百合色スタァライト   作:尊さに目を焼かれた人

5 / 22
ふたかお部屋を訪れるクロちゃんの話

「はあ……天堂がねぇ」

「そうなのよ」

「はあ……でも、正直意外やわぁ。二人ともまだそんな感じやったんやね。うちはてっきり、あの口振りからしてもう行く所まで行ってる思てましたわ」

 

 あんまりと言えばあんまりな香子の発言にクロディーヌが赤面と共に抗議する。だがその様子すらも以前と比べれば随分丸くなった風である。

 

 クロ子も天堂の事となると人が変わるよなぁ、と双葉は内心で舌を巻く。

 

 前からも対抗心剥き出し戦意旺盛何かというと勝負を仕掛けている様な西條クロディーヌだったが、内に秘めた想いが通じて両想いとなって以降、二人の関係は変わったのだろう。

 

 ライバルという構図が崩れた訳では無い。むしろその面に関しては前より激化している。彼女たちの競い合いは周囲をも巻き込んで、九九組全体の良い刺激、見本になりつつある。

 

 だが、その根底にあるのは愛情なのだろう。

 

 天堂真矢がどれだけ躍進しようと西條クロディーヌは決して諦めず追い続け、あまつさえその後背を脅かすほどに成長する。

 西條クロディーヌが伸びれば伸びる程に、天堂真矢はそれすら糧にしてより遥かなる高みに駆け上がる。その確信と信頼が、聖翔音楽学園九九期生が誇る主席と次席の強さを下支えしているのだ。

 

 最良にして最愛のライバル、それが天堂真矢と西條クロディーヌ。

 

 だが現在、双葉と香子の前にいる西條クロディーヌはなんというか、只一人の恋する少女だ。負けん気も勝気も闘争心も現在は休みをもらって引っ込んでいるらしい。

 

 あの、フランス語を解さない者でも愛情と敬意の告白として聞こえなかった『私の真矢』『私のクロディーヌ』発言以降、人前では兎も角、多分天堂と二人きりの時のクロはこんな感じなんだろうなぁ、と双葉は察した。

 

 休日、特に用事も無く自室でのんびりとしていた双葉と香子であったが、そこに訪ねてきた西條クロディーヌの相談とやらはまた随分甘酸っぱい物だった。

 

 日本最難関の聖翔音楽学園に通う言わば将来を嘱望されるエリートにして実力者、女子校の寮住まいという条件もあってこの手の話題に飢えた者らにとっては垂涎物のお話だっただろう。

 

 恋人との関係進展について悩んでいる、なんて。

 

 とは言っても、クロディーヌの話した相談内容は双葉や香子からすればはいはいご馳走様と言わんばかりの甘々なものであったが。聞いてるだけでも双葉は頬が熱を持ってくるのを感じたほどだ。

 なにせ当のクロディーヌはもう真矢の気持ち自体は全然全く嫌では無くて、ただちょっと結構かなり恥ずかしいからいざとなると自分から求めるなんて事は出来ない、真矢もその辺りの気持ちを察してしまうのか思いきれないみたい、なんて言うのだから。

 

 もう相談については聞いてやっただけで、クロディーヌにしてみれば人に話して内心を整理できただけで終わりも同然だろう。ご両人とも何時までもお幸せに、以外に言う事も何もない。

 

 先の香子では無いが、双葉も内心とっくにそれ位済ましているものだと思っていた位だ。

 

 多数の観衆を前にして恋愛劇を演じて見せ、一夜の後にはペアチョーカーなんてつけて過ごしている高レベルさにしては天堂もクロ子も純なんだな、と双葉は変に感心する。

 

 双葉が師事し、追う者として共に切磋琢磨していたクロディーヌは高い実力とそれに見合った自負を持つ日々戦う女だったが、また随分乙女な一面もあったもので……いや、思えば乙女は元からかと双葉は考える。

 

「言うてクロはん、流れる血だけやのうて小さい頃は実際におフランスに住んでたんやろ? キスやってそれこそ、挨拶代わりやないの?」

「フランスでだって、本当に頬に唇をつけるのは親密な間柄の時だけよ。基本は、頬を合わせて唇でキスの音を出すの。それだって誰とでもする訳じゃないし。何より──」

「愛しい愛しい天堂はんとのファーストキスは全く別物や、と。すいまへんなぁ、うちが野暮やったわぁ」

「もう、香子!」

 

 それにしても、何時の間に香子とクロは仲良くなったんだろう、と双葉は少し驚いた。

 

 一年時から交流はあったし、スタァライトの主役級を演じる選抜として同じ舞台にも立った。何よりあのキリンのレヴューを共に戦った仲だ。

 

 香子とクロディーヌが特別不仲だったという訳では全くないのだが、それでもここまで和気藹々とした風では無かったように思う。

 

 あの長風呂の一件で何か変わったのだろうか、と双葉は思い、香子もあたしの知らない所でみんなと関わっていくんだなあ、なんて二年にもなって今更ながら深い感慨を抱く。基本的に双葉と香子はセットで行動しているので、普通なら当たり前の事でも趣深い。

 

 思い返せば一年生の時、それも最初の頃の香子はクラスメイトと話すだけでも双葉の背中に隠れる様な人見知りぶりだったものである。とんでもなく自信家で強かで良い根性をしている女だと言うのに。

 

「天堂はんなんて見るからにむっつりやもん、クロはんが流し目の一つもくれはって、釣れたら意味ありげに頷いたればイチコロちゃいますぅ?」

 

 双葉も人の事を言えたものでも無いが、そういった経験も無いのにイイ笑顔でよく回る口である。舌鋒も滑らか高らかにクロディーヌを翻弄し、赤面させ、時には感心さえさせている香子をみて双葉は一つ思い立った。

