幸運なノービス物語   作:うぼのき

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間話 とあるアサシンの物語6

 真っ白な雪の上に残る足跡は、すぐに降り積もる新たな雪に消されていく。

 今日は一段と激しく降り続ける雪が視界を奪う。

 吐き出す息は白い煙となり、雪の中に溶けて消えていく。

 

 そんな中を街とは違う方向へと歩く人影が二つ。

 グリームと師の娘だ。

 

 ウンバラで娘の名を聞き忘れたグリームは“おい”と娘のことを呼んでいる。

 返事は“ウガ”としか返ってこない。

 

 ウンバラを旅立った2人は、各地を回り修行を重ねた。

 グリーム自身も、師を殺したガイルを倒すために修行しなくてはならない。

 娘ばかりに気を取られているわけにはいかないのだ。

 

 モロク、フェイヨン、ゲフェン、イズルート、プロンテラと各地のダンジョンを巡り続けた2人は、アルデバランについ先日到着した。

 師が死んだ場所。

 そう思うとグリームの足はなかなかアルデバランに向かわなかったが、ようやく心の整理を着けてやってきたのだ。

 修行を兼ねて時計塔最上階に行き、花束とお酒を置いてきた。

 

 その後、グリームはルティエに向かうことにした。

 娘が雪を見たことがないと分かり、雪を見せたいと思ったのだ。

 

 初めて雪を見た瞬間の娘の反応は想像以上だった。

 一瞬固まったかと思うと、いきなり猛ダッシュで雪の上にダイブしたのである。

 そして自分の想像以上の冷たさだったのか、悲鳴を上げて飛び跳ねた。

 

 雪が降り積もる中を10分も歩けばルティエに到着する。

 ここはおもちゃとお菓子の街である。

 

 娘を連れてルティエを歩くと、娘は興味津々といった感じで、あちこちのお店を見て回った。

 おもちゃより食べられるお菓子に魅かれるようで、気に入ったお菓子をグリームに買えと催促する。

 お願いするようなことはない。指さして“ウガ!”としか言わないのだから。

 

 グリームが買うことを拒否すれば襲いかかる。

 が、まだグリームに勝つことは出来ないため、毎回娘が地に転がることになる。

 それでもお菓子が欲しい娘は転がった店先から動かない作戦を取る。

 それで折れるグリームではないのだが、店先で転がる娘がいては営業妨害だと、お菓子の施しを何度か受けてしまい、それ以来、娘は店先で転がる作戦に味を占めることになってしまった。

 

 雪の降る中で修行を積もうと、しばらくルティエに滞在することにした。

 生息しているモンスターはそれほど強くはない。

 モンスターを狩ることが目的ではなく、雪の上で娘と戦うことが目的だ。

 

 今日は特に激しく雪が降っているが、2人は街から離れるように歩いている。

 そして適当な場所を見つければ、そこで全力で戦い合う。

 

 ウンバラの大森林で戦っていた頃に比べれば、娘も大きく成長している。

 荒かった動きは徐々に洗練されていった。

 本能の感じるままに動くのはあいかわらずだが、無謀な動きは少なくなり、合理的な動きをするようになっているのだ。

 

 それでもグリームには届かない。

 何よりグリームも強くなっている。

 

 グリームの一撃が娘に入る。

 真っ白な雪を真っ赤に染める血の熱量は一瞬で煙となって冷めると、新たに降り積もる雪が覆い隠していく。

 娘の身体がぼろぼろになっても、グリームは手を抜くことはしない。

 

「ウガァァ!」

 

 集中力の切れた娘の動き。

 そんな動きを見せた時は、特に強く叩きのめす。

 

「おい、今のは最悪だぞ」

 

「ウウ……」

 

 再び雪を赤く染めた娘は、己の口から垂れ落ちる血を一気に吐き捨てると、グリームに向かっていく。

 同じ過ちを繰り返さず、集中力を保ちながら。

 

 

