読者諸君、もうお分かりかもしれないが、僕にとって最善の寮がこのザマだ。
「……意味が分からない」
僕の頭にはまだ悪夢みたいな叫びが反響している。
「何をしているのです?後ろが詰まっていますよ、早くグリフィンドールのテーブルに行きなさい」
「はあ……。すみません……」
不覚にも僕はグリフィンドールの寮監に謝ってしまった。僕としたことが!
仕方ないので僕はグリフィンドールのテーブルに向かうが拍手して歓迎する者はまばらだ、見事にほとんどいない。回りからの氷柱のような視線がグサグサ刺さる。
―あのマルフォイがグリフィンドール?
―純血主義者がグリフィンドールなんてありえない!
おい、全部聞こえてるぞ!
僕だって意味が分からない、というか僕が一番ありえないと思っている。視界の端には驚いた顔のクラッブ、ゴイル、パーキンソン、そしてその他大勢……。
重い足を鈍器のように引きずってようやく着席すると、図ったかのように目の前にグリーングラス。彼女も僕に死の祝福(拍手)を贈った一人だ
「ご機嫌いかが、ミスター・マルフォイ?」
「見りゃ分かるだろ」
口から鉛を吐き出すようなため息をつく。
「よかったわ、貴方もグリフィンドールで。大丈夫よ。私の時も大概そんな反応だったから」
「僕と君じゃあ訳が違うだろ……」
グリーングラスがグリフィンドールに選ばれた時、確かに周りは困惑していた。でもグリーングラス家は純血主義いえども僕の家ほど声高に宣言してはいない。
そうこうしているうちに、組み分けは進められる。やがてポッターの組み分けが終わり、僕の周りは耳障りな拍手が響いた。
おい、やめろポッター。何で僕の隣に座ろうとするんだ。
「何でここにいるんだ?」
ポッターは着席するやいなや僕にたずねる。
「それは僕が聞きたいくらいだ」
「私知ってるわ。マルフォイ家は中世フランスから生まれた純血主義の貴族で代々スリザリンなのよ。皆に驚かれても当然だわ」
グリーングラスの隣で栗色の縮れ毛の女がまくしたてるように言った。
「元々貴方のご両親は『例のあの人』の仲間だったって本当?」
「知らない!僕はそんなこと知らない!だいたいそれは随分前に決着がついた話だ!父上は悪い奴に呪いをかけられてただけだ!」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ」
縮れ毛は悪びれずに謝った。初対面の人間に魔法界を陥れた『例のあの人』の話をするなんて言語道断だ。それも僕の家のよからぬ噂なんて。
「ミスター・マルフォイ許してあげて。そういう事情に詳しくないのよ」
「ああそうか!詳しくなかったならずけずけと悪い噂を本人にきいていいのか?」
その時、グリーングラスは僕に耳打ちした。
―彼女はマグル生まれなのよ。
納得した。これだから穢れた血は嫌いなんだ。
「……あの、ごめんなさい。私はハーマイオニー・グレンジャー。これから仲良く出来たら嬉しいわ」
穢れた血のグレンジャーは僕に握手を求めたが無視をした。握手をしたらそれこそ僕の手が穢れる。
ひどく傷ついた顔のグレンジャーを見て隣に小突かれた。
「……ドラコ・マルフォイだ」
仲良くする気は毛頭ない。
※
組み分けは滞りなく進み、ようやく僕達は夕食にありつける。
ちなみにウィーズリーもグリフィンドールだ。僕の希望としては牢獄・アズカバンにでも組み分けされて欲しいところだったが。
そもそもこんなのっておかしい。
一体全体、僕が何をしたというのだ。
僕がグリフィンドールに組み分けされるなんて、それこそシリウス・ブラックがアズカバンから脱獄してくるの以上にありえない状況だ。
よくよく考えたら、僕の隣でステーキを呑気に食べる奴が変なことを吹き込んだのが原因だ。僕も恨みがましくステーキを一口食べる。……美味しい。
「おやおや、食事の最中にしかめっ面はよくありませんよ。こんなに美味しいものが食べられるというのに」
顔を上げるとそこにはゴーストがいた。しかも首が取れかかった。
「ぎゃー!ゴーストが急に話しかけるな!マナーだろ!」
「うるさいわよ。ご機嫌よう、サー・ニコラス」
「また会いましたね、グリーングラス嬢」
グリーングラスはにかんだ。
「グリフィンドールの新入生諸君、今年こそ寮対抗の優勝カップを獲得できるよう頑張ってくださるでしょうな?この六年間スリザリンが寮杯を取っているのですぞ!『血みどろ男爵』が鼻持ちならない状態です……スリザリンのゴーストですがね」
僕はスリザリンのテーブルをふと見やると、パーキンソンの隣に虚ろな顔のゴーストが鎮座していた。服には銀色の血が付着し、大いに食欲をなくしてくれる。パーキンソンもげんなりといった感じだ。
―ああ、あそこの席でいいからスリザリンのテーブルにいれたらどんなにいいだろう!
