幸運なノービス物語   作:うぼのき

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第43話 ユミルの心臓

 レイヤンさんの苛立った声が部屋に響く。

 プーさんはあいかわらず下を向いて震えている。

 

「おい、プーお前まさか……裏切る気か!? 教皇がどうなっても構わないんだな!?」

 

 教皇の名が出た瞬間、プーさんは顔を上げた。

 プーさんはガタガタと震えながらレイヤンさんを見つめる。

 

 プーさんにとって教皇という存在が弱点なのか。

 人質? でも教皇ってアルナベルツ教国の最高権力者じゃなかったっけ?

 

 とにかく、この状況を考えるとレイヤンさんを黙らせるべきだ。

 プーさんは僕と明確に敵対することを望んでいるように見えない。

 

 ファイアーブランドとアイスファルシオンの2本の宝剣が、ヒュン! と風を切る音と共にレイヤンさんに向かった。

 ガキンと2本の宝剣をレイヤンさんが弾く。

 この速度の斬撃を弾けるのか、やはりかなりの実力者なのだろう。

 

 でもその顔は真っ青だ。

 余裕のある表情ではない。

 次の斬撃も同じように弾けるか分からないといった感じだな。

 

「いろいろ聞きたいので、殺す様なことはしたくありません。

 大人しく僕に従ってくれませんか?」

 

「プー! おい!」

 

「……グラちゃんごめん」

 

 プーさんが小さな声で詠唱した。

 それは言霊となって僕の身体に届いてきた。

 とても心地良い言霊だ。

 僕の身体をすっぽりと包み込むと、全てを満たしてくれるような安心感を与えてくれる。

 

 プーさんに最初に助けてもらった時だったか。

 それともゴブリン村で助けてもらった時だったか。

 宿屋で1つのベッドで一緒に寝ていた時だったか。

 いつだったか思い出せないけど、プーさんと一緒にいた時に感じた圧倒的な満足感を今感じている。

 

 それに包まれた僕は何も考えられない。

 ただただ、僕を包み込むこの心地良さに酔いしれていたいと思う。

 他にも何もいらない。

 何もかもいらない。

 

「ふぅ……あぶね~な。おい! もう少しでこいつの攻撃を食らうところだったぞ!」

 

「それは貴方が弱いからでしょ。セイズはちゃんと発動したわ。これ以上、貴方に命令される筋合いは無いわ」

 

「チッ! 国に戻ったらビルド様にこの件は報告するからな!」

 

「ご自由にどうぞ」

 

「お前絶対いつか泣かしてやる。

 ビルド様の計画通りに巨人が復活した暁には、お前のことを俺の直属の部下にしてもらおう。

 その時はせいぜいこき使ってやるからな」

 

「私は教皇様の部下よ。

 貴方みたいな弱い男の部下なんて死んでも嫌だわ」

 

「なんだと!」

 

 プーさんとレイヤンさんが何やら話している。

 でもそれもどうでもいい。

 僕はこの心地良さの中に入られれば、どうだっていい。

 この心地良さを与えてくれるのはプーさんなのだろうか。

 

「チッ! さっさとユミルの心臓を回収するぞ」

 

 レイヤンさんは巨大なユミルの心臓に近づいていくと、アイテムボックスの中から見たこともない機械装置を取り出し、ユミルの心臓に取り付けている。

 

「それ、本当に大丈夫なの?」

 

「レッケンベル社と手を組んでいた時期に手に入れた転送装置だ。

 試作品で1回限りの使い捨てタイプらしいがな。

 これだけ巨大なものを転送するには、使い捨てタイプでないと無理だそうだ」

 

「性能は信頼できるのか、と聞いているのよ」

 

「知るか」

 

 プーさんは僕の側にくると、寂しげな表情のまま、僕の頭をそっと撫でてくれた。

 ああ、すごくいい。

 とても満ち足りる。

 もっとプーさんに撫でてもらいたい。

 もっと僕に満足感を与えて欲しい。

 

「代わりの動力源は?」

 

「いま他の奴らが擬似ユミルの心臓を持って、こっちに向かってきているはずだ」

 

「それも本当に大丈夫なんでしょうね? ジュノーが地に落ちるなんてことに……」

 

「知るかよ! そもそもジュノーがどうなろうが俺達にとってはどうでもいいことだ!

 それをお前や教皇がごちゃごちゃ面倒なこと言って、こんなややこしいことになっているんだろうが!

 ジュノーなんざ地に落してしまえばいいんだ!

