エクスキューシュナー、ミステルテイン、オーガトゥース。
ROで魔剣といえばこの3本を思い浮べることになる。
魔剣といっても、装備するアイテムではない。
プレイヤーを襲ってくるモンスターである。
魔剣は、刃や柄などに目と思われる機関があり、オーガトゥースに至っては刃に口と牙がある。
僕の背後から斬りかかってきた2本の剣には、目や口と思われるような部分はない。
魔剣というより、聖剣といった方がしっくりくるような神秘的な剣が、宙を舞い僕を襲ってくる。
剣にスティレットを当てた感触は、モンスターを攻撃した感触とは異なった。
これは本当にただの剣だ。
モンスターではない。
なら、どうしてこうして宙を舞い、僕を襲ってくるのか。
答えは簡単だ。
筋肉鎧がこの剣を操っているとしか思えない。
キリエとSW(セイフティウォール)に守られながらも、斬りかかってくる2本の剣をスティレットで弾き返していく。
何度か弾き返したところで、剣は筋肉鎧の場所に宙を飛びながら戻っていった。
プーさんはすでに「ハイウィザード」の姿になっている。
ティアさんがいるけど関係無しか。
この相手には本気が必要なのだろう。
ティアさんはプーさんの姿を意に介することもなく、チェインと盾を構えている。
中央に僕、左にプーさん、右にティアさんという陣形だ。
筋肉鎧は顔がないので誰を睨んでいるか分からないが、身体の向きは僕に対して正面を取っている。
「グラちゃん達は戻ってもいいのよ? プーちゃんも危なくなったら戻るからさ~」
「だめですよ。プーさんが先に戻って下さい」
「う~ん、ちょっとこの子を倒さないといけないのよね~」
「どうしてですか?」
「それは~秘密かな~」
プーさんに戻る気はないようだ。
どうする? 1人の方が迷いなく脱出できるはずだ。
PTメンバーに気を取られ、蝶の羽を使うタイミングを逃して死んでしまうことだってある。
ここはプーさんに任せて引くべきか?
「ティアさん、先に戻って下さい」
「主が先です。主がお戻りにならないのなら、私も戻りません」
ティアさんはあいかわらず主の言葉に逆らう。
ティアさんの中で主とは、あまり偉い人ではないのかもしれない。
「二人とも、危ないと思ったら迷わず蝶の羽を使って下さい。これはPTリーダーとして命令です」
「「了解」」
筋肉鎧が手に持つ剣を振りかざすと、宙に浮く2本の剣が僕に襲いかかってくる!
どうやら僕を先に倒したいようだ。
「フロストノヴァ!!」
プーさんの範囲凍結魔法。
ものすごい高速詠唱だ。ほぼ無詠唱に近い。
しかし、この剣はモンスターではない。プーさんは剣を魔剣のようなモンスターだと思ったのだろう。
「プーさん! この剣はただの剣です! この筋肉鎧が操っているだけです!」
「ありゃっ!?」
筋肉鎧が凍結することはない。
ボス属性か?
宙を舞い僕に斬りかかってくる2本の剣を弾き返すと、横からティアさんのチェインが1本の剣を弾き飛ばした。
ティアさんの馬鹿力でふっ飛ばされた剣は、すぐに僕に向かって再度斬りかかってくる。
タゲは僕で固定なのか!?
「ティアさん! プーさんを守って! 僕は大丈夫ですから!」
僕は2人から離れる様に筋肉鎧に向かって突っ込んでいった。
こいつを引きつけておけば、プーさんの魔法で倒せるはずだ!
「キリエエレイソン! レックスエーテルナ!!」
ティアさんは僕にキリエをかけるとプーさんの前に出て、筋肉鎧にレックスエーテルナ(LA・ダメージ2倍)をかける。
ティアさんのLAに合わせるように、プーさんが魔法を唱える。
「マジッククラッシャー!!!」
知らない魔法だ。上位職特有のスキルだろう。
魔力の塊を相手にぶつけるような魔法が筋肉鎧に炸裂する。
LAでダメージ2倍だから、一撃のダメージが高い魔法を選んでいるのか。
僕は宙を舞い襲ってくる2本の剣を避けて弾きながら、筋肉鎧の斬撃をさらにかわして、スティレットを突き刺している。
宙に浮かぶ2本の剣は何度か避けきれなかったけど、幸いにも回避の加護でダメージを受けていない。
ティアさんは僕にキリエをかけては、筋肉鎧にLAをかけ続けている。
渡しておいた青ポーションを惜しみなく使って欲しいところだ。
プーさんはマジッククラッシャーを連続して唱え続けている。
しかしダメージの通りが悪いと感じたのか、自らにセイフティウォールを唱えると、ゴブリン村でゴブリンリーダーを倒したあの魔法を唱えた。
「グラビテーションフィールド!!!」
筋肉鎧を中心とした一定範囲の大気が歪んだように見える。
魔法名からして重力に関連する魔法なのだろう。
「グオオオオオオオオオオ!」
プーさんによって展開された特殊な重力場は、徐々にその範囲を狭めて筋肉鎧だけを覆う円形となっていく。
制御が難しい魔法なのかプーさんは魔力制御に集中している。
重力場が狭まるにつれ、より強力なダメージを筋肉鎧に与えていることが分かる。
鎧が歪む金属音が僕にも聞こえるほどだ。
「グオオオオオオオオオオ!!」
筋肉鎧は操っている2本の剣をプーさんに向かって突進させた。
