純血。
それは魔法族だけで構成された清らかな血。
高貴なる我らがこの血こそが世界の至高にして正義そのもの。
それ以外の人間など塵芥に等しく、排斥しなければいけない穢れた存在。
僕らは蛆のような奴らと区別されなければならない。
尊い血こそが敬われるべきなのだ。
「グリフィンドーーール!!」
―だからこんなことは僕に限ってあってはならない。
※
―話は数時間前に遡る。
僕は父上と母上との別れを惜しみ、『ホグワーツ行き特急11時発』に乗っていた。
特に母上の悲しみようは凄いものだった。
ホグワーツなんて観光地にもならないような近場の学校だというのに、母上は目頭にハンカチをやって「家が恋しくなったらすぐに戻っていらっしゃい」と言っていた。勿論、父上は厳しい方なのでそんなことは絶対に許されないし、僕ももう子供ではない。
やれやれ、子供扱いは卒業して欲しいものだ。
話は脱線したが僕はホグワーツ魔法魔術学校に向かっていた。
僕はいつもしているようにクラッブとゴイルに席を取らせていた。まあ、すぐに後悔した。二人は車内販売の魔女から菓子類をおおよそ全種類買い、食い散らかして、コンパートメントは家畜小屋と化していた。
甘たるいにおいで酔いそうだったが僕は我慢―というか失望して車窓の眺めを楽しむことにした。
半時間も経たないうちに二人は食べ終わったから順番にチェスの相手をさせた。
前にも何回かゲームの説明をしたはずだがクラッブもゴイルも見事に忘れているので、僕は非常に面倒ながらも、もう一度説明した。
理解しているかはさておき。
「なあ知ってるか?この特急のどっかにハリー・ポッターがいるらしいぜ」
「嘘!あの『生き残った男の子』が?」
僕らのコンパートメントの外からそんな噂が聞こえた。
ハリー・ポッター。
11年前の『例のあの人』の襲撃から生き延び、あろうことか『例のあの人』を
破滅に導いた奇跡の英雄。
しかし、本人はそのことを知らずにずっとマグルと生活を共にしていたらしい。笑劇より愚かな悲劇といえよう。
「―おい!クラッブ、ゴイル!ハリー・ポッターのところに行くぞ!」
うんうんと寝言のごとくチェス盤を前にして唸る二人の目は言わずとも、「何故?」といっていた。
「決まってるだろう?魔法族のルールってやつを教えてやるのさ!」
僕は居ても立っても居られなくなり、コンパートメントを飛び出した。そして一つ一つのコンパートメントを覗いては首を横に振った。
最後尾の車両の一室にハリー・ポッターらしき人物をようやく見つけたて、僕はノックした。
「ほんとかい?このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話題でもちきりなんだけど。それじゃ君なのか?」
確固たる自信がありながら、僕はハリー・ポッターに尋ねてみる。
「そうだよ」
「僕はドラコ・マルフォイ。で、こっちの二人はクラッブとゴイルだ」
僕の名前を聞いてからクスクス笑う失礼な奴がいた。
赤毛にそばかす。
―ウィーズリーだ。
この家は確かに純血のはずだが、マグルを優遇する馬鹿な一族だということは前々から父上が仰っていた。曰く、「こいつらとは関わるな」。
しかし大家族であるが故、教育が行き届いてないのは仕方ないのかもしれない。何でも子供一人のローブを買うのに苦労している位なのだから。そう思うと、怒りは落ち着きやがて憐みに変わった。
「僕の名前が変だというのかい?君こそ、その汚い服をどうにかした方がいいんじゃないのか?」
「―グリフィンドールに十点減点!」
「わっ!……驚かせるな!それとノックもせずに入ってくるな!」
「それは失礼したわね。開けっ放しだったから」
後ろを振り向くと女生徒がドアに寄りかかって立っていた。
腰までのばされた金髪は同じ僕の金髪とでは似て非なるものだ。僕が月の色をしているのなら、この女生徒は太陽の色だろう。そして空のように碧い瞳。一見すると美貌の少女だ。
どこかで見たことがあるような……。思い出せない。
