佇む少女は機械仕掛け 作:ロボッピ
少女は喧騒の教室の中、クラスの子達がはしゃぐ様子を気にすることもなく一人静かに本を読んでいた。
「……」
本によほど夢中なのか、あるいは他の子達に興味がないのか。少女の目は本しか捉えておらず、耳に入ってくるのはページをめくる音だけだった。
だが少なくとも他の子達はこの休み時間に誰と話すでもなく、窓際の席で本を読む少女のことは気にかかってはいた。なにせ彼らはまだ小学一年生、好奇心旺盛な年頃である。しかし誰も話しかけようとはしない。いや話しかけようとするものもいたが、あまりに表情に変化がない少女に異様な違和感を覚え、まるで少女に近づけない結界が張られているような感覚に陥ってしまったのだ。そしてこの状態は入学してから今に至るまで長らく続いている。
「……ねえ」
だがその結界は——
「何の本読んでるの?」
たまたま別のクラスから来ていた一人の少女によっていとも容易く崩されることになった。
「……あなたは?」
話しかけられた少女は本から目を上げると、やっと誰かが至近距離まで近づいていたということに気が付いた。
「僕? 僕は早乙女レイ!」
天真爛漫という言葉がふさわしいほど屈託のない笑みを浮かべるレイに、少女は心地よい安心感を覚えた。
「……レイちゃん。私は……ユキ」
「ユキちゃんって言うんだ!」
「うん。そしてこの本は……バイクの仕組みについて書いてある本だよ」
「バイクの仕組み? うひゃー、難しそう」
「そうでもない? 確かに本格的に勉強しようとすれば大変そうだけど、これは基本的な仕組みを図で分かりやすく教えてくれるから……」
そう言いながらユキは本をレイに見えるように開いて意気揚々とバイクの仕組みについて話し出した。先ほどまでの少女とは打って変わり、表情に関してはそれでもほとんど変化はなかったものの様子を伺っていたクラスメイトからはまるで別人かと疑うほど楽しそうに見えていた。
「そんな風に動いてたんだ……ふふ、ユキちゃん楽しそうだね」
「うん……バイクとか機械を見たりするのが好きみたい。だからいつもこういう本を読んでるよ」
この件がきっかけとなり、今まで話したくとも話しかけられず遠慮をしていたクラスメイトも次第にユキに話しかけてくるようになった。ユキは機械関連の話をする時以外は口数はあまり多くなかったものの、話しかけられれば聞かれたことにはしっかり答え、静かながらも確かに会話をしていた。
そして活発的なレイと受動的なユキは互いに性格は大きく異なっていたが気が合うのかよく話すようになっていた。特にユキはレイとの会話の時は機械が関わる話ではなくても口数が他の子と話す時と比べて明らかに増えていた。小学二年生の頃、特に彼女らの間で話題になったのは……デュエルモンスターズのことだった。
「ねえ、ユキちゃん。デッキ見せ合いっこしようよ!」
「うん……いいよ」
魔法使い族を主体にしたレイのデッキと機械族を主体にしたユキのデッキ。まだまだ幼い彼女らのデッキは完成度が高いとは言い難いものだったが、それでもお互い楽しそうにデッキを見せ合っていた。
小学三年生の頃、レイにある変化が訪れた。デュエルアカデミアと呼ばれるデュエリスト養成学校、その高等部に所属する丸藤 亮と呼ばれるデュエリストが一年生ながら三年生をも圧倒する実力を見せ、既にプロのスカウトにも注目されていた。その特集記事を見ていたレイは一目惚れしてしまったのだ。
「レイちゃん……最近ぼーっとしてることが多い。何かあった?」
「……へっ、な、何!?」
「……最近ぼーっとしてるのはなんで?」
レイは顔を赤らめながらも自分が一目惚れするきっかけとなった特集記事を取り出した。そこには丸藤 亮がデュエルアカデミアの皇帝、カイザー亮という異名がつくほど強さが際立っていることがキーカードであるサイバー・ドラゴンと勝利を収めている様子と共に書かれていた。機械族のモンスターを特に好むユキは機械族であるサイバー・ドラゴンを見てこう呟いた。
「おお……かっこいい」
「……!?」
レイは大きく目を見開き驚愕の表情を見せると、やがて慌てたように手でユキを抑えるような動きを見せながら話した。
「だ、だめ! いくらユキでも取っちゃだめなんだから!」
「……? ユキ、人の物を
「ひ、人のモノって……まだ僕と亮様はそういう関係じゃ……!」
