A hero and traitor   作:木苺パン

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三話 魔法薬学

部屋に眩しい朝日がさしこみ、僕は目が覚める―

 スリザリンカラーの深緑の天蓋ではなく、僕がまず目に入ったのはまごうことなき深紅。

 ……まるで血の海だ。

 調度品の何から何に至るまで深紅と金、あるいはそれに合う色だ。つまり僕はまだグリフィンドールの生徒ということだ。どうりでよく眠れなかった訳だ。

 他の奴らはまだ寝ている。げっ、こいつはベッドから落っこちてるぞ。

 時計を見たらまだ朝食まで一時間もあった。

 ……そうだ。母上に手紙を書く約束をしたんだった。母上は僕の寮を知って何と言うだろう……悲しむかもしれない。父上は?ああ、お怒りになるに違いない。どうしよう。

 とにかく手紙を書くために着替えて談話室に行く。なんせここでは書くにも書きにくい。

「おはようミスター・マルフォイ」

「起きていたのかグリーングラス。お前も家族への手紙か?」

「まあね。そんなところよ」

 彼女はもう書き終わったようで便箋に封をしていた。宛名は……アステリア。

「やだ、勝手に覗き込まないでくれる?」

「ああ、……すまない。このアステリアというのは君の母上かい?」

「いいえ、違うわ。私の妹よ。パーティーで貴方は見かけたことがあるはずだけど?」

 グリーングラスは咎めるように問い詰めた。

「……忘れた」

 グリーングラスは僕を見てため息をついて呆れる。

「レデイの名前を忘れるなんて貴方も随分薄情者ね。……まあ仕方ないかしら。アステリアの方も最近恥ずかしがり屋だもの」 

 グリーングラスはローブのポケットに手紙をしまい込む。

「そういえば貴方、怒られたりしないの?純血主義のご両親に」

「だから怒られないように文面を考えてるんだ!君はどうなんだ?怒られないのか?」

「ラッキーなことにうちは放任主義なのよ」

 こういう時に限り他の家が羨ましい。そして妬ましい。特に気にした様子なく、嬉々として困る僕を眺める彼女はまさに悪魔の権化。

 僕は昨日からの疲れと怒りが溜まり、キャパオーバーだった。

「何なんだよ君は!昨日から!一体全体!そもそも僕がここにいなきゃいけない理由の半分は君みたいなもんだ!」

 激昂したにもかかわらず、彼女は余裕綽々だ。それがさらにむかついた。

「あらあら。そんなに怒っちゃって。言い訳なら昨日考えてあげたじゃない」

「―はあ!?どういう意味だ!」

 彼女は僕に向かって微笑む。それも聖母のような残酷な笑み。

「そのまんまの意味よ」

 それだけ残し、グリーングラスは談話室を去った。

 勿論、僕には意味が分からない。彼女の言葉も、彼女自身も。

 

 ※

 

 なんとか手紙を書き終えたあの朝から数日が経つ。

 恐ろしいことに父上と母上からの返事はない。

 悩んだ末に、僕は事実だけを簡潔に書いた手紙をふくろうで送った。

 ホグワーツの構造にも慣れ、授業も始まったが学校生活は僕が思っていたほど順調ではない。グリフィンドールの奴らは僕とまともに話そうとはしないし(こっちからも願い下げだ)それどころかお子様みたいな嫌がらせをする始末だ。当然三倍返しぐらいにはしてやるが。

 何より辛いのは僕の仲間とつるめないことだ。本当の僕は、今の僕と反対側の席でグリフィンドールの連中のアホさ加減を笑ってやったのに。

クラッブもゴイルも、僕と目を合わせようとは絶対しない。反対にパーキンソンは前より鬱陶しくなった。「ダフネの仕業よ!」と息巻いている。あながち間違いではないと僕も睨んでいるが、正直、パーキンソンの慰めは僕の慰めにはならず、むしろ段々と自分が情けなく思えてくる。

 ―何で僕はここにいるんだ?

