百合色スタァライト 作:尊さに目を焼かれた人
「ななや純那と? 珍しいと言えば珍しい組み合わせね?」
「はい……彼女たちの相談に……乗ってあげていました……」
「……大丈夫? 何か疲れてない?」
順序で言えば私が相談したはずだったのに私の話は彼女たちのイチャつきの燃料にされたのです、誰かに歩み方を教えて欲しかっただけなのに何故私が意図せずして背中を押す側に──などと、なんだか疲れた様子の真矢である。
学級委員長星見純那とみんなのばななこと大場なな、九九期生の真面目なお父さんと優しいお母さん的存在を相手に、首席たる天堂真矢は躍らせられてしまったらしい。クロディーヌには何が何だかさっぱりだが。
今日は真矢の部屋にクロディーヌが訪れている。何時もの様にベッドの縁に隣り合って座り、互いが互いにそっと体重を預け合って、寄り添う。
寮なので間取り自体は同じ一人部屋であるクロディーヌの自室と何ら変わらないが、部屋の主が違う分だけ印象は大分異なっている。
天堂真矢の性格を反映して無駄な物の無い部屋。それでも荷物自体は意外と多い。ただ、舞台や演劇に関する物を除けば残る物品はほんの僅かだろうけども。露崎まひるが日々戦っている散らかし癖の女王神楽ひかりをこの部屋に連れてきて一日過ごさせれば、一般的な女子高生の部屋くらいにごちゃごちゃするかもしれない。
そんな律された部屋の中で第九十九回聖翔祭の後みんなで取った写真、それに以前までは無かった筈の、少なくとも目に見える場所には置いていなかった筈の西條クロディーヌの子役時代の出演作品は割合浮いた存在だ。
今でも一般に販売されている物ならば全て揃っていると言っても過言では無いほどの入手率。天才子役と謳われたクロディーヌの出演作品は決して少なくは無いのに。
それに僅かな埃の積り具合、床材のへたれ具合や入れ物のほつれが部屋の主の行動パターンの偏りをクロディーヌに知らせてくる。
多分、恋人同士になる前、恋心や愛情を抱く前の時期からあるのだろう。愛すべき追走者、大事なライバルとしての西條クロディーヌに抱いた、天堂真矢の執着の証。
クロディーヌは写真の中、手を差し伸べられても取る事無く、負けてないとだけ宣言した過去の自分に視線を送る。今と同じく真矢の隣で、今と違ってツンとした顔の自分。
アンタ、自分で思うよりずっとずっと想われてたのよ、と今や微笑ましい思いで。
思えば私も随分変わったものね、とクロディーヌは吐息。
クロディーヌには落ち着きがあった。何というかもう、双葉や香子と話したお陰もあって気持ちの整理が付き、覚悟が完了してしまったのだ。
無論余裕とは行かない。胸の内で心臓は強く高鳴っているし、今日真矢と交わすだろう行為を思えば頬が発火しそうだ。子役時代、娘役として父や母にした家族のそれとは違う。両親や親族と交わすそれとも違う。
恋人同士のそれだ。古今東西に共通する愛の証。愛の誓い。特別な相手と想いを通わせる愛情交換、愛情表現。今時の小学生や中学生も経験のある者は多いかも知れない。
むしろ自分たちの年齢や交際期間を考慮すれば、あるいは遅い方かも。
でもこんなにドキドキしている。でもこんなに愛おしい。他の誰かや何かと比べる意味は無い。だって今からする今宵のキスは、西條クロディーヌと天堂真矢のファーストキス。
真矢の気持ちは分かっている。自分の気持ちも分かっている。──私は真矢に応えたい。真矢に捧げたい。真矢が欲しい。
クロディーヌはそう、覚悟完了と共に受け入れ態勢が整っていたのだ。対する真矢がしたい様な雰囲気だけは隠し切れず、しかし言い出せずに無難な話題を取り合えず展開するという凡そ天堂真矢らしからぬ話題運びムード作りに終始しているのに対し、愛おしさをすら感じる懐の深さとなって発現していた。
舞台の上では愛も恋も憎悪も悲しみも自在に魅せ、演じ、表現する。天堂真矢。クロディーヌの憧れで、何時か追い付き追い抜きたい背中。
彼女の頭の中には著名な愛の物語が百や二百はある筈。
でもほら、私の前だとこんな可愛らしい。完璧とまで言われた彼女が自分との関係に苦悩する。両想いだと分かっているのにそれでも一筋縄でいかないのだと四苦八苦。額や頬、首筋や手の甲。色々なキスでクロディーヌを翻弄した癖に。私のクロディーヌと皆の前で主張した癖に。
真矢のクロディーヌであるという証が今も首にあり、クロディーヌの真矢だと言う証もまた首にあるのに。
それでも天堂真矢が自分との初めてにこんなにも特別を感じてくれている。こんな天堂真矢らしくも無い天堂真矢を、どうして西條クロディーヌが嫌いになれるだろう。
だから、西條クロディーヌは天堂真矢とふと見つめ合った時、自然に恥じらう様に微笑んでいた。自然に、彼女に向けて全てを肯定する様に目を伏せて頷いていた。
「……あ」