「思い出せない?ならいいわ。私、ダフネ・グリーングラスよ」
―ああ思い出した。
貴族のパーティーで何回か見かけた。彼女は名家・グリーングラスの長女だ。といっても彼女の印象はパーキンソンの取り巻きといったところだ。あまり話したことはないし、急に「グリフィンドールに十点減点!」なんて言われる筋合いはない。
「えーと……。二人は知り合い?」
状況が読み込めないハリー・ポッターは僕に尋ねる。けど今それはどうでもいい。
「そんなところだ。ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族とそうでないのと分かってくるよ。そのへんは僕が教えてあげよう」
僕はチラリとウィーズリーを見やると、奴は僕と目を合わすまいとそっぽをむいた。
「間違ったのかどうかを見分けるのは自分でもできるよ。どうもご親切様。」
それを感じ取ったのか、ハリー・ポッターは侮蔑するような視線を僕に送った。
屈辱だ。
このドラコ・マルフォイに限ってありえない屈辱だ。
それも今まで経験したことがないほどの屈辱だ。
感じる視線はこんなにも冷ややかだというのに僕の体はまるで溶岩のように熱くなる。
「―礼儀をわきまえないと君の両親と同じ道をたどることになるぞ、ハリー・ポッター」
僕はその溶岩を吐き出すかのように喋った。
「特にウィーズリーみたいな奴と友達なんかになったりするとね」
「もう一辺言ってみろ!痛い目に合わせてやるぞ」
ウィーズリーはポッターを庇うように前に出た。しかし、ウィーズリーが僕に勝てるとは思えない。どう見ても二人の体形は貧弱そのもの。きっとろくなものを食べてこれなかったに違いない。
「へえ、殊勝なものだね。僕と喧嘩するつもりなんて」
その時、だんまりだったグリーングラスが僕達の間に割って入った。
「―そこまでよ」
「何だよ。女の君には関係ないよ」
ウィーズリーはむっつりと明らかに不機嫌そうだった。それに対しグリーングラスは先ほどのポッターとウィーズリーよりも冷ややかに言い返した。
「そうね。関係ないわ。興味だってないわ」
「だったら!」
「私、嫌よ。こんなところで喧嘩して本当に減点されたりするの。冗談じゃないわよ、入学前に私達の寮が減点されるなんて」
ポッターとウィーズリーは妙に納得した面持ちになった。
「それじゃあ失礼するわ。またホグワーツで会いましょう。ホラ、行くわよ。マルフォイとその他大勢」
ここで引き下がりたくなかったが、グリーングラスが言うことも一理ある。この女と退散するのは不本意だったけれどそうすることにした。
クラッブとゴイルは「その他大勢」という言葉について思案を巡らしているようだった。
僕はポッターとの屈辱的な出来事を紛らわすようにグリーングラスにたずねた。
「グリーングラス。君はもうコンパートメントはとってあるの?」
彼女はケラケラ笑う。
「私がずっと突っ立てるだけかと思った?」
クラッブとゴイルは「そうじゃないのか?」と目を合わせてひそひそ話をしていた。二人の手の中にはかぼちゃパイがある。どうやらポッターから(ウィーズリーはありえない。経済状況的に)こっそり頂戴したもののようだ。
「―馬鹿ね。あるわよ、ただしミス・パーキンソンとミス・ブルストロードがいるけど」
僕はただ「そうか」と答えた。別にあの二人組のところに行ってもいいのだが、何分女子の癖にブルストロードの体は大きい。そして僕の仲間の図体もやたら大きいので入ったら窮屈になりそうだ。
「行ったら喜ぶわ。……主にミス・パーキンソンがね」
パーキンソンが僕に好意を抱いているのはずいぶんと前から知っている。じゃあ僕がパーキンソンを恋愛対象として見ているかと聞かれたら見てはいないが、それでも誰かに好かれることは気分がいい。思わず頬が緩む。
「ああ知ってるさ。でもどうせホグワーツで会えるで会えるだろう?―だから今は、」
僕はニヤリと笑った。
「君と話がしたい」
少しキザっぽかっただろうか?
