「プーさん、僕の力も使って下さい」
「ありがとう。グラちゃんの魔力があれば、きっといけると思うわ」
「はい。
ウィンザーを追い詰めた時のように、僕達の魔力を合わせるんですね。
もちろんそれもします。
でも、それだけじゃないんです。
僕の新しい力で……プーさんの力を強化できるはずです」
「グラちゃんの新しい力?」
ソウルリンカーのスキル「ハイウィザードの魂」。
僕はプーさんに向かってそのスキルを使った。
「ぬお!」
僕の身体の中から、まさに魂が抜き取られるような感覚。
そしてその魂がプーさんの身体の中に入っていく。
「きゃっ!」
プーさんも初めての感覚なのだろう。
らしくない声を上げている。
「こ、これは……」
「僕の魂の一部を、プーさんに分け与えました」
スキル欄を見ると、予想通りハイウィザードのタブが消えている。
やはりこのソウルリンカーの魂スキルを使うと、その天職のスキルは使えなくなるようだ。
もともとハイウィザードだったプーさんに、ハイウィザードの魂を使っても意味があるのか分からないが、何もしないよりかはいいだろう。
「す、すごい。
身体から力が溢れてくるわ」
どうやら意味はあったようだ。
「この力は一体」
「ユミルの書の中にいたスクルドというワルキューレから授かった力です」
「スクルド様から!? グラちゃん、本当に貴方はいったい……ううん、今はそれどころじゃないわよね。
このジュノーの落下から、みんなを救わないと」
「はい。
僕の魔力全部、プーさんに預けます」
ウィンザーと戦った時とは逆で、僕が後ろからプーさんを抱きしめる。
柔らかいプーさんの身体に触れていると、心地良くなってくる。
あれ? 僕ってまだセイズにかかったままなのかな?
轟音と揺れは常人では立っていられないレベルとなっている。
ジュノーの人達は今ごろ悲鳴を上げているだろう。
そしてジュノーが落下していると気付いているだろう。
プーさんが後ろから抱きしめる僕に振り向く。
今にも泣きだしそうな目だ。
僕を騙して裏切ったこと、きっと気にしているんだろうな。
でもプーさんにはプーさんの事情があったんだ。
仕方ないことだったと思いたい。
プーさんはジュノーが落下しないように事を進めようとしていたんだし。
こうなってしまったことは、プーさんだけの責任じゃない。
そっと優しくプーさんにキスをする。
1秒のキスがとても長く感じられた。
「ありがとう」
前を向いたプーさんが魔力を解き放つ。
プーさんを中心に円形に広がっていく重力の波。
ジュノー全てを包み込むように、重力の波を広げていく。
「ぐっ……!」
プーさんの魔力がものすごい勢いで減っていくのが分かる。
そこに僕の魔力が供給されていく。
魂を分け与えた時に似た感覚で、僕の身体の中から魔力が抜けていく。
ランドグリス、それにスクルドから力を授かった僕の魔力がどれほどあるのか分からないが、最後の一滴まで絞り取る様に、己の身体の中から魔力を吸いだしていく。
「ぐぐ……ぐぐっ!」
重力の波を制御するプーさんから苦悶の声がもれる。
ジュノー全体を覆う重力場だ。
どれほど制御に精神力と肉体に負担がかかっていることか。
ゴォォォォォォォォォン!
ジュノーのどこかが地上に触れた。
それと分かる圧倒的な衝撃が、重力の波を伝って僕達に流れ込んできた。
「うおおおおおおお!」
地上との衝突による衝撃を、重力によって分散し続けていく。
散らし切れない衝撃は、ジュノーを覆う重力場の波に乗って僕達に襲いかかってくる。
「金剛!」
モンク改め上位職となったチャンピオンのスキル「金剛」。
圧倒的な防御力を誇るスキルを発動させると、プーさんに襲いかかる衝撃を全て、僕が吸収していく。
「ぐおおおおおおおお!」
「グラちゃん!」
「だ、大丈夫です! プーさんは重力の制御を!」
プーさんに魔力を供給しながら、襲いくる衝撃に耐える。
地上へと落下していくジュノーの衝撃はさらに激しさを増していくばかりだ。
かなりの部分が地上と接触しているのだろう。
「ぐおおおお!」
身体がひん曲がるような強烈な衝撃が幾重にも襲ってくる。
金剛を発動していてこれだ。
生身で受けていたら即死だ。
当たり前か。
あの巨大なジュノーが地上に落下した衝撃だ。
普通ならジュノーにいる人達が全員即死するような衝撃なのだ。
それをプーさんの重力魔法で衝撃を散らしているとはいえ、全ての衝撃を吸収しているのだ。
生きていることが奇跡だ。
だが、衝撃は止まらない。
ますます揺れは大きくなる。その度に僕を襲う衝撃はさらに強烈なものになっていく。
意識がふっ飛びそうだ。
ここで僕の意識が飛んだら、プーさんへの魔力供給が途切れてしまう。
プーさんもぎりぎりの状態だ。
後ろから抱きついた状態で、表情を見ることはできないが僕の支えがなければ今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
これだけ広範囲に重力場を発生させ続け、さらには重力の波を伝ってくる衝撃を散らし続けているんだ。
「ごほっ!」
プーさんを支える僕の手を真っ赤に染めた。
プーさんが吐血したのか。
あとどのくらいだ? まだ落下は続いているのか? もう地上に降り立ったのではないのか?
