Undertale 落とされた人間   作:変わり種

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第8話 すれ違う思い

今日は夢を見なかった。

 

やはり疲れが取れていなかったのか、相当長い時間眠ってしまった気がする。まだ若干の眠気が残っているものの、ここで寝続けていても仕方がない。僕はゴシゴシと乱雑に目をこすると、何度も瞬きを繰り返しながら開いた。

 

「ごきげんよう」

 

「ひっ!?」

 

すぐ目の前には、逆さまになったキャラの顔。昨日と同じような体勢で、眠っていた僕の頭の方から覗き込んでいるらしい。でもそっちの方には壁があったはず。見ると彼女は空中に浮かんだような恰好になっていて、壁をすり抜けて体を乗り出していた。なるほど、幽霊みたいなものだから壁とかは関係ないのか。

 

それにしても昨日のあの出来事の後、キャラはすっかり姿を消して声も聞こえることがなかったので僕はちょっと心配していた。でも、またこうして会えてよかった。

 

「いま、『ひっ!?』って言っただろ」

 

「あ、聞こえてた…?ゴメン」

 

だが、ついうっかり漏らした悲鳴が彼女の癇に障ったらしい。むすっと口を尖らせた彼女は、おもむろに腕を伸ばすとまた僕の頬をつまみ回し始めた。地味に痛い。でも、これは流石に卑怯だと思う。キャラの口からGルート登場時のあんな台詞を聞いたら、ゾッとするのは自分だけじゃないはずだ。

 

「ひゃめて…。」

 

思わず出た変な声で彼女にお願いするも、聞き入れてくれる様子はない。結局、彼女が満足するまでの間、僕の頬は弄ばれ続けることとなり、終わった頃にはヒリヒリと痛んだ。感覚だけで実際につままれたわけでもないのにおかしな話だ。お返しとばかりに僕も彼女の頬をつまみ回そうとしたけど、もちろん彼女の体に実体はないのですり抜ける。もしかしてこれって、僕は永遠にイジられ役?

 

「昨日はすまなかった。私も、つい熱くなり過ぎた」

 

落ち着いてきた頃、キャラが静かに口を開いた。俯きがちで神妙な面持ちをしているあたり、本当に申し訳なく思っているようだ。

 

「僕もごめん。何も考えずに、できないってばかり言って…。あの後ずっと考え続けたけど、君の言う通りだった。赦すか赦さないかなんて、僕が決めることじゃない。フリスクが決めることなんだ。だから、何があっても彼女に謝るって決めたよ。もし受け入れてもらえなくても、僕はどうなっても構わない」

 

僕の言葉に、キャラが優しく頷く。彼女も僕の考えに納得してくれているようだった。

 

これが100パーセント完璧な結論かは分からない。いや、この世界に完璧な答えなんてないのだから、僕はこの後もその答えを追い求め続けなくてはいけないだろう。でも、どんなことがあっても、僕はフリスクに謝って彼女の決意を復活させ、幸せなエンディングを送らせたい。

 

その決意だけは歪むことはなかった。

 

「そろそろトリエルも待ってると思うから、行ったら?」

 

キャラに促された僕は、一通りの身支度を済ませた。ゲームでは洗面所やお手洗いはなかったものの、ここではちゃんと部屋が用意されていて安心する。もっとも、トリエルの体格に合わせたかなり大きいつくりだったけれど。洗面台はあいにく自分の背では届きそうもなかったので、近くにあった椅子を引っ張り出して何とか済ませた。その途中でキャラに笑われたのは少し納得できないが。だって、キャラも同じような身長じゃないか。

 

リビングに入ると、暖炉の火は昨日の夜より小さくなっていた。おそらく、まだ起こしたばかりなのだろう。手を近づけても熱くはなく、優しい温かさがある。一方、夕食を食べたダイニングテーブルは綺麗に整えられていて、奥にあったはずの子ども用の椅子が手前に移動している。僕が座りやすいように、トリエルが移してくれたらしい。彼女の優しさには相変わらず驚かされる。

 

キッチンの方からは何かを焼くような音が聞こえ、ほのかに甘く美味しそうな匂いがしてきた。僕は静かに、その中へと入る。

 

