後方任務に従事する下っ端指揮官とその人形達の物語。

一話で一つのストーリーの予定

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1話

 寂しそうな顔なんかしちゃだめだ。

 笑わないと。

 

「おめでとう! 来月から君は前線勤務。こんなせまっ苦しい司令部とはおさらばできるし、敏腕指揮官のもとで戦えるんだ! 後ろ指をさされながら戦う生活は終わりさ!」

 

 ……よし、言えた!

 作り笑いなんて得意じゃないし僕らしくもないけど、今回ばかりはうまくいってくれて良かった。これで彼女も心置きなく……。

 

 ちらっ、と僕は机を挟んで正面に立つスオミを見る。

 肩まで伸びた綺麗な金髪の、ちょっとだけ幼さの残る可愛らしい顔の女の子は、口を開けて、ぽかーんとした表情で――衝撃的すぎて固まってしまったスオミを見て、僕は思わず吹き出してしまう。澄んだ湖みたいな青い目を比喩抜きに丸くして、こんなの笑わない方が難しい。

 

「おーい」

 

 ひらひらと僕はスオミの目の前で手を左右にふる。

 それでやっと意識が戻ったのか、長いまつげを上下させて数度瞬きをしたスオミと目が合った。

 

「わたしが……前線……?」

 

 ……あんまりうれしそうじゃないな。昇進なんて名誉なことだと思うんだけど……。

 まあ、原因なんてわかりきったことだ。

 この子はとても優しい子だから――。

 

「その……指揮官はどうなるんですか? わたしと一緒に前線に異動するんですか?」

 

 ほらね。

 

 本当なら飛び跳ねるくらいうれしくてたまらないことなのに、この子は少しもそんな素振りを見せない。僕はこのままだってことはなんとなくわかっているだろうから。

 小さく揺れる瞳を見れば演技なんかじゃなく、心の底から僕を心配してくれているということはすぐに伝わった。

 

 だけど。

 

 いや、だからこそ、僕はこの子を笑顔で送り出そうって決めたんだ。

 一時でもスオミの指揮官をした僕がこの子の障害になるわけにはいかない。遠慮がちなスオミが前に進めるチャンスを僕なんかが奪うわけにはいかない。

 

「僕は後方の仕事を続けるよ。ちょうどこの仕事にやりがいを感じ始めたところだしね。後方支援のこともそうだけど、君みたいな落ちこぼれをちゃんと戦えるように育ててあげないといけないしね」

 

 嫌味っぽく笑いながらそう言うと、スオミはその薄桃色の頬をぷくーっと膨らませる。それはもう怒ってますよーって感じに。

 もちろん威圧感みたいなものはまるでない。

 本人はいたって真面目なんだろうけど、それもまた子供っぽい仕草で可愛いなーって思えてしまう。そのままでいてほしいから言わないけど。

 

「わたしは落ちこぼれじゃありません。本気を出していなかっただけです」

「ふーん、そうかそうかー」

「むぅ」

「冗談だよ、じょーだん」

 

 口を尖らせたスオミの頭に手を置きそうになって、慌てて手を引っ込める。

 いかんいかん。この子はそういうスキンシップが苦手な子なのだ。

 子どもっぽいところがあるからどうしても愛でたくなってしまうけど、本人が嫌がることをしたくはない。別れが近いというのに嫌われるなんて最悪だ。もっとも、その方がスオミも出ていきやすいだろうから、これは単なる僕のエゴ。

 

「…………」

「ど、どうしたの?」

 

 黙り込んでしまったスオミを見て、僕は内心びくびくしながら尋ねる。

 もしかしたら、さっき頭を触りそうになったのがばれていたのかもしれない……。

 

「……指揮官はそれでいいんですか? わたしが前線に行って……ここからわたしがいなくなってもいいんですか?」

「…………」

 

 全く関係のない質問に、僕は安心すると同時に頭を悩ませる。

 この質問は分岐点だ。答え方によってスオミのこれからが変わって来る。

 だから――悩みに悩んだ末、僕はゆっくりと口を開く。

 

「……本当は、君がいなくなるのは少しだけ困る。君の代わりに一人こちらに来るらしいけど、その子も最初は本気を出してくれないだろうからね。だけど、君も知っての通り僕の育成の腕は本物だから、すぐにその子を前線で戦えるくらいにしてみせるよ。だから安心して行っておいで」

 

