境界線上のホライゾン〜不可能草子〜   作:くるりくる

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馬鹿と狂気は紙一重

 

 

 途切れていた意識の覚醒は突然で、しかしそれさえ分かれば彼にとっては十分だった。

 

 体は傷ついている。今までに無いくらいに傷ついて体の芯はガタガタだ。

 

 動けるというのなら、折れていないなら、まだ戦える。

 

 そして、まだ始まってさえいないのだから。

 

 己が宿す”不可能の術式”を以って、必ず勝利を掴んでみせると誓ったあの日、あの時から、歩み始めたのだ。

 

 こんな所で、止まるわけにはいかない。止まれない。

 

 繰り返す。

 

 全ては、まだ始まってさえもいないのだから。

 

 

 

 

 命も賭けた。

 覚悟も決まった。

 未来を祈った。

 だから、後は勝利のみ。

 

 配点(不可能の術式)

 

 

 

 三河現地において、聖連代表として現地で活動する三征西班牙やK.P.A.Italiaと三河の学生であり極東の武の象徴といえる三河警護隊が同じ場所でコの字を描くように三陣営に分かれ顔を合わせていた。

 

 放送機材によって全国中継されている現場では情報交換や書類交換などが粛々と行われている。

 

 これには各国様々な思惑があったが、主目的として聖連が極東に理解を示しているという姿勢を表す事にあった。

 

 耳の聡い者は、三河の責任問題を円滑に解決するためには聖連への武蔵の委譲という情報がすでに入ってきているだろうし、住民の憶測によってそのような話も出てきている。

 

 その中で聖連へと反感を抱く者の存在を、万が一にも考慮して極東の武の象徴ともいえる三河警護隊をこの場に参加させることでその芽を摘もうと考えたのだ。

 

 極東の武の象徴が、何の動きも見せず。

 

 二国は三河に通ずる者を受け入れて。

 

 僅かな抵抗を許さず、その強大な威をもってして何も言わせず、動かさせず。

 

 まだ極東には武器や力を手に取る余地があるのだと、極東にどのような形であれ可能性を残そうとして行動した本田・二代の行動は負傷を残すはずの立花・宗茂によって阻まれる。

 

 そしてその行動も、三征西班牙は気にも留めずその場を進行させた。

 

 中継から流れ出る映像によって極東の民は聖連の強大さを明確に実感しただろう。抵抗の無意味さを実感させられただろう。極東の武の象徴の警護隊、その隊長が一矢報いることさえ敵わない事実が極東の民の心に深く突き刺さった。

 

 蜻蛉切を返却され、二代が退がりこれにて会談は終了——、そのはずであった。

 

 まず第一に生まれたのは疑問。

 

 放送機材を構えたK.P.A.Italiaの生徒の一人がソレに気づき、何故この場に部外者が紛れ込んでいるという疑問から次第にそれは驚愕に変わり漏れ出る声が悲鳴のような声となってその場に流れ出した。

 

 声を耳にした者達は自然な流れとして何事かと声の主の方へと意識を向ける。

 

 しかし見られているということに気づいていないのか、その生徒は口をわななかせて芽を微かに見開き尋常では無い様子をとっている。視線は三陣営の空白部分。

 

 ソレはごく自然な動きでその場に足を踏み入れて、放送機材によってその姿を全国へと中継された。

 

 

「おい、本田・二代。今はどんな状況だ」

 

「葵殿!? 生きていたので御座るか!」

 

 

 背中ほどまで伸びた茶髪は今は結われておらず、風の動きによって揺れている。制服には裂傷や汚れなどが目立つが特に目立つ傷跡等は見られない。

 

 五体満足といってもいい葵・タチは驚愕の声を出し思わず動きの止まった二代へと歩いて近づいてくる。その動きはしっかりとしており、だからこそソレが信じられないとこの場に集った者達は驚愕と疑問を頭に浮かざるを得ない。

 

 そう、葵・タチは暴走した地脈炉によって消失した三河の被害から逃れることができず調査した二国によって生死不明と判断された内の一人で、だからこそ死んでいなければおかしい存在だ。

 

 

「……蜻蛉切がお前の手にあるということは本多・忠勝や鹿角、松平・元信も死んだか」

 

「……jud.」

 

「それで——ホライゾンは。彼女は何処にいる」

 

「あ……そ、れは……」

 

 

 二代は咄嗟に言い淀んでしまった。

 

 何故なら、その問いには言外に彼女を——ホライゾンを救いに行くという真意が込められている事に二代は即座に気付かされた。

 

