今日、久しぶりに子どもが落ちてきた。
“あの子”より少し大柄の男の子。違うとは分かっているのに、どこか似ている部分はないかつい探してしまう。あの子はもう二度と戻ってくることはないというのに。
「今日はお祝いをしないといけないわね」
そんな重苦しい気分を吹き飛ばすため、
考えているうちに次々と心配ごとが出てくる。帰ったら一通り確認しないと。何せ久しぶりの子どもだから、今度こそ完璧にお迎えをして、何も足りないものがないようにしないと。
そうしないと、あの子もきっと…。
私の瞳から一筋の涙がこぼれた。今までの子どもたちの姿が脳裏から離れない。
ベッドですやすやと可愛らしい寝息を立てていた“あの子”、本を読み聞かせると目を輝かせて喜んでくれた“あの子”、焼いたバタースコッチシナモンパイを本当に美味しそうに頬張ってくれた“あの子”。あんなに可愛らしかったわが子たち。
なのに、なぜみんな私を置いていなくなってしまうのだろう。
そんなに地上の世界に帰りたいというのだろうか?
あの出口を抜けたら最後、生きては帰れない。みんな、アズゴアに殺されてしまうというのに。
私はあの子たちにもそう話して、絶対に出口を抜けないよう言った。なのに、みんなどうしてもと言って、私の言い分なんて聞いてはくれなかった。固い意志のこもったまっすぐな瞳。いくら引き留めようとしても、その瞳はあの門を見つめたまま離れようとはしなかったのだ。
なんで、あの子たちは行ってしまったのだろう。
私は来る日も来る日も、そのことばかりを考え続けていた。わが子と同じように、たっぷりの愛情を注いでいた。おもちゃ、着物、本、お菓子、それにふかふかのベッド。あの子たちが欲しがりそうなものは何でも用意してきたつもりだった。それなのに、あの子たちはいなくなってしまった。
まだ、何かが足りないというのだろうか。
足りないものがあるというのなら、そのすべてを用意してみせる。これ以上、我が子を失うわけにはいかない。あの子と一緒に、命の尽きるまでここで暮らしていくのだ。たとえ、それがあの子の自由を奪うことになっても。
私は改めて心に強くそう誓うと、足早に遺跡の奥へと進んでいった。
(こいつは面倒だな、飛び越えるか…)
目の前にあるのは道を塞ぐように仕掛けられた落とし穴。左右は両側の壁に届くまで広がっているので、避けて通ることはできない。幅は見た感じだと2メートル少しはありそうだ。今の自分の力でどのくらい飛べるか分からないものの、この程度の幅なら行ける気がする。
後ろに下がった僕は、走り幅跳びの要領で助走をつけると右足で踏み切り、一気に跳躍した。幅的には十分そうだ。僕は空中で膝を軽く曲げ、自分の方に引き付ける。そして、そのまま突き出した両足できれいに着地した。いや、そのはずだった。
なんと、落とし穴が予想以上に大きかったのか、着地と同時にかかとの地面が崩れたのだ。そのまま後ろにバランスを崩した僕は、たまらず手を伸ばして前に体を戻そうとするものの、間に合わない。
「あっ…、ヤバ」
そうして、背中から勢いよく落とし穴の上に転んだ。もちろん、落とし穴がそんな荷重に耐えきれるはずはない。ずぼっと音を立てて地面が抜け、悲鳴を上げる間もなく僕は穴の中へと吸い込まれていった。
「痛って~…!」
そのまま下の階に落ちた僕。幸い、穴の下には落ち葉が敷き詰められていて、クッションのように働いてくれたおかげで大きなケガはしなくて済んだ。でも、変な体勢で落ちてきたせいか、背中を強く打ち付けてかなり痛い。
しかも、あろうことか目の前には1匹のWhimsunことナキムシがいた。これはなんという不運か。ナキムシにしてみれば、突然天井を突き破って目の前に人間が落ちてきたのだから、驚いても仕方ない。実際、ナキムシは会ったときには既に泣いていた。