そもそもジュノーの真下は巨大な泉だった。
水の中に落ちたのであれば、ここまで衝撃は大きくないのではないのか?
いや、あの泉がどれほど巨大でも、ジュノーの大きさに見合うとは思えないか。
揺れが微かに小さくなったように感じられた。
まだまだ大きく揺れているが、それでもほんの少しだけ弱まった。
そう思った瞬間、僕の意識は飛んでしまった。
プーさんを支えなくてはいけないのに、プーさんにもたれかかる様に崩れ落ちてしまった。
♦♦♦
意識が覚醒する。
だが身体は言うことを聞いてくれそうにない。
1ミリでも動かせば、骨まで軋むような激しい痛みが身体を駆け巡る。
このままもう一度眠りに落ちてしまおうとする。
「ん……」
その声に再び意識が覚醒する。
今度は骨が軋もうとも、顔を上げてその人を確認した。
プーさんが倒れている。
口は真っ赤に染まっている。鼻からも血が流れていたのだろう。
アイテムボックスの中から白ポーションを取り出す。
使える。
神力遮断スキルはなくなったようだ。落下の衝撃で元に戻ったのか。
白ポーションで傷を癒すも、身体の奥に残る痛みまでは取れない。
これは時間をかけて治す必要があるのだろう。
身体が何とか動くようになれば、ユグドラシルの実を1つ食べる。
そして白ポーションをプーさんにかけていく。
外から分かる傷をまずは癒す。
そしてユグドラシルの実を、口の中で噛み砕くと、プーさんの口の中に移していった。
ユミルの心臓があったこの部屋もめちゃくちゃだ。
よく天井が落ちてこなかったな。
プーさんの重力魔法に支えられていたのかもしれないけど。
ジュノーはどうなったのか。
最後に揺れが微かに弱くなったと感じてしまった瞬間、僕の意識は途切れてしまった。
完全な油断だ。
最後の最後まで支えきれなかった。
それでも落下衝撃をかなり抑えられたと思う。いや、思いたい。
ジュノーの人達が1人でも多く救われたと思いたい。
「んん……」
プーさんの意識が戻った。
プーさんも身体を動かすのが痛いのだろう。
指先が一瞬動くも、すぐに身体を動かすことはない。
「プーさん、焦らないでこれを……」
ユグドラシルの実をプーさんに食べさせていく。
以前のように狸寝入りする余裕もなく、プーさんはユグドラシルの実に噛り付く。
そうして体力を回復して起き上がれるようになれば、さらに白ポーションと青ポーションも飲んでおく。
ワープポイントの光は消えていない。
ここから戻れるだろうか。
図書館の入り口が潰れてなければいいけど。
「プーさんはこの後どうするんですか?」
「……ラヘルに戻るわ」
「プーさんはアルナベルツ教国の人なんですね」
「そうよ。私は教皇様をお守りする魔術師なの」
「どうしてユミルの心臓を奪ったのですか?」
「……アルナベルツ教国には12名の大神官がいるの。
その中でも“急進派”といわれる大神官達は、力でシュバルツバルドやルーンミッドガッズを攻め落とそうとしているわ。
そしてそのために“巨人”を復活させようとしている」
「その巨人の復活にユミルの心臓が必要なんですね」
「そうよ。当初は擬似ユミルの心臓を作り出して、それで巨人を復活させようとしたの。
でも巨人は復活しなかった。
代わりに化物が生まれてしまったわ」
「化物?」
「私達はその化物を“グルームアンダーナイト”と呼んでいるわ。
教皇様の御力で大神殿の最下層になんとか押し込めているけど、あれが地上に出たら恐ろしいことになってしまう。
グルームアンダーナイト以外にも、グレムリン、ホドレムリン、エキオ、アガヴといった恐ろしいモンスターが次々と誕生してしまったの。
全て擬似ユミルの心臓を媒介としてね。
私達が作った擬似ユミルの心臓には、異常なほど多くの光の粒子が宿り、そしてモンスター化してしまった。
急進派は本物のユミルの心臓を用いて、巨人を復活させて制御することで、生まれてしまった化物を倒そうと考えたわ。
結果として、ボット帝国が攻めてきた時に大神殿からモンスターを解き放ったことで、ボット帝国の侵攻を食い止めることが出来たんだから、皮肉よね」
「アルナベルツはレッケンベル社から技術提供を受けていたんですよね?」
「そうよ。擬似ユミルの心臓もレッケンベル社と共同で開発したものなの。
