幸運なノービス物語   作:うぼのき

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第37話 師

「くそったれ!」

 

 グリームの心は焦りと不安に支配され、すでに明鏡止水の境地から離れてしまっている。

 無理もない。

 目の前で死闘を繰り広げる師とボット帝国のアサシン。

 その戦いの空間に辿り着けない自分を悔やみながら、次々と現れるクローンアサシンをカタールで切り裂いていく。

 その動きは徐々に大雑把になっていくも、クローンアサシンの強さは大したことないので問題にはならない。

 

 問題はこのクローンアサシンの元となったオリジナルのアサシン。

 名をガイルという。

 

 

 時計塔最上階は、最下層と同じく中央に闘技場のような開けた空間と石の床が広がっている。

 そして時計塔最上階までボット戦士にもモンスターにも遭遇することなく辿り着いたカプラー達を待っていたのは、洗脳装置を守っているアサシンと、そのアサシンと同じ姿をしたクローンアサシンだった。

 そのアサシンを見た瞬間、グリームの師が叫んだ。

 

「ガイル!」

 

「お? おお~! なんでお前がここにいるんだ? 現役を退いたんじゃないのか?」

 

「い、いろいろあってな……お前こそ……いや、それよりお前のその姿……」

 

「はっはっは! ま~いろいろ言いたいことは分かる。立場が逆なら俺も同じ反応していただろうからな」

 

 グリームの師と会話を始めたボット帝国のアサシンのガイル。

 カプラー達は2人の会話を見守った。

 

「ボット帝国に雇われているのか?」

 

「そうだ」

 

「いくらだ? 俺が倍払おう。こっちについてくれ」

 

「断る」

 

「なぜだ? 倍では不満か?」

 

「いや、金の問題じゃない。お前じゃ俺の欲しいものは用意できない」

 

「何を欲するんだ?」

 

「強さだ」

 

 それは冒険者や戦士なら誰もが欲するものだ。

 そしてガイルはその強さにおいて、アサシンの中では限りなく上位にいたのだ。

 これ以上の強さを求めてどうするのか。

 

 そこで師はあの日のことを思い出した。

 ガイルはあの「燃えるミノタウロス」を倒すために、強さを欲しているのか? と。

 あれはもうグリームと一緒に倒してしまった。

 また現れるかもしれないが、ガイルが生きている間に必ず現れるとは限らない。

 

「ガイルよ。グラストヘイム最下層のミノタウロスのことを気にしているなら、あれは……」

 

「あ~それはもういいんだ。あんな牛はもう気にしちゃいない。ま~まだ生きているなら殺してやりたいとは思うが、別にもうどうだっていい」

 

「なら、なぜ強さを求める?」

 

「なぜってそりゃ……」

 

 ヒュン! と風を切る音と共に、ガイルが師にカタールを打ち込んできた。

 師は二刀流でしっかりとそのカタールを受け止める。

 激しい闘気がぶつかり合う2人の間には、異空間が存在しているかのように、カプラー達には見えたかもしれない。

 

「人を殺して楽しむためだよ!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 唯一、この中でその異空間に足を踏み入れることができたのはグリームだ。

 燃えるミノタウロスのカードを刺して完成したカタールを、ガイルに打ち込んだ。

 

「お? なんだお前?」

 

 しかしその一撃は虚しく空を切る。

 グリームの動きを初見で、最小限の動きで見切ったのだ。

 

「俺の弟子だ」

 

「はっ! お前が弟子ね~。老けると考えも変わるのか?」

 

「お前はなぜ老いていない。なぜ若々しい姿のままなのだ? ボット帝国で得られる強さとはなんだ?」

 

「ごちゃごちゃうるせーよ! 人を超えた俺の強さを見て、恐怖して、死ね!」

 

 始まった激闘は誰の介入も許さないほど熾烈な戦いとなった。

 グリームにはガイルのクローンアサシンが向かってきたため、その相手に手間取り、2つの影となった師とガイルを何とか追うことで精一杯だ。

 

 カプラー達に至っては、向かってきたクローンアサシンを難なく倒したものの、もはや師とガイルの動きを視認することすらできていない。

 

(ここはあの御方に任して、私達は洗脳装置を破壊しなくては!)

