百合色スタァライト   作:尊さに目を焼かれた人

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気付いてしまった香子の話

「駄目や、ほんに駄目や……双葉はんの顔が見れへん」

 

 見ると、意識してしまう。今まで一度としてそんな風に意識した事は無い筈なのに、今はもう駄目だ。

 

 一番身近で、一番傍で、一番尽くしてくれる、一番一緒に居た、一番の親友。今まではそれだけだったのに。いや、今だって双葉は何も変わっていないのだ。変わってしまったのか他ならぬ香子の方で。

 

 突然理由も言わず、一方的に自分を避け始めた香子の事を双葉はただただ心配してくれていた。香子自身、正直胸が痛む。普段とは違う意味で双葉に負担を掛けているのだ。

 

 香子にしては誠に珍しい事に、申し訳ないと言う気持ちがある。でも他ならぬ双葉にだけはこんな相談は出来ない。

 

(双葉はんにキスされるゆう幻聴聞いたり双葉はんにキスされる夢みたりしてから、双葉はんを見るとドキドキする様になって……なんて言える訳ないやろ)

 

 言える訳がない。でも、言ったらどうなるだろうか? 引かれる? 笑われる? そうしてまたいつもの関係に戻れるのなら、一通り引かれたり笑われたりすることで香子自身ここ三日間脳内を占拠し続ける光景を忘れられるのなら、それはそれでいい気もする。良くないけど。出来る気はしないけど。少なくとももう悩まずに済む。

 

 けれども、

 

(夢と同じ展開に、とか……)

 

 予知夢、正夢。そんなもしもを想像している香子が、期待している香子が──香子の中には確かに存在するのだ。

 

 だから双葉と一緒に居られない。一緒に居る事に耐えられない。今まで当たり前だった接触が、今はもう堪らない。

 

 顔が熱くなる。目を合わせられない。胸が高鳴る。声が震える。そうした様子を双葉に見咎められたら、ましてや内心を察されてしまったら。

 

 ずっとずっとそんな事ばかり考えていて、もう三日になる。三日も双葉と離れ離れでいた事が香子の人生で今まであっただろうか。

 

 いや勿論、お互いに仲が良く親同士も密接な関係とは言え別々の家の子だし、病気や喧嘩などでそれ位離れていた事自体は、ある事はあるのだ。でもそういう仕方なく以外で、会えるのに会わない、追い縋る双葉を香子が避け続けた事なんて前代未聞だし、これからもないだろう。

 

「双葉はんに会いたい……」

 

 ちゃんと一緒にいたい。今までずっとそうしていた様に、これからもずっとそうだと約束した様に、当たり前の様に傍に居て欲しい。双葉が傍に居るのが当たり前の人生を過ごしてきた香子にとって、自分より小さくて、そして遥かに大きな存在だった双葉の不在は大変事だった。

 

 そうである事に耐えられず避けているのは香子の方であると言うのに。寮でも学校でも稽古中でも避けて避けて、同じ部屋の中でも何でもないと言い張って帰るなり寝たふりをして、そんな香子を双葉はずうっと心配してくれて。

 うちはなんて我儘なんやろう、そんな気持ちが香子の胸を満たした。これもまた非常に珍しい事だ。

 

 何時もなら双葉はんはうちがおらんと何も出来へん、うちが双葉はんのお世話してあげてるの、双葉はんがうちを最優先するのは当然、だってお弟子さんみたいなもんやし。双葉はんだって好きでしてはるの。それが花柳香子であり、また石動双葉だった筈なのだ。

 

 でも今は違う。

 

 そういう幻聴を聞いて、それがきっかけでそういう夢を見た。たったそれだけの事で一変してしまった。

 

 ──本当に一変したのだろうか。香子は三日間悶々と悩み迷った末に、恐ろしく恥ずかしい可能性に気付いた。

 

 だって、もし自分と双葉の間にあるものが強い友情という絆、ただそれだけだったのならば、そもそもキスがどうこうなんてありもしない幻聴を感じるのはおかしい。それを夢に見る程気にして、親の顔より見慣れた双葉の顔が見られないほど心を乱すなんておかしい。

 

 それほどの大変革が一夜にして起こってしまうなんて変では無いか。

 

  本当はずっとずっと好きだったのでは? ずっとずっと、それこそ最初の最初から。ただ本当に幼いころから当たり前だったからそういう物だと気付かずに、意識せずに、自覚せずにいただけで──花柳香子は最初から石動双葉が好きだったのではないだろうか。

 

 満たされてはいたから飢えを知らずにいただけ。

 

 やっと、十数年かけて好きの意味に気付いたのでは?