「驚かせてゴメン!すぐに帰るから」
僕は何とか起き上がると、奥の出入り口から素早く部屋を後にした。ナキムシは襲ってくるどころではなかったようで、自分が逃げ出すのと同時に反対方向へ飛んでいった。ひとまず、戦闘にならなくてよかったと、安堵する。
階段を上がって狭い抜け道をくぐると、先ほどの落とし穴地帯の向こう側に出ることができた。横着して飛び越えようとしたばかりに、変な体勢で穴に落ちて余計に痛い思いをしてしまった。打ち付けた背中をさすりながら、僕は今さらながら後悔する。
先に進むと、目の前にはぽつんと石が転がっていた。自分の膝くらいの大きさがあるなかなか大きめの石だ。ゲームでは簡単に押していたけど、果たして本当に自分の力で押せるのか不安になってくる。その先には同じく石でできた感圧板が床に埋め込まれていて、道を塞ぐように突き出た針山も見える。
(やってみるしかないか)
石に手をかけた僕は、ぎゅっと力を入れて石を押し始める。最初は全く動かないように思えた石だったが、少し動くとあとは嘘のように軽くなり、簡単に感圧板の上まで移動させることができた。石が感圧板に乗った瞬間、目の前の針山が引っ込んで道が開ける。
そういえば、ゲームではこの辺でトリエルからシナモンかバタースコッチのどちらが好きか尋ねる電話が掛かってくるはずだった。でも、遺跡の入り口ですでに聞いたからか、電話が掛かってくることはない。ゲームのシナリオにない行動をすると、こうやって影響が伝搬していくのか。うまく使えば色々なことに応用できそうだ。
この先には落とし穴の道があった。地面いっぱいに妙な凹凸がついていてそこら中が落とし穴のように見えるものの、実は道があるというパズルだ。正解は下のフロアの落ち葉の配置で記されているが、ゲームをプレイしている僕にとってはこのくらいの道は暗記していたので、今度こそ何の問題もなく通過できた。途中、またナキムシに会ったものの、すぐに逃げたので戦闘にはならなかった。
さらにその先に進むと今度は石が3つ並んでいた。たしか右端の一つは話すんだっけ?
とりあえず、僕は左と真ん中の2つを押して、感圧板の上に移動させておいた。残るはあの喋る石か。そう思って石に触ろうとしたとき、背後から何かの気配を感じた。
(うわ、2匹も!)
振り返るとそこにはフロギーとナキムシの2匹がいた。いつのまに自分の背後に忍び寄っていたのだろう。ちょっと油断しすぎたかもしれない。
「な、ナキムシは逃げていいよ、じゃあね!」
僕は構えた拳を下ろし、ナキムシに敵意がないことを伝えた。すると、その意図を理解してくれたのか、ナキムシは小さく鳴くとどこかへ飛び去っていく。一方のフロギーは怯えた様子で自分の周りに白い光を呼び寄せると、こちらに向かって放ってきた。フラウィが使っていたのと違って光には羽が生えていて、ハエみたいな動きで飛んでいる。
これくらいなら問題なく躱せる。僕は右へ左へと飛んでくる弾を避け続けた。すぐに弾がなくなって、フロギーは攻撃をやめると「ゲコゲコ」言いながらこちらの様子をうかがってくる。鳴き声からしてもやっぱりカエルらしい。
さてどうするか。
僕はとりあえず褒めてみることにした。言ったのは最初のフロギーにかけたのと似たような言葉だ。
フロギーは照れているのか、鳴き声が少し変わった。ここぞとばかりに、僕はターンなんてものを無視してフロギーに「じゃあね」とだけ告げると、くるっと向きを変えてその場から立ち去る。しばらくしてから振り返ってみると、フロギーもいなくなっていて、その場には金貨が何枚か落ちていた。
「一応、逃がした扱いにはなるのか。良かった…。」
僕は金貨を拾い集めると、まとめてポケットの中に突っ込んだ。このくらいならまだ持てるけど、この先増えてきたらどうしようか。財布とか小銭入れがあれば便利なんだけど…、と思うものの、なにせ突然落とされた身だ。そんなものなんて持っているわけはない。まあ、トリエルに言えばもしかすると用意してくれるかもしれないが。
