暑い太陽の光りに照らされながら男は彷徨っていた。
これからは自分の時代だと信じて疑わない男にとって、この状況はまったくもって理解出来ず、ただただ彷徨っていた。
(なんでモテないんだ?)
男はモロクの街を彷徨いながら考えた。
1次天職シーフを得た後、パシリのようにコキ使われながらも、アサシンになるために手厚い支援を受けられるギルドに所属した。
苦労を体験しておくことが、将来の自分のためにもなると思っていた。
カッコ良い自分になるために。
アサシンとは本来、一般の人達の前に簡単に姿を見せることなどない。
影に生きる暗殺者なのだから。
しかし男は違った。
スキップしながらモロクの街を歩き回ったのだ。
それがまたおかしな人と思われる原因になっていることに、この男は気付いていない。
街を歩けばそれだけで女性が自分にすり寄ってくると思っているのだから。
(だってアサシンだぜ? 超カッコいいんだぜ? なんで「キャー! アサシン様よ!」っていう黄色い声援と共に美女が近寄ってこないんだ?)
根本的に何か間違っている男はモロクを彷徨った。
ぶつぶつと、なんでモテないんだ、なんでモテないんだ、と呟きながら。
それがさらにこの男の評判を下げていることに気付かないまま。
男がふと見ると、同じアサシンの衣装を着ている人を見つけた。
川の辺に腰を下ろし、ぼ~っと遠くを見つめている。
同じアサシンとしてふと気になったので、近寄って声をかけてみた。
「こんにちは。こんなところで何をしているんですか?」
見ると初老の男性だった。
すでに現役を退いていてもおかしくない。
ぼ~っと男を見つめる初老の男性。
「あ、俺はグリームといいます。つい先日アサシンになったばかりなんです」
「……」
「俺、アサシンになったから女の子からモテまくると思っていたんです。でも違うんです。現実は違うんです。街を歩いても全然声かけられないんですよ!」
「…………」
「どうしてなんでしょうね。おかしいな……俺が小さい頃、モロクで会ったアサシンは綺麗で可愛い女の子を何人も連れていたのに。
そして俺に言ったんですよ。「坊主! アサシンになればハーレムし放題だぞ!」ってね」
「………………」
「俺、その言葉を信じてここまで来たのに。
あの言葉は嘘だったのかな。あのアサシンの人はゼニーで女性を買っていたのかもしれないな。
俺はこれからいったいどうしたら……」
グリームは見知らぬアサシンの老人に、独り言を呟くように告白していった。
馬鹿な自分の考えを見知らぬ人に聞いてもらうことで、自分を慰めたかったのかもしれない。
普段、アサシンが街で姿を見ないのは、きっとみんなハーレム達と宿屋でよろしくしていて、夜になると暗闇に紛れてモンスターを暗殺しているとグリームは信じていた。
まったくもって馬鹿である。
そんなアサシンは世界を見渡してもいない。
いや、かつて1人だけいたが……。
「モテたいか?」
初老のアサシンがグリームに突然聞く。
「ええ、モテたいですよ」
「そうか……俺が導いてやろう!」
突然立ち上がった初老のアサシンは、さきほどまでの生気のない目から、燃え上がるようなやる気に満ちた目と顔つきに変わっていた。
「クリームよ! 俺と共にハーレムを築こう! 取り戻すのだ! アサシンの栄光の日々を!」
「……俺グリームですよ?」
呆気に取られるグリームを余所に、初老のアサシンは勝手に盛り上がっていった。
そして2人はパーティーを組むことになる。
♦♦♦
初老のアサシンは弱かった。
とてつもなく弱かった。
弱いくせにグリームにはあれこれと指示を出す。
いつまで経ってもグリームをクリームと呼ぶ。
そして自分の名を名乗ることもせずに、自分を師と呼べと強制してきた。
師と呼べと強制してきたくせに、本当に弱かった。
毎回のごとくグリームに助けられる始末だ。
グリームもおかしな人とパーティーを組んでしまったと思いながらも、たった1つだけ師を敬っていることがある。
それは女性の口説き方講座である。
師が語るその講座の内容にグリームは感動した。
自分の知らない世界をこの人は知っている!