 ルティエの生活は悪くなかった。

 グリームにとっても、娘にとっても。

 街の人達はみな親切で、グリーム達が泊まっている宿屋の主人達ともすぐに仲良くなれた。

 ソファーに座り暖炉の火をじっと見ていると、グリームの心は落ち着いた。

 師の仇を考えれば黒く疼く心がざわつくのだが、暖炉の火を見ている時はそうならなかった。

 不思議だな、と思いながらもグリームは修行の時間以外は、泊まっている宿屋の1階に置かれた暖炉の前で過ごすことを好んだ。

 

 そんなグリームの後ろでは、娘がお気に入りのお菓子を食べて満足そうに微笑んでいる。

 ウータン族の仮面はウンバラに置いてきた。

 娘の顔を見れば、10人が10人、美少女と答えるだろう。

 あと2、3年もすれば、美少女ではなく美女となるだろうが。

 そんな美少女の顔も、お菓子をがっつきながら食べるこの姿で台無しだ。

 

 暖炉の火を見つめながら、グリームは将来このルティエで暮らすのも悪くないなと考える。

 ルティエはおもちゃとお菓子の街だ。

 グリームは自分の料理の腕前にそれなりの自信を持っている。

 我儘な師のおかげで上達したのだ。

 なら、この街で何かお菓子作りの職を持って、暮らすのも悪くない。

 自分が作るお菓子を娘が食べて暮らすのも……。

 

 ゴトンと暖炉の中で薪が落ちる。

 その音がグリームの思考を遮った。

 黒く焦げた薪を見つめれば、自分が成さなければならないこと、殺さなければならない男の顔が浮かんでくる。

 さきほどまでの想いを心の奥底に落とし、グリームは立ち上がる。

 

「ウガ?」

 

 あいかわらずお菓子をがっつく娘が立ち上がったグリームを見る。

 この娘が自分の復讐についてくる必要はない。

 母親のカーラからは広い世界を見せてあげて欲しいと頼まれた。

 復讐を手伝わせて欲しいとは言われていない。

 

 娘は人族語を喋ることはないが、聞いて理解することは出来る。

 グリームの教えもあって、意思疎通に問題はないほど人族語を理解出来るようになっているのだ。

 

(ルティエで別れるのも1つの選択か)

 

 グリームは娘の頭をぽんと撫でると、

 

「ちょっと出かけてくる。お菓子食べて待っててくれ」

 

「ウガ!」

 

 グリームがお皿に上に追加のお菓子を置くと、娘は嬉しそうに叫び、早速お菓子に手を伸ばしていた。

 

 

 ルティエの街の最北には、おもちゃ工場がある。

 おもちゃ工場の管理は、これまたおもちゃがしている。

 機械仕掛けで動くおもちゃ達が、工場を管理運営しておもちゃを造り出し続けているのだ。

 しかし、今このおもちゃ工場は正常に稼働していない。

 1ヶ月ほど前、おもちゃ工場の2階に現れた「ストームナイト」というボス級モンスターによって支配されると、機械仕掛けで動くおもちゃ達まで人々を襲う様になってしまったのだ。

 おもちゃ工場はダンジョンと化してしまった。

 

 工場の中からモンスターが出てくることはないため、今ではすっかりこの工場は放置されている。

 工場の2階は神力範囲外だ。

 ボス級モンスターであるストームナイトを進んで倒そうとする冒険者はいない。

 ボット帝国との戦いで、凄腕の冒険者達が集まることもなかった。

 

 グリームは1人でおもちゃ工場に入っていく。

 ダンジョン化の影響か、1階にはポリン系のモンスターが見える。

 

「なんでポリンが……ん? あれは!?」

 

 グリームの視線の先にはレアモンスター“エンジェリング”が見えた。

 ドロップアイテムの“天使のヘアバンド”とカードが人気のモンスターだ。

 駆け出しの冒険者が相手できるモンスターではないが、今のグリームなら問題なく倒せる。

 見つけた以上はレアアイテムを期待して、グリームは駆け出した。

 

「あらよっと!」

 

