海駆けるは黒き流星   作:早起き三文

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海駆けるは黒き流星

   

 満月、そして星々が天を照らす夜空の下、どこまでも広い大海原へと拡がる大船団。

 

「どうだ、ヒックス?」

「はい、アシュラム卿」

 

 その旗艦、固定式巨大クロスボウ「バリスタ」等を満載している武装船の甲板へ直立不動の姿勢で立つ短髪の青年、この船団のリーダーであると思われる、黒髪を長く背中へと流している男の副官によれば。

 

「もうマーモ島も見えません、そしてロードスからの追撃もないようです、アシュラム様」

「ご苦労、ヒックス」

 

 で、あるらしい。

 

「だが……」

 

 そのヒックスと呼ばれた男の片腕が立ち去った後、この大船団を率いている男の近くへは一人の女が膝をつき、かしこまるのみ。

 

「何か……」

「は、アシュラム卿」

 

 簡素な短衣へ身を包ませながら、船首近くへと立つ男の声に、傍らに控える褐色の肌をした女、ダークエルフ族である女性が簡潔な返事を返す。

 

「今宵は星が良く見えるな、ピロテース……」

「左様で……」

 

 船の尖端へと立つ、端正な顔立ちをした男の、黒の総髪を夜の風が強くなびかせた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ホッブ司祭」

「何だ、グローダー?」

「アシュラム卿の」

 

 マーモ本島から遠く離れた海上、その大海原へおびただしくに漂う大船団。

 

「せっかくの御演説、聞かぬのか?」

「構わんさ、グローダー」

 

 遠くに見える旗艦「ベルディア」から夜風に乗り伝わる、彼らの主君の声、その声を耳へ入れつつも聞き流しながら。

 

「昨日の会議の時と同じ意味、内容の物だろう?」

「まあ、そうですが……」

「少し、私も休息を取りたいよ、グローダー」

 

 そのまま、彼らはあまり味の良くないエールへその口を付ける。

 

「しかし、全く」

 

 少し酔いが廻り、顔を赤く染めているホッブ司祭、戦の神マイリーへと仕える司祭が。

 

「お主とは、実に不思議な縁だ」

「もう五回目ですよ、司祭殿」

「不思議に、過ぎる」

 

 たびたびと何度も繰り返していた、台詞を再度吐いた。

 

「だいたい、それを言ったら……」

 

 酒の入ったコップからその手を離し、その視線を海面、夜の海へと向けたグローダー、この船団のリーダーであるアシュラム卿の知性面での腹心である男、初老の賢者の視線の先では。

 

「わたくしグローダーも、あのグラスランナーの小僧マールのやったこと、それは」

 

 小舟へと乗っている暗黒神ファラリスの信者達が、高位の暗黒魔法の詠唱を始めている。

 

「まさしく、マイリー神のお導きだよ」

「いってくれるではないか、魔術師グローダーよ」

「魔術師、それはもうすでに」

「廃業、であったな」

 

 そう言い、豪快な笑い声を上げたホッブ司祭も、そのファラリス司祭達の「捕り物」へじっとその視線を向け始めた。

 

「はい、グローダーさん」

「おお、悪いなマール君」

 

 先程グローダーが名を上げた、グラスランナーという小人族の少年。実際にはそう見えるだけかもしれないが、とにかく外見だけは人間の子供である彼が。

 

「カノン鹿の乾燥肉、つまみだよ」

「よくあったな、このような物が」

 

 グローダーがそう、小人族マールへ向けて言葉を発した時。

 

「ファラリスよ!!」

 

 配下の神官達から魔力、その力を集めさせて魔法を発動させようと詠唱を続けていた女司祭。彼女の高らかな叫び声と共に。

 

「我らに大いなる糧を与えたまえ!!」

 

 彼女ファラリス高司祭が続けていた儀式魔法の最後の括りの言葉と共に、辺りの海面が大きく揺らぎ始めた。

 

「アシュラム様がさ」

 