戦闘能力は置いといて、グリームはこの人を師と仰ぎついていくことにした。
師とグリームはいろんなダンジョンを巡った。
基本的に神力範囲内での狩りが多かったが、突然師が神力範囲外まで行くぞ! と言ってはグリームを困らせた。
そしてちょっとでもピンチなると、グリームよりも早く蝶の羽でさっさと逃げる師であった。
朝早くから師と共にダンジョンに籠る毎日。
こんなことでハーレムの夢が達成できるのか疑問ではあるが、夜寝る前に語られる師の女性の口説き方講座を聞くために、グリームは頑張った。
気付けばモロクにあるピラミッドダンジョン、スフィンクスダンジョンのかなり深層での狩りが出来るようになっていた。
しかもお荷物の師を守りながら。
神力範囲内での狩りは少なくなり、神力範囲外で狩ることが普通になっていった。
もちろん危なくなればすぐに蝶の羽で脱出するが、脱出の早さでグリームが師に勝てたことはない。
師は本当に手のかかる人だった。
お酒も大好きで、毎日のダンジョンで狩った儲けをその日のうちに飲んで使ってしまう。
仕方がないので、グリームは自分の取り分は全部貯金することにした。
寝る時もだらしない。
すぐに布団を蹴飛ばすし、それでいて身体が弱いのかすぐに熱を出す。
グリームは師が布団を蹴り飛ばす音が聞こえると起きる体質になっていた。
そして師に布団を掛け直すのである。
最初は女性の口説き方講座を聞き終えたらパーティー解散でおさらばしようと考えていたグリームであるが、どこか憎めない師を置いていくのも可哀相な気がしていた。
それにダンジョン内での戦闘中に、まったく役に立たないくせにあれこれと指示してくるその言葉も、よくよく考えれば理にかなったアドバイスであると気付いてきたのだ。
師の言葉通りに動きを変えてみた。
それはモンスターに対して効果的な動きとなり、グリームの戦闘能力をさらに高めていった。
ある日、ピラミッドダンジョンの地下2Fでミノタウロスを狩っていた時だ。
師がグリームに聞いてきた。
「どうだクリーム。
相手の動きが見えてきたか?」
偉そうに言っているが、ミノタウロスのスタンスキルが怖くて距離を取って遠くからグリームの戦いを見ているだけである。
「うっす! 師よ! 相手の動きが見えてきました!
相手が次にどんな動きをするか! なんとなく分かっちゃいますよ!」
対してグリームの成長ぶりは素晴らしいものがある。
ミノタウロスがスキルの詠唱に入ると素早く移動して、スタンスキルをかわす。
そして必殺のソニックブローをミノタウロスに打ち込むと、クルクルと回転したミノタウロスは光りの粒子となって消えていった。
「ふむ、クリームなら明鏡止水の境地に辿り着けるかもしれんな」
「明鏡止水?」
「邪念がなく澄み切って落ちついた心のことじゃ。
その境地に辿り着けば、相手の動きの全てが手に取るように分かる」
「ほえ~! それはすごいっすね!
明鏡止水か~! いつか会得しちゃいますよ!」
「うむうむ、クリームならきっと辿り着ける」
もはやクリームと呼ばれることに何の違和感を覚えなくなってしまったグリーム。
ダンジョンの角から現れた次なるミノタウロスに向かってカタールを向けた。
「うっしゃああああ!」
♦♦♦
グリームが師とパーティーを組んで2ヶ月ほど経過した。
師はあいかわらず酒を飲んではだらしなく寝る。
しかし朝早く起きてはグリームを連れてダンジョンを巡っていた。
グリームもそんな毎日が当たり前になっていたが、師と違いこの2ヶ月の間貯金しまくったので、そろそろ装備の更新をしようかと悩んでいた。
今はスロット無しのカタールを使っている。
スロット無しで製作してもらったので、基礎値はその分高いが、やはり将来的にはカードを刺して強化していきたい。
いきなりスロットの多いカタールを望むのも難しいが、せめて3スロットか4スロットぐらいは欲しいな~と考えていたのだ。
そんなある日、師がグリームに新たな試練を与えると言い始めた。
それは装備、アイテム、ゼニーを全て師に預けた状態でアサシンギルドまでを往復してくるというものだった。
フィールドは全て神力範囲内ではある。
しかしボット帝国の戦士達はモロクの周辺でも確認されており、万が一襲われたら危険だ。
「せめて蝶の羽を1つ持たせてくださいよ~」
「クリームは軟弱だの~。
俺が若い頃はもっと危険なことに挑んだものだ」
「その頃はボット帝国なんて脅威がなかったでしょうが!」
師は仕方ないといって、蝶の羽を1つだけグリームに持たせてあげた。
暑い太陽の光りに照らされながらグリームは走った。
アサシンギルドに向かって。
モロクから全速力で行けば3時間で着く。
道順も分かっているし、ボット戦士に遭遇しなければ何も問題ないのだ。
モンスターはハイディングとクローキングを駆使してやり過ごした。
自分が思っていた以上に速く動けたので、5時間ほどでアサシンギルドを往復してきた。
戻ったグリームを見て師は「速いの~」と嬉しそうに微笑んだ。
しかし、問題はここからだった。
「ほれ」
師がグリームに預かっていた装備とアイテムを返す。
しかしゼニーは返さない。
「ほえ? 師よ、俺のゼニーを返して下さい」
「ほえ? ないよ」
「ほえ? 何言ってるんですか?」
「ほえ? だからないって」
「ほえ? 何が?」
「ほえ? だからゼニーが」
「ほえ? なんで?」
「ほえ? 使ったから」
「ほえ? 何に?」
「ほえ? 酒飲んだ」
「てめぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
怒り心頭のグリームは師の頭に思いっきり頭突きをかました。
動きの遅い師が避けれるはずもなく、グリームの頭突きでふっ飛んでいった。
「痛いじゃないか!」
「返せ! 俺のゼニーを返せ!」
「まったく騒ぐんじゃない! ケチケチするな! また貯めればよかろう! あれは口説き方講座の代金としてもらったのだ!」
「師が勝手に話していただけでしょ!
