オーディンの神力範囲外と化したゴブリン村。
僕の目の前にはゴブリン化しているマルダックさん、その後ろには同じくゴブリン化しているアイリスさん。
アイリスさんの後方10m付近にゴブリンリーダー。
そしてゴブリンリーダーの後ろにはボット帝国の戦士達が6人。
ソードマン2人、シーフ1人、アーチャー1人、アコライト1人、ナイト1人。
ゴブリンリーダーは僕に背を向けて、ボット帝国の戦士達を見ている。
この状況でゴブリンリーダーがボット帝国の戦士6人を全員倒してくれるのが一番ありがたい。
ナイトが倒れたら、神力範囲外が解かれるはずだ。
ただナイトの強さがゴブリンリーダーを上回っている可能性もある。
もたもたしていられない。
アイリスさんと、マルダックさんを早くゴブリン化から解いて、蝶の羽で逃げないと。
「キーー!」
僕の苦悩を知らないマルダックさんが斧を振り回してくる。
それを合図に向こうでもゴブリンリーダーとボット帝国の戦士達が戦い始める。
僕は入り口のワープポイントに向かって、アイリスさんとマルダックさんが追ってこれる速度で走り出した。
ゴブリンリーダーが戦っている間に、一定距離離れることが出来れば2人の意識がゴブリン化から解かれると考えたのだ。
アイリスさんがゴブリン族の仮面をつけた時、最初は似合ってる? と普通に聞いてきた。
その時点では、アイリスさんの意識はゴブリン化していなかった。
ゴブリン族の仮面をつけて少し経つとゴブリン化するのか、それともゴブリンリーダーが近くにいるとゴブリン化するのか分からないが、距離が離れればゴブリン化が解かれる可能性を信じて駆け出したのだ。
それにナイトが使っているスキルの神力範囲外も解かれるはずだ。
ボット帝国の2次天職戦士達が、一定範囲を神力範囲外に変えるスキルを持っている。
運び屋の仕事の最中に今までも何度かボット帝国とは遭遇しているし、その中には2次天職のやつらもいて神力範囲外のスキルを使われたこともある。
もちろんハエの羽や蝶の羽で即逃げしたけどね。
神力範囲外のスキルの効果範囲がどれくらいなのか不明だけど、かなり距離を取れば無くなるはずだ。
ワープポイントに向かって走り出したけど、アイリスさんの移動速度が遅い。
もともと遅いのに、射程に入ると弓を撃ってくるのでさらに遅い。
後もう少しでワープポイントが見えてくるはずだ。
最悪、アイリスさんは捕まえてワープポイントに投げ入れるか。
マルダックさんを僕が投げられるとは思えないけど、アイリスさんなら投げられるだろう。
しかし、かなり距離を取ったはずなのにゴブリン化も、神力範囲外も解かれない。
ふと見ると、その理由がすぐに分かった。
アイリスさんの矢を避けることに集中しながら逃げていて気付けていなかったのか。
アイリスさんの後ろから、ゴブリンリーダーとボット帝国の戦士達が追ってきていたのだ。
ナイトがどうも僕達を追っているようだ。
ゴブリンリーダーがナイトに攻撃しているので、向こうも交戦状態でスピードは遅いものの、こっちに向かってきている。
最初の地点で止まって交戦していればよかったのだが、ボット帝国のターゲットは僕達らしい。
「キーー!」
アイリスさんのDSが飛んでくる。
それを避けると“本気”の速度でアイリスさんに向かっていく。
一瞬で間合いを詰めた僕は、ゴブリン化しているアイリスさんを抱きかかえた。
「キーー! キキー!!」
僕の腕の中でジタバタ暴れるアイリスさん。
サブ武器で持っていたのか、いつの間にか短剣を手に持ち僕のことをグサグサと刺している。
僕のHPもザクザク減っている。回復ポーションで回復しているけど。
マルダックさんの斧をかわして、入り口のワープポイントに向かって走る!
もうこのままアイリスさんをワープポイントに投げてしまおう!
そしてマルダックさんを蹴飛ばしてでもワープポイントに入れよう。
ボット帝国はワープポイントを越えて襲ってくるかもしれないけど、ゴブリンリーダーはワープポイントを越えることはない。
ゴブリン化は解かれるはずだ。
そしたら、すぐに蝶の羽で脱出を!
ビュ~~~ン!!!!!
ゲームで聞きなれた音。
それはボット達が飛び回る音でもある。
しかしこれはあり得ない。
どうして6人同時に現れる?
あともう少しでワープポイントだというところで、僕達の前方にゴブリンリーダーと交戦していたはずのボット帝国の戦士6人が同時にワープしてきたのだ。
ハエの羽でたまたまそこに出たとしても、6人同時っておかしいだろ!
PT全員が同時に同じ場所にワープ出来るアイテムなんてないはずだ!
前にボット帝国、後ろにゴブリンリーダー。
ゴブリンリーダーは突然消えたボット帝国を探しているようだ。
すぐにこっちに向かってくるだろう。
無理だ。
ゴブリン化している2人と一緒にこの状況を逃れるのは無理だ。
2人を置いていく?