この重力魔法は相当効いたらしい。
「はああああああ!」
ティアさんがチェインで2本の剣を弾き飛ばしていく。
僕とは比べものにならない馬鹿力でふっ飛ばされてしまう剣は、連続してプーさんに斬りかかることができない。
決して僕の力が弱すぎるわけじゃない……ティアさんの力が強すぎるだけだ。
僕は2本の剣をティアさんに任せて、重力で苦しむ筋肉鎧に向かっていった。
重力によって動きが鈍っている……と思ったら全然そんなことなかった。
横から薙ぎ払われた剣の速度はさきほどまでと何ら変わらない。
あと半歩前に出ていたら、僕のHPは0になっていたことだろう。
筋肉鎧は確かに速い。十分に速い。
でも僕はもっと速い。
筋肉鎧の周りを動き回りながら、スティレットで斬りつけていく。
手に確かに残るクリティカルの感触を頼りに、ひたすら斬りつけていく。
筋肉鎧の上体が大きく崩れた時、僕はその鎧の中心をスティレットで思いっきり斬り捨てた。
クリティカル以上の確かな手応え。
倒したのか!? とすぐに振り返ると、鎧が裂かれていた。
そしてその裂け目から見えたのは、ドクンドクンと鼓動を打つ心臓の欠片だった。
それは心臓というにはあまりに小さい。
いや、この巨体から考えると小さいのであって、普通の人間の心臓と考えるとそうでもないのか?
位置は人間の胸にある心臓とは違い、胴の中心、お腹辺りで鼓動を打っている。
鎧の中にある筋肉に血を通わせているであろう、その心臓の鼓動は小さくも力強かった。
僕には、はっきりとそれが心臓であると分かった。
どうして心臓だと分かったんだろう。
それを見た時、僕の心臓もドクンと大きく鼓動を打った気がした。
それは筋肉鎧の中に心臓があったという驚きから?
いまこの思考は無意味だ。
この筋肉鎧を動かしている源があの心臓なら、弱点そのもの。
あの心臓を破壊しないといけない!
「うおおおおおおおおおおおお!」
僕は再び筋肉鎧の中心を狙って突っ込んでいった。
グラビテーションフィールドの重力場は消え去っている。
後方からはプーさんのマジッククラッシャーの声が鳴り響いている。
心臓のある場所を狙われたことに気付いたのか、筋肉鎧は攻めから一転、防御の姿勢に切り替わる。
鎧の中心部分を固く守るように、まるでそこだけは絶対に攻撃されまいと固く防御する。
おかげで他の部分は攻撃しやすいが、肝心な部分だけ攻撃することができない。
「魔法力増幅!!」
プーさんの声だ。
知らない魔法だけど、スキル名で効果は分かる。
次に唱える魔法の威力が増加するのだろう。
「レックスエーテルナ!」「ユピテルサンダー!!」
ティアさんのLAに合わせて、プーさんのユピテルサンダーが炸裂する。
防御を固めていた筋肉鎧の動きが鈍る。
「うおおおおおおおお!」
チャンスを逃すまいと突っ込む。
筋肉鎧が剣を振り下ろすも構わず突っ込んだ。
頼むから回避してくれ! という僕の勝手な願いは叶わず、その一撃で僕を守る神なる力が喪失された。
HP0。
しかし僕のHPと引き換えに、鎧の裂け目から見える心臓を斬り裂いた。
「グオオオオオオオオオオオオ!」
やはりこれが弱点か!
このまま心臓を斬り続けてやる!
しかし、
背後から感じる危険な気配。本能が避けろと告げている!
「うおおお! がああああ!」
急所への直撃は避けた。けど、左足は斬り裂かれ、右足の太ももには剣が1本突き刺さってしまった。
プーさんに向かっていた2本の剣がいつの間にか僕を標的に切り変えていたのだ。
筋肉鎧が剣を大きく振り上げ、僕に向かって一気に振り下ろしてくる。
プーさんは再び重力魔法を詠唱していたはずだ。セイフティウォールが僕を守ってくれることはない。
ティアさんはリザレクションを唱えているけど間に合わない。
「死んだふり!」
条件を満たしていた僕は、完全無敵のスキルを唱える。
振り下ろされた筋肉鎧の剣は、僕を護る無敵のバリアに阻まれる。
右の太ももに突き刺さった剣が抜けることはなかったが、太ももをえぐる様に動いていた剣の動きが止まっている。この状態の僕に触れている剣を、筋肉鎧が操ることはできないのだろう。
痛みに耐えながら、太ももから剣を引き抜く。血が一気に流れてしまうけど、スキルを解けばまたこの剣は筋肉鎧に操られてしまうのだ。そのまま刺しておくわけにはいかない。
引き抜いた剣を遠くにぶん投げるも、すぐに宙に浮かぶと僕に斬りかかってきた。
3本の剣が僕を斬り続けるが、完全無敵のバリアがそれを通すことはない。
このままずっと僕にタゲが固定されるなら嬉しいんだけど、すぐにプーさん達にタゲを切り替えるだろう。
アイテムボックスから白ポーションを取り出し、右の太ももに直接液体を垂らす。
流れ出てしまった血は戻らないが、傷口を瞬く間に塞いでくれる。
筋肉鎧は僕への攻撃が無意味だと悟り、重力魔法で自分を苦しめるプーさんにタゲを切り替えた。
2本の剣を飛ばし、自らもプーさんに向かって走り出そうとした時だ。
「うおおおおおおおおおおお!」
スキルを解いた僕は、無防備な横腹を斬り裂きながら再び心臓を突き刺す!