 自問自答を千回。でも答えは誰も教えてくれない。

 一年経てばグリフィンドールともおさらばだ。僕はそれを大人しく待つしかない。

 そういえばグリーングラスもかろうじて被害を受けているようで、毎日呪いの文書が届くそうだ。いい気味だ。

 僕の最悪な学校生活はそんなところだ。

 そして今日は初めて魔法薬学の授業がある日だ。

 一応、ホグワーツに入る前までは一番楽しみにしていた授業だ。教授のスネイプ先生は父上の後輩だと聞いていたし、何より父上が先生をいたく気に入っているからだ。恐らくスネイプ先生は僕を御贔屓なさると思っていたが、今は微妙だ。

 何故かって?

 僕がグリフィンドールだからだよ!

 

 魔法薬学の授業は地下牢で行われる。しかもスリザリンと合同で。

「おい、グリーングラス。僕と―」

 ペアを組まないか、と聞こうとしたが、すでに相手を見つけているようだった。グリーングラスはスリザリンの一部女子に恨みを買われつつもグリフィンドールではそこそこ上手くやっているらしく、僕の知らない女子と一緒に席に着いている。

 僕はグリーングラスを呪う方法を調べるために図書室に行くことを誓っていると、ローブがくい、と引っ張られた。

「ドラコ。私と一緒に座りましょ」

 正体はパーキンソンだ。相変わらず空気の読めない奴だと思い、僕はイラつきながら言った。

「パーキンソン。悪いが他をあたれ」

「だって私も余っているんだもの」

 僕は周りを見渡したが、確かに余りは僕とパーキンソンだけだった。意外と策士なんだなと感心しつつ舌打ちする。本当は絶対に相容れない二寮が隣だなんて目立ってしょうがない。その証拠にポッターとウィーズリーはこっちを見てニヤニヤ下卑た笑いをしている。

 スネイプ先生が教室に入ると、グリーングラスの悪口を並べ立ていたパーキンソンも押し黙った。僕も自然と背筋が伸びる。

 黒衣の魔法薬学教授・セブルス・スネイプ―。

 それは本当だった。油っぽい髪の毛と土気色の肌はお世辞にもあまり清潔には見えなかったが、出席の途中で「ハリー・ポッター。我らが新しい―スターだね」と皮肉ったので僕は大層好感が持てた。

「このクラスでは魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

 変身術のマクゴナガルと同じで何もせずとも生徒は静かに話しを聞いている。

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを―」

 申し訳ないがこの先の演説は聞いていない。グリーングラスのあの発言よりさらに難解だからだ。でも分からなかったのは僕だけではなく、隣のパーキンソンもポカンとしている。クラッブとゴイルは今にもいびきをかき出しそうだ。

 そしてスネイプ先生は突然、「ポッター!」と叫んだ。

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

「分かりません」

 スネイプ先生の前で恥をかかないように、と父上が仰っていたので魔法薬学の教科書は一通り暗記しているつもりだ。どうやらグレンジャーも同じなようで手を挙げている。

「チッ、チッ、チッ―有名なだけではどうにもならんらしい」

 先生はグレンジャーを無視する。

「ポッター。ベアゾール石を探せと言われたらどこを探す?」

「分かりません」

 先生はグレンジャーを無視する。

「ポッター。モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?

「分かりません」

 やれやれ、これじゃあアホのポッターのせいで授業にもならないじゃないか。

―そうだ、もしかしてこれは生き残った英雄様にぎゃふんと言わせるいい機会なのでは?

 僕は決心して手を挙げた。

「ほお……ドラコ。君がポッターの分からない問題を代わりに答えるのか?」

「はい。全て」

 スネイプ先生の目は見開かれた。

「諸君、ドラコが完璧な回答を今からするのでよく聞くように」

 何でいらないプレッシャーをかけるんだ?しかし先生は僕に期待していらっしゃるはず。

 見てろポッター。

 ―吠え面かかせてやる!

「まず、アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬になります。これは強力なため『生ける屍』とも言われます。次に、ベアゾール石は山羊の胃から取り出し、たいていの薬の解毒剤となります。最後に、モンクスフードとウルフベーンは同じ植物で、別名をアコナイト。とりかぶとのことです」

 僕は一気に言い終える。

 驚いた表情のポッターが見える。

「正解ですよね?」

「ああ―完璧な回答ありがとう。諸君、何故ノートをとらない?」

 羽ペンが滑る音が一斉にする。

 どうだポッター!

