ホルグレンさんが「ウィンザー様」と呼ぶと、ナイトの男が答えた。
「俺のことを知っているのか? ……ん? お前どこかで……あ~あの生意気なマーチャントの坊主か!? ははっ! 懐かしいな」
「知り合いか?」
あいかわらず床に座ったままの白衣を着た研究者が、ぼそりと呟いた。
その手には齧られたリンゴを持っている。
「俺がまだ人だった頃にちょっと会ったことがあるだけだ」
「人だった……?」
ウィンザーの言葉にホルグレンさんの声が震える。
人だった頃、つまり今は人間ではない?
「ど、どういうことですか!? それにその姿……どうしてそんなに若々しい姿……」
「聞こえなかったのか? それとも推測できないほど馬鹿なのか?」
僕達に囲まれているのに余裕を感じさせるウィンザー。
相当な自信があるのだろう。
かなりの強さを秘めたナイトだと一見して感じるが、僕達10人を相手に勝てると思っているのだろうか。
「それでボルセブ、どうするんだ?」
白衣の研究者はボルセブという名前らしい。
その名前に反応したのはグラリスさんだった。
「ボルセブ!? 貴方が狂気の研究者!」
「カプラ嬢に知ってもらえるほど有名になったと思うと、私も嬉しいよ」
まったくそんな気持ちはないであろう。
ボルセブはグラリスさんを見ることなく、どこか馬鹿にしたような口調だった。
「どうするんだよ。全員殺すか? それとも戻るか?」
「例の物が見つかっていないんだ。まだ退くわけにはいくまい」
「もっとちゃんとした人形を動員できればな……アルナベルツのことが無ければ今頃ルーンミッドガッズ王国を落していただろうに」
「ルーンミッドガッズ王国を落すことに何の意味もないさ」
完全に僕達を無視している。
本気でいつでも僕達を殺せると思っているのか。
「アルナベルツ教国とも戦争状態なのね。ボット帝国の戦力はアルナベルツ教国に集中しているってことかしら?」
「そんなところだ。物怖じせずに俺達から情報を引き出そうとするその考え、嫌いじゃないぞお嬢ちゃん」
「あら伝説の騎士様に褒めて頂いて嬉しいわ。でも私はお嬢ちゃんではなくナディアよ。ところで、シュバルツバルド共和国は貴方達ボット帝国が攻め落したのよね?」
「ナディアか、良い名だな。ジュノーは俺達の支配下にある。ここと同じく洗脳装置を使って国民を黙らせているから、装置を破壊すればいいだろう」
「おいおい、あまり情報を簡単に話すなよ。ジュノーでも例の物は見つかっていないんだぞ」
「見つかるとは思えないな。ジュノーを浮かしている動力源だ。そんな簡単に見つかるならとっくの昔に誰かの手に渡っている」
「こっちもあっちも見つからない。それでは計画に支障が出てしまうのだ。もう少し真面目に探してもらえると私も嬉しいんだがね」
「お前の計画に興味はない。俺は強い奴と戦えればそれでいい」
「まったく、これだから「オリジナル」の連中は扱い難い。
ま~それでも、上を守っているあいつよりかはお前の方がまだ扱い易いがな」
「こっちの平和ボケした奴らを相手にしても面白くない。アルナベルツの化物共と早く戦わせてくれ」
「それが本音か。しょうがないなまったく……とりあえず、こいつら全員殺してからまた話し合おう」
「賛成だな」
動けなかった。
僕達を無視して話し合うウィンザーの隙を窺ったが、どのタイミングでも攻撃を仕掛けることができなかった。
いつ、どんなタイミングで動こうとも、この男の虚をつくことは無理だ。
それならばいきなり宝剣スキルで、ウィンザーとボルセブにそれぞれ1本ずつ剣を飛ばしてみればと考えるも、それがどうにも嫌な気がしてならない。
ウィンザーに簡単に2本の剣を弾かれるイメージしか思い浮かんでこないのだ。
気付けば僕の背中は冷や汗が止まらなくなっていた。
ウィンザーに恐怖しているのだ。
この男は強い。果てしなく強い。
その強さは、グリームさんのお師匠さんに通じる強さなのではないか?