「おはようございます」

 

「あら、おはよう」

 

トリエルはコンロの前に立っていて、黒い大きなフライパンを握っていた。けれど料理をしているはずなのに、コンロから火が出ているというよりはフライパンの底自体が燃えているように見える。どうやら、魔法の力で料理をしているらしかった。自らの魔力で炎を呼び出せるなら、わざわざコンロの火を使うよりも簡単なのだろう。

 

近くの冷蔵庫の中身をちょっとだけ覗いてみると、ブランド物のチョコレートバーが一本だけ入っていた。よくよく考えると、トリエルが自分で食べているとも考えづらい。いったい誰のために買ってあるのだろう。

 

「チョコじゃん!ねえ、食べよ食べよ!」

 

今までの口調からは似ても似つかない子どもみたいな声で、キャラがチョコをねだる。

 

すっかり忘れていた。彼女はチョコレートが大好物なのだ。もしかすると、トリエルは今は亡き彼女のためにチョコレートを買っているのかもしれない。それを考えると、キャラのために希望を叶えてあげたい気にもなるものの、果たして彼女の代わりに自分が食べることに意味はあるのだろうか。

 

「それは大丈夫。私は自由にきみの感覚と自分の感覚を繋げることができるから。つまり、きみがチョコを食べれば私もそれを味わえるってわけ。さあ、早く食べてよ!」

 

心の中を読んでいるらしいキャラがすぐに疑問に答える。あれ、ちょっと待てよ。感覚共有できるなんて、今はじめて知ったんだけど。人の体にタダ乗りするなんて、なんかセコいような…。でもまあ、別に自分が味わえなくなる訳ではなさそうだから、いいか。

 

そのままチョコを手に取ろうとする僕。けれども、掴む寸前で手が止まった。考えてみると今は朝食前。しかも、今まさに隣でトリエルが料理をつくっている真っ最中なのだ。そんな中、冷蔵庫のチョコレートを勝手に開けてつまみ食いなんてしたら、流石の彼女も怒るだろう。キャラのために買ったものだとすればなおさらだ。彼女には僕にキャラが取り憑いていることなんて知る由もないのだから。

 

「ダメ。またあとでね。今は食事前だし…」

 

「え!?何でさ!いいじゃないか、少しくらい!」

 

子どものようにむくれる彼女。凶悪で恐ろしい一面からは考えもつかない無邪気な様子に、僕は呆気にとられる。でも、そんな様子がどこか可愛らしかった。

 

ちょうどその時、料理が出来上がったのかトリエルはフライパンの中のものを皿に移し、盛り付ける。カウンターの高さが少し高くて見づらいものの、皿の上にはふんわりと仕上がったパンケーキが見える。自分の親指よりもあるかなりの分厚さで、ムラのない綺麗な焼き色の表面からは絶えず湯気が上っていてとても美味しそうだ。

 

「さ、食べましょうか」

 

トリエルに促されて、僕はリビングのテーブルにつく。間もなくテーブルの上に置かれたのは、先ほどの大きなパンケーキの他、色とりどりの野菜の入ったサラダだった。それに、透明なガラスのティーポットには琥珀色のお茶が淹れられている。最初はハーブティーか何かだと思ったけれど、中に浮かんでいるのは小さな花びら。それを見た僕は、すぐにそれがゴールデンフラワーだと直感した。遺跡の周りに自生しているものを摘み取っているのだろう。

 

トリエルはポットを軽く揺らすと、花びらが入らないよう茶漉しを通してカップにお茶を注いでくれた。ほのかに広がるゴールデンフラワーの香り。心が落ち着き、体がリラックスしていく。

 

「いただきます」

 

僕は小声でそう言うと、トリエルが切り分けてくれたパンケーキを口に運ぶ。ふわふわの生地に、後掛けしたメープルシロップの程良い甘さが絶妙なハーモニーを奏でる。いくらでも食べられそうな美味しさだった。サラダも食べてみたが、どれもみずみずしく新鮮な野菜ばかり。その上、トリエル手作りのサウザンドドレッシングの酸味がそれらの風味を引き立て、格別の味だった。