 

 こんな状況でもカプラーは適切な判断を下す。

 あのガイルというアサシンはグリームの師に任して、アルデバランの人々を操っている洗脳装置の破壊に向かった。

 しかしそこで待っていたのは、白衣を着た1人の研究者だった。

 

「あの馬鹿は装置も守らないで何をしているんだか……ん? お前はカプラーだな」

 

「いかにも。貴方様はどちら様でしょうか?」

 

「ボルセブだ。ボット帝国で研究者として雇われている。以後お見知りおきを」

 

 ウィンザーの元からボット帝国に戻ったのではなく、ボルセブは時計塔最上階にきていたのだ。

 

「なるほど貴方が……。それで、ボルセブ様は装置を守るために戦われるのですか?」

 

「まさか。私は何の戦闘能力を持たないただの研究者だ。あそこで嬉々として戦っている馬鹿にちょいと伝えることがあってこっちに飛んできたのだが……あれじゃ~私の声は届かないな」

 

「では、私達がその装置を破壊することを邪魔しないと?」

 

「う~ん、ま~いいんじゃないかな。あの馬鹿が装置を守らなかったのが悪いのであって、私が責められることじゃないし。会長への報告書にはあの馬鹿のせいだと書いておこう」

 

「会長とは、キズリ・レッケンベル様のことで?」

 

「そうだ。会長とはとても気難しい方でね。私も自分の研究に没頭したいから、あまり会長の機嫌を損ねるようなことはしたくないんだよ」

 

「このクローンモンスターはボルセブ様の研究成果なのですね」

 

「私自身は成果と呼べるようなものではないと思っているが、会長が気に入って下さってね。ま~それで研究資金を湯水のように出してくれるのだから、私としてはありがたいことで……おっと、そろそろ決着がつきそうだな」

 

「え?」

 

 

遠くに見えるその光景は、カプラーですら一瞬理解することができなかった。

 ボルセブが向けた視線の先で、ガイルが右手のカタールを師の腹に突き刺していたのだ。

 

「てめぇぇぇぇぇぇ!」

 

 クローンアサシンをようやく全て倒し終えたグリームが、鬼の形相でガイルに向かっていく。

 

「はっはっは! 可愛い弟子じゃないか! 筋も悪くないな! しかもカタール使いときたもんだ! どうだお前、俺の弟子にならないか!? 俺と同じような強さを得られるかもしれないぞ!」

 

「師を離せぇぇぇぇぇ!」

 

 腹に突き刺した右手のカタールはそのままに、左手一本でグリームの攻撃をガイルは防ぎ、さらにはグリームのHPをあっという間に0にしてしまった。

 燃えるミノタウロスを倒した時のように、グリームが明鏡止水の境地で戦いに挑むことができれば、ここまでの差はつかなかっただろう。

 

「おいおい、そんなに激しい攻撃をされると、俺も避けるためにこうして動かないといけないじゃないか!」

 

 ガイルはわざとらしく、右手のカタールが左右にめり込むように身体を振る。

 ウィンザー同様に神力遮断スキルによって消費アイテムは使えないため、師の回復手段はない。

 

「ガ、イル……きさま……」

 

 カタールが腹に突き刺さったままで身体に力を入れることができない師が、かつての兄弟弟子の変貌と凶悪性に恐怖した。

 完全に力に酔いしれて捕われている。

 酒と女と博打に明け暮れるも、心まで悪に染まることのなかった兄弟弟子のガイルにいったい何があったのか。

 それを知る時間は既に自分には無いことを、師は悟っていた。

 