 マール少年、彼もまたその暗黒神の司祭達、そして彼ら彼女らを取り囲むように海面へと散らばる、水夫達が乗りこんでいる「はしけ」へとその双眸を投げつけながら、初老の賢者へ向けて口を開く。

 

「喰えって、言ってたよ」

「アシュラム卿も、これには目がないのに気前が良い……」

 

 グローダーのその苦笑、それにホッブも合わせて口の端を綻ばせる。

 

「壮観、だねえ……」

 

 そう捕り物、暗黒神が信徒へと与える奇跡の力である暗黒魔法の中で極めて高位の呪文である「サモン・サーバント」と呼ばれる魔法により、暗い水面へ次々にサメなどの魚達がその姿を現した。

 

「ダークエルフ達、もっと光をよこしやがれ!!」

「我らとて、疲れているのだよ、ドレット船長!!」

 

 ホッブやグローダー達の船、それから一つ先へと見える新鋭の帆船から、ダークエルフ族の男が船団の実質的な運営者へと怒鳴り返す。

 

「精霊魔法を、海水から真水を精製させるためにどれだけ使っていたか知っているだろう!!」

「しるけぇよ、ダークエルフ!!」

 

 その彼らの声を聞き付けたのか、グローダー達が乗る船から一人の妖魔、ゴブリン族の者が。

 

「メシが欲しくねえのかよ!!」

「人間風情が、我らに命令するでないわ!!」

「早く取らねぇと、バラエナ高司祭の船がサメだかシャチだかに潰されるぜぇ!?」

「だから、疲れておると!!」

 

 その大人げなく喧嘩をする臨時漁師達をよそに。

 

「月アカリ、あれでヨシ……」

 

 船べりからゴブリン族の上位種、精霊使いが月の光を源として、数多くの光を司る精霊をその小舟達へと飛ばした。

 

「私も、やった方が良いかな?」

「あなたのマイリー、光の神の奇跡では」

 

 これから先、いつまで続くか解らない航海の為の食料補給、それの為に賢者グローダーの愛人であるファラリス司祭が放った魔法のそれは。

 

「許してくれないのでは?」

「確かに、緊急時以外ではこの奇跡、それの自殺を命じる使用はマイリーは喜ばれない」

 

 サモン・サーバントと呼ばれる奇跡、自らの信じる神の特性を反映した動物達を呼び集める魔法はホッブ司祭にも使えることは使えるが、そもそも動物達を食料とする奇跡、魔法ではない。あくまでもその動物へ敬意を払いながら使うべき品物だ。

 

「だか、ホッブ司祭さん?」

「解っている、マールよ」

 

 水夫達がサメ等を銛で突いた為に、満月と光の精霊の輝きの下で海面が紅く染まるなか、ホッブはエール酒の残りを飲み干す。

 

「餓死、それが間近に迫ったときにはマイリー神も私に使用を許されるだろう」

「面倒だねぇ、清らかな魔法、神聖魔法というのは」

「それは、確かにファラリス等と比べればな、マール」

 

 一隻の船が転覆してしまい、水夫達が海へと投げ出される。

 

「助けてくれ、ゴブリンレディ!!」

「ヨッ、ト……」

 

 彼らをすかさず、水の精霊の力を使い海中から拾い上げるゴブリンの精霊使い。マーモの軍内でも一目置かれていた、ゴブリン族を代表して評議会へも加り、発言が許されていた雌のゴブリンシャーマンが。

 

「ウンディーネよ、その者達をノミコムなかれ……」

 

 手早く魔法を詠唱する声が、グローダー達の耳へと入った。

 

「並みのダークエルフよりも、精霊魔法の腕が上じゃないの、あのゴブリンさんは?」

「アシュラム様もそう言っておられたな、マール君」

「アシュラム様、様、様か……」

 

 そのグローダーがポツリと溢した言葉、それにホッブ司祭もマールも苦く笑う。

 

「ねえ、グローダーのおじさん?」

「何だ?」

「僕の事」

 