それに狩りで何もしないくせに、狩りの儲けの半分を持っていったじゃないですか!」
「あれは狩りでのアドバイス代金じゃ!」
2人の喧嘩は、宿屋の主人がうるさいと注意しにくるまで続いた。
師はチラチラとグリームが平常心を取り戻しているか何度もチラ見してきた。
それがまたイラッとするのであるが、この師はそんなことお構いなしである。
「なんですか?」
グリームの方から声をかけた。
「怒ってる?」
「怒ってますよ」
「こんなことで平常心を失っていては、明鏡止水の境地に辿り着くのはまだまだ先じゃの~」
「くっ!」
さらにグリームをイラつかせる。
そこに追い討ちをかける。
「クリームよ。己の未熟さを叩き直すために、明日はグラストヘイムへ向かうがよい。
グラストヘイム最下層地下洞窟2階に「ごっついミノタウロス」というモンスターがおる。
ごっついミノタウロスのカードを手に入れてくるまで、モロクに戻ってくることを禁ずる!」
「はぁ~!?
何言っちゃってるの!? グラストヘイム!?
あそこがどんだけ危険か分かって言ってるんですか?
い~や、師は分からないでしょうね。
戦闘能力のない師は、グラストヘイムがどれだけ危険か分かるはずがない!」
「なんだ、クリームは知っているのか?」
「お、俺も行ったことないですよ!
当たり前じゃないですか!
あそこは強豪ギルドが入念な準備のもと狩りを行うような場所ですよ!
それでも死者が出ることがあると聞きます!
そんなところに行けるわけないじゃないですか!」
「ふ~~~ん、俺は行ったことあるけどね」
当たり前のように師が言う。
グリームは師の嘘だとすぐに判断する。
「そんな嘘ついたってダメですよ!」
「嘘ではない。これが証拠だ」
師はぽいっと床に1枚のカードを落とした。
それは、「ごっついミノタウロス」のカードだった。
「え……ええ!?」
「分かったか? ごっついミノタウロスのカードを手に入れるまで帰ってくるなよ」
グリームは思った。
そのごっついミノタウロスのカードを売れば、俺から奪ったゼニーを返せるんじゃないか? と。
その日も師はだらしなく寝ていた。
師が布団を蹴飛ばすと音で起きてしまう体質となったグリームは、自分のゼニーを使い込んだ師に布団をかけてやる。
まったくとんでもない師だ、と思いながら。
しかしどうしてこんな師が、ごっついミノタウロスのカードを持っているのか。
あれは本当に師が狩ったものなのか?
商人から買ったとか、まさか誰からから盗んだとか!?
いや、さすがに盗みをするような人には思えない、とグリームは信じた。
本当はちょっとだけ盗んだ可能性もあるかもしれないと思っていたけど。
翌日、師に挨拶をしてグリームはたった1人でグラストヘイムに向かっていった。
その背中を師は見えなくなるまで見送っていた。
男は知っている。
グラストヘイム最下層にいるごっついミノタウロスの中に、突然変異で生まれてくる信じられない強さをもったミノタウロスがいることを。
その強さ恐ろしさを前に、泣き叫びながら逃げたアサシンがいることを。
そのアサシンはその日から、モンスターと戦うことが怖くなり、全ての栄光を失ったことを。
その日、モロクから2人のアサシンが姿を消した。
第2章はこれで終わりとなります。
ストック無くなりました。
毎回ストックなんて、あってないようなものですが。
来週は仕事忙しいので、第3章の開始まで1週間から10日ほどかかると思います。
長いと半月ほどかかるかも。
第3章はグラストヘイム編です。