天駆ける竜、空色の鱗を持つ竜はその日、眼下に興味深い物を見た。
――あの剣は――
漆黒の刀身を持つ大剣を構えた男と、屈強な体躯を持つ女が対峙をし、その周囲にと数多の人間、そして妖魔が取り囲んでいる。
――間違いない――
人間同士の戦いになぞ興味は無かったが、その黒き大剣は別だ。
シュア……!!
天高く、人の手に届かない場所からその戦いを眺めていた竜は「コンシール・セルフ」自己を隠蔽する魔法を自身にとかけ、その不可視の姿のまま地表へと降りていく。
――勝てよ、ヒックス――
――心配はいりません、グローダー殿――
即席のコロシアム、縄で円を作っただけのその土俵へ悠々と脚を踏み入れる、その大剣を構えた男が対峙する女は。
――ここで我ら猛虎の民の、優位性を示さなければ、バルバスはお怒りになるでしょう、セレナ様――
――安心しろ、相談役――
そう、女は杖をついた老人にそう答えると、ニコリと微笑ながら土俵へと上がっていく。
――さあ、マイリーの神官殿とやら、準備はいいぞ――
――は、では……――
恰幅の良い初老の男はセレナというナらしき女にそう言われながら、その土俵を見渡す場所にと控える、一人の男。
――これより、マーモの民と猛虎の民の、主導権をめぐる戦いを始める――
黒い鎧にと身を包み、長い黒髪にその白面を隠しながら、眠りについている男へ向けてその視線を差した。
――マイリーの名においての、決闘を開始する――
――……――
眠った男はその声に何も答えず、ただ側に一人のダークエルフ、黒い肌をした女に支えられながら、事の流れを無視している。そう姿を隠した竜には見えている。
――始め!!――
マイリーという名らしき神に仕える神官の掛け声と共に、二組の男女が剣をかち合わせ、その様子を実と一人の小人が瞬きもせずに見つめている。
――興味なし――
最初、昔に自らを貫いた「剣」であったが故に気になったが、どうも事の成り行きは竜にとって興味が湧くような物ではないらしい。そのまま竜は飛び立とうとしたが。
――!!――
その時、眠っている様子の男から陽炎のような物が立ち上ぼり、それが人の姿を形作る。
シャ……!!
人影は姿を消しているはずの竜の姿を鋭く睨み付け、威圧をし。
――この感覚――
その重圧は竜にとって、昔に黒き大剣を持っていた異界の魔物、それから受けた物と勝るとも劣らない。
――長居は無用であるな――
そう胸の内で呟き、竜は激しい戦いが繰り広げられている土俵からその視線を外し。
――あやつにでも会いにいこう――
懐かしき土地、自らが産まれた「故郷」へとその翼を拡げた。
――――――
「あの方はだれでしょう、スパーク?」
「さあ、ニース……」
ロードス島南部のマーモ、そこの土地にしつられたマーファの地下神殿で、一人の老人が客人としてやってきて。
「ウォート様や、フレーベ様とも知り合いらしいが」
「何か、不思議な人ですね、スパーク」
だが、そのスパークとニースという名らしき二人の若い男女の視線などは無視し。
「……それで、私はアラニアで元騎士団長であったサイラスと会ってな」
「ほう、それはそれは……」
「長生きはするもんだと、思ったさ」
大賢者ウォートとドワーフ族の英雄フレーベ、そして世界に名だたる薬草師タトゥスといった面々と、しこたま酒を呑んでいる。
「そうそう、会ったといえば」
「飲み過ぎでは、皇子?」
「私は皇子ではないし、飲み過ぎてもいない」
しかし、そのエールを「酒樽」と呼ばれているドワーフ並みに飲んでいるこの男の台詞には説得力がない。
「なあ、若いネェさん」
「は、はい……」
「いや、全く」
まるで酒場の酔客のようにニヤリとニースに笑いかける老人は、そのまま。
「昔のニース様に似ている」
「わ、私のおばあさまを知っておいでで?」
「こう見えても、私はなあ……」
その、まさしく「酔客」の言葉が。
「やはり、飲み過ぎだぞ」
「フレーベ様、エールの誓いです」
「何を言っているんだ、お前は?」
「私は!!」
ドンッ!!
ジョッキがテーブルに叩きつけられる音と共に発せられた事に、スパークとニースは互いに顔を見合わせ、そしてしかめる。
「皇子としての役目を終え、一人の老人として生きるのだ!!」
「止めないか、ナシェ……」
「ウォート導師、すでに私は妻にも先立たれ、すでに孫もいる身!!」
そこまでいって、大声で笑い声を上げる老人。
「もはや、人生に悔いはない!!」
「反動だな、全く人生の」
「何か、フレーベ様」
「いや、別になんでもないわい……」
その、しかしどこか微笑ましそうに老人を見つめるドワーフの英雄の顔とは裏腹に。
「私、あの人は嫌いです……」
「お、おいニース?」
「下がらせてもらいます、スパーク」
そそくさと小さな部屋から出ていくニース、大地母神マーファに仕える少女の恥ずかしそうな声を他所に。
「だから、再び女やメスに乗っても良いだろう!?」
「あのワールウィンド、風竜は嫌がっていたぞ?」
「魔神王との戦いに赴くとき、生き残ったら伴侶を探そうかなとも言っていたな!!」
「その探す伴侶とやらもドラゴンだろう、人間ではない」
「その異種がまたいいのだ、タトゥス!!」
「全く……」
「そうなのだ」
しかし、その「壊れた」元小国の皇子の姿は、決してこの場にいる三人には不快な物ではない。
「おお、これはウォート導師!!」
「なんだ?」
「ファーン様にベルド隊長ではないですか!?」
「ああ、ついに来るものか来たな」
「私は見えます、ウォート導師!!」
無論、その明後日の方向にと指を向ける老人の先には、何の人影も無い、が。
「おや、ワシにも見えるぞい!!」
「フレーベ様、あなたも……」
「何を言うか、タトゥス」
何か、真顔で酔いの現象を語られても意味などはないのだが。
「その二人に加えて、フラウス殿が背に翼を生やし、微笑んでいるではないか」
「ふう……」
まあ、そういう事にしておこう。ウォートとタトゥスはそう思い。
「私達にもみえます」
「みえます」
音頭をとることにした。その妙な四人組を。
「こんな大人には、なりたくない……」
スパーク少年は、その肩を竦めつつ何とも言えぬ表情を浮かべたままに見つめていた。
――――――
――全く――
久しぶりに昔の「乗り手」と会ったはいいが、その自らの背に乗る事を強要させられた風竜としては。
――折角、私には夫もいるのにな――
心の中でそう呟きながら、遠くロードスから離れた大陸「アレクラスト」へとその翼を拡げる。
――あまり、あやつの頭の働きは良くないが――
確かに竜族の中でも最上位種、エンシェント・ドラゴンにと竜転生を果たした風竜「ワールウィンド」にとっては、下位種であるレッサー・ドラゴンはそうであるが。
――それでも、私の夫なのだ――
そう言い、胸の内で何かを暖めながら、ワールウィンドは夫が待つアレクラストの土地へとその風を舞わせた。