 僕はあいつに吠え面をかかせてやった。きっと心の中でぎゃふんと言っているに違いない。

「ポッター、君の無礼な態度でグリフィンドールは一点減点」

 一点だけか。できればポッターのせいで十点も二十点も減点してくれればいいのに。

「そしてドラコ、君の回答でグリフィンドールは二点加点」

 ちょっと待て。ポッターのせいで僕は一点しか稼いでいないぞ!

 パーキンソンは小声で「やったわね、ドラコ」と褒め称えたが、表情は微妙そうだ。それもそのはず、僕達は違う寮なのだ。

 

 その後スネイプ先生の指示でおできを治す薬を調合することになった。実際に薬を作るのは初めてだ。

 僕はパーキンソンにアドバイスしながら薬を作る。先生は僕以外の生徒に注意して回っている。どうやら僕には調合の才があるらしい。

 しかし、僕とパーキンソンが角ナメクジがを茹で終わる頃、地下牢に緑色の煙、さらには異臭がした。

 どうやら間抜けなロングボトムがやらかしたらしい―こぼれた薬は大理石の床をつたい、生徒の靴底に大きな虫食いみたいな穴を作り、たちまち教室は阿鼻叫喚、悲鳴の海に包まれる。僕は条件反射で杖を出し、もはや薬といっていいのか分からない液体を警戒し、椅子の上に乗った。なんとパーキンソンは僕の乗った椅子に強引に乗った。

「パーキンソン!邪魔だ、くっつくな!」

「だってぇ」

 潤んだ瞳でこちらを上目遣いに見つめるが、こんなことをしている場合じゃない。一つの椅子に二人は定員オーバーだ。椅子はぐらりと揺れ、バランスを崩す。

 ―落ちる!

 咄嗟に目をつむり、後の惨状を覚悟する。

 そして、意を決して目を開けた。

「……え?」

 床に広がっていたはずの液体は一掃されていた。

 どういうことだ?

「すごいわドラコ!魔法を使って皆を助けるなんて!」

「え、……僕が……」

 これをやったのか?

「だってドラコでしょ?杖を持っているの貴方しかいないもの」

「ああ、うん……そうだな……」

 生徒達の中で歓声が起きた。スリザリンの生徒もこの時ばかりはパーキンソンに合わせて拍手をしてくれたが、問題は僕がやった覚えがないということだ。

「静かに!」

 スネイプ先生は叫んだ。

「大方、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」

 ロングボトムには顔のそこらにおできが広がっているが、言うほどひどくはないようだ。涙を滲ませながらひたすら先生に謝っている。

「医務室に連れて行きなさい」

 やや扱いに困ったような顔でスネイプ先生は他の生徒に命じた。

「……ドラコ、君の冷静な判断にグリフィンドールに三点。本日の授業は終了だ。解散」

 生徒達は蜘蛛の子を散らすように教室を出た。

 

僕は授業終わりに廊下で誰かに背中を叩かれた。

「―痛ッ!」

 僕は暴力を振るった奴に杖を構えるよりさきに「すっごいぜ、マルフォイ!」という声が聞こえた。

 その相手がクラッブかゴイルだったら不信感を覚えなかっただろう、その相手はウィーズリーだった。

「悪かったって。杖を向けないでよ」

「……何の用だ、ウィーズリー」

 警戒心剥き出しの僕に目もくれずに、こいつはペラペラ喋り始めた。

「僕さあ、君のことを見直したよ!ハリーのフォローをした上に、全員おできができる危機から救ったんだからね!」

「別に僕は……!」

 何もしていない、と言おうとしたがそれをポッターが遮った。

「ありがとう。マルフォイ」

 純粋なお礼だ。しかも絶対に仲良く出来ないと思っていたポッターからの。

「それは……まあ……、」

 喉が熱い。でもこれは怒りや悔しさの類ではない。

 喜びと少しの気恥ずかしさ。

 初めての感情。

「同じグリフィンドール生として当然のことを当然のことをしたまでだよ」

 ポッターとウィーズリーは二人で顔を見合わせた。

「僕達、君を少し勘違いしていたみたいだよ。お互いにね」

「これからは仲良くしようぜ」

 

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