そんなことを考えつつ、いよいよ僕は最後の石に手を掛けて押そうとする。案の定、石から声が聞こえた。
「おおっと!俺を押そうってのはどこのどいつだい?」
石が喋るだけあって、地の底から響くような低い声だと思っていたけれど、案外お調子もののような軽い声だった。口もないのにどうやって喋っているのか謎だが、それよりまずは動いてもらわなければ話にならない。
「すみません、そこを動いていただきたいのですが…」
「おお、おチビちゃん。ずいぶんかしこまった言葉遣いをするじゃないか。しょうがないな、今回だけだぜ」
つい言葉遣いをゲームから変えてしまったせいで、返ってくるセリフも若干変わったことに驚いた。石はそう言うと、ひとりでに動いて感圧板の方に近づく。でも、まだまだ足りない。
「あと4メートルくらい、東に動いていただけると大変助かるのですが…」
「そ…、そうかい。わかったよ、おチビさん…。」
この後の展開を知っている僕は、わざわざ方角と距離まで指定して石にお願いした。子どもにそれほどまでに丁寧にお願いされるとは思わなかったのか、石はやや引き気味に答えると、一発で感圧板の上に乗ってくれた。石に引かれるとは、僕も来るところまで来たのか…。
「ありがとうございます。できれば、そのまま動かないでいただけるとサイワイ?です」
僕は慣れない敬語で石にそう言うと、先ほどまで針山が突き出ていたところまで向かう。渡る寸前で、念を入れてもう一度僕は石の方を振り返った。動く様子はなさそうだ。僕はそっと、右足を針山の上に伸ばしてみる。その時だった。
「ひゃっ!?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。あろうことか目の前で突然、針が飛び出してきたのだ。思わずのけ反った僕は、そのまま転んで尻餅をつく。幸い、間一髪で回避できたのか右足には傷一つなかったが、つい油断しすぎたようだ。
「何やってんだよ石ころ!殺す気かっ!」
「…ほんと悪い。そこまで驚くとは思わなかったんだ。今度はぜったい動かないから、安心して渡ってくれ」
キレ気味に睨みつけると、石は申し訳なさそうにそう言ってもう一度感圧版の上に乗った。どうやら、自分を驚かそうと思ってやったらしい。ゲームなら笑って済ませられたけれど、今は下手をすれば串刺しになりかねない。僕は警戒して何度も右足で引っ込んだ針山を突いたり、石の方を振り返って様子を見た後、飛び越えるようにして一瞬で渡った。
今回の出来事で寿命がいくつ縮んだだろう。ため息をついた僕は、足早に次の部屋へと向かった。
といっても、次はセーブポイントだったはずだが。案の定、部屋の右側にはセーブポイントの黄色い光が輝いており、その奥には小さな円卓がある。その上にはアニメで見るような穴の開いたチーズが無造作にそのまま置かれていて、何だか罠のようにも見える。
僕はチーズに近づいてみた。どうやら本当にただ置かれているだけらしいものの、埃をかぶっている上に一部が溶けて、テーブルにへばりついている。美味しそうなら味見してみようかとも考えたけれど、一気に食べる気が失せた。まあ、チーズはもともと発酵食品だから、ひんやりと涼しいこの遺跡の中なら熟成して美味しくなってそうな気もするが、さすがに埃をかぶっているのはいただけない。
(お、ネズミの巣穴だ)
反対側の壁には見るからにといった様子の穴が掘られていた。穴を覗いてみると、暗闇の中に2つの目が光っていてチュウチュウ鳴いている。いつも疑問に思っていたけど、巣の目の前にあんなに大きなチーズがあるのに何で食べないのだろう。へばりついているだけならかじればいいのに。それとも、やっぱり不自然過ぎて警戒しているのだろうか。