 

 わざとらしく、座った姿勢で後ろに手を突いて身体をのけぞらせ、声だけは真剣に、

 

「あ~あ。香子ときたら、あたしがいるのにクロ子とばっか話しちゃってさ。香子はあたしに飽きちゃったのかぁ。捨てられちゃったなぁ。こうなったらあたし、今度は天堂ん家の子になるしかないかなぁ」

「──ぷっ」

 

 何時かの夜の公園での香子の台詞を思い出させる内容に、クロディーヌは即座に連想したらしく噴き出した。双葉は聞き知らぬ事だったが、この双葉の台詞は一年時、バイクの免許を取る為に一時香子のそばを離れがちだった双葉を不審に感じ、双葉に他に大事な人が出来た為にわがままな自分は捨てられるのではないかと疑心暗鬼に陥っていた香子の心情にも掠っていた。

 

「な、なんやて!」

 

 ふと浮かんだネタにしては思いの外受けたと気を良くする双葉であったが、クロディーヌとは別の意味で刺さった者もいたらしかった。当の香子である。

 

「な、なんでそないな事言うん! こ、こんな少しの事で……うちが双葉はんに飽きる事なんてあらへんもん! 双葉はうちのや! ずっとうちの隣にいなきゃならへんの! 誰のとこにも行ったらあきまへん!」

 

 日頃のレッスンとそれを血肉に変え得る確かな素質を感じさせる、実に張りのある臨場感に満ちた声であった。

 

 反射的に言い切ってから、香子はポカンと自分を見る二人の視線に気づき、ハッとする。自分が言わば冗談を真に受けて真剣な反応をしてしまったと気付いたのだ。

 

 それでも顔面に流入する血液の速さと熱さに負けず劣らず、とっさに口を回すことが出来たのは流石花柳香子といった所だろうか。

 

「──ふ、双葉はんったら、こんなちょっとの事ですーぐ嫉妬してしまうやなんて、か、甲斐性が足らんのとちゃいます? ほんに、うちがおらんと駄目なんやから……」

 

 ただ、長年連れ添った相方にはそんな強がり、通じないのだったが。

 双葉がまるで悪巧みをする香子のそっくりの顔で笑み崩れると、流石の花柳香子も自分の不利を悟った様だった。なにせ吐いた唾は飲めない。覆水は盆には返らない。

 

 双葉本人の前でぶちまけてしまったのである。

 

 うちが双葉はんに飽きる事なんてあらへんもん! 

 双葉はうちのや! 

 ずっとうちの隣にいなきゃならへんの! 

 誰のとこにも行ったらあきまへん! 

 

 反射的に出た言葉だけに自分自身本音と認めざるを得ないこれらの熱い台詞は、どう考えても先程までのクロディーヌの相談風惚気話と同等かそれ以上のアレ具合であり、しかも観衆として最近の双葉は凛々しくてドキドキするという胸に秘めた本音を語ってしまったクロディーヌまで付いている。

 

 お風呂場では回避した羞恥が今倍に膨れて戻ってきた様であった。

 

「──~ッ!」

 

 故に耐え切れなくなった香子は幼少の頃からの持ち芸、対石動双葉必勝の策を取る──堂々と拗ねて不平不満をぶちまけるという策を。

 

「──ふ、双葉はんのアホ! 意地悪! もう知らん!」

 

 と、ベッドに潜り込むと布団を頭から引っ被って引きこもりを決める。こうなるともう、事の発端や経緯に関わらず双葉がご機嫌を取らねば解決しない問題である。

 

「香子ー、あたしが悪かったから機嫌直してくれよ」

「いやや! 絶対うちの事わろてるやろ、もう双葉はんなんかき、嫌いや……」

 

 よっぽど恥ずかしかったのだろう、布団の内側から響く声は涙声であった。こりゃ時間かかりそうだな、と察した双葉はクロディーヌに向けてごめん、と掌を合わせる。

 

「うちのお姫様が拗ねちまった、クロ子、悪いけど今日は」

「私の事は気にしないで、わがままお姫様のご機嫌、なんとかできると良いけど」

「だいじょーぶ、慣れっこだからさ」

 

 これ以上双葉を独占すると香子がまた拗ねるので、クロディーヌはそれきりふたかお部屋を辞去した。背後からは早速関係修復を図る双葉のあやし声が聞こえてくる。

 

 良い二人よね、とクロディーヌは思う。なんというか、年季が違うのだ。

 

 双葉と香子の関係を単に恋愛感情で片付ける事は出来ないが、友情や腐れ縁では到底説明が付かない強い絆があるというのは分かる。そしてその絆は、レヴュー以降もっと強くなっているのだ。ある意味、恋人なんていう段階はとうに通り過ぎているのかもしれない。

 

 二人っきりでいる事の特別感が安心感に変わり、愛情はそのままに落ち着きを得たら、自分と真矢の関係もあの二人の様になるだろうかとクロディーヌは思う。

 

 廊下の窓から空を見ると、季節柄まだ明るい事は明るいが、日はそれなりに傾いていた。星光館の門限は六時。とすると、彼女の愛しい天堂真矢も戻ってくるだろう。

 

 さて、どんな風に口説いてくれるのかしらあのむっつりさんは、とクロディーヌは期待と高揚に胸を高鳴らせて、自室で待つ事した。たまには、自分が挑戦を受けるのも悪くない。勝ちでも負けでも、心は決まっているのだから。

 




ちなみに真矢様は前話の三組の中から「一番それっぽい関係に思えましたので」という理由でじゅんなななに相談に行きました。こちらはわざわざ寮からでてお外で。
純那さん真っ赤っか。ななさんにっこにこ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。