僕達10人では本当に勝てない相手だと本能が告げてくる。
全力で逃げろと本能が告げてくる。
混乱寸前の僕に手紙スキルが届く。
差出人はナディアさんだった。
―― グライア君は装置を宝剣スキルで破壊。他全員でウィンザーに攻撃。装置を破壊後、すぐに蝶の羽で全員脱出します ――
僕だけじゃなく全員に送っていると分かる内容だ。
ナディアさんもウィンザーの異常な強さを感じ取っているんだ。
僕達では勝てない相手だと判断するも、装置を破壊すれば僕達の勝ちという本質を忘れていない見事な指示だ。
「アルナベルツの化物って何のことかしら?」
「気になるか? だがお喋りはお終いだ。死ぬお前達が知る必要もないしな」
ウィンザーは両手剣を握ると、戦闘態勢に入る。
ただ立っているだけでも異常な強さを感じたのだ、剣を構えるとさらにこいつの異常性を感じる。
人間ではない。ならウィンザーは何なんだ?
人という種を超えた神とでもいうのか?
「作戦は決まったんだろ? 少しは楽しませてくれよ」
恐怖で視界が白く染まり始めた僕は、装置が見えなくなってしまう前に宝剣スキルを発動した。
「マキシマイズパワー! オーバートラスト! アドレナリンラッシュ!! うおおおお! ハンマーフォォォォォォル!」
僕の宝剣スキルが合図となり、ホルグレンさんが雄叫びと共に全力でウィンザーに向かっていく。
ローラさんのサフラに合わせてロドリゲスさんが魔法の詠唱に入る。
アイリスさんの矢がホルグレンさんを追い越してウィンザーを襲った。
ナディアさんはロドリゲスさんの前方に位置取る。
遅れてマルダックさん、ソリンさん、グラリスさんが動く。
ホルグレンさんに合わせて斧を振るマルダックさん。
2人の合間を縫うように剣を振るソリンさん。
さらにその3人の隙間から鞭を伸ばすグラリスさん。
ロドリゲスさんの選んだ魔法はユピテルサンダー。
おそらくレベル10だろう。
雷の弾は全段命中した。
魔法だけじゃない、全員の攻撃が命中している。
なぜなら……ウィンザーは棒立ちだからだ。
防御も回避も一切せず、ただただ棒立ちで……宝剣を見つめている。
僕は宝剣スキルで2本の剣を装置に向かって飛ばした。
宙に浮かぶ剣は神速で装置に向かう。
複雑な機械装置の先には巨大なフラスコ。おそらくこの巨大なフラスコの中からクローンのボット戦士が生れてくるのだろう。
フラスコの数は5個。
1本の剣はフラスコに飛ばし、次々と破壊していった。
もう1本の剣は複雑な機械を斬らせ続けた。
どこを破壊すればよいのか分からない以上、手当たり次第に斬らせた。
ウィンザーとボルセブは装置が破壊されるのをただ見ているだけ。
宙を舞う剣を見ているだけだった。
「驚きだな」
「ああ、こいつが持っているぞ」
「器は氷の洞窟にいるんじゃなかったのか? モンスター化しているとばかり思っていたが」
「さてね。ま~それはどうでもいいだろ」
2人は宝剣から僕へと視線を移す。
持っている? 僕がいったい何を持っているんだ?
宝剣スキルのことか?
「お前らちょっとうるさいぞ」
ウィンザーが両手剣を床に突き刺した。
その瞬間、衝撃波がみんなを襲う。
たった1つの行動で、ウィンザーの近くにいたみんながふっ飛ばされてしまった。
しかも衝撃波をもらったみんなは床に転がって動けない。
スタンか?
