今は反省しようとしている。
――銀騎士。
それは国王陛下をお守りする最強の盾である。
十二人から成る彼らは肉体も精神も極限まで追い込まれ、死んだ方がましとすら称される過酷な訓練を潜り抜けた屈強なる騎士たちである。
その身に纏う『銀』は魔を寄せ付けぬ純銀。
ゆえに、至近距離で大砲の一撃を受けても傷一つ付かない設計をされたフルプレートのそれの重量は一般の騎士団員では持ち上がらぬほどになっている。
大抵の銀騎士はそれを嫌ってか大体が軽装だ。
一番多いのは胴のみに薄手のプレートメイルを着けるスタイルだが、その僅かな『銀』でも十分すぎるほどの存在感がある。
だが、それは大抵の銀騎士であればの話だ。
一癖も二癖もある彼らすらも凌駕し、拳一つで束ねあげる最強の存在――すなわち、銀騎士団長は驚くことにその全身を『銀』で覆っている。
ゴテゴテと分厚い装甲で覆われたその下は僅かたりとも見えることは無く、唯一見えるのはヘルムのスリットから覗く赤い瞳だけ。
同じ銀騎士たちでさえその素顔を見た者はいないという噂のため、その中身については様々な憶測が飛び交っている。
全身を筋肉の鎧に包まれた大男であるとか、戦地で死んだと言われていた英雄だとか、今も各地を飛び回る勇者その人であるとか……
常に王の傍らで一言も発することなく控えるその姿が憶測に憶測を呼び、今では中身は無く、実は魔法によって作られた新型の兵器だとか散々な言われようである。
周囲でひそひそとそんな会話が交わされていても微動だにせず、沈黙と不動を貫くその人は何を思うのか。
きっとそれはこの国の行く末であったり、一般人には想像もつかないような深遠で壮大なこと――
(鍛錬したい。というか剣振りたい。“最強”っていうから何かと思ってたけどこんな突っ立ってるだけの仕事をしてる奴らが“最強”なわけないし、あの糞親父仕事辞めて帰ったらぶん殴ってやる)
なわけがなかった。
王国最強の銀騎士団長の中身は至って普通の……むしろ阿呆とすら言えるほどの精神を宿していた。
憐れ他の銀騎士。君らのトップは阿呆だ。
一応彼らの名誉のために言っておくと、別に彼らが弱いとかそういったわけではなく、この阿呆が強すぎるだけである。
愚直に、偏執的に、狂気すら感じるほどの執念で最強を目指すこの
その拳は山を消し飛ばす。比喩抜きで。
その蹴りは木々を薙ぎ倒す。比喩抜きで。
その剣は要塞を真っ二つにする。(略)
彼女、いや彼が剣を握ったのは五歳の時である。
その頃はまだお転婆な娘だと笑っていられた両親も何年かするとそろそろ女の子らしいことさせたほうがいいんじゃない、と思い至ったが一向に鍛錬を辞めようとしない阿呆の心を折るため、人外魔境たる王国騎士団へと放り込んだ。
男所帯の騎士団に女子一人放り込む危険性は理解していたが、その頃の彼女はまだつるぺたの美少年フェイスだったので何とかなるだろうと楽観視したのだ。
そして気付いた時には並みいる猛者を薙ぎ倒し――挙句、銀騎士団長という名実ともに最強の存在へとなり果てていた。
この地では災厄の象徴とされるドラゴンすら単身で巣を壊滅させたという報に白目を剥いたそうな。
では、何故この阿呆はそれほどに最強に固執するのだろうか。
そこにはきっと何か特別な訳が――
(やっぱり
あるわけが無かった。
清々しいほどの阿呆である。
一回死ねば治るのだろうか。無理だろう。
無駄に最強の二文字を追い求めるこの男――体は女だが――長谷見宗也改め、ソーヤ・イリイーニシュナ・パブロヴァは転生者である。
なんかよく分からないうちにトラックに轢かれて、よく分からないまま適当に神の言うことに頷いていたらいつの間にかこうなっていたという筋金入りの阿呆だ。
一回死んでも治らなかったのだからもう一回死んでもどうにもならないだろう。
ソーヤは端的に言って筋肉馬鹿だ。
五歳の誕生日に受ける一斉検査で魔力なし――魔法を使うことが出来ないと判定されて以降、時間が許す限り剣を振り、走り込み、全身の筋肉という筋肉を苛めあげた。
それは当然血反吐と吐しゃ物を撒き散らすような訓練の毎日が続く騎士団に入ってからも続けられ、当時の教官をして「こいつやべえ」と思わせた。
その狂人染みた鍛え方に見込みを感じた教官の手によって肉体を壊したり精神を病んだ者たちが次々とリタイヤしていく銀騎士選抜試験に参加させられ――そして見事、最後まで辿り着いた。着いてしまった。