 一切の迷いが無い、曇りのない目だった為に二代は俯いてしまった。

 

 自分は三河警護隊で、その長である隊長で、三河君主に仕えるサムライで、ならばこそ君主であるホライゾン・アリアダストの窮地を救いに動かねばならない立場で、だが負傷の残る相手にさえ敵わずじまいで、それでも諦めきれなくて——。

 

 動きたいのに、己の無力さ故に動けない。

 

 そんな二代にとって迷いなくホライゾンを救いに行くことを既に決めているであろうタチの意志は眩しすぎた。

 

 

「姫ホライゾンは元信公の責任を取る形で引責自害となりました」

 

 

 別の声が響く。

 

 それは男の声。

 

 揺るぎない意志を乗せた声色には行動を牽制する警告の意味も込められている。

 

 

「姫ホライゾンは自動人形の身であり、その魂に”大罪武装”を搭載しています。それは、あの場にいた君も聞いていたはずでしょう。武蔵アリアダスト教導院所属、葵・タチくん」

 

 

 宗茂は硬い声でタチへと呼びかけた。

 

 タチは肩越しに振り返りその視線を宗茂へと向けた。

 

 重苦しい緊張が流れたがそれを意に介さぬように宗茂は続く言葉を口にしていく。

 

 

「武装解除がなされている極東において大量破壊兵器である”大罪武装”の所持は認められていません。魂と合一している大罪武装を姫が存命のまま取り出すことは不可能であり、だからこその自害です」

 

「なるほど。それが聖譜を信仰する聖連の意思か。あのクソジジイから権限諸々受け継いだ彼女がその責任を取る形で死ねば、三河君主の所有物である極東唯一の独立領土武蔵も手に入って晴れて聖連の神州の完全支配……か。一応、おめでとうと言っておくか聖連」

 

「……Tes.理解が早くて何よりです」

 

 

 おめでとうと、どのような意味を込めて言われたのか宗茂は予想がつかなかったが少なくとも心からのものではないだろうと苦笑と一人の少女を犠牲にする結末に引っかかりを感じながらも、表面上は毅然とした態度のままタチへと視線を向けた。

 

 地脈炉の爆心地中央にいながらも五体満足。

 

 一体どのような方法を用いて生き残ったのか宗茂個人としては興味が尽きないが、一方で戦闘に携わる者としてタチを危険だと判断を下す。

 

 昨夜三河で行われた戦闘において、腕から異形の刃を生やしたタチの姿を宗茂は確かに目にし、そして改めて向かい合ったからこそ分かる。

 

 強い、と。

 

 聖術を用いて加速する自分以上の速度で動け、明らかに殺傷目的の武装。

 

 

「何処へ行くのですか」

 

 

 油断なく視線を向けたまま宗茂は歩き出したタチへと問うていた。

 

 問われたから答える。

 

 それもまた、当然の動き。

 

 この場にもはや用はないと背を向け歩き出したタチは気だるげに振り返りながらも、確かに、言葉として、己の意思を形にした。

 

 

「俺が殺したホライゾンを救いに」

 

 

 二代の手に握られた”蜻蛉切”や宗茂が口にした少ない情報で現状を見抜いた人間であるならば、口にした言葉の意味を自覚していないはずはなく、だからこそ、そのような人物が口にした言葉は硬い意志の下に導き出された答えであった。

 

 

「何を馬鹿なことを!」

 

 

 宗茂は咄嗟に声を張り上げ反論する。

 

 確かにホライゾン・アリアダストが自害すれば極東の主権の聖連預かりや武蔵の移譲など極東に住む人間として見逃せない事態であることは確かだ。しかし、ホライゾンを救うということは聖連の決定への叛意と見なされてもおかしくはない。

 

 武蔵の学生は上限が18歳までと定められており、それに対して他の教導院では学生であることに年齢制限などない。その上明確な武装のない武蔵に戦う術があるとでもいうのか、否、存在しない。

 

 

「君の意思に武蔵の人々を巻き込むというのですか!」

 

「誰が、武蔵が、ホライゾンを救いにいく等言った。俺一人で向かう。そう言った」

 

 

 沈黙が流れた。

 

 何故なら、聖連というほぼ全世界に一人で戦いを挑むと口にした馬鹿を目にしたからだ。

 

 

「だから——待ってろホライゾン。必ず、君を自由にするから」

 

 

 そう言い残し、葵・タチは風に巻かれたようにこの場から姿を消えた。

 

 丘の上に風が吹き、返すように逆風が吹いた。

 


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