でも実際にモテているんだから。
こんな経緯があり、僕のコンパートメントにダフネ・グリーングラスを招いた。
―この時の僕はまだ知らない。僕が地獄に招かれたことを。入った途端にグリーングラスは小さく悲鳴を上げた。僕はすっかり忘れていたが、この部屋はどこぞの二人によって汚されていた。……誰とは言わない。
グリーングラスは杖を取り出すと呪文を唱えた。すると、ごみはたちまち一掃されて清潔に戻った。
悔しいが僕はまだ使ったことがない呪文だったので彼女を密かに尊敬し、同時に教科書を読み直すことを決心した。
「優秀なんだな」
「綺麗好きなだけよ」
彼女は褒められたからといって、鼻を高くするそぶりは見せなかった。
グリーングラスは僕の隣に座った。というのもクラッブとゴイルはとにかく横に大きいのでこう座る他なかった。
「ところで君は入る寮は決めたの?」
寮とはその名の通り、ホグワーツ魔法魔術学校の在学時に所属する四つの寮のことだ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン。それぞれ創設者の名にあやかり、シンボルや特色の何から何まで異なっている。『ホグワーツの歴史』によれば、「組み分け帽子」が生徒にとって最良の寮を決めるらしい。
「貴方って面白いこと言うのね」
グリーングラスの反応は予想を裏切った。
「寮は決めるものじゃないわ。選ぶものよ」
「ともかくどこだと聞いているんだ」
グリーングラスは僕を小馬鹿にしたように笑ったまま、「そういう貴方達はどうなの?」
「もちろんスリザリンだ」
クラッブとゴイルは静かに頷いた。二人も聖28でないにしろ、何代にもわたる純血だ。当然僕と同じ寮に決まってる。
「スリザリンは選ばれし人間が入ることが許される寮だ。僕らみたいな純粋な魔法族のね」
グリーングラスは髪の毛先を指で弄って「ふうん」とさも興味なさげに言った。
「で?僕は言ったぞ。君はどこがいいんだ?」
「グリフィンドールよ」
「―は?正気か?」
平然と言い放った驚愕の一言に開いた口が塞がらない。ゴイルは噛んでいた百味ビーンズを口から落とした。
「本気なのか?」
「本気じゃなかったら何だと言うの?」
グリーングラスはきちんと揃えていた足を組んだのでスカートから白い太ももが露わとなる。健全な青少年にとってはかなりきわどい体勢になった。クラッブとゴイルは彼女の顔と足を交互に見続けたし、さすがの僕も赤面せずにはいられなかった。
「私達がスリザリンに固まってもしょうがないでしょう?純血だからこそ“穢れた血”とか“血を裏切る者”に私達の力を徹底的に叩き込ませてあげるの。あの塵芥にも満たない下等生物の教育には絶好の機会だと思わない?」
さっきまで茶化すことばかりしていた彼女は、まるで牙をむいた獣のような表情に変わる。それからふふふと可笑しそうに笑う。
―この女は悪魔だ。
「なんてね。冗談よ。でも自分にとってどれが最善の寮なのかは考えておくことね」
タイミングよく車内アナウンスが流れる。
「ではご機嫌よう。貴方達も着替えた方がいいわよ。」
グリーングラスは颯爽と立ち上がり、呆然とする僕らを残していった。
―そしてコンパートメントを去る前に振り返って微笑みかけた。
「また会いましょう、できればグリフィンドールでね」
※
生徒はホグワーツに到着し、新入生である僕らもいよいよ組み分けの儀式の時間となった。今回の組み分けはいずれ本にも載るような世紀の儀式となる。僕を屈辱の底へと陥れたあの忌々しきハリー・ポッターがいるのだから。
しかし僕が気にかかっているのはグリーングラスが残した謎の言葉。暗示。
僕の彼女のイメージ―といいつつ、本人からいわれなきゃ思い出せないくらいなので、頼りないものだが、ダフネ・グリーングラスは花と読書と紅茶を愛でる深窓の令嬢といった風だ。パーキンソンやブルストロードと行動を共にしながら、いつも一歩引いたところに佇む貝のように内気な女子。
そんな彼女があれほど挑戦的かつ暴力的な思想を持ち合わせていると誰が考えるだろうか?いや、大人しいからこそ腹の内ではあんなことを考えているのかもしれない。もしかしたら普段からそうであって、単純に僕が気づかなかっただけかもしれない。
よく……分からない奴だ。
そもそもグリフィンドールを選ぶことが冗談なのか、あの加虐的な言葉のどちらが冗談なのか。聞くべきかもしれないが、他の一年生に紛れて生憎彼女がどこにいるか知らない。
「アボット・ハンナ!」
最初の生徒が呼ばれた。アボット……聖28の一族だ。でもあの家は……。
「ハッフルパフ!」
落ちこぼれの穴熊寮だ。
グリーングラスはやはりグリフィンドールを選ぶのだろうか。勿論、血筋を鑑みればスリザリンだが。
―では僕は?僕はスリザリンだ。だって僕は、僕の家は何代も前からスリザリンだ。
「グリーングラス・ダフネ!」
もう彼女の番か。組み分け帽子は金の頭に乗り、しばらく居座った。
やがて―「グリフィンドール!」
ボロ帽子が叫んだ。グリーングラスのローブの裏地は深紅に輝き、揺らめいた。
純血主義の家柄というのは周知のことだ、彼女を快く迎える人間はゼロに等しい。それでも彼女はレッドカーペットの上の女優さながらの足取りでグリフィンドールのテーブルに向かい、着席する。
これで証明されたが、冗談はあの血生臭い発言の方だ。
次々に生徒が呼ばれ、寮が決まっていく。
僕にとって“最善”の寮?決まりきったことだ。