私はユミルの心臓を探すためにジュノー行きを命じられたわ。
その時、教皇様からジュノーにあるユミルの書の本当の使い方を教わったの。
それでスクルド様にお会いして、転生の儀式によってハイウィザードの力を手に入れたんだけど、そのタイミングでレッケンベル社がボット帝国を名乗り戦争を仕掛けてきた。
ジュノーはあっという間に制圧されたわ。
私は転生の儀式と共に、なぜかプロンテラにワープしたの。
きっとスクルド様が助けて下さったんだと思う。
その後は、モロクで別行動をしていたタンデリオンに合流して身を潜めていたの。
アルデバランがボット帝国に制圧されてしまって、ラヘルに戻る手段が失われてしまったから。
蝶の羽を使ってもプロンテラがセーブポイントになってしまっていたし、ワープポタールもアルデバランから先へのワープは出来ないようになっていたの。
どうにかして、ラヘルに戻れないかと考えたけど、まずは力を取り戻す必要があったから、プロンテラの冒険者ギルドに向かったわ。
そこで、グラちゃんと出会ったってわけ」
「タンデリオンの人達もみんなアルナベルツ教国の人達なんですね。
モロクで何をしていたんですか?」
「タンデリオンがモロクを拠点にしていたのは身を潜めるに良い所だったからよ。
タンデリオンの目的は……グラちゃんが持っている“フレイ様の心臓”を見つけることよ」
グラストヘイムで戦った筋肉鎧。
その時に手に入れた宝剣スキルは、やはりあの筋肉鎧の心臓を僕が手に入れているからなのか。
「フレイ様の心臓も巨人復活に必要なんですか?」
「違うわ。
タンデリオンはそれを見つけて封印しようとしていたのよ。
それが本当の持ち主の手に渡ることを恐れてね」
「本当の持ち主?」
「……ラヘルの北に氷の洞窟と呼ばれるダンジョンがあるの。
その最下層にクトルラナックスというモンスターがあるものを守っているわ。
グラちゃんお願い。
氷の洞窟に向かって、クトルラナックスを倒して、そしてその先に行って欲しいの」
「そこに……フレイ様の心臓の本当の持ち主がいるんですね?」
プーさんはゆっくりと頷いた。
「私は教皇様の側に戻るわ。
教皇様1人でずっとあの化物を抑え込むのは負担が大きすぎる。
私が支えてあげないと……」
プーさんはゆっくりと僕に抱きついてきた。
良い香りが鼻を刺激する。
セイズは解かれているはず。
これは単にプーさんのフェロモンに僕が負けているだけだろう。
「ごめんね、騙して」
「いいですよ。プーさんに騙されるなら大歓迎です」
「……また騙すかもしれないよ?」
「それで世界が救われるなら、どんどん僕のこと騙して下さい」
「馬鹿だね」
「馬鹿ですね」
しばらく僕達はお互いの体温を感じ合った。
「ハイウィザードの魂は、プーさんに預けたままにしておきますね」
「でも、グラちゃんの力が弱くなるんじゃ……」
「大丈夫。まだまだ僕にはいろんな魂がありますから」
「いろんな魂があるなんて言葉、普通は言わないよ」
「あはは、ちょっと気味悪いですよね」
「本当にいいの?」
「はい、僕の魂を持っていって下さい。それがプーさんの力になるなら、僕も嬉しいです。
ボット帝国との戦いもあるから、すぐにって訳には行かないかもしれませんが、絶対に氷の洞窟に行って、クトルなんちゃらってモンスターを倒してみせます」
「ありがとう……やっぱりグラちゃんが私達を救ってくれるのかな」
「僕が救世主なのかどうか分かりませんよ。
ユミルの心臓はラヘルに転送されてしまったんですよね。
急進派が巨人を復活させてしまったら、巨人の力を使ってルーンミッドガッズ王国に攻めてきてしまうのでしょうか」
「……本当に巨人を制御できるのか、疑問点が多いわ。
急進派のトップのビルド大神官はすぐにでも巨人を復活させようとするでしょうけど、教皇様やその他の大神官達がそれを許さないはずよ。
巨人復活までに時間はまだあるわ。
その間に、グラちゃんが氷の洞窟であの御方を救ってくれれば……教皇様とあの御方が2人揃えば、巨人の力に頼らずとも、あの化物を消滅させることができるはずよ」
「なるほど、それならボット帝国を振り切ってでも、氷の洞窟に急いで行かないといけませんね」
ボット帝国、巨人、氷の洞窟、フレイの心臓の本当の持ち主……大いなる流れの中で僕が成すべきこととは……。