幸運なノービス物語   作:うぼのき

5 / 51
第5話 HP0

 びよ~んという間の抜けた音と共にグロテスクなポイズンスポアが襲いかかってきた。

 

「きゃあああ!」

 

 ティアさんの悲鳴に僕も逃げ出したくなる。

 それでもポイズンスポアに向かっていけたのは、男としての意地だろうか。

 

「くそっ!」

 

 短剣でポイズンスポアを突く。

 同時にポイズンスポアの傘の口が開いて凶悪な牙が僕に噛みつく。

 HPのおかげで身体に痛みはない。

 ないはずなのに、痛いと錯覚してしまうほど目の前の牙は恐ろしい。

 

 いや、痛みがないどころかHPにダメージをもらった感覚すらない。

 回避している。

 ポイズンスポアの攻撃を回避しているんだ。

 

「くっ!」

 

 動きを加速させる。

 初めてのアクティブモンスターとの戦いに乱れた心を落ち着かせて、ポリンと戦った時と同じように、動きを加速させていく。

 さすがにポリンみたいに僕を見失うことはないようだけど、それでも僕の動きに翻弄されていくポイズンスポア。

 舌を伸ばし、体当たりと牙で噛みつこうとしてくるポイズンスポアを華麗に避けながら、短剣を何度も突いていく。

 が、こちらもまったく手応えがない。

 ほとんど回避されてしまっている。僕の命中はそんなに低いのか?

 

 ティアさんは震えて座りこんでしまっている。

 腰が抜けたとか?

 ちょうどポイズンスポアの背後にティアさんはいる。

 できることなら、後ろから攻撃して欲しいのだが。

 その位置なら、ポイズンスポアの顔や口は見えないだろうから、背中をザクザクと短剣で突く簡単なお仕事ですよ?

 

 加速した動きの中で冷静さを取り戻していった僕はあることにも気付いていた。

 そういえば、HP0になっても死ぬわけじゃないんだよな。

 セーブポイントに死に戻りするだけ。

 今のレベルならデスペナだって惜しくない。

 

 そうだよ。死に戻りだよ。

 ここで迷うより、ポイズンスポアや、スポアを攻撃して死に戻りすればいいんじゃないのか?

 どうしてその考えを思いつかなかったのだろう。

 ティアさんと2人で洞窟を探検したり、きのこ狩りしたりするのが楽し過ぎたのかもしれない。

 このグロテスクなポイズンスポアに攻撃され続けるのはちょっと嫌だけど……。

 

 アイテムショートカットに登録してあった初心者用ポーションを外す。

 これでHPが回復することはないので、死に戻りできるはずだ。

 

「ティアさん! ティアさん! ここで迷うより、HPを0にしてセーブポイントに戻りましょう! アイテムショートカットの初心者用ポーションを外してください!」

 

 震えるティアさんに大声で伝える。

 既にポイズンスポアの攻撃を避けることをやめている。

 攻撃のほとんどは回避してしまうが、いつかは当たるだろう。

 ステータスを見る。

 あれ? 名前の色が黒から赤に変わっているのはなんだ?

 いま僕のベースレベルは13。

 最大HPは105の最大SPは24だ。

 ポイズンスポアの攻撃なら、2回も当たればHP0になるだろう。

 などと考えている早速バリアに衝撃が走る。

 ポイズンスポアの攻撃が僕に当たったのだ。

 

「ああ……グライアさんのHPが……だめ、だめ」

 

 ティアさんが泣きそうな声で呟く。

 やはりプリーストを目指している者として、仲間のHPバーが減っていくのは耐え難い苦痛なのだろうか。

 でも死ぬわけじゃない。

 ほんの経験値1%のデスペナだ。軽い軽い。

 

「だめ……だめぇぇぇ!! グライアさん! ここはオーディン様の神力が及んでいません!」

 

 え?

 いまなんて?