「グオオオオオオオオオオ!」
心臓に突き刺したスティレットを抜かず、さらに奥に深く突き入れる。
ドクドクと鼓動を打つ心臓は、まるでそれが1つの生物かのように苦しそうにもがいている。
「ゥゥゥ」
スティレットを突き入れる手が一瞬止まる。
いま、何か声が聞こえた。
「ゥゥゥ」
間違いない。声が聞こえる。
とても小さな……赤ちゃんの声だ。
「ゥゥゥ」
その小さな声は僕が突き刺している心臓から聞こえてくる。
ドクドクと鼓動を打つこの心臓から、小さな赤ちゃんの声が聞こえてくる。
「ゥゥゥ……ゥ!」
心臓から放たれた衝撃波が、金縛りにあったかのように動かない僕の身体をふっ飛ばす。
直後、剣を逆手に持った筋肉鎧が僕のいた場所に向かって剣を突き降ろしていた。
突然の衝撃波で救われた形となったが、筋肉鎧は勢い余ってなのかそのまま自らの腹を剣で突き刺す。
いや、直前で止めたはずの剣の柄頭に、プーさんがマジッククラッシャーをぶつけたんだ。
その衝撃で止めきれず、筋肉鎧は自分の腹を心臓ごと突き刺していた。
「グオオオォォォォ」
僕の目の前で、鎧の中にある筋肉が縮小していく。
ちょっとグロテスクな光景だ。
風船が空気を抜かれていくように、筋肉はどんどん縮小して小さくなっていく。
そして神秘的な真っ白な鎧は、最初に見た赤黒い錆びた鎧へと戻る。
縮小していく筋肉はやがて鎧の中に隠れてしまい、最後どうなったのか確認できない。
鎧がゴトンと床に落ちると同時に、宙に浮かんでいた3本の剣も床に落ちる。
そして光の粒子となって消えていった。
何も残さず消えていった。
♦♦♦
「まったく! どういうつもりですか!」
ゲフェンに戻った僕達を迎えたのは、筋肉鎧の叫び声並みに怖いグラリスさんの声だった。でもそりゃ~怒るよね。
自分達が戻った後に、僕達が戻ってこないのだから。
事態をすぐにカプラーさんにスキルの手紙で伝えていたらしい。
今ごろカプラーさん達が必死に騎士団の隠し通路に向かっている。申し訳ない。
とりあえず僕達が無事に戻ってこれたことを手紙で伝えてもらったら、今夜詳しく報告を聞くから、と返事があった。
グラリスさんの怒りは納まらず、ソリンさんは無事に戻ってきたことで安堵の表情を浮かべるも、やはりその後はグラリスさんと一緒に怒っていた。
怒りの矛先は最初僕に向かってきた。
僕がPTリーダーなのだから当然だろう。
最初、なんとか上手く誤魔化せないかとも考えた。
例えば、鎧モンスターの特殊スキルが発動してしまい、蝶の羽が使用不可になったとか。
しかしそれは嘘の情報であり、嘘の情報のために今後の狩りに影響が出るのはよくない。
プーさんは自分のせいだと言えばいい、それが本当のことだからと。
僕には他に良い案が浮かんでこなかったので、素直に本当のことを話すこととなった。
僕の説明は「蝶の羽で戻ることを指示したがプーさんが従わず、突然現れた鎧のモンスターと戦う意思を示した。そのためプーさんを見捨てることもできず一緒に戦うこととなった。」である。
となると、怒りの矛先はプーさんに向かい、どうしてPTリーダーである僕の指示に従わずモンスターと戦うようなことをしたのか、となる。
それに対してプーさんは「強そうだったから戦ってみたかったの~」と、いつもの調子で答えたものだから、グラリスさんの怒りが爆発してしまった。
「貴方個人の欲求を優先して、他人の命を危険に晒すなんて!」
実際にはプーさんは僕達に戻っていいと言っていたのだが、プーさんがそのことを言うことはなかった。
かなり険悪な雰囲気の中、ゲフェンからグラストヘイムに戻る。
テントを張った拠点に着いた時には、太陽が落ちて辺りは暗くなっていた。
既に第1PT、第2PT共に戻ってきている。
カプラーさんのテントに、第3PTの僕達とダンデリオンのレイヤンさんとプーさんが呼び集められた。