 エンジェリグンを叩けば、周りを囲む取り巻は次々と倒れていく。

 可愛らしい外見のエンジェリングは、属性が聖属性レベル4のため、各種属性攻撃は意味を成さない。

 アサシンが得意とする毒属性すら、武器に付与してしまえば一切ダメージを与えることが出来なくなってしまう。

 弱点である闇属性と不死属性ならダメージが増えるのだが、グリームには使えない。

 無属性のまま、グリームはカタールを振り続ける。

 何度か取り巻きを再召喚してくるが、バフォメットカードを刺したカタールの全範囲攻撃に巻き込まれ、一瞬で光りの粒子となって消えていった。

 

 落ちたアイテムを拾おうと、ポリン系モンスターが本能に従って近づいてきてしまう。

 そのモンスターもまた、グリームの全範囲攻撃によって倒されていった。

 

「ちっ……リンゴかよ」

 

 エンジェリングが光の粒子となって消えた後には、天使のヘアバンドでもなく、カードでもなく、なんとリンゴが落ちていた。

 闇リンゴと呼ばれるそれは、カード以上にドロップ率が低い超レアアイテムである。

 超レアではあるが、リンゴであることに変わりはない。

 ちょっと悲しい気持ちでリンゴを拾うグリームであった。

 

 

 

 2階の正式名称は“おもちゃ分類所”だ。

 造られたおもちゃを分類する場所らしく、ベルトコンベアーが動いている。

 

 1階よりも強力な機械仕掛けのおもちゃ達がグリームを出迎えてくれるが、今のグリームを相手するには弱すぎた。

 もてなしを受けることなく、グリームはおもちゃ達を次々に倒していく。

 

 ターゲットは、2階北側のダイヤ型の高台にいた。

 ストームナイトなんて大層な名前がついていたが、遠目から見る限りそれは、

 

「トナカイ……だな」

 

 二足歩行のトナカイだ。

 その身体は氷で出来ているが、2本の角が完全にトナカイのものである。

 サンタクロースに褒めてもらった真っ赤なお鼻もそのままだ。

 

 だが、その右手には氷の槍が握られ、左手には盾が握られている。

 そして凶悪な表情を浮かべている。

 

「笑える姿だが、ボス級モンスターだもんな。

 俺にさらなる強さを……もたらしてくれよ!」

 

 グリームは右足にぐっと力を入れると駆け出す。

 駆け出す寸前にクローキングを発動しているが、ボスモンスターであるストームナイトには通用しない。

 それでも取り巻きのクリスマスゴブリンの反応を一瞬遅らせることは出来た。

 

 

「おらぁぁぁぁっ!」

 

 

 全範囲攻撃を持つグリームはストームナイトだけ攻撃する。

 常に動きながらカタールを振るグリームのスピードについてこれない取り巻き達は、グリームの残像を攻撃することしかできない。

 

 

「オオオオオオオオ!」

 

 

 ストームナイトの咆哮と共に、グリームを白い世界が包み込んだ。

 範囲魔法のストームガストだ。

 

「ちっ!」

 

 ストームガストを察知できなかったグリームは反応が遅れる。

 その一瞬の遅れがグリームを凍結状態にしてしまった。

 

 凍結状態となったグリームにストームナイトの氷の槍が突き刺さる。

 直後、グリームをサンダーストームが襲った。

 

「ぐおおおおお!」

 

 ストームガストの吹雪もまだ吹き荒れている。

 幻想的な白い吹雪に凍らされると、白銀の雷によって一瞬で砕かれる。

 思わぬ相手の連続技に、グリームはバックステップで距離を取った。

 

(モンスター相手にバックステップを使ったのは久しぶりだな)

 

 距離が開いた隙に、ストームナイトは取り巻きを再召喚している。

 グリームを睨むその顔は醜悪な笑みで満たされていた。

 

「ふぅ……ストームガストのレベルは10か。厄介だな。

 なら、その吹雪の動き全て見切ってみようか」

 

 グリームの心が静かな水の奥底に落ちていく。

 明鏡止水の境地へと。

 

 しかしストームガストの範囲内で、その吹雪を見切るなど出来るはずもない。

 仮に見えたとして、吹雪をかわすことなど不可能だ。

 それでもグリームは心静かに構える。

 そしてその心の水面に一滴の波紋が広がると同時に、右足にぐっと力を入れると駆け出した。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

