだけ気になった。とりあえず僕は3つくらい一気にアメをつかみ取ると、ポケットの中に入れておく。

 

(4つ目を取ると確か地面にバラまいちゃうんだっけか)

 

そう考えた僕はこぼさないよう慎重に4つ目を取った。意外にあっけなく取ることができ、それにはさすがに驚く。回復アイテムなら、持てるだけ持った方が今後のためにはなりそうだ。僕は10個くらい鷲掴みにしてアメをつかみ取ると、ズボンのポケットの中に突っ込んだ。最初、あまりに入れ過ぎて少し歩きづらかったので、後で左右のポケットで均等に分けた。

 

かごの中のアメはだいぶ減ってしまった。少し良心が痛んだけれど、仕方ないことだと自分に言い聞かせて部屋を後にする。

 

相変わらず右の方にはフロギーが佇んでいた。最初にゲームで見たときは、某モンスター育成RPGみたいに前を通ると問答無用でバトルが始まるのだと思って、後ろを回り込んだ記憶がある。まあ、実際はそうではなかったけれど。

 

「じゃ…」

 

気づくとじっとフロギーが見つめてきていたので、僕は軽く会釈をしてその場を去った。次の部屋はなんだったっけ、と薄々考えながら僕は先へと進んでいく。

 

「あ、落とし穴か」

 

目の前に広がっていたのは、見るからに落とし穴感満載の奇妙な凹凸のついた地面だった。

 

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