〝金色の戦士〟を撃退せよ! 作:仙豆
「はあ……」
サラリーマン、鈴木悟は重々しい溜め息を吐く。時計に目をやると時刻は既に午前零時を回っていた。上司に押し付けられた書類仕事をようやく終えたにも関わらず、彼の顔色は優れない。
「もうこの時間じゃ誰もいないかも……」
帰り支度をする悟の頭は既にユグドラシルで一杯だった。YGGDRASIL――日本のとある企業が満を持して発表したDMMORPG。悟はこのゲームにつま先から頭のてっぺんまでどっぷりと浸かっていた。親兄弟や友もなく、仕事に行くだけの日々。その全てを変えてくれたのだ。今ではユグドラシルなしの生活など考えられない。そして今日は――日付が変わってしまったが――ユグドラシル初のコラボイベント解禁日なのだ。噂では超高難易度イベらしい。逸る気持ちを抑えきれず、悟は家路へと急いだ。
◇◆◇
「え? あのトリニティが!! マジで!?」
「そうそう、確かな筋からの情報だよ」
「どうせあの掲示板だろ?」
「はぁ、こりゃあまた運営炎上するわな」
灰色の待機空間を抜けた悟――モモンガは予想だにしない光景をみた。丑三つ時に近しい時間にも関わらず、円卓の間では仲間たちが異様な盛り上がりを見せていたのだ。
(やはり皆も楽しみにしてたのか)
そんな何気ない当たり前が、何故か非常に嬉しかった。モモンガに気づいたギルメンから挨拶とアイコンが飛び交う。
「こんばんはー。皆さん、何の話をしてるんですか?」
「あ、モモンガさん! お疲れー」
「こんばんはー」
「モモンガさん! これ、これみてくださいよ!」
ギルメンのうち、特にモモンガと仲の良いペロロンチーノが興奮気味に何かをみせてくる。〈水晶の画面〉に映し出されたのは某巨大掲示板のスレッドだった。
「ええっと……〈光の戦士が倒せない Part.59〉……って59!?」
驚きのあまりモニターを二度見する。つい数時間前に解禁されたイベントに対する反応にしては流れが早い。早すぎる。流石ユグドラシルといったところか。
「筋肉やばい」「至高天の織天使が瞬殺された」「あれは……悪魔だ」「俺はカカロットじゃねえよ。誰だよ……」「全身青タイツのおっさんが――」「子供二人組が――」「隻腕でカッコいい」「紫の道着だった」「父親を越えた存在らしい」「ウスノロって……」「俺らみたいな烏合の集じゃ無理だろ」
「……なんですかこれは」
モモンガは困惑のアイコンを飛ばす。控えめにいって阿鼻叫喚だった。最新のコメントを見る限り、未だこのイベントをクリアしたものはいないらしい。
「誰かもう挑戦しましたか?」
「いや、まだだよ」
「レギュレーションをみてよ」
モモンガは視界に表示される見慣れぬアイコンをタッチする。イベントの詳細が表示された。
期間限定コラボ企画〈世界級クエスト――金色の戦士を撃退せよ!〉
1. イベント参加にはギルドに所属していること、また最低二人以上のギルドメンバーが必須である。
2. 同ギルドメンバーは何人でも同時に参加できるが、他ギルドとの同盟、共闘、並びにそれに属するものは認めない。
3. ギルド長によるメンバーの選択、承認が必要である。
4. 期間内であれば何度でも対戦可能。また敗北時にはレベルダウンやアイテムロストなどのデメリットは存在しない。
5. 対戦中、一度死亡したら蘇生アイテムを所持していない限り蘇生は不可能。
6. 戦闘記録の録画、録音はイベント難易度維持のため認めない。
7. クリア報酬はイベント限定アイテム。
「これは……皆さんもしかして私を待っててくれたんですか!」
「モモンガさんほぼ毎日インしてるもんな」
「そうそう、どんなに遅くても絶対インすると信じてましたよ」
「待ちかねたぜい」
モモンガは感動に打ち震える。やはりアインズ・ウール・ゴウンは最高だと再認識した。
「特にデメリットもないみたいですし、とりあえず一回挑戦してみませんか?」
「そうですね、ええと物理攻撃役、魔法攻撃役、防御役、支援役、回復役……後はアタッカーがもう一人ほしいところですね」
現在いるメンバーはモモンガを含めて十一人。フルメンバーとは程遠いが、平日の深夜であることをかんがみれば充分すぎるほどだ。そんな時、システムメッセージが新たなギルメンの来訪を告げる。
――たっち・みーさんがログインしました。
ギルメンたちから歓声が上がる。これで戦力は申し分ないだろう。
◇◆◇
モモンガが承諾を選択すると、瞬時に景色が入れ替わる。円卓の間から殺風景な荒野に転移した。目の前には一人の青年。黒髪に筋骨隆々の肉体、青いインナーに山吹色の胴着を身に着けている。青年はアインズ・ウール・ゴウンの面々を認識すると、朗らかに
「おお、おめえらがオラの相手か。来るのが遅えぞ、待ちくたびれちまった」
「…………!!」
モモンガはもちろん、ギルメンたちは驚愕した。運営はよほど今回のコラボに本気と見える。未だ実装されていない感情に適応した表情の変化。おそらくは後々実装するためのテストも兼ねているのだろう。刻一刻と変化する表情はまるで本当に生きてるかのようだ。