それなら僕だけ助かることは可能かもしれない。
2人を囮に使えばなおさら。
ボット帝国の戦士達が構える。
前衛のソードマン2人が向かってきた。
僕は抱きかかえていたアイリスさんを離す。
そして全速力で駆け出した。
ボット帝国の戦士達に向かって。
ソードマンの片方に向かって短剣で斬りかかる。
盾で防ごうとする動きはスローモーションのように見え、低い姿勢から突き上げるように斬っていった。
隣りからもう1人のソードマンが斬りかかってくる。
遅い。
その斬撃をかわしながら、ソードマン2人の間を通り抜けていく。
シーフはマルダックさんに向かっている。
アーチャーもマルダックさんを狙っているようだ。
僕の狙いはアコライトだ!
まずは回復を叩く。
姿だけは可愛らしい無表情のアコライトに斬りかかる!
が、僕の短剣は届かない。
ナイトが両手剣で僕の攻撃を弾いてきた。
さすがに簡単には倒させてもらえないか。
それでも加速された動きの中で、ナイトの横っ腹に蹴りを入れてふっ飛ばす。
チェインを打ち下ろしてくるアコライトの攻撃を避けることもせず、そのまま短剣で斬りかかる。
加護の回避頼みで斬り合えば僕の勝ちだろうけど、すぐにソードマン2人が僕を囲んでしまう。
複数の敵に囲まれると、途端に加護の回避率が下がってしまうのだ。
これはゲームと同じ仕様だ。
でもゲームとは違うことがある。
それは、そもそも攻撃を受けなければ問題ないってことだ!
ソードマン2人とアコライトの攻撃を避けながら、アコライトを斬り続ける。
キュイン!
横から聞き覚えのある音がした。
ナイトの鎧の色が黄色に変化している。
ツーハンドクイッケンか!?
攻撃速度を増したナイトが僕に斬りかかってくる。
連携もよく取れていて、ソードマンの1人が邪魔にならないように引いた。
それなりの速さだ!
避けれないこともないけど、4方を囲まれた中ではいずれ捕まる。
攻撃を受けてしまっては加護の回避は期待できないだろう。
「グオオオオオオオオ!」
聞きたくない叫び声が響く!
ゴブリンリーダーがマルダックさんを襲っていたシーフに槍を突き刺していた。
シーフは光りの粒子となって消えていった。
そしてそのまま弓で攻撃していたアーチャーに向かっていく。
状況はさらに煩雑でゴチャゴチャしてきた。
それでもまずはアコライトを倒す!
僕の思惑通り、アコライトがついに光りの粒子となって消えた。
よし! これで回復職がいなくなった。
僕は一旦距離を取って振り向き構える。
遠くに、ゴブリンリーダーとマルダックさんがアーチャーを攻撃しているのが見える。
次はソードマンを1人倒して……。
ドォォン!
真横から何かが飛んでいた。
それが矢であることはすぐに分かった。
ボット帝国に囲まれていた僕をずっと狙っていたのか。
顔を向ければ僕に向かってDSを放ったアイリスさんが、次の矢を放とうとしている。
今のDS一撃で僕のHPは0だ。
次の矢を受ければ即死だろう。
ヒュン! と避けた矢の音が通り過ぎていく。
心臓がバクバクする。
ソードマン2人が斬りかかってきた。
さっきまで何ともなく避けられたのに、高まる心臓の鼓動が僕の動きを邪魔する。
ソードマン2人とナイトに追われながら、アイリスさんの矢を避け続ける。
反撃は出来ず、徐々に後退していく。
視界が少しずつ白くなっていく。
何も考えられなくなっていく。
完全に避けきれず、かすった箇所から血が流れている。
真っ赤な血も、白くボヤがかかったように見える。
どこに向かって逃げていたのかも分からず、気付けばワープポイントから遠ざかっていた。
死ぬ?
ここで死ぬのか?
逃げてしまえばいい。
アイリスさんとマルダックさんを置いて逃げてしまえばいい。
それはさっき考えた。
でも、僕にそれは出来なかった。
僕の本気の速度ならどうにかなる、そんな甘い考えでボット帝国に向かっていった。
「――――」
誰かの声が聞こえた気がした。
次の瞬間、視界が雪景色に染まっていく。
真っ白だ。
綺麗だな、なんて考えてしまう。
氷の結晶が舞い散り、白い世界に包まれる。
脚を止め、膝をつき、その光景に見惚れてしまう。
数秒の後、白い世界は晴れていった。
そこには氷漬けになったナイトの姿だけがあった。
ソードマン2人の姿はない。
呆気にとられて呆然とする僕に誰かが抱きついて倒される。
僕とその人の頭上を矢が通り過ぎた。
見るとアイリスさんはあいかわらず弓を構えている。
僕に抱きついてきた真紅の髪の女性は、すぐに詠唱を開始した。
良い匂いだ。
こんなに近くでこの匂いを嗅ぐのは、これで2度目になるな。
「フロストダイバー!」
放たれた冷気が、アイリスさんを一瞬で凍結させる。
同時にナイトの氷は割れて、こっちに襲いかかってくる。
「ファイアーウォール!」
炎の壁がナイトの突進を邪魔する。
その一瞬の隙に再び冷気の塊を放つ。
「フロストダイバー!」
フロストダイバーのレベルはかなり高いのだろう。
アイリスさんはまだ凍結したままだ。
真紅の髪の女性は凍結したナイトに向かって詠唱した。
「ユピテルサンダー!」
フロストダイバーからのユピテルサンダー。
ゲームでもおなじみのコンボだな。
ナイトに放たれたユピテルサンダーもかなり高レベルに思える。
かなりの後方までノックバックしていったナイトは、その場で光の粒子となって消えていった。
続いてアイリスさんに杖を向ける。
そこで僕が叫んだ。
「プーさん待って! その人は違うんです!」
凍結が解けたアイリスさんをもう1度凍結してもらい、その間にアイリスさんのゴブリン族の仮面を剥がしてみた。
すると意識を失ったように倒れるアイリスさん。
これでゴブリンリーダーの支配下から外れたのかな?
