百合色スタァライト 作:尊さに目を焼かれた人
就寝前の想い人との語らいの時間は、天堂真矢の学園生活で最も安らぐ憩いの一時である。
主席と次席という席次故、天堂真矢と西條クロディーヌは寮生活を営む皆の中で稀有なる一人部屋持ちだ。互いの部屋を訪れれば、集団生活の中でも容易に二人だけの時間を作れる。
同じ学校同じクラスに同じ寮で生活しているのだから、何もしないでいても二人は常に共に行動している様な物であったが、やはり他の耳目を気にせずに済む時間と空間というものはとても大事なのだ。
勿論真矢は級友や友人たちとの語らいも嫌いではないが、愛しい彼女を独り占めできる瞬間は特別だった。特別で大切な、心安らぐ憩いの一時──。
しかし、時には違う。
天堂真矢は嫉妬深い。強欲でもあり、独占欲もすこぶる強いと自認している。強い意志力で自制しているからこそ人前で挙動に出す事こそ無いが、人目のない状況で彼女を前にすれば常になく逸り、少々性急に行為を求めてしまう事がままあった。
「ちょっと、真矢……どうしちゃったの?」
愛しい声がした。彼女自身の腕の中で。
クロディーヌに遅れて入浴を済ませると真矢は彼女の部屋を訪れ、招き入れられるなり衝動のままに想い人をその胸に抱きすくめると、そのままの体勢で寝台に腰掛けたのだった。
ぎゅうううっと力強く、しかし決して痛みなど与えない様にクロディーヌを抱き締める真矢。
前触れの無い唐突な行動に眼を白黒させ、同時に頬を染めたクロディーヌであるが、見れば天与の才気と油断ない研鑽でもって常に頂点にあり続ける天堂真矢が──少しばかり拗ねた様な顔をしている事に気付く。
学校でも寮でも、クロディーヌ以外に見せる事の無いその表情。軽い、しかし確かな嫉妬の感情である。
惚れた弱みと言うべきか、天堂真矢を前にすれば少しばかり平静を失いがちであるクロディーヌにしても、この時ばかりはあらあらと我が子のわがままに苦笑する母親の様な表情を見せる。
「香子と仲良くしてたの、気に入らなかった?」
「──貴女を信じていますし、彼女には石動さんがいますから」
妙に早口なその言葉に、クロディーヌは柔らかい苦笑を深めた。
「私はずっと真矢の、香子はずっと双葉の話をしてたのよ?」
「それでも、です。それに……二人だけの時間が少し減ってしまいましたので……」
真矢とクロディーヌはこういう関係になってからも想い人同士として振舞うよりも、以前と同じく、いやそれ以上に己を鍛え上げ、競い合う強敵同士としての時間の方が長い。
真矢が少しでも恋情に惚ければクロディーヌに、クロディーヌが少しでも愛情に眩めば真矢に。そうでなくとも成長著しい愛城華恋に神楽ひかりに露崎まひるに星見純那に大場ななに花柳香子に石動双葉に。選抜以外でも日進月歩の級友たちに。
色恋にうつつを抜かして足を止めれば追い付かれ、追い越されてしまう。それは己の舞台少女としての矜持が許さない。負けず嫌いの二人は互いの関係がどう変わろうとそこはぶれないのである。
だからこそこの、そうした自負と誇り抜きで想い合う就寝前の二人だけの時間はとても特別で大切で、とても尊いのだ。
「ふふふ。少し話をするだけでこれじゃ、私も大変だわ」
言いつつも、クロディーヌの声音に負の感情は無い。むしろ喜色が多分に含まれていた。あの天堂真矢が、憧れ続け追い続け、何時しか愛する様になったクロディーヌのトップスタァが、こうまで自分に夢中であるのだ。
誰にも渡したくない、目移りしないで、私だけを見ていてと黒さの無い、幼い位の可愛らしい独占欲で自分を欲しているのだ。
憧れの想い人にして未だ打ち倒せぬ強敵たる天堂真矢が、自分にだけ見せる姿。自分にだけ向ける感情。嬉しくない訳がない。
あのレヴューを終えて以降、両想いとなって以降、より一層高く飛翔し大輪の花を咲かせる舞台少女、天堂真矢──文字通り自分たちの頂点に立つ我らが首席。そんな彼女の、こういう関係になったからこそ見られるクロディーヌに恋焦がれる一人の少女天堂真矢の姿。
「──私の真矢」
先程までの苦笑とは違う笑みを浮かべ、クロディーヌは真矢を抱き返す。頬を擦り合わせ、想いを言葉にして囁く。
「あの言葉に嘘は無いわ。ずっとあなたを。ずっと、あなただけを──」
多くの言葉を用いずとも、今の二人は通じる。真矢のクロディーヌを抱き締める腕から、力はそのままに硬さが抜けた。
「──私のクロディーヌ」
私の真矢。私のクロディーヌ。貴女の私で、私のあなた。
「勿論、私の言葉にだって嘘はありません」
真矢が呟くや否や、クロディーヌは動いた。何時もあなたにドキドキさせられっぱなしの私じゃないのよ、とクロディーヌの根本たる負けず嫌いと初心な愛情がそうさせた。
真矢の頬に一瞬の感触。ちゅ、とほんの小さな音。真矢の脳がその意味を理解するより早く身体が反応し、彼女の柔い肌が一瞬で真っ赤に染まる。
口付け、と脳裏にその言葉が浮かぶ頃にはたっぷり三秒が経過しており、真矢の腕の中でクロディーヌの笑い声が響いた。
「ふふふ、今日は私の勝ちみた──」
ライバルの勝利宣言が完成する前に、真矢の骨身まで染み込んだ負けず嫌いと深い恋情がその行動を選ばせた。
クロディーヌの後頭部に手を回し、もう一方の手で髪を掻き分けると彼女の額に己の唇を押し付ける。天才にして研鑽家たる舞台少女天堂真矢のそれとしては、強引で硬い動きだったかもしれない。
しかし、効果のほどは目の前のクロディーヌの真っ赤な肌と潤んだ瞳が、開閉するばかりで言葉を発しない口がこの上なく証明していた。
「今日も私の勝ち……とまでは言いませんが、これで引き分けですね?」
「……ほんとヤな女」
自室に居なければならない点呼の時間まで、まだ少し時がある。二人きりの夜はもう少しだけ続く──。