「リカバリー! リカバリー! リカバリー!」
ティアさんがリカバリーを唱え続ける。
ウィンザーに近づくことなく、僕の側にいたティアさんは衝撃波を受けなかったようだ。
ナディアさんの指示を無視して僕の近くにいたのか? 結果的にそれが吉となったか。
「どうする? 連れていくか?」
ウィンザーがボルセブに聞く。
連れていくとは、僕のことか。
「う~ん……いや、いい」
「いいのか?」
「ああ、どこにあるのか分かれば十分だ。印をつけておけば、集めるのは最後でもいい。泳がせてどんな風に成長するのか楽しみにしようじゃないか」
「ならジュノーに行くか?」
「そうだな。もうここにいても意味はない」
ティアさんのリカバリーでスタンから回復したみんながウィンザー達を取り囲む。
「そいつ以外全員殺せ」
ボルセブはその言葉を残すと、蝶の羽を使ったのか光の粒子となって消えていった。
「というわけで、すまんがそいつ以外は死んでくれ」
「全員脱出!」
ナディアさんが脱出を指示する。
僕達はすぐに蝶の羽を使う……が、アイテムが使用できない!?
「なぜ!?」
「俺は神力遮断のスキルが使える。まだスキルレベルは低いが、俺から一定範囲は神の加護を受けた消費アイテムは使用不可となる」
「ボ、ボルセブは蝶の羽を使っていたぞ!」
「あれは蝶の羽じゃない。ま、お前達が知る必要はない」
ウィンザーが一瞬で、ホルグレンさんの首を狙って両手剣を薙ぎ払った。
ガキン! と金属音の弾ける音が響く。
宝剣にウィンザーの攻撃を全て防げと指示を出しておいたのが功を奏した。
「素晴らしい。俺の動きについてこれるのか?」
ウィンザーは僕を嬉しそうに睨んでくる。
宝剣を僕が制御していると思っているのか。探していたスキルの詳細までは知らないようだ。
僕ではウィンザーの動きを追うのがやっとで、あれに反応できたのは、達人級の動きを見せてくれる宝剣だからだ。
それでも、宝剣がウィンザーの動きについていけたのは救いだ。
まだ希望はある。
「強い奴と戦いたいんだろ? なら僕と1対1で勝負しよう」
「震えながらもよくぞ言った。自らを犠牲にして仲間を守るその姿勢も嫌いではない。しかし、お前はもともと殺す予定でない。取引条件にお前の命は使えないぞ?」
ウィンザーはあきらかに遊んでいる。
その気になれば、おそらく一瞬でみんなを斬り捨てることができるはずだ。
宝剣がどこまでウィンザーの斬撃を防いでくれるのか分からない。
「みんな、僕を置いて脱出して下さい」
「聞こえなかったのか? お前に構う必要はない。逃げ出したこいつらを殺すだけだ」
「僕が貴方を止めてみせますよ」
「ほ~」
「私も残ります!」
ティアさんはあいかわらず主の言葉を聞いてくれない。
「グライア君だけ残して脱出なんて出来ないわ。みんなで力を合わせれば」
「ナディアさん、いまの僕達ではこいつに勝てません。こいつは僕を殺さないと言っています。僕がどうにかしてこいつの足を止めてみせますから、その間に逃げて下さい。
ティアさんも、お願いですからみんなと一緒に行ってください。
ティアさんがいると、……邪魔です」
にやにやと笑いながら僕を見つめてくるウィンザー。
みんなが逃げ出すのを待っているな。
ゲームのつもりかよ。
ウィンザーの威圧感に最初こそ視界が白くなりかけていたけど、今は違う。
僕がしっかりしないといけない。
この中で、ウィンザーと渡り合えるのはおそらく僕だけだ。
少しの間だけでいい、こいつを止めてみせる。
「ティア。行くわよ」
ナディアさんがティアさんの肩をつかむ。
僕が邪魔だといったことで、自分が僕の側にいてはいけないと分かってくれるはずだ。
「早く逃げろよ。狩りが始まらないだろ?」
ウィンザーのその言葉に全員が怒りの表情を浮かべるも、こいつに僕達は負け犬にしか映らないのだ。
今は生き延びることを考えなくてはいけない。
「グライア君……必ず戻ってきてね!」
ナディアさん達は来た道を引き返す様に逃げ出した。
その瞬間、ウィンザーはローラさんに狙い、一瞬で背中に追いつくと両手剣を振り下ろす。
ガキン! と再びその斬撃を宝剣が防いだ。
速度なら負けていない。
宝剣も、僕も!
