―――職場体験の当日、雄英に通う剣崎たちの姿は雄英から最も近い駅にあった。相澤から簡単な挨拶と体験先に迷惑を掛けすぎない事や本来公共の場などで着用が許されないコスチュームなどは絶対に落とすなと厳命される。まあこのコスチュームは自分というヒーローの象徴のような物なのだから落としたら本当に笑えないので誰も手放す気は無いのだが、それでも気を付けるに越した事はない。
「轟って確かエンデヴァーの所に行くんだったっけ」
「ああ。奴の技術を精々吸収して俺の力に変えてやる」
「おうその意気その意気!!吸収した事を実践して力に変えるのも立派な成長だからな」
体育祭でのトーナメントの試合以来、相応に仲良くなった轟。剣崎は普通に話をしたり食事を取ったりする仲になっている。轟にとって剣崎は色んな意味で自分の殻を壊してくれた人物であり、自分から仲良くしたいと思えた人物なのかかなり良好な関係を築けていると剣崎は自負している。そんな轟は父親であり嫌っているヒーローであるエンデヴァーの所に行くとの事、今までの自分なら絶対に嫌がっただろうが、今は逆に奴の全てを自分の糧に変えてやるという勢いに満ちている。
「アァン、私ってば目的地が千葉だから此処で初ちゃんとお別れだワァアン。だけど待ってて初ちゃん、この泉 京水、この職場体験を乗り越えてより一層大きくなって帰ってくるわっ!!」
「期待してるよ京水ちゃん」
「アァアン初ちゃんの言葉が染みるワァン!!」
「ホントぶれないわね、泉ちゃん」
そんなやり取りを繰り返していると剣崎はある方向に視線を向けた、その先に居るのは出久と麗日に言葉を送られるが何処か険しい顔をしている飯田が自分の目的地としている方向の電車へと向かおうとしている姿だった。剣崎はそれに何か強い闇のような物を感じたような気がして、妙にそれが気になった。
「どうかしたの剣崎ちゃん、飯田ちゃんがそんなに気になるの?」
「ああっ……心配だ」
「あっそっか、飯田ちゃんお兄さんが……」
「……確かあいつの職場体験先って保須市の……大丈夫、なのか?」
「心配ね、何か言っておいた方がいいかしら……?」
思わず気になったクラスの頼れる真面目な委員長事飯田、体育際の後に駆け巡ったニュース。それは当然剣崎も目を通していた、飯田の兄であり尊敬するターボヒーロー『インゲニウム』がヒーロー殺しと称される犯罪者によって襲われて重態に陥った。そして、インゲニウムが襲われたのは保須市、飯田の職場体験先と一致する……。これは不幸な偶然と言ってしまっていいのだろうか。
「分からない、流石に相澤先生も体験先のヒーローにその事を話してるかもしれない。兎に角、何もない事を祈るしかないな……」
「そうね……空き時間には出来るだけメッセージなんかを送ってあげましょうか」
「あらっそれいいわね、きっと心の支えになるわ!!」
「なら決まりだな、まあお互いの体験の事もあるから余り無理しないように」
「ああ、じゃあ俺もそろそろ行く。じゃあな」
と言ってそれぞれが体験先に向かう為に分かれて行った。剣崎が向かう先の住所は此処から電車に乗って数時間の場所、そこから歩いていく事になっている。飯田の事が胸でざわめきながらも、電車に揺られながら景色を眺める剣崎は言いようも無い奇妙な不安を次第に大きくさせながら研究所へと向かうのであった。
「飯田、お前の目にあったあれは―――紛れも無い憎悪……ヒーローが一番優先させちゃいけない。分かっててくれてるといいんだけどな……」
聡明な彼ならばきっと分かっている筈だ、真面目で実直な彼ならば……だが憧れであり尊敬し大好きな兄に重傷を負わせたヒーロー殺し、それが潜伏しているかもしれない保須市。如何にも言い表せない物が湧き上がり続けてくる。
「あっもしかして雄英の体育祭で優勝した剣崎君じゃ無い!!?」
「えっマジで!!?」
「わぁ~本当だ!!!」
「サインくださいサイン!!!」
「えっちちょ、ちょっと待って!!?」
と、気づけば考える暇も無いほどに自分のファンと思われる人達が自分の席に周りに屯していた、それらの対処に追われている内に正体不明なそれは薄れていき兎に角迫っているサイン攻めと握手を処理して行くのであった。
「せ、精神削るなぁ……本当にオールマイトは毎回毎回対応してたんだから尊敬するわぁ……」
電車に乗っている間、ほぼずっとサイン攻めや質問攻めにあっていた剣崎。一応昼食を食べる時間ぐらいは気を遣って貰えたがそれ以外は殆ど人に集られていた。一応ミッドナイトやプレゼント・マイク、そして先日のオールマイトなどにマスコミやファンに迫られたときの対処法や心構えをレクチャーされているので、ある程度気分的には楽ではあったがそれでも辛い物があった。TV出演などを頻繁にしていたオールマイトは本当に凄いと内心で思いながら、無駄だと思いつつもサングラスを掛けて気持ち変装をして研究所へと向かって行く。
「えっと、此処をこう行って……それでっと……」
スマホの案内や事前に貰っている案内が書かれている紙などを見ながら道を進んでいく剣崎。途中、困っている人達などを助けながらとはいえ、電車を降りて既に1時間が経過しようとしていた。それなのに幾ら行っても研究所が見えてこない、見えるのは遠くに見える大きな建物のみで周辺には何も無くもしかして道を間違えたのかと不安に襲われ始める。
「あれでも、もう研究所の中に入ってても可笑しく……」
ともう一度周囲を見回した時、自分に影が落ちてきた。それと同時に敵意を感じた、咄嗟に地面を蹴って後方へ飛びながら構えを取ると先程まで自分が居た所に深々と剣が突き刺された。そこには黒を基調としながら各部に黄色の塗装されたAを模ったようなものを装着している男が口角を上げながら笑い声を上げた。
「流石だね、敵意を差し向けてから剣が君に命中するまで僅か3秒もなかった筈。それなのに後方へと飛びながら戦闘体勢への移行……うん、君はまぐれで優勝したわけじゃなさそうだ」
「……いきなり攻撃してきて評価、か……」
「アハハハッごめんごめん、謝るよ。悪かったね剣崎君、将来有望な君の力を見ておきたかったんだ」
そういうと男は腰からボトルのような物を手に取ると蓋を開けた、すると鎧と剣は光の粒子へと変換されてそのボトルへと吸い込まれていく。全ての鎧と剣が吸い込まれるとそこにあったのは青い制服を纏いながら此方に笑顔を向けて来る好青年がそこにいた。
「悪く思わないでくれると有難いな、君の実力を試したくて」
「……いきなり振ってきて剣を向けてくる奴を如何信用しろと?」
「うん、正体が不明な相手に向けるその警戒の姿勢は見事だ。いい台詞だ。感動的だな……だが無意味だ。この場に置いてはね」
「如何いう……」
「何故かって?それは当然、此処は既に人類基盤史研究所の敷地内だからさ!!改めて、ようこそ人類基盤史研究所内へっ剣崎 初君!!!」
やっちゃったぜ。だってこの人出したらこの台詞が脳内ループするんだもん!!
それとも何、強制的に京水ちゃん連れてきて
「いい台詞だ。感動的だな……だが」
「嫌いじゃないわっ!!」
って流れにすれば良かったのかな。