「……?」
さらに顔を赤くしてあたふたするレイを見てユキはただただ首を傾げるのであった。
そして彼女らが小学四年生になった頃、ユキは決して積極的に勉強する性格ではなかったレイが図書室で必死に何かを勉強しているのを見かけた。
「……レイちゃん?」
ユキは後ろからこっそり覗いてみた。すると内容はデュエルアカデミアの試験の傾向と対策に関してだった。
「ひゃっ……!? ユ、ユキ……!」
ビックリして大声を出してしまったレイに周りの人から注目が集まった。ユキはレイの口元に指を持っていき、落ち着かせようとする。
「しーっ……図書室ではお静かに?」
「……う、うん。そうだね」
二人は図書室から離れ、誰にも話を聞かれない場所に移った。
「ユキ。これから話そうとしていること秘密に出来る?」
神妙な面持ちでレイは話を切り出す。
「うん。出来るよ」
ユキが即答するとレイは軽く頷き、自らの計画を話し始めた。
「実はね。来年デュエルアカデミアの編入試験を受けようと思うの」
「来年……?」
ユキはレイの言葉に疑問符を抱いた。何故ならデュエルアカデミアには小等部は無く、少なくとも中学一年生にならないと入学することは出来ないからである。
「うん。それもね……高等部の編入試験を受けようと思ってるんだ」
「え……」
ユキは珍しく言葉に詰まる。無理もない。レイは中等部の入学すら難しい状況で、高等部の編入試験を受けると言ったのだ。しかも高等部の試験に求められる知識は当然中等部より高く、ましてや編入試験となればさらに難易度は跳ね上がる。
「それはまた……どうして?」
「来年しか……チャンスはないの。来年を逃したらもう亮様は卒業しちゃうから……!」
「あ……」
レイが亮のことを好きになってから一年、ユキも打ち明けられた時にすぐには気付かなかったものの、さすがに今ではそのことに気が付いていた。
「だからそんな無茶を……」
「お願いユキ! このことは誰にも言わないで!」
レイがユキにしがみつくようにしながら必死に訴えかける。
「大丈夫。最初に言った通り……他言無用?」
「ありがとう!」
「それと……」
「……?」
今ユキの心の中心には二つの感情が渦巻いていた。一つは友がこの茨の道を進みきれるのかという心配。そしてもう一つは……親友が自分の元から離れてしまうかもしれないという不安だった。この話を聞いた時、最初はレイに無茶なことをやめさせることでこの二つの感情をクリアすることも頭によぎった。しかしレイの決意の固さは明白だった。だから彼女も……決意した。
「私も……一緒に勉強して試験を受ける」
「えっ……!?」
今度はレイが言葉に詰まる番だった。何故、そう言おうとしたレイだったが言葉にする前に心当たりに突き当たることになった。
(そっか……ユキも亮様のことが好きなんだ)
「うん! 一緒に頑張ろう!」
レイはユキのか細い色白の手をしっかり掴むと、顔をじっと見て互いの決意を確認し合った。ユキも手を握られると安心したのか表情を少し崩し笑みを見せた。
「うん……頑張ろう」
「あっ、でも負けないからね!」
「……うん?」
ユキは頷きかけた首をちょこんと傾げる。成績のことかな、と自分の中で答えを出すと改めて頷いた。
その日から猛勉強の日々は続いた。ユキはレイよりやや成績は良かったが、高校の試験レベルの勉強となるとさすがに頭を悩ませていた。しかし彼女は決意に動かされるかのようにそれでも必死に勉強していた。レイも一人で勉強していた時よりユキと一緒にいる時の方が長く集中して勉強出来ている実感があった。常に一緒という訳にはいかなかったが彼女も決意に支えられ必死に勉強していた。また二人で勉強していることで互いに知識を確認しあったり、分からないことを教えあったりと確かな効果もあった。
勉強を始めてから日がそれなりに経った頃、決してまだ基礎知識も十分に得ていないことを分かっていながらもレイが過去の試験の問題を取り出して対策を取ろうとした。
(こうしてる間にも亮様と過ごせる時間は減っていく……。早く……早くしなきゃ……)
しかしレイの行動に気が付いたユキがそれを止めようとした。
「ユキ!? な、なんで止めるの!」
初めてだろうか。感情の昂りをそのままぶつけるかのようにレイはユキに怒鳴るような形になった。ユキは驚きから身体を震わせるが、自分の意思を曲げることは無かった。