「うおおおおおおおおおお!」
ウィンザーの背中にスティレットを突き刺す。
完璧に捉えたと思ったその一撃は、手に確かなクリティカルの感触を残すことなく空を切る。
華麗に身体をひねって僕の一撃をかわしたウィンザーの肘打ちが僕の頭に炸裂する。
「素晴らしい速度だ。さすがは宝剣を持つだけあるな」
「ぐっ! まだまだぁぁ!」
2本の宝剣に助けられながら、ウィンザーと斬り合う。
1本の剣は防御に回している。ウィンザーの斬撃を弾くためだけに動いている。
もう1本の剣はウィンザーを背中から斬りかかっているも、その全てを見ることなくかわしたり弾いたりして防がれてしまう。
僕の全力の動きも、ウィンザーには通じない。
速度だけなら互角、だが戦闘技術に差があり過ぎる。
神の加護ではない、自分自身の強さ。
僕とウィンザーの間には埋めることのできない圧倒的な差が存在している。
「集中力を切らすなよ? でないと……」
ウィンザーの身体が5重にぶれた。
僕の目では追えず、また宝剣も追えないその動きで向かった先は……ティアさんだった。
「はぐっ!」
「ティアさん!」
ウィンザーの神速攻撃で一瞬のうちにHP0となったティアさん。
神なるバリアを失ったティアさんの背中を、ウィンザーの両手剣が斬り裂いた。
血しぶきが飛び、ウィンザーの両手剣を赤く染める。
「うおおおおおおおおお!」
「集中力を切らすなと言ったはずだ! そしてぇぇ! 冷静さも失うな!」
止められない。
僕ではこいつを止められない。
がむしゃらに突撃してティアさんから引き離したものの、弄ばれているだけだ。
マルダックさんがティアさんを抱える姿が見えた。
時間を! 時間を稼がないと!
一瞬で50本のスティレットを宝剣としてウィンザーに向けて放った。
自分でもよく制御できたと思う。
ただ真っ直ぐ向かうだけだったが、ウィンザーの動きを一瞬止めることはできた。
「ほ~」
50本の剣が飛んでくる様を見て面白そうに笑っている。
脅威を感じているわけじゃない。
見たことのない状況を楽しんでいるだけだ。
「ぐおおおお!」
オークヒーローの時と同じく、ウィンザーを中心に円を描くようにスティレットを渦巻かせていく。
50本の宝剣制御の負担で鼻血が出るも、オークヒーローの時以上の速度と精度でスティレットを制御し続けていく。
その50本の宝剣が渦のように飛び交ったのはいったい何秒だったのか。
僕には何十秒にも、何分にも思えた。
でも現実には何秒の世界だった。
「ふん!」
ウィンザーが両手剣を床に突き刺すと、その衝撃破で50本のスティレットが全てふっ飛ぶ。
衝撃破の爆風の中から現れたウィンザーはまったくダメージを受けていないのか、余裕の笑みで立っていた。
「悪くないが、1つ1つが軽すぎるな」
みんなの後姿がまだ見える距離だ。
一瞬で詰められてしまう距離だ。
僕が……僕がどうにかしてこいつを止めないと!
「グラビテーションフィールド」
その声が絶望に囚われそうになった僕を救ってくれるのは、これで何度目のことだろう。