僕はそんなことを考えながら、セーブポイントに向かった。すると、拍子抜けするくらい一瞬で決意に満たされる。歩きながらネズミのことを考えていたから、条件を満たしていたのかもしれない。相変わらず頭上に現れた黒画面の表示は更新され、セーブも無事に完了する。
『Tsuna LV1 431:12 Ruins-ネズミの穴』
いよいよ7時間越えか。何だかお腹が減ってきた。思い出してみると、この世界に来てから食べ物という食べ物を食べていないような気がする。考えるほどに空腹は酷くなり、お腹が鳴った。ふと、先ほどのチーズが目に入る。
「いや、ダメだ。お腹壊しそう」
僕は自分にそう言い聞かせると、未練がましくチーズを見つめながら部屋を後にする。ああ、腹減ったなぁ…。
「zzzzz…zzzzz…」
ぼくの名前は
「zzzzz…zzzzz…」
そうやって寝息を立てていた時、向こうの方から足音が聞こえてきた。
やる気が出ない。面倒くさい。寝たふりしちゃおう…。
「zzzzz…zzzzz…」
しばらく寝息を立て、寝たふりを続けるぼく。もうそろそろ行ったかな。でも、足音がまだしていないような。
「ゴメン、押すね」
何だか声が聞こえて、じぶんの体が押しのけられた。いや、ぼくらの体には実体がないので、倒すこともできなければ触ることもできない。なので、押しのけられた
声のした方を見てみると、そこにはやや困ったような表情の子どもの姿があった。なんだか悪いことをしちゃったのかな。しょんぼりと気分が落ち込む。
「大丈夫だよ、元気出して」
子どもはそう言って励まし、笑みを見せてくれた。そんなこと言われたら、涙が出ちゃう。
「ひっ!」
滝のように流れるじぶんの涙を楽しんでくれているのか、子どもは悲鳴みたいな声を上げて涙の中を走り回っている。よくわからない。
「な、ナプスタ、きみはおもしろいから、自信をもって!」
ようやく涙が収まったとき、何だか息を切らしてすごく疲れてそうな顔をしながら、子どもはそう言ってくれた。少しだけ元気が出てきた。また、思わず涙が出てくる。まるで、どしゃ降りの雨みたいにその場に降り注いだ。
「ひぇっ!ちょっと」
子どもはひいひい言いながら涙の雨の中を走り回っている。よく分からないケド、楽しそうでよかった。
「はぁ…、はぁ…。お願いだから泣かないで!元気出してよ!」
そう言われて、もっと気分がよくなった。子どもはさっきよりもっと息が上がっていて苦しげなのが、よくわからないけれど。でもせっかくだから、あれを披露してあげよう。子どもはなんて言ってくれるかな。
「きみにちょっと見せたいものがあるんだ…。やってみるね…」
涙を流すと、みるみるじぶんの頭の上に帽子ができていく。荒い息をしながら膝に手をついてかがみこんでいた子どもは、その様子を見て目を丸くして驚いてくれた。
「おしゃれblookって技なんです。気に入ってくれたかなあ…」
「すごいよ!おもしろいよ」
子どもはにっこりとした笑顔を浮かべて精いっぱいの拍手を送ってくれた。ああ…。こんなに喜んでくれるなんて。すっかり気分がよくなったじぶんの瞳から、涙が引いた。それを見た子どもは、安心したらしくその場に腰を落とした。
「RUINSには誰もいないからよく来てたんだ…。でも今日はいい人に出会えた…」
「いやいや、何もそんな…」
笑いながら照れ気味に顔を振る子ども。なんていい人なんだろう。
「うん、そろそろ散歩に戻ろうかな…。すぐにどくよ…」
そう言うと、ぼくは薄くなってすっと消えていく。子どもはその様子を手を振りながら、静かに見送ってくれた。
けれども去り際に、ぼくはふと、彼の後ろにもう一人だけ子どもの姿が見えたような気がした。おかしいな、さっきまではあの子しか見えてなかったのに。