 幼児の様な好きから年相応の好きに飛躍してしまっただけなのでは?

 だから今までの様なお世話だけでは足りなくて、キスを欲しがってしまう? 

 人生の大部分を掛けて溜め込んできた好きに耐えられなくて、でも双葉が欲しくて、でも気持ちの変化は自分でも分からなくて。だから顔を真っ赤にして避け続けていた?

 

「あっ……」

 

 その考えに至った瞬間、香子の全身が発火して、心臓は爆発した。

 

 そうとしか思えない程に、身が焼け切れるかの如く好きが押し寄せてきて、耐え切れなかった。

 

 何時だって双葉に傍に居て欲しかった。

 ご飯を食べる時は隣で、時にはあーんで。

 歩く時は一緒で、手を繋ぐか、自転車やバイクの後ろで寄りかかり、ぎゅうと抱き着いて。

 双葉の一番が自分でなくては我慢がならなかった。他の子にしろ物にしろ、それのせいで双葉がちょっとでも離れてしまうなら嫌だったし嫉妬したし怒った。

 双葉の全てが自分に向いていて欲しくて、双葉の持っているもの全部が自分の為であってほしくて、時間も手間も、なんだって何もかも全部全部。

 そうしていると、双葉も自分の事がちゃんと好きなのだと安心できて、嬉しくて。

 

 時に双葉が思い通りにならなければ駄々をこね、離れる振りをしてはちらりちらりと双葉の反応を窺って、気持ちを確かめて。追ってくれれば嬉しかったし、わざとらしく逃げられれば香子の方から追った。

 

 どんな時でも離れると言う選択肢は無かった。何の自覚も無かった昔の香子は、聖翔音楽学園に来る時だって当たり前の様に双葉にもそうする様に強請ったのだ。幼い頃の約束をそのままに、小中学校を卒業したって、それこそ大人の仲間入りも間近な歳になっても、ずっとずっと一緒に居る事を望んだ。

 

 例えば聖翔音楽学園を卒業する時が来たら、香子は双葉と離れるだろうか。絶対に嫌だと思ったに違いない。京都に帰って流派を継ぐにしろ、進学するにしろ、想像も付かない新たな道を歩むにしろ、絶対に自分の隣には双葉がいなければいけないのだと何が何でも強弁しただろう。

 

 幾つになっても、ずっとずっと。

 

 こんなの何処から如何見ても恋だし、愛に決まっているではないか。

 こんなにも大好きで愛しているのに、むしろ今までの自分はどうして幼馴染、腐れ縁、親友、お弟子さんなんていう言葉で誤魔化してこられたのだろう。

 

「あかん、あかん……」

 

 香子は呻いた。

 

 この気持ちに気付かなければ良かった。幻聴も夢も、何もかも無かった事になれば良いのに。

 そうだったら今までと同じに、当たり前の様に双葉を求め、当然の如く一緒に居られたのに。それだけで満足だったのに。

 

 これからどうしたら良いのだろう。双葉の事が好きだという自分の気持ちに、香子は気付いてしまった。もう今までの様に双葉と接する事は出来ない。

 

 今までとは違った意味で傍に居て欲しい。今までとは違う意味で手を繋ぎたい。抱きしめて欲しい。甘やかして欲しい。自分だけの双葉でいて欲しい。──キスしてほしい。そういう自分の気持ちが、香子にはもう分かってしまう。

 

 でも、十数年一緒に居た幼馴染に、こんな自分の急変をどう伝えたらいいのだろう。上手く告白できれば、受け入れてもらえるのだろうか。

 

 現状告白するどころか、真っ当に双葉と会話をするだけでも香子には難しいのに。

 

 たった三日でもう香子は双葉欠乏症になりつつある。でも、これから何日かけた所で香子はこの恋情に慣れる事など出来そうにない。ただの親友、ただの幼馴染の振りなどできない。

 悲しくなる。視界がぼやける。涙が出てきた。

 

「双葉はん……」

「──香子!」

 

 力強い想い人の声が耳に飛び込んできたのは、そんな時だった。

 




続きは明日。
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