百合色スタァライト   作:尊さに目を焼かれた人

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双葉大好き花柳香子、香子大好き石動双葉の話

「やっぱりここにいたんだな」

「ふ、双葉はん……!」

 

 道場の畳の上で膝を抱えて転がっていた香子を見つけてくれたのは、当然の如く双葉だった。

 

 ここは香子のお気に入りの場所なのだ。畳の上が落ち着くから。

 疲れた時、拗ねた時、二人だけになりたい時、香子と双葉はいつもここに来た。

 

 そして香子は双葉の膝やお腹に頭を預け、和やかな時を過ごすのだ。

 

 ただし、今日の香子は乱れた心境のままにただ足の向くまま逃避の末にこの場所に来たのであり、どちらかと言うと見つかりたくなかったのだ。だが、双葉は当たり前の様に香子の下へ辿り着いて見せた。

 

「な、なして──」

「あたしが香子の事、見つけられない訳がないだろ?」

 

 事も無げに言い放つその言葉に、香子の心臓は跳ねた。

 

 何の事は無い、双葉は幼い時から香子探しの経験値を積みに積んでいる。日ノ本広しと言えど、逃げた花柳香子を探させたら石動双葉に太刀打ちできる者は存在しないのだ。

 変な話だが、双葉が必ず自分を見つけてくれると分かっているから、香子にしてみれば安心してお稽古からエスケープできるという意識もあるのだ。

 

 ここ最近の双葉は、他ならぬ香子が原因不明のつれない態度を取るせいで精彩に欠けていた。表情も力無く、不安げでオロオロとしていた。その姿を見る度にうちのせいや、と香子は胸を痛めていた訳だが、今の双葉は全く違う。

 

 決意に満ちた顔をしている。麗しくも堅く引き結んだ口元は凛々しく、キッっとした形の良い眉は意志の強さを感じさせ、それでいて目元は力強くも──どこか熱情を秘めた様に熱っぽい。頬も上気している。

 

(いややぁ、めっちゃかっこええ……)

 

 香子は一瞬、悩みも忘れて見惚れた。久しぶりに見るからか、双葉の仕草や振る舞いが一々魅力的に見え、なんというかこう──ドキドキする。

 芯まで双葉に惚れているという事実を思い知らされ、香子は顔をそむけた。その仕草を見て双葉は自身も畳に膝を付いて香子に詰め寄る。

 

「香子、泣いてたのか……?」

「な、泣いてへんもん……見んといて……」

 

 顔が近い。双葉の鼻先が香子の頬に触れそうなほど近い。ヤバいほどドキドキする。心臓が破裂するのではないかと真剣に心配になる。

 

 双葉と香子にとってはそれほど非常識的な距離感では無いのだが、覚醒を果たし恋心を自覚した今の香子にとっては命の危険を感じる距離だ。そんな深い愛情から来る心配を満面に浮かべた顔で傍に寄ってこないで欲しかった。キュン死しそうになるではないか。

 

 離れ離れの現状にも耐え難いが──今の香子にこの双葉は別の意味で耐え難い。

 乙女の本能はこの三日間そうであり続けた様に、逃避を選択した。

 

「ほんに何でもないわ。うち、ちょっと用事を──」

「──いやだ!」

 

 思い出したわ、と腰を上げてエスケープしかけた香子を、双葉はぐいっと引っ張って畳に引き戻した。もう逃がさないとばかりに香子の両手を自分のそれで押さえつけ、捉えて離さない。

 

「この三日間、そればっかりじゃないかよ……! 泣いてただろ、なんでもない訳あるかよ!」

 

 もう絶対に逃がさないからな、と自身もまた潤んだ瞳で言い切る双葉はその言葉通り香子を逃がさぬよう、床に倒した香子の上に覆いかぶさり、からだで蓋をする。

 

 双葉はんに押し倒されてる──瞬時に香子の心拍がもう一段跳ね上がり、つい先ほどの恋心自覚の瞬間を軽々と上回るほど頬が──否、顔中が熱くなる。

 

