私はおちょくって遊んでました。
「はぁ……」
銀騎士副団長、クリス・マーキスは悩んでいた。
というのもあのダンスパーティーから一週間ほどが経過してなお、あの青いドレスの少女の姿が頭から離れないのだ。
僅かな間触れただけの、肌の吸いつくような滑らかさと抱きかかえた時に感じられた女性らしい柔らかさ。特に胸元に押し付けられていたあの大質量の――
「って、いかんいかん。何を考えているんだ僕は」
これでは銀騎士副団長として失格もいいところだ、と自戒して(団長に押し付けられた)書類仕事に専念しようとするも、すぐに少女が思考の大半を奪い去っていくのだ。
しまいには夢にまで彼女が現れる始末である。
それも、決まってあの蕩けたような笑みを浮かべた状態で。
何故それまで少女のことが頭から離れないのかクリス自身分かっていない。
初めは団長の妹というもの珍しさからだと思っていたが、それもどうやら違うらしいと気付き、ではこの胸に渦巻く感情は何なのだろうと自問すれど答えは出ない。
「……はぁ。一度、頭を冷やしてくるか」
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クリスが向かった先――訓練場には数多くの騎士たちがひしめいていた。
刃先を潰した剣を使っての模擬戦形式での訓練のようである。
怒号と金属音が木霊する汗くさい部屋の中を進んでいくと、見慣れた銀のフルプレートアーマーが立っている。
三人を相手にして一歩も引かず……どころか逆に相手方を片手で跳ね飛ばしている。
騎士たちが動かなくなるのを見て取り、その背に声を掛ける。
「団長。自分ともお手合わせ願えますか」
「……」
ゆっくりと振り返った後、僅かにヘルムが前後する。
が、模造刀すら持たないままでいるのは変わりない。
ただ泰然自若と立つその姿はまるで、武器すら必要ないと言われているようであり、これには流石のクリスも腹が立った。
傍に落ちていた模造刀を拾い上げると調子を確かめ、
「その余裕、いつまで持ちますかねっ!」
一瞬の迷いもなく、その首元に長剣の突きを放つ。
周りで遠巻きに眺める騎士たちにはクリスの姿が白い閃光のように見えたであろう速度。間違いなく只人最高峰のそれは、半身になることであっさりと躱される。
元々入るとは思っていなかった一撃である。
特に驚くこともなくその速度を維持したまま剣を横なぎに振るう。
今度は僅かなバックステップであっさりと躱されるが、クリスは止まらない。
二、三、四、と筋力に物を言わせて強引に引き戻しては斬撃を放っていく。
「なっ、」
ただ、その高速の剣捌きは全て見切られ、四度目のそれに至っては剣をたった二本の指で止められてしまう。
引き抜こうとしてもまるで岩か何かに突き刺さったようにびくりともせず、次第に罅が入っていき……そして砕け散った。
恐るべきは阿呆ことソーヤ嬢の筋力である。
もはや人を辞めているとしか思えないその姿に、一般の騎士たちは恐れおののき、クリスはやっぱりまだまだ敵いそうにない、と苦笑を漏らした。
周りの騎士たちが拍手を送るのを居心地悪げに見回し、銀の全身鎧が訓練場を出ていく。クリスもまたそれに続く。
自分よりも頭一つ分は高いだろう無骨な鎧の背中を眺めながら、ふと思いついたことを聞いてみる。
「団長、ちょっとお聞きしたいんですが。こう、誰かのことが頭から離れなくなったり、無性に会いたくなったり、考えるとなんというか、幸せな気分になったりしたことはありますか?」
「……」
無言で首を横に振る。
半分以上期待していなかったとはいえ、これではまた原因不明の現象に悩まされることになる。
「そうですか……何なんでしょうかね、これ」
後半は自分に向けた問いであったが、前方からくぐもった声が返ってくる。
「……恋…………」
「え?」
しばしの間。
そしてようやく、すとんと自分の中で納得がいく。
クリス・マーキス20歳。人生で初めての恋である。
その甘いマスクや華々しい経歴から女性陣に大変な人気を誇る彼だが、これまで心の底から惚れた女性というのはいなかったのである。
仕事の忙しさなんかも理由の一つではあるが、一番は人を愛するということを理解できていなかったということに尽きる。
今までの彼にとって愛とは擦り寄ってきた女たちからただ一方的に押し付けられるだけのものであり、つまり欲に目が眩んだ下世話なものばかりだったのである。
だが、あの日。彼の前に現れた少女の純真無垢な笑みはそんなクリスの感情を動かすほどに柔らかで暖かなものだったのだ。
……最も、少女――つまりは麗しのソーヤ嬢が純真無垢などというには些か語弊が生じる。欲望が最強という二文字を追う事のみに振り切れているためにそう見えただけであって。
だがまあ、あの時のクリスには分からない話である。
「恋。そうか、これが恋か……」
なるほど、と。
天啓を得た気分である。
「とすれば、うん。まずは僕の気持ちを伝える所から始めないといけないだろう。早速団長に言って
……ここから事態は何やら深刻な勘違いをしたまま進行していき、多くの者が振り回されることとなる。