 そうすれば、レッケンベル社のボット帝国も、ルーンミッドガッツ王国の奴らも、みんな巻き添えで殺せるんだからな!」

 

 ああ、プーさんに頭を撫でて欲しい。

 レイヤンさん何かと話してないで、僕の頭を撫でて欲しい。

 そんな話どうだっていいじゃないですか。

 

「くそっ! あいつら遅いな。何やってるんだ」

 

 レイヤンさんが苛立ちの声を上げる。

 そんなにカリカリしないで、僕みたいにプーさんに頭を撫でてもらえばいいのに。

 あ、でもプーさんがレイヤンさんを撫でたら、僕が撫でてもらえなくなるからそれは嫌だな~。

 

 ワープポイントから光りの輝きを放ちながら、3人の男がこの部屋に入ってきた。

 それはレイヤンさんの待ち人ではなかったようだ。

 

「やぁ」

 

「なっ!!!!!」

 

「楽しそうなことしているじゃないか。私達も混ぜておくれよ」

 

 白衣をきた男を先頭に、その後ろには屈強な戦士が2人。

 ウィンザーとガイルだ。

 

 でもそんなこと今はどうでもいい。

 ああ、プーさんに頭を撫でてもらいたいのに、プーさんまであいつらを見ている。

 

「ユミルの心臓だな」

 

「ああ、まったくこんなところにあったとはね」

 

「何にせよ良かったじゃんよ! これであと少しだな!」

 

 ウィンザーが僕達を見つめながら、嬉しそうに口を開いた。

 

「久しぶりだな。1ヶ月ぶりか。

 あの時は楽しかったぞ。ぜひ続きをしたいところだが、どうも様子が変だな」

 

「セイズだよ」

 

「セイズ?」

 

「ああ、古から伝わる呪いの一種さ。

 そういえばフレイヤが得意としていたな。

 さすがはフレイヤの下僕か。セイズでその小僧を操っているんだろ」

 

「なるほど、さすがボルセブだ。よく知っているな」

 

「それよりどうするんだよ! こいつら全員殺してユミルの心臓を奪うのか?」

 

 ガイルの言葉にボルセブはチラリとユミルの心臓を見る。

 レイヤンがつけた装置が何なのか、ボルセブなら分かるのだろう。

 レッケンベル社から手に入れた転送装置なら、ボルセブが一番詳しいはずだ。

 

「いや、そこの赤毛の小僧がユミルの心臓に転送装置をつけている。

 奪うのは難しいかもしれんな」

 

「おいおい弱気だな。

 転送される前に一瞬であいつを殺せば済む問題じゃないのか?」

 

「そういう問題……ではあるな。

 確かにそれで問題解決な気もするが、面白くない気もする」

 

「面白い、面白くないで命令が変わると、こっちも困るんですけど~」

 

「分かっているよガイル。全て計画通りにことは進んでいる」

 

「本当かよ~。最近のボルセブの言葉は疑わしいからな~」

 

「やれやれ。さて、そんなわけでそっちの赤毛の小僧。

 ユミルの心臓を置いて去れば命は取らないでおくがどうする?」

 

「甘く見るな。

 お前達の言葉を信じるほど馬鹿じゃない。

 それにユミルの心臓は渡さない」

 

「アルナベルツの化物共とは違って、君は生身の人間だろ?

 戦えば死ぬことになるぞ?」

 

 レイヤンさんとボルセブ達は何やら難しい話をしているな~。

 プーさんもあっちに意識が集中していて、僕の頭を撫でてくれないし~。

 もっと撫でて欲しいな~。

 

 ボルセブは懐からリンゴを1つ取り出すと、むしゃむしゃと食べ始めた。

 ちょっと美味しそうだな~。

 

「アルナベルツが造り出した擬似ユミルの心臓がないまま、ユミルの心臓を転送すればジュノーが地に落ちることになるけどいいのかい?

 もっとも、擬似ユミルの心臓はどれだけ待ってもここに届かないけどね」

 

「お前達はどうやってこの部屋に辿り着いた? 俺達を尾行していたのか?」

 

「ん? 違うよ。

 そこの宝剣持ちを監視しているのは、君達だけじゃないってことさ。

 印は私達もつけているからね」

 

「そういうことか……」

 

「さて、そろそろ考えるのはやめて、答えを出さないかい?」

 

「ああ、そうだな。

 答えはこうだ」

 

 レイヤンさんがユミルの心臓にとりつけた機械のスイッチを入れる。

 すると、巨大な丸い塊は一瞬でその姿を消失させた。

 

「レイヤン!」

 

「ジュノーがどうなろうと知ったことか!

 こうなった以上は、ユミルの心臓を転送するしかないだろ!」

 

「あ~あ。転送されちゃった」

 

「まったく……ガイルがさっさと赤毛の小僧を殺さないからだよ」

 

「え!? 俺のせいかよ!」

 

「そうだよ。私がせっかく会話で動きを止めていたんだ。

 その隙に殺すぐらい思いつかないのかい?」

 

「いや、ボルセブが面白くないとか言っていたじゃん」

 

「会長への報告にはガイルが悪いと書いておこう」

 

「げ! また俺のせいかよ! アルデバランの件も俺1人に責任押し付けたばかりだろうが!」

 

 言い争うボルセブとガイル。

 その横をクローキングで駆け抜けようとするレイヤンさん。

 だが、ウィンザーの一撃はハイディング状態のレイヤンさんを的確にとらえた。

 

「ぐほっ!」

 

 壁際まで吹き飛ばされるレイヤンさん。

 ウィンザーは手を緩めず、そのままレイヤンさんに向かって両手剣を振り下ろした。

 直後、レイヤンさんの首が宙を舞った。

 

「探し物はアルナベルツか。

 転送先はラヘルの大神殿だろうな」

 

「どうするんだよ。

 あそこで戦えるの俺達だけだろ?