「焦っちゃダメ……。ユキの好きなバイクの仕組みと同じ? どんなことにも
「う……。そう……だよね。ごめん……」
レイもそのことは頭では分かっていた。過去問を閉じて今まで通り基礎から固めようとする。しかし今日に限ってはあまり集中が出来ないようだった。
「どう……したの?」
ユキは先ほどの行動も合わせて今日のレイはどこかおかしいように感じていた。
「……気にさせちゃった? ごめんね……」
いつもは太陽のように明るく喋るレイだったが、今日は声のトーンが明らかに落ちていた。ユキは勉強を中断してレイと向き合う。最初は二人の間に沈黙が走ったがユキは辛抱強く待った。その間に心の整理をしたレイは沈黙を破るように言葉を発した。
「亮様と過ごすためにこうして勉強しているけど……この間にも亮様と過ごせる時間は減っていく。せめて……せめて亮様と一回話したい。じゃないと切なすぎるよ……」
慣れない勉強の疲れの影響もあるだろうか、彼女の中で焦りがピークに来たようで、瞳から涙がこぼれてしまう。ユキはレイが泣き止むまでそっと側で肩を支えた。
やがてレイは泣き止むと赤く腫れた目をこすりながら、申し訳なさそうにユキに言った。
「ごめんね。僕が言い出したことなのに……」
「ううん、大丈夫」
一回泣いてスッキリしたのかレイは先ほどよりも落ち着いていた。
「それでさっきの話だけど……お手紙を出すのはどう?」
「手紙……」
「デュエルアカデミアは海のど真ん中にあるから……そこにいる亮さんにお手紙が届くかの確証はないけれど、でも出してみる価値はある?」
「……うん! ありがとう、ユキ! 僕手紙出してみるよ!」
レイは自分なりの精一杯の想いを書き連ね、手紙——というよりラブレターという方が相応しいものだったが——それをデュエルアカデミアに送った。手紙を入れた封筒に丸藤 亮へと書いて。
その約1ヶ月後、ユキとレイは今日も一緒に勉強をするため合流したのだがレイはユキに会うやいなや喜びを爆発させるかのように報告した。
「ユキ! 届いた! しかも返ってきたよ!!」
「レイちゃん……少し落ち着いて?」
あまりの勢いにユキはたじたじになりながらヒートアップしているレイを落ち着かせた。
「それで……何が届いて何が返ってきたの?」
「この前亮様に書いたお手紙。ちゃんと届いたの! しかもちゃんと読んでくれて、返事も書いて送ってくれたの……!」
「おお……それは良かった。お返事はどんな……?」
レイは返事の手紙を取り出すとそれをユキにも見せた。返事の内容は、まず自分にわざわざ手紙を送ってくれたことの感謝から始まり、レイが送った内容に対して真摯に受け止め、それに対する返事が長文で書かれていた。少しだけ考えのズレがあったとすればレイの手紙に書いてあった好きという言葉が告白の意ではなくファンからの言葉として受け止められていたようだが……それでもレイはこれだけ真摯に応えてくれた亮にますます惚れていた。
「やっぱり亮様はデュエルが強いだけじゃない。素敵な方なんだ……!」
レイは赤くなっていく顔に両手を添えて、一人で悶えた後、テンションそのままにユキの手をがっちり掴んだ。
「これもユキが手紙を送ろうって言ってくれたおかげだよ。ありがとう! 僕やる気が一層出てきたよ!」
「どう……いたしまして?」
ユキは今までにないほどハイテンションなレイに若干びっくりしながらも、一ヶ月前の悲痛な顔を思い出すと心底良かったなと感じていた。
そこから先は長いようであっという間だった。レイの勉強の効率が目に見えて上がっていくと、ユキもそれに連鎖するようにつられて勉強の効率が上がっていた。好循環の連鎖は断ち切れることなく、彼女らは小学五年生になり……そしてついに編入試験の日を迎えた。
「うー……ううー……どうしよう」
編入試験はまず筆記試験を受けた後、実戦形式のデュエルを行い二つの成績を鑑みて編入を認めるか否かというのが決まる。今は筆記試験の前なのだが……緊張感からかレイは落ち着かずうろうろしている。
「レイちゃん……今更何をどうするもない?」
対してユキはさほど緊張せず席に座っていた。正確にはやはり緊張はしていたので落ち着けるようにある物を読んでいた。
「でも今からでも何かやった方が……って、ユキ? もしかしてそれって……」