 うん。ちゃんと笑って言えた。

 半分くらい嘘で、半分くらい本当のこと。

 聞いていたスオミもようやく笑顔を見せてくれた。

 

「新しい子が来てくれるんですね……それを聞いてほっとしました。指揮官がその子の成長を阻害してしまわないか心配ですけど」

「おいおい、そんなわけないだろう?」

「……ばか」

「……ん?」

 

 あまりにも小さい声で言うもんだから、思わず聞き返してしまう。

 

「なんでもないです。それより指揮官、今日の任務は何ですか? 今月まではわたしはここにいるんですから、しっかりとやり遂げて見せます」

「……そうだな」

 

 今月まで。その言葉を聞いて僕は安堵する。

 同時に……いや、何でもない――。

 

****

 

「はぁ……」

 

 輸送用トラックの荷台の上、向かい風に揺られながらわたしはため息をつく。

 指揮官が悪いんだ。わたしの気持ちなんかちっとも考えずに「行っておいで」なんて言うから。恥ずかしくてまるで本音を言えないわたしもわたしだけど。

 

 落ちこぼれの烙印を押されて送られた後方の司令部。最初は嫌で嫌で仕方がなかった。

 部屋は狭いし、設備は古いものばかりだし、人形はわたし一人だけで新人の指揮官と二人きりだったし……。最悪だって思っていた。はやく武装解除されて民生用に戻りたいって思っていた。

 だけど、部屋は整理整頓されていて、設備もたびたび整備しているのか故障なんてまるでない。几帳面な人なんだなぁって、ここに来て少ししてから気が付いた。

 

 後方支援のお仕事は聞いていた通り、いや、それ以上に過酷なものだった。前線と変わらないくらい戦闘は激しいし、やっとのことで資材を前線の司令部に届けても、後方のことをまるで知らない心ない指揮官から馬鹿にされたり、嫌味を言われたりする。「そっちは楽でいいよねー」みたいに。何も知らないくせに。それでも、前線にいるよりはましだった。一人しかいないから仲間に迷惑をかけることはないし。指揮官にはいつもいつもわたしの失敗の尻ぬぐいをさせてしまっていたけど。

 

 わたしがこの仕事を続けてもいいと思い始めたのはしばらくして、指揮官とよくしゃべるようになってからの事だった。それからは、もっともっと力をつけて役に立ちたいと思えるようになったし、それに、指揮官のことも――。

 だというのに、あの人ときたら……わたしのことなんか、いらないのかな……?

 

「スオミ、敵が近くにいる。注意して……」

 

 耳元から指揮官の声がした。安心できる、中性的な優しい声。

 わたしはすぐにトラックの自動運転を止めて荷台から降りる。「近くにいる」と指揮官は言っていたけど、それはもちろん視認できるような距離ではない。それだと物資を守ることなんてできないから、正確な位置がわからない距離でも、敵の反応があった時点で戦闘開始だ。

 

 わたしは前方に駆ける。今まで索敵が反応しなかった時点で後方に敵がいる可能性はないし、左右には山や崖があるから正確な居場所がわからない地点に敵がいることはない。つまり、敵は確実に前にいる。

 とまぁ得意げに語ったが、これはわたしが考えたことではなく、指揮官がこうなるようにルート設定してくれただけ。要は一人しかいないわたしが少しでも有利に戦えるよう、指揮官が徹夜で作戦を考えてくれたおかげだ。

 もっと人員が充実していれば、あの人に楽をさせてあげられるんだけど……って、だめだめ。あの人の心配なんかしたら。今月でお別れする指揮官のことなんて忘れないと……。

 

「スオミ」

「ひゃい!?」

 

 ……考え事をしていたせいで、変な声が出た。恥ずかしい。 

 

「よく聞いてくれ……いつもより妨害に来た鉄血兵の数が多いみたいだ」

「――ッ!? ……了解です」

 

 いつになく真剣な声音の指揮官に、ごくりと唾を飲み込んで返事をする。

 

「はは、そんなに近況しなくて大丈夫。君は強くなったんだから……落ち着いて、無茶だけはしないようにね」

「……はい」

 

 わたしが強くなれたのは、指揮官のおかげです。

 頭にはすぐにその言葉が浮かんだけど、わたしの口は動かない。

 

 ぷつり、と指揮官との通信が切れる音がする。

 このままお別れになっちゃうのかな……。何も伝えられないまま、わたしたちの関係は終わっちゃうのかな……。

 

「スオミ……よね?」

 