 魚達の捕り物は終わりつつある、召喚の暗黒魔法を仕切っていた闇司祭、女性のファラリス司祭が乗っていた小舟がグローダー達の船へと向かってくる。

 

「本当に、僕の事を怒ってないの?」

「全然」

「なんでさ、あんたの人生を狂わしたのに」

 

 そのマール少年の言葉に、グローダーはやや甲高く笑い声を上げた。

 

「勇者、支えがいのある人に巡り会えたからね」

「ハハ、グローダーよ……」

 

 もちろん、この大船団リーダーであるアシュラム卿をあえて「勇者」と呼んだのは、戦の神ホッブ司祭をからかう為でもある。

 

「言ってくれる……」

 

 それにこの戦神マイリーの司祭、頑健な体躯を持つ壮年の男は笑い、応えてくれた。

 

「私はあの探索行の中では密命、導師から別の命を受けていたが」

「魂の水晶球だな、グローダー?」

「それを、このグラスランナーの小僧に奪われた事によってな、ホッブ司祭殿」

 

 船へと接舷したファラリスの高司祭達、グローダーの愛人をリーダーとしたそのファラリス信者達へ彼ら酒飲みの男達、大捕り物の高みの見物をしていたグローダー達は、軽く彼らを労った後。

 

「マイリー、この者へ我の心を譲りたまえ」

 

 元魔術師、グローダーの手がその詠唱と共に、光を微かに帯びた。

 

「ありがとうよ、グローダー」

「苦労をかけたな、バラエナ司祭」

 

 初歩の神聖魔法、奇跡の力が女司祭の疲労を癒すと共に、彼グローダーへ軽く目眩のような物が訪れる。

 

「あなたと、今夜ヨロシクやりたい気分だけどさ」

「今日は休め、バラエナ」

「解ってるわよ……」

 

 欲望に忠実であれ、その暗黒神ファラリスの教義を自制した女司祭は、少しふらつく足取りで船室へと入っていく。

 

「私はな、マール君にホッブ司祭」

「驚いたよ……」

「新しい人生、真の人生を手に入れた」

 

 このグローダーに対して、もともとあまり好意的に見ていなかったホッブ司祭。そのマイリー神司祭の顔へは本気で驚いたような表情が浮かべられていた。

 

「最も、このマイリーの力を私が使う時、つねにカウンターマジックの魔術、対抗魔法をヒイヒイ言いながら」

「解るよ、グローダー」

 

 軽くホッブ司祭へその細い肩を叩かれながら、賢者グローダーはその唇を軽く歪めつつ、ひきつったような声を上げてみせる。

 

「初歩であるその対抗魔法の使用が、見習いの私にとっては一日に四、五回前後が限度だった頃を思い出す」

「わかるさグローダー、神官」

 

 その「神官」と、わざとらしく賢者グローダーへ対してホッブが付けたのは、さっきのこの大船団の総団長にして騎士団長、そして王であるアシュラムの事を「勇者」と呼んだ事にたいする当て付けであるのは間違いない。

 

「私も、若いときは癒しの魔法を使う時、常に己の疲労の状態を考えていた」

「魔法使い、ルーンマスターだけが解る悩みだよ」

 

 そう言いながらチラリとマール、魔法を使うことが出来ない種族であるグラスランナーの方を二人の「魔法使い」が見たのは。

 

「大人げないと僕は思うし、それに僕も」

「呪歌、ああそうだったなマール君」

「そのおかげで、グローダーさんの人生を狂わす事が出来た」

 

 マール、吟遊詩人にして盗賊である彼のその言葉に対しては、何故かグローダーではなくホッブ司祭が上げた笑い声の方が大きかった。

 

「私の導師様は、魔術の方こそ私に捨てさせはしたが、ね」

「……以上である、皆の奮戦を期待する」

 

 大船団のリーダー、黒衣の将軍の演説。彼の傍らへと常に控える女ダークエルフの魔法により音声を増幅させ、全ての船へ拡げられた船団リーダーの演説が終わったようだ。

 