 

「おい、いつまで遊んでいるんだ」

 

 ボルセブの声がガイルに届く。

 グリームの師との決着がつき、弟子であるグリーム相手に遊んでいたガイルには、ボルセブの声が聞こえるほどの余裕があった。

 

「お? なんでこっちにいるんだ? まさかウィンザーが死んだのか?」

 

「そんなわけあるか。探し物が見つかった。もうここに用はない。ジュノーに行くぞ」

 

「お~! 見つかったのか! それは何よりじゃないか!」

 

 ボルセブの言葉を聞いたガイルは、グリームの顎に一撃を入れる。

 がくんとグリームの膝が落ちて動きが止まる。

 そして、師の腹に突き刺すカタールをぐっと押し込むと、

 

「弟子との別れの時間はくれてやるよ」

 

 と耳元で呟き、カタールを抜き取る。

 師の腹からどろりと大量の血が流れ出るのを、グリームは見ていることしかできなかった。

 

「ク、クリーム……こ、これを」

 

 目から生気が失われつつある師が、必死に手を伸ばして己の短剣をグリームに渡そうとする。

 グリームも力の入らない身体で這いつくばる様に、手を伸ばした。

 

「美しい師弟愛だな」

 

「ボルセブ、それ本気で言ってるのか?」

 

「私は美しいものは美しいと感じるのだよ。君達と違って私は人だからね」

 

「よく言うぜ」

 

「では、みなさん。私達はこれで失礼するよ。ジュノーでの再会が楽しみだ」

 

 ボルセブが視線を向けたその先には、カプラー達全員がスタン状態となり地面に転がっていた。

 

「お……おお……」

 

 言葉を発することもできないカプラー達の前で、ボルセブとガイルは蜃気楼のように消えていったのであった。

 

 

 

 師と弟子の手が重なり合う。

 その手に握られていた2本の短剣を弟子に託す。

 

「モ、モロクの先にある大森林の中に……ウンバラという村がある。そ、そこに俺の娘が……ぐほっ! む、娘がいる……これを渡してくれ」

 

「ああ、師が……ああ、誰か……誰か……」

 

「明鏡止水だ……忘れるなよ……お前なら必ず……」

 

 既にガイルは去っている。神力遮断スキルは消えている。

 消費アイテムを使えば師を助けることができる。

 

 否。

 

 例えグリームがそのことに気付いていたとしても、ガイルが師の体内に埋め込んだ時限爆弾がそれを許しはしなかった。

 自らの体内にそれがあることを感じ取った師は、最後の力を振り絞ってグリームを押し飛ばした。

 

「グリーム、楽しかったぞ。ありがとう」

 

 最後に正しく名前を呼んだ師は、笑顔で弟子に感謝した。

 

 直後、師の身体は内部から爆発が起こり弾け飛ぶ。

 周囲に毒をまき散らしながら、師の身体は跡形もなく毒によって溶け消えていった。

 

「ああ……あああ……あああああああああああああああああああ!」

 

 

♦♦♦

 

 

 ボルセブ達が去って数分後、カプラー達はようやくスタン状態から回復する。

 

「いったいどうやって……」

 

 ボルセブが何をしたのかも分からない。

 突然、カプラー達全員はスタン状態となり床に転がってしまったのだ。

 ボルセブがスキルを使った素振りはなかったはずなのに。

 

「いえ、それよりも今は……今は早くこの装置を破壊……いえ止めましょう。

 ディフォルテー、装置を解析して洗脳を止めてみてください。20分以内に装置を止めることが無理な場合には、直ちに破壊して下さい」

 

「はい」

 

 カプラーの指示を受けたディフォルテー達カプラ嬢は、すぐに洗脳装置の解析を始める。

 カプラーはグリームを見る。

 