 嫌な想像をする頭に声が響く。今度のは指揮官じゃない、知っている女の子の声。

 

「……そうですが」

 

 ぶっきらぼうにそう返すと、相手も「ふーん」と通信機越しでもわかるくらい興味がなさそうに答える。

 

「前線に配置換えが決まったってほんと?」

「…………」

「ふーん……話は変わるけれど、わたしは今、あなたの指揮官の部屋の前にいるわ」

「なっ!? 416!?」

 

 名を呼ばれた人形から返事はない。もう通信を斬ったのだろう。

 ふらりと現れてはふらりと消えていくよくわからない少女は、何故か指揮官のことをかなり気に入っている節があった。

 だからというわけではないけど、わたしは416のことを少々警戒している。だからというわけではないけど!

 

「……いかないと」

 

 切り替えようとわたしは小さく呟く。

 今はこの戦場に集中だ。

 

****

 

 カチカチ、とボールペンの芯を出しては戻し、また出しては戻す。報告書を書く手は一向に進まない。指揮官になって最初の出撃を思い出す。あのときも心ここにあらずって感じだったなぁ、と。

 きっとこれをスオミに伝えたら怒るだろうな。「わたしが必死に戦っていた時に、指揮官はぼーっとしていたんですか?」みたいに……いや、そんなこと言う子じゃないか。

 

「はぁ」

 

 ようやく軌道に乗ってきたところだったのになぁ……。

 輸送任務の失敗も減り、重要地域への輸送依頼も増えてきていた。僕も徐々に指揮官として成長できている気がするし、それに、スオミとの関係も……遠慮されていたのが一目でわかった初期に比べたら、大幅に改善されたと思う。まあ、今でも言いたいことをすべて言ってくれているわけじゃないんだろうけど、それでもだいぶましになったことに変わりはない。

 

 だからこそ。なんだろうな、この虚無感は。

 

 昇進の連絡が届いたとき、僕は誇らしく思うと同時に、心に大きな穴があいたようにも感じていた。初めて指揮を執った子が僕の前からいなくなってしまうから。でも、それは僕個人の感情に過ぎない。僕は指揮官として責任を果たさなくちゃいけない。

 

「随分、落ち込んでいるみたいですね。指揮官」

「……416か」

「わたしが来たというのに、あまりうれしそうじゃないですね」

「急に来るから、びっくりしたんだよ」

「ノックはしたんですけどね」

 

 扉を開けて入ってきた416がすねたような顔をする。

 ノックの音にも気づかないとは……考え事に集中しすぎだな。それに、せっかく来てくれた416にも悪いことをした。

 

「悪かったね、無視しちゃって……言い訳をすると、ちょっとだけ考え事をしてたんだよ」

「いえ、別に。連絡もなしに訪れたわたしにも非はありますから」

「じゃあそういうことにさせてもらおうかな。でもよかったのかい? 君が僕なんかに姿を見せちゃってさ」

 

 404小隊――存在しないはずの小隊の一員である彼女は、その部隊の性質上指揮官や他の人形達の前に姿を現すことはほとんどない。

 そもそもグリフィンの人形でない彼女が指揮官と接触することはあまりいいことだとは思えないんだけど……とはいえ彼女はよくうちに来る。そのたび、上の人たちにばれやしないかと僕が冷や冷やしているのは内緒だ。よけいな遠慮はしてほしくないから。そんなヘマをするような子でもない。

 

「……自分を卑下するのはやめてといつも言っているでしょう? 指揮官は非凡。わたしが言うのだから間違いはないの。今はまだ、そのときが来ていないだけ……」

 

 416は気が強くて正直だ。思ったことを直接伝えてくれる。今だって僕の目を見て、その表情は真剣そのもの。だからこそ、こういうときは少しだけ恥ずかしくなる。もちろんうれしい気持ちの方が大きいけど。

 

「指揮官のところに行くことは部隊の仲間に伝えてあります。だから指揮官が心配することはありません……指揮官はそんなことを心配している余裕があるんですか?」

「……知っているんだね?」

 

 僕の質問に、416はこくりと頷く。

 情報元は……聞いても仕方ないか。隠している情報というわけでもないだろうし、知っていてもおかしくはない。

 

「そっか……それなら、お願いがあるんだ。これからスオミが前線に出て、404小隊と行動を共にすることがあるかもしれない。だからそのときは……」

 