 

 ティアさんの叫びと同時に、再びバリアに衝撃が走る。

 それは今までに感じたことがない衝撃。

 何かが粉々に砕ける、そんな衝撃。

 

 HP0。

 

 自分の身を守ってくれる神なる力の喪失をはっきりと感じる。

 なのに、僕はセーブポイントに戻ることはない。

 

 にやりと獰猛な笑みを浮かべるポイズンスポアが牙で噛みついてきた。

 動かない頭とは対照的に、僕の身体は反射的に動いてくれた。

 それは生存本能だろうか。

 

「うあああああ!」

 

 叫びながら避けようとした僕の肩を牙が切り裂いた。

 悶絶してしまう痛みが僕を襲う。

 

 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!

 

 本物の痛み。

 血が流れ出ている。

 くそっ! なんで! なんでこんなことに!

 

 しかし相手は待ってくれない。

 ポイズンスポアは体当たりで突っ込んできた。

 

「くそったれ!」

 

 痛みの中、動きを加速させる。

 なんとか体当たりを避けると、ティアさんの場所に転がるように逃げていく。

 

「はぁはぁ……ど、どうして戻れない!?」

 

「ここはオーディン様の神力が及んでいないんです。ステータスに表示される名前の色が赤になっているじゃないですか!?」

 

 ぐっ! あれはそういう意味だったのか!?

 知っていて当然の知識だったのかよ。

 くそっ! アルディさん説明不足だぞ!

 

 1度HPが0になってしまうと、ポーションで回復することはできない。

 リザレクションをかけてもらうか、ユグドラシルの葉を使うか、セーブポイントに戻るかしないとHPは回復しないはずだ。

 その3つとも今は無理。

 僕のHPは回復しない。

 つまり、モンスターの攻撃を受けたら生身の僕が傷つくことになる。

 

 死。

 

 間違いなくその足音が聞こえる。

 肩から流れる赤い血がそれを教えてくれる。

 

「わ、私が! ポーションがあるから……」

 

 ティアさんが立ちあがる。

 ガクガクと脚を震わしながら、ポイズンスポアの前に出ようとする。

 ティアさんは分かっていたんだ。

 この場所でポーションが万が一でも尽きたら死ぬってことを。

 だからスポアを見た時に、あんなに怯えていたんだ。

 

 馬鹿だ! 俺はなんて馬鹿なんだ!

 知らないで済まされることじゃないぞ!

 

 ポイズンスポアはティアさんを見て、いやらしい笑みを浮かべている。

 こいつ、よからぬ事を考えているんじゃないだろうな。

 モンスターの行動原理ってどうなっているんだ?

 ゲームと同じ? いやそんなことないだろう。

 こいつらも生きているとしたら、感情や思考があっても不思議じゃない。

 

 現に、ポイズンスポアは舌で傘を何度も舐めまわしながらティアさんを凝視している。

 その視線は間違いなく、ティアさんの胸に注がれている。

 

「い、いや……ひぃぃ!」

 

 無理だ。

 ティアさんはポイズンスポアに恐怖を感じてしまっている。

 本当の死が起きるこの場所でモンスターと戦うだけの覚悟なんてないんだ。

 

 そもそも、この世界の冒険者達は死を覚悟して戦う者達なのか?

 オーディンの神力範囲ではHPが0になればセーブポイントに戻る。

 それって命を賭けて戦っていないってことだ。

 オーディンの神力範囲がどこまでなのか知らないけど。

 冒険者ギルドの井戸からワープしたこの地点が神力範囲外なのだから、かなり限定的なのかもしれない。

 

 切り裂かれた肩から血が止まらない。

 泣きたくなるほど痛い。

 でも、僕が動かないと!

 

 ティアさんは棒立ち状態だ。

 ポイズンスポアはティアさんに向かって飛び跳ねる!

 僕は動きを加速させて、棒立ちのティアさんの横を駆け抜け、飛び跳ねたポイズンスポアの顔に蹴りを入れる!