「あの方への忠誠は、バグナード導師様も認めてくれたからな」

 

 少しその首を傾げ、旗艦の方向へ顔を向けたグローダーに対し、ホッブ司祭が深く、何回か頷く。

 

「なるほどな、グローダー」

「最も私に掛けられた制約の魔術、ギアスには神聖魔法は範疇外だったのかもしれないが」

 

 食料の捕り物が終わり始め、皆が撤収し静けさが戻りつつある夜の海、それを月や星々が優しく照らし出す。

 

「戦鎚座だ」

 

 グローダー達の食器を下げに来た、若い女兵士が片手に盆を持ちつつ、僅かに天を見上げる。

 

「何だ、戦鎚座とは?」

「あれですよ、あれ……」

 

 その女性兵士の片付けを手伝うホッブが、彼女の指差す方向へ視線を向けた。

 

「あれ、マイリー神様の住みかなんですってね?」

「聴いた事もないな、私は」

「あれ?」

 

 その女の言葉に憮然とするホッブ司祭に、グローダーが苦笑してみせる。

 

「マーモには、適当なマイリー教義もあるんですよ、ホッブ司祭」

「ほう、そうなのか?」

「森の蛮族やら、何やらがデタラメに伝えている話です」

 

 そのグローダーへ対して、女性兵士は先程捕れたばかりのサメの生き血が入ったコップを手渡しつつ、男達へ軽いため息をついてみせた。

 

「信じてたのに……」

「少し、私が偉大なるマイリー神の事について教えてやろうか、兵士の娘よ?」

「すみません、ポッピー司祭」

「ホッブ、だ」

「細かく、うるさい人だ……」

「何だと?」

 

 以前に色々と気を許していたマイリーの女司祭、今では次期マイリー教団の最高司祭になるかもしれないとロードス本島では噂されていた彼女に。

 

「起こんないで下さいよ、マイリーのオジサン」

「やはり、マーモのマイリー信者はこんなもんか……」

「少し、乳の一つでも揉ませてあげるから」

「不要だ」

「女嫌いかしら、アシュラム様に惚れていて、あの方と寝たいみたいだし?」

「惚れてはいるが、寝たくはない!!」

 

 少し、そのマイリーの神官であった彼女へ面影が似ていた為に、かえってその女兵士の言葉はホッブの勘にさわる。

 

「まあ、折角の旅行航海だ」

 

 手渡されたサメの血、今後も水がわりに飲むかもしれないから、今の内に慣れておけという意味かもしれないとグローダーは思いながら。

 

「楽しくいこうか、マール君」

「もちろん」

 

 傍らのグラスランナーの少年へ、笑みを浮かべてみせる。

 

「あれは、マイリーのイチモツと呼ばれている星座です、ポッピー司祭」

「知らんし、星はラーダ神の領域の話だ、娘よ」

「ラーダ、お星さまと関係があるのですか、その神様とやらは?」

「知らないなら」

 

 苛立たしげに頭を掻きながら、ホッブ司祭はグローダーへとその目を。

 

「そこの魔術師にでも聞け」

 

 睨み付けるかのように向けた。

 

「だから、私は杖を折った元魔術師……」

「賢者ではあるだろうに?」

「それは、まあ……」

 

 言いよどむグローダーを尻目にマール、グラスランナーは夜空に。

 

「空落ちるは流星……」

 

 満月が照らす天へ、星が一つ流れ落ちたのを目ざとく彼マールは見つけた。

 

「シューティング・スター、流星だね……」

「あら、ボウヤ?」

 

 そのマール少年の背へと、女兵士は自らの両腕を巻き付ける。

 

「ラーダ、とやらを知っているの?」

「まあ、ラーダというかヴェーナーと言うか……」

「お姉さんに教えてくれない?」

「ああ、いいよ」

 

 そういいつつ、マールは腰から小型のリュート、弦楽器を取り出した。

 

