百合色スタァライト 作:尊さに目を焼かれた人
「……天堂クロディーヌ、かな……やっぱり……」
テレビ画面では何だかんだ年に一回は放映されている気がする有名なアニメ映画が最高潮を迎えていた。クロディーヌと真矢は隣り合ってそれを鑑賞していたのだが、突然の呟きに真矢は隣の彼女を見る。
クロディーヌの零した呟きは特に何の考えが有った訳でも無く、もう何回も見た作品を半ば寝ている様な意識下でぼんやりと眺めていたために、ぼんやりと脳内で浮かんでは消えていた妄想上のあれやこれやが文字通り口から零れ落ちたものだった。
だから自分がその事を口に出した事さえクロディーヌは気付いていなかった。クロディーヌは隣の真矢が自分を見つめている事に気付くと不思議そうに見返し、
「どうしたの?」
「……いえ、その……」
「なぁに?」
「今、貴女が……天堂クロディーヌ、と……」
自分の想像の中でだけ、それだけだった筈の名前が天堂真矢の口から出た事にクロディーヌは驚愕し、そして瞬時に真っ赤になった。
愛しい人と同じ名字を名乗る。自分の想像の中だけでしていた、恥ずかしくて気が早くて到底口に出せないその呼び名を真矢本人に聞かれていたという事実。自分の気の抜けっぷりと口の緩さに凄まじい勢いで羞恥が湧いてくる。
ここが寮の共用スペースで無かったら悲鳴を上げて自室に逃げただろう程の羞恥はしかし、真矢がクロディーヌの手を自らの両手で包み込んだ事で、一時中断される。
「その! 西條真矢でも私は一向に構いません……愛しいクロディーヌとずっと一緒に居られるのなら」
クロディーヌ自身にとってさえ不意打ちだった不規則な発言は、真矢にもしっかり刺さっていたのだろう。言おうとして言った訳では無いと真矢にだってわかった筈だ。しかし真矢はまるでプロポーズでもするかのように、厳かに、そして真剣にそう言ってくれたのだ。
不意打ち返しが、クロディーヌの失態に対してこの上なく男前に決まった。クロディーヌは羞恥とは別に感情によって急上昇する心拍数を誤魔化す様に、傍らの真矢の肩に頭を預け、消え入るような小さい声で言う。
「……もう、本当にヤな女」
真矢はクロディーヌの肩を抱く、と囁く。
「照れた顔も最高に可愛いですよ、私のクロディーヌ」
「……馬鹿」
という二人の振る舞いに、同じ部屋でテレビを見たり談笑したりしていたその他九九期生たちは未曽有の急上昇を見せる空間砂糖濃度に恐れ戦き、元凶二人を驚異的な物を見る目で見やった。
アニメ鑑賞中に突然仲睦まじさを見せつけてくる主席と次席の名物カップルにある者は羨ましそうな、ある者は胸焼けした様な様々な反応を見せる。そして最後にはテレビ画面に視線を戻し、心中で全てを諦めた様に呟いた。
真矢クロは今日も円満みたいで何よりね、と。
「って事があったんだよ、純那ちゃん」
「あの二人は本当にもう……」
心底呆れた、と言わんばかりに星見純那は深々と溜息を吐く。意識しての事では無いのかもしれないが、それにしてももうちょっと時と場所を選べないのだろうか。
名字交換とかもう完全に結婚を意識した言動であり、ラブラブ自慢ここに極まれりという位のアレさ加減だが、いやもう本当に二人だけの時にやって欲しかった。純那は自学の為自室で机に向かっていたのだが、同じ空間で直にその遣り取りを見聞きしていた者たちの精神状態が少し心配になった。
「純那ちゃーん」
人伝に聞いた純那でさえ、他人事ながら頬が熱を持ってくるのを感じるのだ。唐突に濃度の高いイチャつきを直接見せつけられた被害者たちが心を乱していなければよいのだが。
「じゅんなちゃーん……」
そう、例えば今純那の後ろでせがむ様な声を発している大場ななの様に。
「……なに? なな」
「えへへ」
椅子を回して向き合うと、床にぺたんと座ったなながそのまま純那のお腹に手を回し、顔を埋めてくる。
今日のななは甘えん坊モードな様だ。純那は慣れた様子で彼女の身体に手を回すと優しく抱き返し、その頭を撫でて上げる。
純那には上手く言えないのだが、ななは甘え上手だ。そして甘えられるのも上手だ。みんなのお母さん的存在であるななが他の誰にも見せない甘えたがりな子供っぽい姿と、そして驚くほど妖艶で大人びた姿で純那を翻弄する。
甘えるななを純那は無下には出来ないのだけども、妖艶なななに純那は逆らえない。あの低い声で囁かれると背筋がぞくぞくして頭に靄が掛かったようになり、全てを受け入れたい気持ちになってしまうのだ。
狙ってやっている訳ではない、と純那は思う。二面性というのとも違う。ただななには再演という、単純に年数で言うと実年齢の何倍にもなりかねない長い長い経験があって、その経験の分だけ色んな思いが積み重なっていて──彼女の妙に甘えん坊で純那にべったりな子供っぽい所と、嫉妬深くて純那を欲しがる妖艶な所は、そういう物の表れなのだと思う。