そしてなんか鍛えるのにちょうど良さそうだったから、という理由でフルプレートアーマーなんぞに手を出し、おまけに剣というにはあまりに重く、太く、雑に過ぎる身の丈ほどもある鉄塊をこれまた鍛えるのにちょうど良さそうという理由で選び――周りがドン引きしていることに気付かぬまま今の地位へと昇りつめたのである。
鍛錬のために一日の大半をアーマーに包まれて過ごし、僅かな――トイレの時とか風呂の時くらいしか脱がずにいたため、今日に至るまでその性別は愚か顔すら割れていない。騎士団に在籍していた頃の同級生であればあるいは覚えているかもしれないが、今や別人レベルに成長を遂げているので例え町中で出会ったとて気付きはしないだろう。
故に他の団員はこの寡黙(鎧にこもって声が聞こえないだけである)でストイック(鍛錬馬鹿なだけである)な団長を完全に男だろう、と想像していたのだ。
「団長、交代の時間です」
王の左右に控えていた銀騎士。
右側に立っているのは麗しの阿呆ソーヤ嬢である。
反対に左。そこに立っているのは限界まで鎧を削ぎ落した細身の青年だ。
その胴にはシャンデリアの光を反射する「銀」がある。
クリス・マーキス。
180cm近い長身と引き締まった身体、そして世の令嬢やご婦人方から熱っぽい視線を向けられる甘いマスクの銀騎士副団長である。
……そして、銀騎士の中で唯一ソーヤの素顔を知る男でもある。
騎士でなければその顔で社交界を大いに騒がせていたであろう彼が耳打ちしてきても、何の反応も返さず謁見の間を退出する団長の姿に「……相変わらずですね」なんて小さく笑みを零しつつ、後ろをついていく。
超重量の鎧を身に着けていながら全くブレない重心と隙のない歩き方に内心で舌を巻きつつ、その鎧の中身について思いをはせる。
この静かな武人とは、実のところ同期である。
そこそこ力を持った伯爵家の次男として生を受け、大抵の貴族子弟がそうするように騎士団へと入った彼はそこで選択を迫られる。三年の訓練期間が終了すると同時に実家へと戻り、兄の補佐としての人生を歩むか、それともこのまま騎士団で訓練に耐え続けるか。
彼は後者を選んだ。
そこには兄の補佐として、代替品として生きることへの嫌悪感や屈辱が多分に含まれてはいたが、それでも国への忠誠心からである。
それから貴族としての未来を完全に捨て去った彼は訓練に打ち込み、その優秀さを遺憾なく発揮した。それから数年。十六歳という若さで選抜試験に参加することになった(ちなみにとある
息も絶え絶えにあの試験(正直思い出すだけでも泣きそうになる)を終えた自分の隣で背をしかと伸ばし、汗で張り付く金髪をうっとおしそうに払いのけた美しい横顔を、今も覚えている。
それからすぐに国庫から装備が貸与されて今の姿になってしまったため、その時のことしか覚えていないが……
(君はあの時から変わらないな。常に前だけを見て、自分に満足しない。ストイック過ぎて色々と周りに勘違いされてしまうのはちょっと問題だが……いつかそのヘルムを脱いだ君と飲みかわしたいものだ)
そんなことを考えていると、不意に銀塊の動きが止まる。
不思議に思った彼が何か言葉を発するより早く、眼前に一枚の紙が突きつけられた。
あまりに早すぎる動きを視認すら出来なかったクリスの前髪がぱらぱらと散る。
「……ええと、これは休暇申請? 珍しいですね、団長が休暇なんて」
返事こそないが、ヘルムが僅かに前後したため、頷いたのだろう。
「来週ですか……そういえばちょうど、ウチの実家でダンスパーティをやるんですけど、もしよければ――」
ゾワリ、と。
クリスの背筋を走ったそれを何と呼ぶのか。
彼の脳裏には自らの十通りの死に様が再生されていた。
「……っ、はぁ! この話題はやめときます」
またも、ヘルムが僅かに揺れる。
それからすぐに振り返って先へと進んでいく。
ドラゴンに睨まれたかのようなプレッシャーから解放され、大きく息を吐いたクリスは今更思い出したように滲みだしてきた額の汗を拭うと、ぽつりとつぶやいた。
「どんだけダンス嫌なんだよ……」
付き合いが長いからこそ分かるサイン。
全く言葉を発しないあの団長があれほどのプレッシャーをかけるときは決まってやりたくないことや嫌いなことがある時なのである。
今回の場合、十中八九ダンスだろう。
「あわよくば脱いでくれないかと思ったけど、そう簡単には行かないか……」
クリス・マーキスは単純に
この時は、まだ。
ファンタジー世界のお約束ビキニアーマーは否定派です。
むしろ美少女にごりごりの全身金属鎧とか着けてほしい。そしてベッドの上でだけ脱いでほしい。