「それは、とある黒騎士が率いるドラゴン退治のお話、右手には漆黒の魂喰らいの魔剣、心には猛虎と蛇……」

「オオ、おもしろソウダ……」

 

 興が乗ったのか、本業の一つである吟遊詩人の仕事をし始めたマール少年の近くへ、ゴブリンのシャーマンを初めとした面々が集まってくる。

 

「ラーダとは関係がないだろうに……」

「そうかな、グローダー?」

 

 その歌の内容に顔を綻ばせてあるホッブ司祭の近くで、マールが歌い綴り続けるその歌詞、それは正しく。

 

「これもまた、知識であろうに?」

 

 グローダーとホッブ、いやこの船団にいる者達がよく知る、人物を謳った歌である。

 

「真っ黒エルフに顔色悪しき魔法使い、鋼で筋肉が出来ている美女に彼女へホの字のこれまた筋肉……」

「ラーダが司る知られざる知識の星、闇の勇者の伝承だ」

 

 その抑揚が効いた吟遊詩人の歌声に、夜空が満天の星光を放ち始めた。

 

「子供を追い回したおっかな暗黒司祭、彼を強面マイリー親父がコツリとハンマーでたしなめる……」

「ほう、いい歌を作るな、小僧?」

 

 ドレット船長、先程までサメ肉の保存の監督をしていた男が、酒を片手にそのマールの歌へ感心したような声を上げる。

 

「しかしがぎっちょん、彼らを塞ぐはドラゴンのみあらず、卑劣な傭兵王に彼の手下の戦士達、気狂い戦士が持つ刃が黒騎士誇る長髪をザッパリ切り裂き、黒騎士激怒……」

「確かに真実の星、このグラスランナーの歌はラーダの加護かもな……」

 

 そのグローダーの言葉の通り、別に知識を司るのは四角四面の言葉だけではないのかもしれない。

 

「これが、ラーダって奴なのかしら?」

「俺が知るもんか、人間」

「んだよ、ケンカ売ってるの?」

「ふん……」

 

 女兵士を馬鹿にしたように嘲笑ったダークエルフの男、だが彼の顔にも微かな笑みが浮かんでいる。

 

「天の、ラーダの笑みを見る限りにはな……」

 

 そう呟くグローダーの目前で、流星がまた一つ海へと落ちた。

 

 

――――――

 

 

 

 

「赤きおっそろドラゴンを倒した黒騎士一人へ、卑劣至極な傭兵王達がタコ殴り……」

「おい、聴こえないぞピロテース!!」

 

 旗艦「ベルディア」の船先で女ダークエルフの使う魔法により、マールの歌を聴いていたヒックス副騎士団長の声へ対して。

 

「悪いな」

 

 女は自分の両腕を、エルフ族にしては豊かなその胸の双丘の前へと組みながら、艶然とした笑みを浮かべて見せた。

 

「これから、私は息抜きの時間でな」

「団長、アシュラム王とはご無沙汰でも良いだろうに!?」

「お前の意見などは、どうでも良い」

「俺は聴きたいんだよ、歌!!」

「ならば、あの小人の元まで泳いでいけば良い」

「ふざけるな!!」

 

 冷たく、そう言い放った後に船室へと入っていく女へ向けて、鋭く男はその後ろ姿を睨み付ける。

 

「くそ!!」

 

 だが、彼ヒックスは流星雨が降り注ぎ始めた夜空を微かに見上げた後。

 

「しかし俺は聴くぞ!!」

「嫌みなハゲ上司、オーガー親父にまたしても美しき髪をバサリ切断……」

 

 極めて小さく歌声が聴こえる中、服を脱ぎ捨て半裸になり。

 

「怒り心頭、黒騎士の刀身がまたしても猛り唸り偽善者達の首を跳ね跳ねグルグル……」

「アシュラム卿、バゥンザイ!!」

 

 本当に海へと飛び込んだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「人生は戦いだ、欲望に忠実であれ……」

「本当に、今の私達はそうね……」

 

 少し、体力温存と言って、行為自体も控えめにしているアシュラムへ対し、彼の裸の胸をその細い手で撫でているダークエルフの女。

 