「や、いやや! 双葉はん放し──」

「絶対に嫌だ! 離さない──離れたく、ない……」

 

 力強く言い切った双葉の瞳には、しかしほんの少しの気弱さと、今にも零れそうな涙があった。

 

 石動双葉の泣く姿。ほんの童の頃以来、幾年ぶりに見る涙。

 

「双葉はん……」

「なんで避けるんだよ……なんで何も言ってくれないんだよ、香子……」

 

 それは紛れもなく弱音であり、苦鳴だった。

一粒、また一粒と香子の頬に落ちるのは、最も愛しい人の涙だ。

 

「こんなこと初めてで……どうしたらいいか分からないんだ。なにか嫌な事でもあったのか? 誰かと喧嘩でもしたのか?」

 

 違う──口に出す事さえ出来なかった香子の反応を見て取った双葉が、より深く瞳を悲しみに染めて唇を歪める。

 

「やっぱり──あたしが何かしたのか? だったら謝るから。だから、だから」

 

 どうして何も言ってくれないんだ。なんで一緒に居てくれないんだ。今までずっとずっと一緒に居たのに。香子の一番傍に居たのはあたしだったのに。これからだってそうであり続けると信じてたのに。

 

「──てないで」

 

 花柳香子と共にある事こそが、今までの石動双葉の人生であった。望まれて、望んで、共に歩んできたのだ。お互いはお互いにとって必要不可欠なのだと、無言のうちにそう通じ合えているものと思って隣り合ってきたのだ。

 

 幼き頃より今までずっと双葉の人生を定めてきた約束に、花柳香子そのものに。

 今更見捨てられてしまったのでは、もうどうしていいか分からない。

 

 舞台に魅了され、自らもまた舞台少女となってはいるけれど、元はと言えば聖翔音楽学園に入った事すらもが香子の為、隣に居続ける為であったのに。

 

 何時の日にか見つけてしまった、夜空に輝く一本道。ポジション・ゼロを、トップスタァを目指して香子とすら競い合う未来を、石動双葉は無意識のうちに覚悟し始めてはいたけれど──それでも仲違いなど、離れ離れなど望んではいない。

 

 仲間に背を押され、発破を掛けられ、ようやく出来た体当たり──なのにこんなにも簡単に揺らぎ、涙する。

 

 花柳香子はどうしようもなく一人の少女である石動双葉の一番で、全てだった。ぎゅうっと、幼子が母に縋りつくように、自らの下にある最愛を抱き締める。こんなに大事なんだ、離したくないんだ、離れたくないんだと伝わるように。

 

「捨てないでくれ……ずっと傍に居させてくれよ、香子……その為ならあたしは、なんだってするから……」

「双葉はん……」

 

 長い長い沈黙を挟み、香子は口を開く。

 双葉が悪い、と。

 

 自分は自分なりに悩んでいたのに、こんな風に抱き締められて、なんでもするとか傍に居させて捨てないでなんて言われたら期待してしまうに決まっている、と。

 

 双葉だって自分と同じ感情を自分に抱いていると、そう思ってしまう。

 双葉の好きと自分の好きは同じ好きなのだと、そう信じて良いんだと思わされてしまうでは無いか。

 

 この胸に満ちる申し訳なさ、切なさを取り去ってくれるのだろうか。愛しい人の腕に抱かれる喜びを、共有できるのだろうか。

 好きと好きを、伝え合い交わし合えるのだろうか。

 

 発破をかけたんは双葉はんの方や、と半ば破れかぶれの勢いで、しかし多分に期待しながら、

 

「じゃあ──」

 

 ゆるゆるとした動き、香子らしくもない躊躇いがちな所作で自らに覆いかぶさった双葉の胴に手を回し、胸のあたりに顔を埋める様にぎゅうっと抱き返して、

 

「うちに、キスして」

「──え」

 

 

 




続きは明日。
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