 

「どう、美味しいかしら」

 

「はい!ほんと、頬っぺたが落ちるくらいに!」

 

「それは良かったわ。昨日は元気がなさそうだったから心配してたのよ。でも、元気そうでよかったわ。いっぱいあるから沢山食べてね」

 

微笑みながらそう話すトリエル。昨日は本当に心配をかけてしまったらしい。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

一通りの料理を味わった僕は、ゴールデンフラワーティーを一口飲んでみる。口いっぱいに広がるほのかな香り。やや酸味があるものの、クセの少ない味わいは非常に飲みやすい。どうやらハチミツも混ぜているのか、優しい甘みも感じられる。体が中から温まり、ほっこりと幸せな気分になる。

 

朝食が終わる頃にはすっかり満腹になっていた。食器を運ぶのを手伝った僕は、そのまま皿洗いも手伝おうと思ったものの、トリエルに止められる。流石に子どもに何でもやってもらう訳にもいかないのだろう。彼女にしてもらったことを考えると少しでも手伝いたい気持ちが出てくるけれど、無理にやるのはお節介というものだ。

 

僕はしばらくリビングで本を読んで過ごしていたが、暇を持て余したので自分の部屋の方へと向かう。この機会に、家の中を探索してみようと考えていたのだ。

 

廊下にはウォーターソーセージが飾られていた。確かサンズがこれをホットドッグのソーセージ代わりに使っていた気がするけど、どこからどう見てもガマの穂にしか見えない。これをどう料理したら、ホットドッグに挟めるのだろう。

 

廊下を進んでいく僕。そのままの自分の部屋を通り抜け、2番目の扉の前に辿り着いた。確かここは…

 

「トリエルの部屋さ」

 

後ろから聞こえた声にビクッとする。食事中は声が聞こえなかったから、すっかりキャラのことを忘れていた。振り返ると、背後霊よろしく僕のすぐ後ろに彼女が立っている。まさか、こうしてずっとついて回っていたのだろうか。

 

僕は少し躊躇う気持ちもあったものの、ドアノブに手を掛けると静かにそれを回した。青を基調とする部屋は照明が消えて薄暗いせいか、雰囲気までもが暗く物寂しいものを感じさせる。本棚の上に置かれたゴールデンフラワーだけが妙に鮮やかに見えた。

 

「これは、日記…?」

 

「人の日記を読むの?きみ、フツーに性格悪いんだな」

 

「うう…」

 

机の上に開かれたままのノートを見つけた僕は近づいてみたものの、キャラにそう言われて読むのを躊躇う。ゲームの中では何も遠慮せず読み耽っていたけれど、こうして目の前にすると確かに人の日記を読むのは気が引けた。でも、僕が読むのを諦めようとすると、代わりにキャラが日記に近づく。

 

「くだらないダジャレばかり。相変わらずだな…」

 

自分は読むのかよ、と突っ込みたくなったが、考えてみればキャラは生前、トリエル達とともに家族として暮らしていたんだった。それでも母親の日記を勝手に読むのはどうかと思ったけれど、少なくとも僕が読むよりはマシかもしれない。

 

他に変わったものがないか、僕は部屋の中をウロウロする。今までは特に兆候はなかったものの、僕が落ちてきたこの世界がゲームのままであるとは限らない。ほんの少しの異常も、見逃さないことに越したことはなかった。

 

ダブルサイズよりも大きなベッドに、図鑑がぎっしりと詰まった本棚。中には地下に生息する植物に関するものもある。その隣には上にテーブルランプを乗せられたタンス。この中って何が入っていたっけ?