 2本の短剣を握りしめながら、うずくまっていた。

 己の師が毒液によって溶かされ死体すら残らなかったのだ。

 その心の痛みを解ってあげられる者などいない。

 かける言葉を探すも、カプラーにはその言葉を見つけることはできなかった。

 

 そして戦いはまだ終わっていない。

 最下層に向かったグライア達がどうなったのか。

 アルデバランの街中での戦いはどうなっているのか。

 確認して、対処しなくてはいけないことがまだまだある。

 

「これは……全員退避を! 装置が自爆します!!」

 

 カプラーが今後のことを考えていると、ディフォルテーの叫び声が響く。

 

「くっ! グリーム様! 退避を!」

 

 うずくまって動かないグリームにカプラーが叫ぶ。

 しかし彼がその場から動くことはなかった。

 グリームの元に駆け寄ろうとしたが、装置の自爆の方が早かった。

 

「ぐああああああ!」

 

 爆風に弾き飛ばされる。

 想像以上の大爆発で散り散りに吹き飛ばされてしまった。

 ボルセブの仕業か、と心で舌打ちをしながらカプラーはすぐに起き上がり、グリームのいた場所を見る。

 しかし、その場所に彼の姿はなかった。

 爆風でどこかに吹き飛ばされたのかと思い石の床を見渡すも、その姿を確認することはできなかったのである。

 

(あの爆風で死ぬような人ではない)

 

 生死ではなくグリームの精神状態を不安に思うも、カプラーは己の成すべきことのために動き始めた。

 

 

 カプラー達が時計塔の出口に向かっていると、時計塔2階と1階のワープポイント地点でナディア達と合流した。

 その中にグライアの姿はなく、ナディア達はひどく焦っていた。

 

 最下層でグライアが1人でボット帝国の騎士ウィンザーと戦っている。

 ウィンザーという名にカプラーの顔が強張る。

 

「あのウィンザー様なのですか?」

 

「そうだ、間違いない。しかも俺達よりも若々しい姿のウィンザー様だ」

 

 ホルグレンの返事にカプラーは凍りついた。

 自分達よりも年上のはずの伝説の騎士が若々しい姿で現れる。

 それは、グリームの師を殺したガイルも同じであった。

 ボット帝国の主力部隊は、かつての伝説級の冒険者達ばかりなのかと。

 

 

 最下層の装置はグライアの宝剣で破壊済みである。

 ウィンザーを倒せなくともよいのだ。

 問題は、ウィンザーを止めることが果たしてこのメンバーで出来るかどうか。

 

 外にいる国の部隊に応援を頼んだところで、彼らが動くとは思えない。

 また動いてくれても戦力にはならないだろう。

 

 ならダンデリオンか。

 筋肉鎧の一件でこちらに借りがある彼らなら、力になってくれるのではないか。

 戦力としても申し分ない。

 

 カプラーはダンデリオンのレイヤンを探しに街へと向かった。

 

 アルデバランの街中での戦闘はすでに終結に向かっていた。

 僅かに残るボット戦士達が指示系統を失いまさに機械のように戦い続けているものの、雑な動きとなった今では国の部隊でも問題なく倒せるような相手となっている。

 戦勝ムードの中で功績を上げようと残党狩りが行われている中、カプラーはダンデリオンの元へと走った。

 そして事情を説明する。

 

「すぐに向かいましょう」

 

 レイヤンの即答で再び時計塔の中へと入っていき、最下層を目指す。

 相手はあのウィンザー様だ。果たしてこの人数でも対抗できるかどうか、とカプラーの心は不安で覆われていた。

 しかし、その不安は呆気なく晴れることになる。

 

「グライア君!」

「主!」

 

 時計塔地下1階で、出口に向かって歩いてくるグライアを、先頭を走っていたナディアとティアが見つけたからである。

 

 この2時間後、アルデバランからボット戦士は1匹残らず消え去り、ルーンミッドガッズ王国の完全勝利で戦いは幕を閉じた。

 

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