 眼前のモニターが異常を告げ、僕は言いかけた言葉を飲み込む。

 スオミが負傷していた。それに囲まれている。

 冷たい汗が背中を濡らす。待っていることしかできないこの身がもどかしくて仕方がない。

 

「……指揮官はそれでいいんですか? このままスオミと二度と会えなくなっても」

 

 緑色の瞳を冷たく光らせて、416が僕を睨みつける。心なしか艶やかな銀の髪が逆立っているように見える。戦場ではこんな風なのかと、なんとなく僕は思った。銃など持っていないはずなのに、まるでそれを突き付けられているかのような気さえした。

 

「今はそんな話をしている場合じゃないんだ」

 

 誤魔化すように目をそらして言った。目を合わせることが恐ろしく思えた。

 

「……それなら、放っておけばいいじゃないですか」

「なにをいって……?」

「状況がよくないんでしょう? なら、放っておけばいい。別れの時期が少し早まるだけです」

 

 驚いていた。こんなことを言うような子じゃないと、勝手に思い込んでいたから。

 再び、416を見る。今度は僕が彼女を睨む。

 

「いいわけないだろ? 僕は別に、スオミのことがどうでもよくなって放り出すわけじゃない……あの子は僕の大切な仲間だ……」

 

 自分の声とは思えないような、低くて冷たい声が出た。

 

****

 

 戦場で座り込むのは初めてだ。きっと馬鹿げた行為で、指揮官が見ていたら大慌てでやめさせてくるんだろうけど、今のわたしは何故か妙に落ち着いていた。もう諦めがついていて、全部どうでもよくなってしまったからかもしれない。

 

 ふと、初めて戦場に出た時のことを思い出した。右も左もわからなくなって、戦場だというのに足が固まって動けなくなってしまっていたあの頃。もう二度とあんな不甲斐ないわたしになることはないだろうって思っていた。

 

 思ってたんだけどな……。

 

 足音がする。鉄血の機械兵が近づいてくる音。それが四方八方から聞こえるってことは、わたしが囲まれてしまっているということ。

 視界の悪い、じめじめと湿った森の中だからすぐに居場所を特定されるということはないだろうけど、こうして何もせず待っていては間違いなく殺される。鉄血の兵が見つかりませんでしたと帰ってくれることはあり得ない。

私はただ、死を待っているだけ。

 

 情けないな……指揮官と出会って、変わることができて、強くしてもらって、内気で弱かったわたしはもういないって思ってたのに……。指揮官とお別れしなきゃって思った途端、昔のわたしに逆戻り

 でも、もうどうだってい……指揮官とお別れするんだったら、わたしはもう……。

 

「――僕は別に、スオミのことがどうでもよくなって放り出すわけじゃない……あの子は僕の大切な仲間だ……」

「え?」

 

 指揮官の声が聴こえて、私は耳を疑った。指揮官がわたしの戦闘中に声をかけてくることはないはずだから。戦いに集中したいからと言ってやめてもらったはずだから。本当は些細な怪我でも指揮官にばれてしまって、心配をかけてしまうからだけど。

 

 少しだけ変な感じだな。

 通信機越しであることに変わりはないけど、指揮官の声は少しだけ遠くから聞こえた。

 ってことは……?

 

「……416?」

 

 尋ねた声に返事はないけど、わたしは416で間違いないと思う。

 416は指揮官のところにいるって言ってたし、指揮官ならわたしを無視したりしない。

 だけど、416はどうしてこんなことを……?

 わたしは戦いの事なんか忘れて、通信機から聞こえる声に耳を傾ける。

 

「でも、指揮官はスオミを前線に行かせるつもりなんでしょう?」

 

 わたしにじゃなく、指揮官に向けられた416の声。どこか挑発的で、怒っているようにさえ聞こえる。指揮官のことを気に入っている節があった416がそんな態度を取ると思っていなくて、わたしは少しだけ驚いた。それに話題もわたしのことだ。

 

 416がわたしにこの話を聞かせようとしている……?

 自分でそう考えておきながら意味も理由もわからなくて、わたしは戸惑う。

 

「確かに僕はあの子を行かせるつもりだ。だけどそれはスオミが必要ないからじゃない」

 

 再び、指揮官の声。いつもと違う低くて冷たい声。

 もしかして二人とも言い争ってるのかな……?