 アルトアイゼン達はまだ成長が足りてないしな」

 

「ふむ……発想の逆転で、大神殿に全部集めてしまうのもいいかもしれないな」

 

「おいおい、いいのか?

 巨人が復活しちまうぞ?」

 

「それもまた面白いじゃないか」

 

「うわ~。ボルセブお前やっぱり自分が面白いかどうかで決めているだろ」

 

 レイヤンさんを殺したウィンザーが僕とプーさんに近寄ってくる。

 プーさんは戦闘態勢だ。

 ああ、プーさんが殺されてしまったら、もう頭を撫でてもらえなくなる。

 それは嫌だな……。

 プーさんが殺される……殺される……そんなの許せない!

 

「教皇の猫も殺しておくか?」

 

「相手の戦力は削れる時に削っておくべきでしょ?

 宝剣持ちは連れていこうぜ」

 

「う~ん、その2人は面白そうだからな~。

 それに大神殿に全部集めるなら、宝剣持ちは大神殿に行ってもらった方がいいし」

 

「その女を殺して、宝剣持ちを大神殿に放り投げればいいだろうが」

 

「う~ん、でもな~。でもな~」

 

 

 その時だ。

 ゴゴゴゴ、という轟音が響く。

 同時に地震のような揺れを感じた。

 その揺れはゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。

 

「落ちるな」

 

「ああ、これ以上ここにいるのは私達も危険だ。

 そうだ! この危機をこの2人が乗り越えられるか見るのもまた面白そうだな!

 やっぱりこの2人は置いていこう。

 もしジュノーの落下で小僧が死んだら、死体から心臓を回収すればいい」

 

「あ~あ。結局そういう方向かよ」

 

「報告書には全部ガイルの責任にしておくよ」

 

「はいはい、勝手にどうぞ」

 

 ボルセブとガイルは一瞬で姿を消した。

 それはユミルの心臓が消えたのと同じ現象に見えた。

 残ったのはウィンザーだけだ。

 

「前回のリベンジといきたかったが、これもまた運命か。

 お前達との再戦はこの場ではないようだ。

 生き残れよ。

 ジュノーの落下で死ぬようなことは許さないからな」

 

 そしてウィンザーもまたその姿を一瞬で消してしまった。

 

 

 部屋に残された僕とプーさん。

 プーさんがようやく僕に振り向いた。

 

「グラちゃん……元に戻っているのね」

 

「はい。さっき意識が戻りました。

 意識が戻ったというのもおかしな表現ですね。

 意識はずっとありました。でも自分の意識ではないみたいでした」

 

「ごめんね……私がグラちゃんに」

 

「思い出しました。

 さっきプーさんがウィンザーに殺されるかもしれないと思った時、急に意識が覚醒したんです。

 そしてグラストヘイムでのことを思い出しました。

 プーさんが僕に何をしたのかまでは分かりませんが、僕を操るような呪いをかけていたんですね」

 

 轟音はさらに大きくなり、揺れは激しくなっている。

 部屋の壁が今にも崩れ落ちそうだ。

 

「これはジュノーが落下している?」

 

「ええ、ユミルの心臓を失ったジュノーが落下しているの」

 

「このままじゃみんな落下の衝撃で……それにジュノーの人達だって!」

 

 アイテムはあいかわらず使えない。

 ボルセブ達がジュノーから撤退したのなら、神力遮断スキルがなくなっているかと期待したがだめだった。

 蝶の羽で戻ることはできない。

 そもそもジュノーの人達は蝶の羽が使えたとしても、使った先はここジュノーだろう。

 

 どうする、どうすればみんなを助けられる!?

 

「私達のせいだわ。

 こんなことになるなんて……もっと慎重に事を進めていれば……」

 

 プーさんの身体から魔力が溢れ出す。

 どうするつもりなんだ。

 

「私の重力魔法でジュノーの落下衝撃を抑えるわ」

 

「ええ!? そ、それってジュノー全体を重力魔法で覆うってことですか!?」

 

「そうよ。ほんの一瞬だけでも衝撃を緩和できれば、かなりの人達が助かるはずよ」

 

 確かにプーさんの重力魔法なら可能かもしれない。

 でもジュノー全体を覆うとなれば、対象範囲が大きすぎる。

 

 僕もハイウィザードのスキルを使える。

 重力魔法を一緒に使って少しでも範囲を広げるべきか?

 でも、ついさっきスクルドの力でハイウィザードの力を手に入れたばかりだ。

 プーさん並みに重力魔法を使いこなせるとは思えない。

 

 なら、選択肢は1つしかないだろう。

 

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