百合色スタァライト   作:尊さに目を焼かれた人

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幕間:目撃者大場なな

 仮にも多くの人がいる学び舎で人目もはばからずイチャイチャちゅっちゅしておいて、誰にも目撃されないだなんて都合のいい事は無いのだった。

 

(あ、あわわわわわ)

 

 今しがたしかと認めてしまった光景に息をのみ、両手で口元を押さえて赤面している一人の少女。

 

 今やふたかおルームと化している道場の戸に背中を預けている彼女の背丈はすらりと高く、脇には随分と年季の入った台本を挟んでいる。バナナの房を連想させる髪型が実に特徴的な彼女こそは、九九期生の実力者にして人気者、みんなのお母さん大場なな。

 

 みんなを何度でも挫折や絶望から守る──愛情と思いやりの才媛なる再演ティスト。

 

 正確な回数も忘れるほどに、絶望の前で折り返す事幾たびか。実時間換算にして数十年聖翔音楽学園で仲間を守り続け、あの日のきらめきを、眩しくて届かない光を追い求め続け、運命の舞台に立ち続ける舞台少女である。

 

 何度も何度も何度でも、大切な仲間たちとの日々を過ごし続けた彼女はみんなの事は何でも分かっている。事と次第によっては本人よりも尚理解しているやもしれない。

 

 でも。

 

 そんな彼女ですら。

 

 この光景は初見であったりする──

 

(ふ、双葉ちゃんも香子ちゃんも! がががが、学校で何やっているの!?)

 

 大場ななは目撃してしまったのである。

 まるでお子様にはお見せできない系のラブロマンスが如く熱烈な口付けを交わすふたかおを──。

 

 ななは別に最初から覗きにきていた訳では無くて、ただ単に二人の事が心配だったからそれとなく様子を窺い、もし必要ならばフォローしようと思っていただけだったのだ。

 

 ななは級友たちが、大事な仲間たちが大好きなのだ。仲違いなどして欲しくはない。みんなで仲良く互いに良い影響を与え合って切磋琢磨して、あの舞台をもう一度作り上げたいのだった。

 

 この時期の双葉と香子の関係に特段の事件や変化が起こる事は、幾十度を数える再演の中でも前代未聞である。つまり、大場ななにとっても未知の出来事でありどういう結果になるのか想像が付かない。

 

 良くも悪くも、人の気力の萎えや栄えは動きに出る。俳優育成科舞台創造科問わず、今の己らに出来る最高の舞台を作る為に全力である。人間関係の縺れなどで精彩を欠こうものなら例え本番直前とて代役を立てる事はあり得るのだ。

 

 そうでなくとも大の仲良しである双葉と香子の喧嘩だなんて、心配な出来事である。十中八九大丈夫だとは思っていても、万が一の可能性を考えれば気に掛かる。

 

 だから、だから、決して覗きに来たわけでは無くて。今動かないのだって、二人を邪魔する訳には行かないからで。

 

(キス、長くない? 絶対二人とも、ここが学校だって忘れてるよぉ……)

 

 もし自分が立ち去った後、別の誰かが二人の行為を目撃して、あまつさえそれを人に喋ってしまったり、その結果先生方の耳に入ったり不特定多数の噂の的になったりしない様にしなければならない、という言わば親切心でもあるのだ。

 

 大場ななとて人間なので、勉強内容などを筆頭に何回繰り返しても完全には身に付かない事、日常の積み重ねの中で忘れてしまう事などは普通にあるのだが、みんなの関係性が変化しかねない出来事、引いては第九九回聖翔祭の配役などに影響を及ぼしかねない出来事には敏感である。

 

 今までも何か大きな失敗やイベントの為にそれとなく立ち回ったり、立ち回った結果思わぬ変化を引き起こしてしまったりとななの再演は毎度毎度賑やかである。

 繰り返す日々はななにとって仲間たちとの掛け替えのない幸いな時間である為、基本的には楽しく過ごしているのだが。

 

 再演の中で磨きをかけた「純那ちゃんにななって呼び捨ててもらうまでの最速記録更新チャレンジ」などは既に神速の域に達しており、一時期頻発していた距離を詰めようとする動きがあからさま過ぎて警戒されてしまう問題などは完全に回避できるようにもなったのだ。

 

 だって仕方の無い事だと分かってはいても私の純那ちゃんに他人行儀に名字呼びされるの毎回毎回胸がズキってするんだもの──なんていう思考は現実逃避なのだけども。

 

 初めて肉眼で目にした口付け。しかもそれをしている二人は見知った人物。主観時間で言えば何十年もの時を学び舎で過ごした二人。

 

 ななの大事な友人で、仲間で、切磋琢磨し合うライバル。花柳香子と石動双葉。

 

(て、っていうか、なにが切っ掛けでそうなったの? 今まで一度だって無かったよ、二人が学校でこんな──)

 

 元より仲の良い二人ではあった。友情以上の強い感情で結ばれた関係であるとも思える二人だった。でもでも、こんなはっきりと恋愛的な行為に踏み切っている所など今まで一度も──。

 

 何時も一緒な二人。

 基本距離が近い二人。

 何をするにも一緒な二人。

 常にナチュラルにくっついている二人。

 双葉が自分以外に傾倒していると嫉妬する香子。

 香子の為に聖翔音楽学園に入学し香子の為にバイクの免許を取り香子の為におはようからお休みまで付きっ切りな双葉。

 

(あ、あれ!? もしかして二人って最初からずっと付き合ってたの!?)