ユキが手に持っていたのはレイが彼女と初めてあった時に読んでいたバイクの仕組みについて書かれた本だった。
「マイフェイバリット……ブック」
「こ、こんな時に……!?」
「今から勉強しても大したことは出来ないよ。それに今一番必要なのは……心の余裕?」
「そうかもしれないけどさ……」
それでもレイは落ち着かない。無理もないかもしれない。今までの頑張りが報われるか無に帰すかというのはこの試験に全てかかっているのだから。
「……レイちゃん」
ユキは席を立つとレイのところに行き、その手をそっと、しかし確かに力強く握った。
「大丈夫。私達はあの日から今日までずっとこの日のために頑張ってきた。その頑張りを……信じよう?」
「……!」
レイは自分からユキの手を握ることはあったが、ユキの方から握られるということは今までなかった。親友に手を握られ、安心感が彼女を満たしていった。
「ユキ……ありがとう。そうだよね。ここまで頑張ってきたもん! 僕信じるよ!」
レイは初めて会った時のような満面の笑顔を見せた。
「うん……!」
二人は席に着き、筆記試験が始まるまでユキはお気に入りの本を、レイは亮からの手紙を見てリラックスしていた。そして試験官が到着すると、やがて試験が始まった。
(うーん……やっぱり難しいものばかり。でも、何とか……)
レイもユキも難しい問題に苦戦しながらも全く分からないということはなく、今まで得た知識を総動員して試験に取り組んだ。そして……筆記試験が終わる。二人きりの試験ということもあるのか通常の試験と異なり休憩時間も短く、もう実戦形式の試験が始まろうとしていた。
「大丈夫……やれることはやった! 後はデュエルに集中……!」
「うん……その意気」
実戦形式の試験官は一人ではなく二人いた。同じ試験官が対応するとトラブルが発生した時に試験官のデッキの内容が流出してしまう危険性があり、公平性を保つためのものであった。また二人が同時にデュエルをすると互いの様子が気になることを配慮し、タイミングをずらしてデュエルを行い、結果もデュエル終了後に発表するということになっていた。そして先に呼ばれたのは……レイだった。
「……! 行ってくるね、ユキ」
「ファイト、レイちゃん。幸運を……祈ってる」
レイは緊張で体が硬くなることもなく自然体でデュエル場に入っていった。残念ながらこのデュエルをユキは見ることは出来ない。しばらく時が流れると……ついにユキが呼ばれた。デュエル場に足を踏み入れると、一人の試験官が待っていた。ユキは対面する前にお辞儀をして、それから向かい合った。
「シニョールユキ。あなたーに、先に言っておくことがあるノーネ」
「……?」
「実は先ほどの筆記試験。もう結果が出ているーノ」
「え……」
「二人だけだったカーラ、すぐに採点は終わったノーネ。筆記試験の結果は、二人とも合格ラインにはのっていたノーネ」
「……! 良かった」
とりあえずユキはそれを聞いて安心した。しかし、彼が言いたかったのはこの先のことであった。
「しかーし! シニョールレイの方が点数が高かったノーネ。この時期に、二人も編入を受け入れるのはそう簡単なことじゃないノーネ。だから予め筆記試験の点数が低かった方にはこのわたくし、実技最高責任者、クロノス・デ・メディチが担当すると決まっていたノーネ!」
「……なるほど」
編入は筆記と実技を合わせて判断される。クロノスは直接的には言わなかったが、筆記の得点が低いユキにさらに実技最高責任者を当てるということは実質合格はかなり難しくなったことを指していた。しかしユキはそれを理解しながらも少し安心しているところもあった。逆を言えばレイが合格しやすくなったとも捉えられたからである。
「この状況を理解した上で、デュエルに臨むことをお勧めするノーネ」
「……ご忠告、感謝?」
鼻高々に自分を最高責任者と言うクロノスの言葉は捉えようによっては嫌味にも聞こえるが、少なくともユキにとっては状況を把握させてくれたことへの感謝の方が大きかった。
(……状況を考えると、多分デュエルに勝たないと……合格出来ない。そして相手は実技最高責任者だから勝つのも大変。でも、勝負はやってみないと分からない?)
二人はそれぞれのディスクを展開していく。そして対峙する二人は一斉に開始の宣言を行った。
「 「 デュエル! 」 」