「オオオオオオオオオオオオ!」

 

 ストームナイトは再び自らの真上にストームガストを降らせる。

 自らを白い世界に包み込み、絶対的優位な領域を作り出す。

 

 だが、グリームは止まらない。

 凍結することなくストームナイトの懐に潜りこむと、カタールで鋭く切り裂いていった。

 

「グオオオオオオ!」

 

 白銀の雷がグリームに落ちる。

 が、その場にグリームの姿はなく、残像が残るだけ。

 グリームは高速で移動し続け、サンダーストームを避けながらカタールを振り続ける。

 その攻撃の全範囲への波で、取り巻き達は何も出来ず再び消えていった。

 

 ストームナイトは白い吹雪が途切れる度に、ストームガストを唱えている。

 なのに、グリームが凍結することがない。

 醜悪な笑みを浮かべていた余裕は消えさり、その顔には怒りと焦りの表情が浮かんでいた。

 

 グリームはストームガストを避けているわけではない。

 吹雪の流れは見えても、避けることはやはり不可能だ。

 では、なぜ凍結しないのか。

 

 娘と様々なダンジョンに潜ってきたグリームは、イズルートにある海底神殿でも修行をしていた。

 その時に、海底神殿に生息するモンスター“マルク”からカードを手に入れている。

 マルクカードの効果は、水属性攻撃に対する耐性のアップと、絶対に凍結しないという効果なのだ。

 

 師が授けてくれたシーフクロース以外の防具で、グリームはこのマルクカードを刺した防具を作っていた。

 距離を置いた時、防具を切り替えていたのだ。

 

 凍結しない理由はマルクカードである。

 ではそれだけかと言えば違う。

 吹雪の動きを見切っているグリームは、その吹雪の流れに逆らわないように身体を動かすことで、ダメージを低減し、さらにはノックバック効果を消し去っている。

 だからこそ、白い世界に包まれた中で流れるように動けるのだ。

 

「おい、もう終わりか? もっと引出しはないのか?」

 

 グリームの挑発にさらなる怒りを爆発させたストームナイトは、文字通り、己の肉体から闘気を爆発させる。

 ラッシュアタックと呼ばれるスキルだ。

 ストームナイトの身体を電流のような闘気が流れ、身体能力を急激に高める。

 グリームは知らぬことだが、それはグライアが使う爆裂波動と良く似たものであった。

 

「それが奥の手か? 冷静さを失っているぞ」

 

 ストームナイトのラッシュアタックはグリームに対して逆効果となった。

 ストームガストの吹雪も止まり、ただただ一時的に強化された身体能力に任せて氷の槍を突くだけでは、グリームを捉えることなど不可能である。

 

 逆に戦いやすくなったグリームは、ストームナイトへの興味を失う。

 もうこの相手と戦って得られる強さはない。

 ストームガストの吹雪の流れを感じながら戦うという新たな境地を見せてもらった。

 そのことに感謝しつつ、グリームは戦いを終わらせた。

 

「お?」

 

 ストームナイトが消えた場所には、1つの装備が落ちていた。

 

 

 ロードサークレット

 

 

 スロットも最大値の4である。

 性能も悪くない。

 娘への良い土産が出来たと思い、ロードサークレットを拾う。

 

 周りを見ると、おもちゃ達がモンスター化から解放されていた。

 子供達へ送り届けるおもちゃを造り始めている。

 これでまたおもちゃ工場に活気が溢れる日が来ることだろう。

 

 1階へ降りて出口に向かうと、そこに機械仕掛けのおもちゃ達が集まってグリームを待っていた。

 一列に並んだ彼らの中から、1体のおもちゃが前にでる。

 チェペットという名のおもちゃだ。

 可愛いらしい金髪の女性の姿をしており、サンタクロースの衣装を身に着け、手には大きなマッチ棒を持っている。

 モンスター化している間は、エプロンから凶悪なモンスターが出ていたが、今はその姿はない。

 

