百合色スタァライト   作:尊さに目を焼かれた人

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真矢様に挑む気持ちを再認識したクロちゃんの話

「お休み、真矢」

「お休みなさい、クロディーヌ」

 

 最後に笑顔を交換し合って、天堂真矢は西條クロディーヌの部屋を退出していった。

 

 クロディーヌの笑顔を固まらせて、ベッドに身を投げる。天蓋付きベッドのスプリングが彼女のささやかな体重で僅かに音を立てた。クロディーヌはうつぶせで枕に顔を埋め、息を大きく吸って吐く。

 

 吐き切って、吸って、止める。そのままの状態で三十秒が経過。まだ呼吸を再開しない。一分経過。まだだ。

 

 歌で踊りで演劇で鍛えた心肺機能を十全に活用した無呼吸状態は二分を超え、三分に至ろうかという所でやっと、すぅ、と鋭く排気、吸気。瞬時に取り込んだ息を全て使い切る様な発声で、

 

「……なんでー、キスしてー、くーれーなぁいぃのぉー」

 

 歌う様に、何時でも準備は出来ているのに一向に行動に移さないヘタレな真矢と、一度は拒否した癖にその気になった途端待ちきれなくなっている我儘かつヘタレな自分に呪詛を吐く。

 

 枕で遮られて周囲には然程響かなかったクロディーヌの声だが、他ならぬクロディーヌ本人にはとても良く響いた。

 

 真矢の部屋で寝ている彼女に深いキスOKの意思を伝えて、クロディーヌの側がもうすっかりその気になって、つまりは一歩踏み込んでさえくれれば後は何の障害も無い状態となって、一週間が経った。

 

 でもキス出来てません。何故でしょう。正解は、真矢は以前の失敗とそれによって引き起こしてしまったクロディーヌの怒りを恐れて今一歩踏み込めず、クロディーヌはクロディーヌで真矢の意思を受け入れる形で覚悟を固めたので自分からはちょっと度胸が足りないかなというヘタレっぷりだからです。

 

 クロディーヌは枕に顔を埋めたまま足をばたつかせてしばし暴れた。なんでこう上手くいかないのか、なんでこう不器用なのか、と。

 

 本気で比較するわけでは無いが、今までやり通したどんな舞台やレッスンよりも恋愛は難しい気がする。

 

 この前は熱に浮かされてクロディーヌを押し倒してまで首に舌を這わせて吸い付いてキスマークを付けた癖に、クロディーヌがその気になってからは優秀な子犬ちゃんみたいに恋人の言いつけを守って実に紳士的であった。

 とても久し振りな気がするカッコ良くて落ち着いた天堂真矢だ。頑なに手を出してこないが。裏で純那やななと頻繁に作戦会議を開いているのは知っているが、その兆候をクロディーヌの前で見せる事は無い。

 

 そして、真矢の健気さにキュンときて急にキスOKに転じたクロディーヌはといえば、意気地なし全開である。待ちなのだ。ずっと待ちだ。寝ている真矢には分かった様な事を言ったのに結局は愛しい真矢に優しく激しくチューして欲しいなぁという夢見る乙女気質でチラチラしているだけなのだ。

 

 脳内を吹き荒れる自虐と故無き他虐にクロディーヌは恥ずかしいやら情けないやらで息が出来なくなってきた。負けず嫌いは何処に行った、西條クロディーヌ。真矢を超えるという意気込みは何処に落としてきた、西條クロディーヌ。

 

 そりゃあクロディーヌの真矢は何時だって凄くて素敵でカッコ良くて可愛くて可憐で凛々しい上に実は人並みに抜けた所もあって目が離せない世界で一番魅力的な人だが、自分はそんな真矢のお淑やかなで控えめなお姫様で満足なの? 

 

 むしろ過去の失敗を気にして踏み出す蛮勇を失っている真矢の唇を華麗に奪って妖艶に微笑みを投げかけてやり、殺し文句の一つも囁けばこの先の主導権はずっと私のものよねって位の大チャンスでは無いのか?

 

 あんたが買ってた本見たわよ、あんなのに頼ってまで私が欲しくて堪らなかったの? はしたない真矢、情けない真矢。こんなあんたを愛してやれるのなんか私だけよってな位に飴と鞭を食らわせれば天堂真矢だってもうイチコロなのでは? 