こんなに恥辱に満ちた思いはしないだろうし、肩身は狭くないだろう。
全員がデザートまで食べ終わったところで偉大なる校長―ダンブルドアが立ち上がった。
「エヘン―全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたりの諸注意じゃ。構内にある森には入ってはならぬ。上級生はよーく分かっているはずじゃ」
ダンブルドアはウィーズリーの双子に目をやる。
「管理人のフィルチさんから。授業の間に廊下で魔法を使わないこと。それと今学期の二週目にクディッチの予選がある。チームに参加したい者はマダム・フーチに申し出ること」
ダンブルドアは向きを正すと「最後にもう一つ」と前置きする。
「今年いっぱい四階の右側の廊下に近づくでないぞ。……とても痛い死に方をしたくなかったらの話じゃが」
いっそのこと僕以外のグリフィンドール生がとても痛い死に方で死ねばいいのに。
※
その後の話は少し割愛させてもらおう。
僕は今どこにいるかって?
ホグワーツの廊下だ。しかも真夜中の。
僕のルームメイトは野蛮人で日付が変わりそうになるまで馬鹿騒ぎしていたのだ。僕は奴らが寝るまでずっとベッドに潜り、息をひそめていた。
今、どれほどの校則を犯しているのだろう。でもあと数時間でそんな悩みともおさらばだ。朝が来たら僕の寮はスリザリンだ。オマケにグリフィンドールは僕のおかげで減点されてればいいのに。
僕は『ホグワーツの歴史』に記されてある通りに校長室に向かっている。
しばらく歩くと二対のガーゴイルが暗闇に浮かび、おもわず声が出そうになった。……危ない。ここでスクイブのフィルチに出くわしたら面倒だ。ここまで出会わなかったのも奇跡のようなものだ。
僕は扉をノックする。
「鍵はかかっておらんよ」
奥からダンブルドアの声がする。
「―失礼します」
校長室は荘厳な造りだった。壁一面に巡らされた円形本棚と繊細な止まり木で眠る不死鳥―言うまでもなく圧倒された。まあ僕の家ほどではないけど。
「夜分遅くにすみません。ドラコ・マルフォイです」
ダンブルドアはブルーのパジャマとナイトキャップを被っている。僕を見てにこりと笑った。
「来ると思っていたよドラコ」
「なら話は早いですね」
「ほお?話とは?」
どうせそれも分かっている癖に、と僕は密かに毒づいた。
「僕の組み分けをやり直してください」
ダンブルドアは眉を下げて悲しそうな顔になった。僕はこの反応は想定済みだ。偉大な校長はグリフィンドール贔屓で有名なのだから。
「それが……君の本心かね?」
「ご存知の通り僕の家は代々スリザリンです。……父上も母上も。僕にとっての最良の寮はスリザリンのみです」
「ドラコ、それは君の一族の先祖や両親の話じゃ。確かに君はマルフォイ家の一員じゃが、だからといって今までと同じとは限らん」
「で、でも僕も純血主義者で……」
「何故君は純血主義なんじゃ?」
考えたこともなかった。
「それは……」
言葉に詰まる。
だってそれが当たり前だった。
父上も母上も、うんと前の僕の先祖だって自分の血を信じてきた。
だから僕もそうだ。
それに何の理由が必要だ?
自分達の血こそが至高だと信じること。
それの何がいけないんだ?
―分からない。
「ドラコ。君は十分グリフィンドールでやっていける力は持っている。だから組み分け帽子は最終的に選んだのじゃよ」
必死に首を横に振る。
「僕にそんな力ないと思います」
「まだやってもいないのにどうして分かる?」
僕はまたしても何も返せなかった。唇を噛んだ。
ダンブルドアは悔しそうな僕を諭すように「もしどうしても自分がやっていけないと思ったら」と言った。
「一年経ったらまたここに来なさい。その時は君の組み分けを考えようかのう」
全く、末恐ろしい“クソジジイ”だ。僕がここまで汚い言葉を乱用することなど今後一切ないことを願いたい。
「寝室まで付き添おうかの。勿論、フィルチには内密じゃよ」
ダンブルドアはグリフィンドールの太った婦人の肖像画の前まで送ってくれた。
僕は足早にベッドに潜る。
―今日は人生で一番疲れた日だ。