 

 ぐにゃっという嫌な感触。

 でも手応え、いや足応え? はあった。

 ポイズンスポアはそのまま後ろにふっ飛んだ。

 

 短剣でなくてもモンスターを攻撃できる。

 当たり前だ。ここはゲームではないのだから。

 しかし、ポイズンスポアのHPに与えたダメージはほんの僅かだろう。

 数値で表せるのなら、恐らく1だ。

 

「グ、グライアさん……」

 

 恐怖で固まっているティアさん。

 守ってあげたいけど、僕にも余裕がない。

 

「ティアさん! こいつは僕が引きつけます。後ろから短剣で攻撃し続けて下さい!」

 

 ティアさんを信じよう。

 僕1人で倒すのは厳しすぎる。

 

 起き上がるポイズンスポアは憤怒の表情を向けてくる。

 やっぱり感情があるのか?

 柄の顔が歪んでいるぞ。

 

 再び動きを加速する。

 HP0のいま、避けて避けて避けまくるしかない!

 ポイズンスポアがティアさんに背を向ける位置になるように動き回るんだ!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 命を賭けた戦いが始まった。

 

 ポイズンスポアの攻撃は3種類。

 体当たり、舌、牙。

 その他の攻撃パターンはない。

 注意しなくてはいけないのが舌だ。

 HP0の状態では、僕の身体に舌が届く。

 つまり舌に捕まったら動きを封じられるってことだ。

 あの舌で殴られるのもそれなりに痛そうだけど、動きを封じられて牙で噛みつかれるのが最もやばい。

 ポイズンスポアの動きを見ながら、加速された世界の中で避け続ける。

 

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

 どれくらい避け続けているのだろうか。

 ポイズンスポアの後ろでは、ティアさんが必死に短剣を突いてくれている。

 最初は呆然と立ち尽くしていたティアさんも、僕が必死に避け続ける姿を見て、意を決して攻撃を始めてくれた。

 僕が動き続けているから、当然ポイズンスポアも棒立ちじゃない。

 それでもポイズンスポアの動きを見ながら、ティアさんは必死に突いてくれる。

 

 ティアさんの命中がどのくらいか分からない。

 必死に突いている攻撃が、ポイズンスポアのHPに届いているのか分からない。

 それでも5%の確率で必ずいつか攻撃が当たるはずだ。

 絶対に倒せるはずだ!

 

 僕の体力が持つのなら。

 まずい。

 視界が歪んできた。

 血を流した過ぎた?

 それともスタミナ切れ?

 

 ごくごく平均的な高校生の僕の体力はそんなに高くない。

 体力の加護もそんなに強くないのかもしれない。

 

 あと何分? 何十分? 何時間?

 

 意識が何度か飛びそうになりながらも、動きを止めることはない。

 止まれば死んでしまうのだから。

 

 視界がちょっとぼやけ始めた時だ。

 ポイズンスポアの様子が変わった。

 僕を捉えきれないことに、怒りが頂点に達したかのか、体をぐぐっと縮めて震わせている。

 立ち止まったポイズンスポアの後ろではティアさんが必死に短剣を突いている。

 僕は小休止と動きを止めた。

 

 次の瞬間、ポイズンスポアの口から紫色の息が吐かれた。

 

「ぶはっ!」

 

 その息を僅かに吸い込んでしまう。

 なんだこれは!?

 

 こんなの知らないぞ。

 ポイズンスポアがこんな行動するなんて……。

 あ~くそっ! だからここはゲームじゃないんだって!

 

 いまの息はなんだ?

 あの色……やばい気がする。

 やっぱり……そうなのか?

 

 

 ドクン!

 

 

 ぐっ! く、苦しくなってきた。

 毒か? 毒なのか?!

 HPがある状態ならHPが徐々に減っていくのだろう。

 ならHP0の状態のいま、毒にかかったらどうなる?

 

「ぐおおおおおお!」

 

 心臓をしめつけるような鋭い痛みが走る。

 思わずその場に倒れ込んでしまう。

 

「グ、グライアさん!?」

 

 ティアさんの声が遠くに聞こえる。

 だめだ意識が……逃げて……ティアさん……。

 

 涎を垂らしながら見上げた先には、ポイズンスポアのうすら笑いの顔と、凶悪な牙。

 そして空から降ってきた真っ赤な何かだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。