 

「ここで奮起しないで何時するのよ西條クロディーヌ。あんたは天堂真矢を超えるんでしょ? 天堂真矢に勝つんでしょ? だったら私の真矢を私がリードしてあげる位の気持ちで挑むのが当然では無くて?」

 

 そもそもキスなどこの先ずっとこの世界で生きていくなら役割を演じる上でもする事は当然あるだろう。ましてや相思相愛の恋人同士の間でそれをするのがなんでそんなに悩ましいのか。

 

 確かに少し前まではもうちょっと時を重ねてからとか思ってはいたが、真矢の想いに絆された今、そんなのは過去の話。今のクロディーヌの気持ちは悩むまでも無く、真矢とそういう事がしたい。真矢にされたい。真矢にしてあげたいに決まっているのだ。

 

「純那となななんか絶対してるわよ。たまにあからさまに顔が赤い時があるもの。人前では兎も角二人きりでは何してるか分かったものじゃない。華恋とまひるとひかりなんか下手したら三人でよろしくやってる……!」

 

 双葉と香子はなんというかもう夫婦の域なので殿堂入りという事で除外。

 

「第一何時までも待たせて置いたら、もっとお手軽な誰かさんの所に真矢が行っちゃうかも……!」

 

 クロディーヌ自身それは無いだろうと思ってしまう無理な疑惑である。真矢がそんな下らない理由でクロディーヌを捨てるなんて事は無い。絶対に。逆もまた然りだ。だが、今のクロディーヌには無理筋な妄想であっても行動の為の燃料が必要だった。

 

 実際あり得るかと言えば絶対に否だが、仮の想定としてはそこそこ実用的な妄想である。

 なにせ天堂真矢はモテる。聖翔音楽学園は女子校だが、だからこそ真矢の様に才色兼備で実力があり血筋も良くそれでいて人当たりの良い女はモテる。カリスマにやられるのだ。

 下級生の間では最上級生にすら匹敵、或いは凌駕する人気があると聞く。

 

 実際にそう振舞えるとは自分でも思わない威丈高な自分、親友たちの恋愛事情や存在しないし存在させる気も無い仮想泥棒猫を脳内で想像して、クロディーヌは自分に発破をかける。

 

 ああいう天堂真矢には縁遠そうな本を買い求めてまでクロディーヌを欲していて、それでいて何時かクロディーヌが受け入れてくれる日まで我慢しようとしているのが今の真矢。ヘタレなんてとんでもない。

 

「あの強欲で嫉妬深くて私大好きな真矢が、私の為に、私を想って、私の言う通り我慢してくれてるの。なら、勇気を出さなきゃいけないのは私の方」

 

 何故なら私は西條クロディーヌ。真矢に付いて行けるのは私だけ。真矢と一緒なら、私はもっと高く飛べる。私と一緒なら真矢はもっと高く飛べる。他ならぬ真矢と私がそう言ったのだから。

 

 「私のクロディーヌ」に対する真矢の愛に、「私の真矢」に対するクロディーヌの愛が負けていない事を証明する必要がある。待ちの姿勢なんてとんでもなかった。今までの構図で言うなら、挑みかかるのが西條クロディーヌで満を持して迎え撃つのが天堂真矢だ。

 

 勝敗はお互いがお互いを尽くした結果に付いてくる。

 

 何時かこの行為が日常になって、この悩みは過去の微笑ましい思い出になるとしても、少なくとも今現在は最大最強の願望欲求にして悩みの種だ。開き直る事など出来ない。それでも行動だけが道の先を開く。

 

「……良し!」

 

 クロディーヌはベッドの上で立ち上がると、己を奮い立たせるべく拳を握った。

 

 乙女たる者、恋に真剣で何が悪い。舞台少女は日々進化中なのだ。前進あるのみ。後退は無い。

 

 

 

 

 

「今日、此処で寝るから」

「──ぅえ」

 

 点呼後にして消灯後、もう寝るしかない時間に部屋を訪れそう宣言したクロディーヌを相手に──真矢はすごい顔ですごい声を出した。

 

今日の二人の夜は、まだ終わらない。

 

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