どちらのななにも惚れ込んでしまった純那としては、一粒で二度美味しいというか、ななの全部を理解して受け止めて上げられるのは私だけというか──そんな所だ。最も、そうして割り切った考えを持てるようになったのはごく最近なのだが。
ななの最大の理解者である純那には、今の彼女が求める事が、欲しい言葉が勿論理解できた。ただちょっと、恥ずかしかっただけで。
「……私たちの場合、大場純那になるのかな」
「星見なな。えへへ、こっちの響きの方が素敵だと思う」
勿論、嫌では無いのだ。ただ純那には、明日にでも結婚披露宴を開きそうなあのカップルみたいに振舞うには度胸が足りなさすぎるというだけで。
これじゃあのバカップルを笑えないわね、なんて考えながらも、ななを抱き締める純那の顔には、幸せそうな笑顔があった。
「双葉はん、最近名字を交換して呼ぶのが流行ってるらしいで?」
「そう、なのか」
普段通り直球に呼んで呼んでとせがむかと思えば、香子は自分のベッドの上で膝を抱えながら、双葉の様子を窺い、確かめる様にその話題を口にした。
その姿だけを見ると香子が控えめでお淑やかなお嬢様に見えてしまって、双葉はつい動揺し、言葉を詰まらせてしまう。
双葉は第二次真矢クロテロのその場に居合わせていたので、あの時は砂糖を吐きたくなるほど甘ったるい雰囲気を存分に堪能させられた。何時かのまひかれひか騒動を思い出したのもあって、それ以上同じ空間に居たくなかったので部屋に逃げ帰ったものだ。
だがあの真矢クロテロがどんな影響を及ぼしたものか、九九期生の間では仲の良い友人同士で名字を交換してみるという遊びがなんと流行った。勿論バカップルみたいなガチな雰囲気では無くて、文字通り友達同士のお遊び的なものだが。
おーおーお熱いですこと的な当て擦りもあっての流行だと思うのだが、元凶となった二人はさぞ居心地の悪い思いをしているかと思えばケロリとしている。ハートが強過ぎるのも考え物だ。ともあれ、今は香子だ。
強かさも秘めた腹黒加減も何処へ行ったのやら、てっきりこのネタで自分を揶揄いに来るに違いないと思っていた双葉は良い意味で拍子抜けしてしまった。
「……あたしと香子だと、いするぎとはなやぎで響きが近いからあんま新鮮味が無いな。花柳双葉。あたし、香子みたいには舞えないけどさ」
「ふ、双葉はんはその分殺陣が得意やし、うちと同じにならんくても良いんどす。違い合っても、支え合っていければ……。うちの場合、石動香子、やね」
これもぜーんぶ変な雰囲気をばら撒いたあの二人のせいだと責任転嫁して、妙に可愛らしく見える香子に対し、双葉は揶揄う様に、
「家元のうちの子を嫁に貰えるような女に、あたしなれるかなー?」
「そ、そこは絶対なって見せるて言うところですやろ! 双葉はんはほんに女心がわかってへんわ、もう……」
香子はさも拗ねた風にそっぽを向いたが、目元が緩んでいて機嫌がいいのは丸わかりだった。それでもなお、双葉は香子を宥める為という名目の元に、彼女の隣に歩み寄っていくのだった。
「神楽華恋、神楽まひる。私はずーっと言ってた、やっと時代が私に追い付いた」
「むむ~……愛城まひると愛城ひかりの方が語呂が良くて私はグッドだと思うけどなぁ!」
一騎打ちとばかりに睨み合う運命の二人。その傍らでまひるは出遅れてしまっていた。
なにせ二人とも嫁にすると主張していた愛城華恋と、二人をそれぞれ嫁と婿に迎えると主張していた神楽ひかりの両者に対し、露崎まひるは華恋とひかり両方への嫁入りを主張していたからだ。故に此度の名字交換疑似結婚妄想ブームに際し、後塵を拝する結果になってしまった。
開幕一番に二人の嫁になった場合まひるちゃんは何て名乗るの? 愛城神楽まひる? それとも神楽まひると愛城まひるで名前二つになるの? それはおかしいよね、うんおかしいと論理的矛盾を感情的につっつかれて二対一に押し込まれ、結果押し切られてしまったのだ。
それでもまひるは自分の運命の舞台を、自分の望むスタァライトを諦めない。激論を交わす二人を前に今を至福にして雌伏の時と刃を研ぐ。
三人ともボケでツッコミが存在しない、星光館が擁する真矢クロをも上回るトライアングルバカップル頂上決戦は、まだ始まったばかりだ──!
前回の話で流れ的には丁度良く締まっているので、これからは毎日更新では無く、ネタが浮かんだ日などに散発的に投稿するようになると思います。
もう直ぐ見られる最終回が待ち遠しい事この上なく、この作品を通して少女☆歌劇レヴュースタァライトを愛する皆さんと関わり合えたことに感謝いたします。