 

「痛っ!」

 

「勝手にマ…、母さんのタンスを開けるな!変態かよ」

 

キャラに思いっきり後頭部を殴られた。触ってすらいないのにこの仕打ちは少し納得できないけど、確かにこれは僕が悪いかもしれない。ジンジン痛む頭をさすりながら、僕はタンスに背を向けて入り口に戻る。

 

ふと、入り口のすぐ傍に古びたバケツがあることに気づいた。中を覗いてみると、何やらヌルヌルしたものが蠢いている。何だか気持ち悪い。

 

「カタツムリだよ、食用のね」

 

「え、じゃあ昨日食べたのもそれ…?」

 

生きている現物を見ると、凄く複雑な気分になった。何でカタツムリをこんなところに置いているのかはすごく謎だ。大事な物だから傍に置いておきたいのか、単に保管するのに良い環境なのか。こればかりはトリエルでないと分からない。

 

一通りの物を調べ終えた僕は、静かに部屋を後にする。今のところ、ゲームから変わっているところは特に見当たらなかった。

 

さらに廊下の奥の方にも行ってみたものの、相変わらず三番目のドアには改装中という張り紙がされていて、鍵がかかっているのか中に入ることはできない。そのさらに奥には幅の広い大きな鏡が備え付けられていて、僕とキャラの姿が映りこんだ。

 

思わず鏡に映った自分をじっと見つめてしまう僕。その容姿は相変わらずフリスクそのものだった。違いはトリエルにもらった明るい橙色のボーダーシャツを着ているというところだろうか。何だか色合い的にMonster kid(モンスターキッド)に似ている気もしなくもないものの、ボーダーがえんじ色なのがアクセントになっている。髪の色はてっきり黒だと思っていたのに、キャラよりも濃いダークブラウンの茶髪だった。

 

フリスク特有の細目も同じかと思ったけれど、よく見るとその奥には透き通るような薄い黄蘗色の瞳が覗いている。最初に着ていた服が若干色違いなのも考えると、これもフリスクとの違いの一つのような気もする。でも、よくよく考えるとゲームではドット絵だから、細目だと画面では目を瞑っているようにしか見えないのだ。なので、実際のところ彼女の瞳がどうなっているかプレイヤーには分からない。

 

まあ、キャラみたいな鮮やかな赤でなかったのは幸いかもしれない。彼女には悪いけど、あの赤い瞳には嫌なことしか思い浮かばないからだ。

 

「きみ、自分の顔まじまじと見つめて…。大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だよ!」

 

あんまりにも長い間、自分の顔を見つめていたせいで、キャラに引かれながらそう言われてしまった。慌てて否定したけれど、キャラはまだ「うわ、こいつ…」みたいな顔で僕を見つめている。誤解だって!

 

ちょうどその時、リビングの方から足音が聞こえて、また静かになった。

 

「たぶん洗い物終わって、一息ついてるんじゃない?暖炉の前の椅子で。話すなら、今だと思うよ」

 

キャラがそう言った。

 

ついに、彼女に話を切り出すときが来たのだろうか。そうしなければここを出られないとはいえ、全く気乗りはしなかった。特に、あんなに優しくしてもらったのを考えると、尚更のことだった。

 

胸がドキドキして、緊張してくるのが分かる。鏡に映る自分の顔も、眉が下がりどこか不安げになっていた。しっかりしなくては。僕は頬を軽く叩くと、鏡の中の自分に言い聞かせる。

 

(自分ならできる。やるしかない)

 

僕は覚悟を決めると、リビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はとても幸せな気分だった。

 

新しくきたあの子。少し恥ずかしがり屋なところがあるけど、私のことを手伝おうとしてくれてとても優しかった。敬語を使ってばかりでまだ少し距離も感じるが、ここに来たばかりなのだから緊張していても仕方ないかもしれない。いつかはきっと、打ち解けてくれるはず。

 

何より、あの子の本当に美味しそうに私の料理を食べてくれる姿は、涙が出る程に嬉しかった。昨夜は何だか元気がなそうで心配していたけれど、今朝の様子を見る限り杞憂だったようで私はほっと胸を撫で下ろす。

 

暖炉前のソファに腰掛けていた私は、ぼんやりと本棚を眺めた。あの子にはどんな本を読ませてあげようかしら。男の子だから、虫の本とかが興味を引くだろうか。それとも、意外に植物の本が好きかもしれない。もしくは料理が好きそうだから、地下世界の料理に関する本を読ませても喜んでくれそうだ。

 