花の蜜に誘われる蜜蜂の様に、クロディーヌの頬に真矢の手が寄り添った。それはきっと、理屈を超えた本能の動き。
行為だけ見れば完全に真矢の方から動いていただろう。クロディーヌは眼を瞑って待っていただけ。でもきっと、真矢をリードしてあげたのは西條クロディーヌだったのである。
ムードも雰囲気も所詮は有れば良い程度のものだ。結局言語さえ要らなかった。互いを愛し合って欲し合って天堂真矢と西條クロディーヌが共にいる以上、他には何にも要らない。
西條クロディーヌは天堂真矢と、初めてのキスをした。
天堂真矢は西條クロディーヌと、初めてのキスをした。
ほんの一瞬触れ合っただけで二人は理解した。どうしてこの文化が世界中のどんな時代場所にも存在するのか。
きっとこの熱さに、この愛苦しさに、耐えられないのだ。自分の全てを差し出した、相手の全てを手にしたという錯覚さえも与えてくれるこの接触が繋がりが、人を捕らえて離さない。
演劇を詩歌を舞踏を学び、恋も愛も舞台で本物同然に演じられていると思っていた。でもそれは大間違いだった。本物を知ってしまった以上、もう今までのはごっこ遊びだと認めざるを得ない。
他者と溶け合う、愛しく思う者同士が互いを差し出し合うという幸福と悦楽を、きっともう忘れられない。
「責任、取ってよね。一生」
二人が離れた後、最初に喋ったのはクロディーヌ。これに対する九九期生首席・天堂真矢の返事は、
「勿論です。………………あの、クロディーヌ……」
なに、とクロディーヌが慈愛を受かべて小首を傾げる。今ならどんな愛の言葉も受け止めきれる気がした。だからなぁに、と優しく微笑んで、愛しい人の言葉に耳を傾ける。
「………………も、もう一回していいですか」
「ぷっ」
俯きがちな真っ赤な顔でどもって言う天堂真矢の余りの威厳の無さにクロディーヌは噴いた。一緒に雰囲気も何処かへ飛んで行った。
己の内から湧き出る笑いを必死で抑えようと口を両手で押さえてベッドに転がった西條クロディーヌに、天堂真矢がこちらも必死で言い募る。
「な、なんで笑うの! クロディーヌ!」
「だ、だって、だって、真矢」
笑うなって方が無理よ、とクロディーヌはやっぱり声に出して笑ってしまった。また彼女は天堂真矢の新しい一面を発見してしまった様だ。
「だ、だって! 貴女とのキス、本当に凄くて、本当に幸せで……」
だからもっと長く、もっと沢山したいのです、と天堂真矢。気の利いた口説き文句も愛の囁きも、天堂真矢本来のスペックなら百万通りは考えられてしかるべきだろうに。
純で、むっつりで、我慢が苦手で、欲しがりさんなのだ。
でも良いわ、と西條クロディーヌは天蓋付きの寝台に横たわったまま、自分に縋る天堂真矢に言う。
天堂真矢が私を欲しいっていうんだもの。
したいしたいって子供みたいに強請るんだもの。
飢えた真矢にご飯を上げられるのは私だけだもの。
求められる喜び、捧げる幸せというものが、西條クロディーヌの内側で渦を巻いていた。
他ならぬ天堂真矢が威厳も強さも無し崩して求めるのは世界で西條クロディーヌだけ。
あの天堂真矢がなりふり構わず欲するのは世界で西條クロディーヌだけ。
天堂真矢が溺れるのは西條クロディーヌだけ。
逆もまた然り。
クロディーヌだって心臓は破裂しそうだし肌は発火した様に熱いし、唇は未だ先程の一瞬の感触、真矢の唇の触感が鮮明で、想い返すだけで幸福感と酩酊感の暴走で死にそうだけれども。
そう思えば、クロディーヌは自分に夢中な真矢の為になんでもしてあげたいと思えた。
天堂真矢と西條クロディーヌは今宵、あと一回だけ、くっつけるだけのキスをした。一回目は一瞬。二回目は一秒間。それ以上は互いに許容量が限界だった。何だかんだ言っても初心はお互い様なのだ。
何故かこんなんなっちゃった真矢様。
多分書く機会が無いだろうと思うのでここで書きますが、真矢様とじゅんなななの相談会は「一番そういう関係っぽく見えましたので相談したいのです」といった真矢様に「私たちはそういう関係じゃありません!」って叫んだ純那ちゃんと「うん、今はねー」て言ったばななでイチャつき大会が発生したので真矢様は三人で同じ喫茶店の同じテーブル席に座ってるのに一人で紅茶飲んでました。
ばななの「今はねー」はこれからは分からないという意味と、今じゃない再演ではそういう関係だった事もあったかもという純那ちゃんだけに通じる二重の匂わせで、最終的に早とちりした純那ちゃんが自分じゃない過去の自分にセルフ嫉妬した所でばなながネタバラシと同時に「純那ちゃん、純那ちゃんならたった一言で私を純那ちゃんだけのななに出来るよ?」で爆沈です。
真矢様はそのままの流れで帰宅して自室でクロちゃんをお迎えしました。
レヴュースタァライトの十一話を見たら時間が許す限り見返す予定なのでしばらく更新が滞るかも知れません。