「オラ孫悟空ってんだ、よろしくな!」
「は、はい。よろしくお願いします」
独特の雰囲気を持つ悟空にモモンガはつられて挨拶を返してしまう。本当に優秀なAIである。ヘロヘロやベルリバーが感嘆の音を漏らした。
「たっちさん、ドラゴンボールって知ってますか」
「申し訳ない、名前しか知りません。仮面ライダーでしたら昭和から平成まで全ライダー、全作品語れるのですが」
「いや、それ今はいいですから」
ペロロンチーノの問いにたっち・みーが生き生きと答え、間髪いれずウルベルトが突っ込みをいれる。残念ながら百数十年前の作品の知識を持ってるものは今のメンバーにはいなかった。漫画家志望のホワイトブリムならば知ってたかもしれないが、彼は既にログアウトしてしまった。前知識なしに戦ってみるしかない。
「じゃあ、さっそくやろうぜ。おめえら皆強そうだかんな、オラわくわくすっぞ!」
「ッ――」
瞬間、弛緩した空気はどこかに消え去った。悟空を中心に気が吹き荒れる。
「ぐあっ!」
自身にヘイトを集める特殊技術を使い、いつものようにタンク役に務めようとしたばりあぶる・たりすまんを激しい痛みが襲う。
「ばりあぶる・たりすまんさん!?」
それが悟空の拳が腹に叩き込まれたのだと自覚した時には、もう彼方へ吹き飛ばされていた。岩にしたたかに打ち付けられる。おそるべきはその威力。防御特化のばりあぶる・たりすまんのHPをたったの一撃で四分の一ほど削った。
「ハァアア!」
「せいやっ」
「だりゃりゃりゃりゃ!」
たっち・みー、武人建御雷が素早くカバーリングにはいる。聖なる剣と建御雷七式の刃が悟空の左右から振るわれる。拳、腕、肘、膝、蹴り。連撃の応酬が悟空をその場に釘付けにする。その間に後衛はばりあぶる・たりすまんの回復、そしてアタッカーたちの能力上昇を行った。
「この距離なら!」
ペロロンチーノの太陽の弓が放たれ悟空を穿つ。フレンドリ・ファイアーは解禁されていないので遠慮なく仲間ごと狙える。続いてウルベルトやモモンガが高位階魔法を唱え、さらに追加ダメージを叩き込む。ばりあぶる・たりすまんも前線に復帰し、ベルリバーと共に悟空へ向かう。モモンガは笑顔のアイコンをぷにっと萌えへ浮かべた。
「確かに攻撃力は脅威ですが、これならいけそうですね」
ユグドラシルストーリーモードのラスボスや先日の始祖カインアベルと同じだ。今回も大した脅威ではないようだ。モモンガの言葉に、しかしぷにっと萌えは渋い声で唸る。
「うーん、おかしいですね」
「え? 何がですか」
「この程度の難易度ならば、あのトリニティが苦戦するはずがありません」
「……確かに」
底意地の悪い運営の初のコラボイベントだ。これで終わるとはなるほど、モモンガにもそう簡単には思えなかった。
「それにイベントのタイトル……金色の戦士……まさか――」
相手は黒髪だ、服装も金色とは呼べない。ぷにっと萌えははっとする。〈生命の精髄〉でみる敵のHPが半分を切った。
「皆さん、気をつけて! 相手はまだ――」
「ハァアアァアアアア!!」
ぷにっと萌えの声を悟空の雄叫びが掻き消す。刹那、全てが変わった。防御特化のばりあぶる・たりすまん、続いて相手の影より飛び出た弐式炎雷が消滅した。Deleteの文字だけ残して。ギルメンたちに動揺が走る。
「へへっ、おめえら強ええな! オラも本気でいかせてもらうぞ」
逆立った金髪に深碧の瞳。黄金の気が荒れ狂う。スーパーサイヤ人、孫悟空はここからが本番とばかりに口元を吊り上げた。
◇◆◇
「はぁ、はぁ……」
たっち・みーが肩で息をする。既に他のギルメンは全て倒されてしまい、残りは自分ただ一人。彼が金色の戦士状態になってから、ほとんどダメージを与えられていない。対する自分のHPはもう後わずか。勝敗は決した。そんなたっちの心情を他所に、空中にふわりと浮かぶ悟空が気さくに声をかけてくる。
「おめえ、名前は?」
「……たっち・みー、です」
ここまで骨肉の死闘を演じて思うところがあったのだろう。たっち・みーはAIとわかっていてもつい返事を返してしまった。そんな彼に悟空は豪快な笑みを浮かべる。
「そっか! たっち・みー、みんな強かったけどおめえは特に強かったぞ!」
「それは……どうも」
どうやら皮肉ではなく、本当に褒めてくれているらしい。悟空は半身になり両手首を合わせ腰を落とす。他のギルメンたちを複数、一度に屠ったあの特殊技術がくる。たっち・みーは剣を最上段に構えた。せめて一矢報いたい。
「また絶対やろうな! かぁ、めぇ、はぁ、めぇ――」
「
光が収束する。やがて臨界点に達した輝きが一気に放たれた。
「――波ぁああああああ!!」
「――
超弩級の特殊技術がぶつかり合う。巻き上がる土煙の向こう、最後に立っていたのは金色の戦士のみ。
こうしてアインズ・ウール・ゴウンの初回の挑戦は敗北という形で終わった。
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