 チェペットは笑顔でプレゼントボックスを両手の上に乗せて差し出した。

 グリームがそれを受け取ると、チェペットはまた笑顔を向けて列の中に戻り、おもちゃ達は一斉にグリームに頭を下げた。

 そして、おもちゃを造るために各自の持ち場へと戻っていったのだ。

 

 おもちゃ工場を出ると、あいかわらず真っ白な雪が降り続いていた。

 グリームが来た時につけた足跡は、白い雪が積もり消えている。

 まっさらな白い世界に新たな足跡をつけて、グリームは宿屋に向かう。

 

 踏みしめた足跡に、新たな雪がすぐに降り積もっていく。

 そうしてその足跡が宿屋の前まで来た時だ。

 グリームは、思わずはっとした。

 

(なんで、当たり前のように宿屋に戻ってきてしまったんだ)

 

 ストームナイトを倒した後、娘に告げずルティエを出るつもりでいた。

 少なくとも、おもちゃ工場に向かう時にはその考えを持っていたはずだ。

 なのに、拾ったロードサークレットを当たり前のように娘へのお土産だと思い、そしてこの宿屋に向かってしまった。

 

(はぁ……)

 

 そのため息に込められた想いは、いかなる想いなのか。

 グリームは右足にぐっと力を入れると、新たな一歩を踏み出す。

 その一歩の行き先は、宿屋の玄関に向いていた。

 

 

「ただいま」

 

「ウガ!」

 

 グリームのお気に入りの席の隣に娘は座っていた。

 暖炉の前のソファーだ。

 グリームはテーブルの上に、ロードサークレットとプレゼントボックスを置く。

 ついでに超レアアイテムの闇リンゴも置いた。

 

「土産だ」

 

 どかっと娘の隣に腰を下ろしたグリームは、ぼそっと呟くように言った。

 娘はテーブルに置かれた物を見ると……ロードサークレットでもなく、プレゼントボックスでもなく、闇リンゴに手を伸ばしてはすぐに口に運んだ。

 

「お前には食い物が何よりの土産か」

 

 半分呆れ顔でリンゴを食べる娘を嬉しそうに見る。

 そして、暖炉の火に視線を落とした。

 

 

 温かいな。

 

 

 グリームの身体と心がほっと休まる。

 この感情を何と表現したらいいのか、グリームは悩む。

 

「ウガガ!」

 

 闇リンゴを食べ終えた娘がプレゼントボックスを開けた。

 その中にはたくさんのお菓子が入っていた。

 箱一杯に詰められたお菓子に目を輝かせると、一気に手を伸ばしていった。

 

「ウガ?」

 

 お菓子を片っ端からテーブルの上に広げていくと、プレゼントボックスの底にある物が置いてあった。

 娘が不思議にその物を手に取り、グリームに見せた。

 

「……俺か?」

 

 それは布で作られた小さな人形だ。

 グリームそっくりである。

 

 食い物でないなら、娘はいらないだろうと思い、グリームは手を出した。

 自分が持っておくよ、という意志表示だったのだが、

 

「ウガ!」

 

 娘は人形をグリームには渡さなかった。

 

「……ま、いいけどさ」

 

 にやける顔を心の中に押し込めて、グリームは再び暖炉の火を見る。

 

 

 温かい。心が温かい。

 

 

 きっとこの“幸せ”という名の感情が自分の足を自然とここに向かわせたのだろう。

 この感情を自ら拒否することが出来るはずもない。

 

 テーブル一杯に広がったお菓子の中から、お気に入りのお菓子を両手一杯に持った娘が、ひょいとジャンプしてグリームの隣に座る。

 1つのソファーに並んで座る2人は、父と娘のようであり、兄と妹のようであり、恋人のようでもあった。

 

 隣りでむしゃむしゃとお菓子にがっつく娘の頭を少し乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。

 娘は嫌がることなく、お菓子をがっついている。

 思わず娘を抱きしめたくなったグリームだが……、

 

 

 ゴトン

 

 

 その音に、グリームの手が娘の頭から離れた。

 

「ウガ?」

 

 娘の視線もグリームに向く。

 

 その目は冷たく、黒く焦げ落ちた薪を見つめていた。

 




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