「そして、幸運あれと」

「チャ・ザの教義かしら?」

「必要だろう、ピロテース?」

 

 燃料節約の為に抑えてあるランタンの灯りの元でも、ダークエルフの女が持つその裸体の艶かしい曲線はよく映える。

 

「今の私に必要なのは、ファラリスの教えなのに……」

 

 だが、この黒衣の将軍との最近の行為は消化不良であり、彼女はそのファラリスの教え、欲望に忠実であれという教義をなかなか叶える事は出来ない。

 

「運命よ導きたまえ、自然であれ……」

「運命神の言葉は解るけど、大地母神の台詞が私達に合うものなのかしら?」

「そう、自然に」

 

 アシュラム、黒衣の将軍が自分の唇を彼女のそれへ軽く触れさせながら、穏やかに微笑んだ。

 

「俺たちは生きている」

「邪悪なる者にも、生きる権利……」

「そうだ、そして」

 

 少し喉が渇き、裸身のままベッドから脚を出し、そのまま水差しが置いてあるテーブルへとその身を寄せるダークエルフ。

 

「光の下で、万人は平等である」

「止めてよ、恥ずかしい……」

 

 少しニヤリと笑いながら、男が向けたランタンのその先には、彼女の形の良い、一糸纏わぬ尻の姿が薄闇の中へと浮かぶ。

 

「だがな、ピロテース」

 

 その表情を真顔へと戻したアシュラムは、船室の丸窓から見える月、満月へその視線を向けながら、自分の愛人が差し出したコップを受け取る。

 

「その光、太陽のそれとは違う月の光から」

「アシュラム?」

 

 この男が、武骨者である彼が妙に詩的な言葉をコップの水を飲みながらその口へと乗せるのは。

 

「何かを、感じないか?」

「ねえ、アシュラム」

 

 ピロテースにしても初めて見る姿である、が。

 

「弱腰よ、今のあなた」

「何か俺達を、闇の世界に生きてきた俺達を導いているような……」

 

 軽く、ピロテースの拳が黒衣の将軍の額を叩いた。

 

「止めなさい、アシュラム」

「ああ……」

「それこそ、あなたの尻を許した」

 

 先程の、アシュラムの遊び心を少しピロテースは怒っているのかもしれない。アシュラムの手からランタンを奪い。

 

「皇帝様へ、顔向けが出来る?」

 

 毛布を跳ねさせ、その中へ横たわる彼の下半身へその光を向けるピロテースに対し、アシュラムはその顔を微かに歪ませた。

 

「下手で、嫌みな冗談だな……」

「なら、本当に止めて」

 

 そのダークエルフの声に確かな怒りを感じたのか、黒衣の将軍がバツの悪そうな顔をする。

 

「すまんな、ピロテース……」

 

 追手がもはや来ないと確信をし、食料がある程度手に入った事で、少し気が弛んでいたのかもしれないと。

 

「少し、ロードスやマーモでの人生を思い出していたのかも知れない」

 

 アシュラムは自分でも思い始めた。

 

「あなたは、王よ」

「ああ……」

 

 ピロテース、彼女にとって彼アシュラムは自分の全てを投げ出しても良い存在であるが。

 

「皇帝、暗黒皇帝の事は忘れなさい」

「そうだな……」

「漂流する者達の、王なのだから」

「すまん、ピロテース……」

 

 それでもこの、未だに以前の主君の事をこだわり過ぎている彼のこの一面だけは、本日で二回目の欲求不満。

 

「フェゲト・ラ・シェール」

「何だ、エルフ語か?」

「いつの日か忘れろ、という意味」

「そうか」

「信じてるわ、アシュラム」

「そう、俺は漂流者の王なんだ……」

 

 いや、自分を納得させるかのようにそう呟く、黒衣の将軍を見つめるピロテースにとっては。

 

「いつの日か、忘れてね……」

 

 実の所、以前からの不満ではあるのだ。

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