とっておきの虫取りスポットも教えてあげなくちゃ。男の子だから、家でじっとしているのは退屈してしまうかもしれない。あとはお勉強かしら。しっかりとカリキュラムを考えて、あの子にも学のある立派な大人になってもらいたい。こう見えても私は先生志望だったから、あの子に教える自信はバッチリだ。

 

そんなことを考えている時だった。

 

思いつめたような、険しい表情を浮かべてあの子がやってきた。何か悪いことでもあったのかしら。ふと、ある予感が頭をよぎる。

 

「どうしたの、我が子よ?」

 

「…ちょっとお話があるんです」

 

ドクン、と心臓が脈打つ。予感は確信へと変わっていく。やめて。私はそんな話なんて聞きたくない。

 

「あ!そうだわ。この後、時間があるあしら?一緒に遺跡の中を探検しましょう。遺跡には、まだまだあなたの知らないようなパズルがあるのよ。きっと、楽しいと思うわ!」

 

わざと気を逸らすような明るい快活な声で、私は言った。息が少しずつ荒くなり、手が小刻みに震えてくる。お願い、私を悲しませるようなことを言わないで。これ以上子どもたちを失ったら、私はどうにかなってしまいそうだった。頼むから、『うん』と答えて。

 

私は一心にそう願う。けれども、あの子は聞いてくれなかった。

 

「ごめんなさい…。大丈夫です。それより…」

 

「ああっ!!本を読み聞かせてあげるわっ!私が読んでいる本のこと、気になるでしょ!『72のカタツムリ活用法』っていうの。どうかしら?」

 

「う、うん…」

 

必死に話題を逸らす私。苦笑いしながら、あの子は相槌を打ってくれる。そう、そのまま私と一緒に本を読みましょう。恐ろしいことなんて忘れて。二度と思い出さなくていいの。あなたのおうちはここなんだから、ずっと私と一緒に暮らしていくのよ。二人で永遠に。どんなことがあっても私が守ってあげるわ。だから…。

 

「外の世界に出たいんです…」

 

その言葉に私は青ざめた。頭が真っ白になって、震えが止まらなくなる。心臓が苦しくなり、息をするのも辛くなってきた。駄目、そんなこと言わないで。お願いだから…。

 

「えっと、カタツムリの面白い話でも…」

 

「ごめんなさい。僕は、外の世界に出たい。外に出て、やらなくちゃならないことがあるんです」

 

覚悟に満ちた顔で、あの子は言った。思わず顔が引き攣り、口がわなわなと震えてしまう。やめて。どうしてあなたまで私を置いていこうとするの?私にはもう、あなたしかいないのに。あなたにまで行かれてしまったら、私はどうすればいいの?一生この遺跡の中で、果てしない後悔に苛まれ続けなくてはならないというの?

 

「…カタツムリにはね、歯舌っていうチェーンソーみたいな形の舌を持っていて…」

 

「トリエルさん!」

 

あの子が叫んだ。見ると、決意を胸に秘めたような固く引き締まった面持ちをしている。

 

ああ。何でそこまでして、外の世界に行きたいと言うの?あの扉を越えたって、すぐにアズゴア王に殺されてしまうだけ。これほどの優しい心があっても、あの男は容赦しないわ。あの冷酷な男は彼を殺してソウルを奪うつもりに違いない。そんな世界に行きたいだなんて、私は絶対に許さない。

 

「…分かったわ。あなたも他の人間と同じだった。私を捨てて、一人行ってしまうのね」

 

「そんなことは…!」

 

「いいえ、絶対にそうよ。外の世界に出たら最後、みな殺されてしまうの。私はもう痛いほどその苦しみを味わってきた。だからもうたくさん。この苦しみは、ここで終わらせるわ」

 

優しさを殺し、固い表情を貫いた私は立ち上がると、引き留めようとするあの子の手を振り払ってリビングを出た。

 

きっと泣いて怒って私を責めてくるでしょうけど、これは全部あなたのため。分かって頂戴。たとえ許してもらえなくても構わない。これ以外に、あの子を救う方法はないのだから。

 

私は険しい表情を浮かべたまま、地下に通ずる階段を下りた。あの忌々しい扉は、今度こそ跡形もなく破壊する。この苦しみは、もうたくさんだった。

 


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