 

「この場にいないスオミに遠慮する必要なんてないですよ、指揮官。本当は――」

「――違うよ、416」

 

 指揮官が416の言葉を遮った。

 

「腹を割って話すよ……本当は僕だってあの子とずっと一緒にやっていきたい。初めて指揮を執った仲間だし、一緒に育って来たって思ってるからね……だけどさ、あの子は戦場で戦う兵士なんだ。地位も名誉もここにいちゃ得られない。僕じゃあの子に与えられない」

 

 目じりが熱くなった。

 指揮官が考えているのはわたしの事ばっかりだ。なのに……我儘なわたしは指揮官のほんとの気持ちを全然考えてあげられてない。

 わたしの事なんかどうでもいいんだって勝手に思い込んで、自暴自棄になって。

 

「違います……違いますよ指揮官」

 

 地位も名誉もわたしはいらない。違う。嘘だ。欲しい。でもそれはわたしひとりで手に入れたいものじゃない。指揮官と一緒に勝ち取りたいものだ。

 青はもう涙でぐしゃぐしゃだ。

 

「……そう、それはスオミに伝えたの? 確かに指揮官もスオミも才能はある。時がたてば仕事に集中できるようになると思うし、いつかは大成するでしょう。でも、指揮官はきっと後悔する……」

「…………」

 

 指揮官は答えない。

 

「……あなたはそれでいいの?」

 

 この言葉は、わたし向けても言っている。416は指揮官をあなたと呼んだりしないから。

 「帰ります」と呟いて416が通信を切る。同時に、わたしは立ち上がった。

 

「伝えなきゃ……」

 

 敵の数は多い。囲まれているし、追い詰められていることに変わりはない。

 だけど、負けるわけにはいかない。わたしは生きて、任務も成功させて指揮官のもとに帰らなきゃいけない。

 こんな状況になるまで放っておいたくせに欲張りすぎなのかもしれないけど……それでも今は負ける気がしないんだ――!

 

 

****

 

「スオミ、ただいま戻りました」

「うん、おかえり」

 

 司令部の扉を開けたわたしは笑顔の指揮官に出迎えられる。

 いつだってそう。任務が成功した時も、失敗した時だって変わらずこうして指揮官は笑ってくれる。失敗したときは慰めてもくれる。今はちょっと、服がボロボロではずかしいけど……でも、指揮官がこうして待っていてくれるから、わたしはここに帰ってくるのが楽しみになった。

 

「大丈夫……じゃなさそうだね。ごめん……僕の見立てが甘かった」

「そ、そんなことないです! わたしがその……ちょっと調子が悪くて……」

 

 指揮官に見捨てられたって思い込んで、やさぐれてましたーなんて……恥ずかしくて絶対言えない。ああっ、でもこのままじゃ指揮官が自分のせいだって思っちゃうよ……よし! ここは話題を変えよう!

 

「修復に行っておいで。次の任務までは時間があるから、ゆっくり休んで――」

「――あの……指揮官!」

 

 申し訳なさそうにする指揮官が言い終わるより先にわたしは口を開く。

 指揮官は目を丸くして、驚いたように見えた。わたしが指揮官の言葉を遮ってまで話そうとするのは初めてのことだから、予想もしていなかったんだろう。

 少しだけ間をあけて、「どうしたんだい?」と指揮官が首をかしげる。

 

「えっと……わたし、指揮官に話したいことがあるんです。修復なんかより先に。とても、大事なことだから……」

「……奇遇だね。僕も君に話したいことがあったんだ。でも、傷は本当に大丈夫なのかい? だいぶダメージを受けていたはずだけど……」

「今、話したいんです」

 

 後回しにしたら、またいつもの言えないわたしに戻ってしまう気がした。今なら、勇気を振り絞って指揮官にわたしの思いを伝えられる気がした。

 

「うん。それなら、今話してもらおうかな」

 

 指揮官はいつも見守ってくれていた。口下手で、人付き合いが苦手なわたしを。

 

 だから。

 

 今、伝えよう。この気持ちを。

 

「ここに来る前、わたしは弱かったです。いつも仲間の足を引っ張って、任務も失敗して、どうせわたしには出来ないって諦めて、一人ぼっちになって……でも、ここに来てわたしは強くなれました。守ってくれる、導いてくれる、笑ってくれる……そんな指揮官がいたからです。だから……だからわたしは……」

 

 涙が溢れ出しそうで、わたしは口ごもる。

 

「僕からも話していいかな? スオミは勘違いしてそうだから……君は僕ばっかりが君に与えていたって思ってるのかもしれないけど、そんなことはない。だいたい新米指揮官がそんなに優秀なわけないでしょ? 君が努力するのを見ていたから、僕も頑張れた。君が思っているよりずっと多くのものを僕は君からもらってきた」