「プーさんありがとうございます」
「いいのよ~。グラちゃんのピンチを助けられて良かったわ。
それにしても前回もだけど、グラちゃんってばピンチの度合いがすごいよね。
プーちゃんもビックリだよ!
たまたまゴブリン村に来てみたら、ゴブリンとボット帝国に追われているのがグラちゃんなんてね~。
しかも……すんごい動きだったし」
嬉しそうな笑顔で話すプーさん。
僕の本気の動きを見られてしまったか。
仕方ない。
それにプーさんだ。
2度も命を助けてもらった大恩人である。
僕の動きだけではなく、ドロップ率のこともプーさんになら話してもいい。
それを使って少しでも恩を返せるなら。
「僕の本気の動きは誰にも見せたことありません。
プーさんがみんなに話したいなら話してもらってもいいです」
「まさか~。
こう見えて口は堅い方なのよ」
唇に人差し指を当てて自らの口の堅さをアピールするプーさんが可愛らしい。
美人で巨乳で強くて優しくて可愛いお姉さん。
素敵過ぎる。
「それで~あっちにマルちゃんがいるんだね?」
「はい。ボット帝国のアーチャーを、ゴブリンリーダーと一緒に攻撃していたので、アーチャーは既に倒されていると思います。
なので、後はマルダックさんだけ救出できれば。
プーさんがナイトを倒してくれたので、神力範囲に戻っているから少々強引でも」
「でもグラちゃんはダメだよ。
HP0の状態なんだか……あれ? あれれ? なんでグラちゃん立っていられるの?」
「え? ……あっ! ほんとだ!」
自分でも今さら気付いた。
神力範囲内でHPが0になると、強制的に身体が地面に伏す形となるはずだ。
なのに僕は普通に立っている。
なぜ?
運び屋の仕事をしながらのモンスター狩りでHPが0になったことはある。
その時はちゃんと強制的に身体が地面に伏した。
でも今は違う。
ナイトの神力範囲外のスキルでHP0の状態でも動いていたからか?
「そうかもしれないね~。
ユグドラシルの葉は持っていないから、グラちゃんのHPを復活させることは出来ないし」
「そうなんですよね」
ゲームと違ってユグドラシルの葉は貴重品だ。
僕も持っていない。
アイリスさんを僕が抱きかかえながら、マルダックさんがいるはずの方向へ歩いていく。
気付かれないように慎重に。
やがて見えてきたのは、ゴブリンリーダーの隣にぴったりとくっついているマルダックゴブリンさん。
まさに部下! って感じだ。
「うわ~。マルちゃん似合い過ぎだよ。あれ完全にゴブリンリーダーの部下じゃん。
なんかあのままゴブリンとして一生を過ごすマルちゃんも見てみたいような」
「だ、だめですよ!
マルダックさんにはブラックスミスになって僕の武器を作ってもらわないと」
「冗談だよ~。
問題はゴブリンリーダーだね。
マルちゃんとゴブリンリーダーを引き離して、マルちゃんを凍結させてから仮面を剥がすのがいいかな」
「はい。僕がゴブリンリーダーを引っ張っていきましょうか?
逃げるだけなら問題ないですよ」
「う~~ん、HP0のグラちゃんにその役をやってもらうのは怖いな~」
プーさんはしばらく考え込むと、うん! と頷いて、
「グラちゃんの秘密を見させてもらったんだから、私の秘密も見せてあげる!」
セクシーに片目をパチっとウィンクして言うプーさん。
プーさんの秘密?
「原初神ユミルの書より授かりし叡智よ! 我が過去の力を糧に未来の力を求めん!」
聞いたこともない詠唱を唱えたプーさん。
するとウィザードの衣装が光に包まれ、その姿を変えていく。
ゲームで見慣れたマントは、毛皮のマントのようなものになり、
マジシャンから露出の減ってしまったウィザードの服も、よりセクシーで高位の魔法使いを連想させるような服に変わる。
なんだ、これはいったいなんだ!?
「むふ。
私のことも内緒にしてね」
そういってプーさんは僕の唇に人差し指を当てた。