 

 最初からそうだったので「そういう二人」として当たり前に認識していたが、目の前の光景を考慮に入れてみるに、もしかして二人はずっとずっと恋仲だったのでは。

 今まで決定的なシーンだけはちゃんと二人きりの時だけに留めておいてくれたお陰(?)で気付かなかったけども、冷静に考えると仲の良い幼馴染にしてもちょっと心身共に密接な関係過ぎないだろうか。

 

 幾十年越しに発覚した驚愕の事実(?)と光景に、大場ななは足が止まってしまった。

 何十度のレヴューを勝ち抜き再演を繰り返すなな。一度二刀を振るえば、その歌は、踊りは、頂点たる天堂真矢をも下し得る現状九九期生で最も運命の舞台に焦がれる少女。

 

 ただ、色恋に関しては年齢相応以下の経験値しか持たない普通の少女であった。一応好きな人との同棲歴も主観時間で幾十年は積み重ねているが、それでも告白とかはした事が無かったし、転んだ拍子に唇と唇がくっついてしまう様な嬉し恥ずかしな事故も未体験であった。

 

 ななはみんなと共に過ごせるだけで、大切なななの純那と一緒にいられるだけで幸せなのである。ピュアピュアな友達以上恋人未満歴計数十年なのだ。

 

 それ故思いがけず同級生のラブラブ熱烈キッスの目撃者となってしまった事で、再演の中で培ってきたふたかお観にパラダイムシフトが発生して混乱してしまったななである。

 

 ともあれ、二人が何時冷静になるとも知れないし衣擦れの音とか悩ましい吐息とか耳に毒なので、もうちょっとちゃんと距離を取って──

 

「あれー、ばなな、こんな所でなにし──」

 

 瞬間。

 

 大場ななの肉体はノータイムで疾駆する。

 

 超人的な身体能力を発揮するレヴューの時とはさすがに比べられないが、それでもその速度は生身の女子校生が実現し得る無音高速移動としては無上の物。

 

 本来双手で操る鉄塊を片手で一本ずつ振るう。本来二本の手で成立させる剣速を片手で成す。対手による両腕の撃ち込みを片手で捌く。強くて負けない二刀流の実現には一刀流より遥かに多くの困難が付きまとう。

 古の剣豪曰く、「運動神経が良く体格に優れ身体能力が高くて手足も長いセンスのある奴がめっちゃ鍛えればそれが最強」という余りにもごもっともかつ身も蓋も無い、夢の無い説が提唱されるほど、二刀流は限られた一部の人間がやってこそ強い技術であった。

 

 二刀流だから強いのではない、強いから二刀流でも強いのだ。

 甘くて優しいばななは最強なのだ。

 

 日頃のレッスンで鍛えられた肉体は友の甘い時間を守る為に全力を発揮し、彼我の距離を食い潰す。

 

 後に愛城華恋はこう述懐する──「確かにあの瞬間、自らの襟元に迫りくる二刀の煌きを幻視した」と──

 

「もがっ」

「しー! 華恋ちゃん、しー!」

 

 小さく叫ぶななの両手は、物陰からするりと現れた愛城華恋の口をがっしりと塞いでいた。そのまま押し込んで、廊下の曲がり角まで離れる。

 

「華恋ちゃん、今こっち駄目だから、色々と駄目だから!」

「ええ? ばななどうしたの、でも私忘れ物しちゃって」

 

 小声で叫ぶななに釣られて小声で返す華恋。でも元が笑顔満点気合200%な彼女なのでそれでも結構大きめの声である。

 

「知ってる! 十中八九タオル忘れちゃったんだよね華恋ちゃん、でもそれ殆どはレッスンルームにあるから、こっちじゃないから! 早く行こうね、まず間違いなくまひるちゃんが寮のお部屋で待ってるから!」

「ええ、ばなななんで分ったの──」

 

 ばななはなんでも知っているのである。なにせ体験済みなのだから。細かい事とかは些細なきっかけで変わってしまうので忘れる事も多いのだけれど。

 特に華恋の忘れ物は頻度の高いイベントで正直覚えきれないし、直感と衝動で動く本人の性質も相まって屈指のバリエーションを誇る為その全様はななにすら見通せない。

 

 だが、まひるとは別々のグループでの練習となった後汗を拭いたタオルをその辺に放置してしまい、次の日まで放っておくと不衛生なので後で気付いて慌てて取りに戻るパターンは発生回数が多いのである程度流れが掴めている。

 

 長年の経験と匠の勘からずばり華恋が放課後の学校を彷徨っている事情を見事見抜いたななは華恋を抱きかかえる様にして迅速に二人の愛の巣から遠ざかっていく。

 

 同級生を半ば脇に抱えて忍び足で高速移動するそのパワーはまさにばななパワー。みんなを守るお母さんは強いのだ。

 

「あーれ~」

 

 口元を抑えた手の隙間から漏れ聞こえるちょっと楽し気な華恋の悲鳴。無論これも初体験。

 

 みんなを何度でも挫折や絶望から守る才媛なる再演ティスト大場なな。

 彼女の優しさと思いやりは双葉と香子のイチャイチャタイムをも、人知れず守っていたのである。

 

 双葉と香子が我に返り、きょろきょろと周囲を見渡しながら廊下へ出てきたのはこの直後であった。

 


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