 

 そう言って指揮官は笑った。

 うれしかった。こんなわたしでも役に立ててるんだってわかったから。必要としてくれるひとがいるんだって思えたから。

 

 ――だからさ。

 

 指揮官は頭をかいた。

 

「本当は君にずっとここにいてほしいんだ。地位とか、名誉とか、ここにいたら手に入れるのに少し時間がかかってしまうかもしれないけど……僕は君と一緒に強くなりたい」

 

 堰を切ったように涙が出た。わたしはここにいていいんだって、指揮官とずっと一緒にいられるんだって思ったら、抑えることができなくなった。

 

「じょ、冗談だよ。だから泣かないで? ね?」

「じょうだん……なんですかぁ? わたし……うれしかったのにぃ……」

「え?  う、うれしい……?」

「わたしだって指揮官と一緒がいいんですよぉ……」

 

 子どもみたいに泣きじゃくるわたしの頭に、指揮官の手がそっと触れた――。

 

****

 

「おはようございます、指揮官。今日も一日頑張りましょう」

 

 スオミの声で僕は目を覚ます。

 あれから、互いに本心を伝えたあの日からひと月がたって、僕たちの距離はまた少しだけ縮まったきがする。スオミの方から声をかけてくることが多くなったし、遠慮されてるなと感じることもなくなった。

 僕の方はと言えば……正直、前より仕事がキツい……。

 支援の成功率が高いことが徐々に広まって、任務に依頼も日に日に増えたから。もっとも、最近はスオミが副官の仕事も覚えてくれて、だいぶましになってはいる。

 もちろん、変わってないこともある。

 

「起きてくださいよー」

 

 ゆらゆらと、ベッドで眠る僕の体がゆすられる。

 全然力の入っていない揺らし方で、昨日ほとんど眠っていない僕は眠っているふりをする。

 

「むぅ……指揮官、ほんとは起きてますよね? 寝てるふりですよね?」

 

 うっすらと目を開けると予想通り、ぷくーっと頬を膨らませて、怒ってますよーって顔のスオミが見えた。

 やっぱり変わらないなあ。

 ふとしたときに見せる仕草はずっと変わらない。微笑ましくて、可愛らしい。

 

「ごめんごめん、今起きるよ」

 

 僕は寝ぼけ眼をこすりながら起き上がって……危ない危ない。

 ゆっくりと、スオミの頭に伸ばしかけた手を引っ込める。

 ついつい頭を撫でたくなる、僕の悪い癖。スオミにも責任はあると思う!

 

 あの日はあまりにうれしくて我を忘れちゃったけど、それからは自重できている。嫌いみたいだし。女の子だし、髪型が崩れるのが嫌なんだろうな。

 

「むぅ……なんでやめちゃうんですかぁ……」

「ん? なんか言った?」

「なんでもないです!」

 

 誰にも聞かせるつもりはなさそうな小さい声でなにやら呟いた後、怒られた。

 やっぱり、頭を触ろうとしたのがばれてる。嫌われたかなあ。やだなぁ……。

 

 なんて、冗談はさておき……冗談だよね? 嫌われてないよね?

 ……冗談はさておき。

 僕は今日、スオミがおすすめするヘヴィメタルを聞くことになってる……冗談じゃないよ?

 

 告白でもされるんじゃないかってくらいがちがちに緊張した様子で「わたし……ヘヴィメタルを聞くのが趣味なんです!」って言われたときは流石にびっくりしたけど、可愛らしい見た目からは想像もできないチョイスに笑ってしまったことは記憶に新しい。

 「指揮官に隠し事をしたくないんです」って目をうるうるさせて言われたときは勝手に頭の方に動こうとする手を抑えるのに必死だったなあ。

 直接言われたわけじゃないからこれは妄想かもしれないけど、僕に嫌われるかもしれないって思ったんだと思う。もちろん、それで僕がスオミを嫌いになるわけがないし、むしろ新しい面を見れてうれしいくらいだ。

 

「指揮官、これとこれ、どっちがいいですか? こっちは有名な曲で、指揮官も聞いたことがあるかもしれません。もう一つはわたしのおすすめです」

 

 きらきらと光る青い瞳が吸い込まれそうなほどに澄んでいた――。




スオミちゃん編
誰を書くかも決まってないですが、続きはG11 ちゃんがでてくれたら……


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