「ぐっぁぁぁっ……!!!ぁぁぁぁああああああ!!!!!」
「ほうっ……これは興味深い反応だね」
オール・フォー・ワンによって新たな個性を注入された剣崎は内部から身体が壊れていきそうなほどの感覚を味わいながらも、その苦しみを必死に食い縛って耐えていた。身体が打ち込まれた個性を拒絶する事で起こる反応、激痛が全身の隅々を掛け巡っていく中で何度も意識が遠退きそうになるのを堪えていく。そんな様子を大先生こと、オール・フォー・ワンは本当に興味深そうな視線をやりながらそれを見つめ続けていた。身体の内部では拒絶反応による破壊、それらの修復による再生が凄まじい勢いで行われて行く。剣崎へと打ち込んだ個性は今まで手にいれてきた個性の中でも扱いが難しい物、だが敢てそれを剣崎へ与えてみた。
「ガァァァァッッッッ………ぁぁあああああああああ!!!!!!!」
強く踏み締められた床に走って行く亀裂、怒張して行く筋肉。それらは明らかに個性の影響によるもの、だがそれらは徐々に収まりを見せて行きながら奥へと封印されて行く。剣崎の内部にある大きな力がそれらを遂に抑え込んでいき……剣崎は苦しみから漸く開放された。
「はぁはぁはぁ……暴走でも狙ってたのかよ、生憎俺はそう簡単にくたばりはしないぜ……!!」
「いや、君なら確実に個性を物にすると踏んでいたさ。その個性は如何にもあれな物でね、適合者が見つからなかったのさ」
耐えてやったぞと言わんばかりの表情を浮かべている剣崎だが、オール・フォー・ワンは全くそれを疑っていなかった。寧ろ耐える事を予測、いや信じていたかのような言い方をしている。全く持って気味が悪いとしか言い様がない、一体何を望んでいるのか。
「さてと、僕の用が終わった。だが君は何か用はあるかい、聞きたい事があるのなら答えよう」
「一つ聞かせろ、あのアンリ・アユっていうのは何者だ」
「ではまずアンリ・マユというものに聞き覚えはあるかい?」
「……ゾロアスター教における悪神だろ」
アンリ・マユ。即ちゾロアスター教における悪を司る神であり、この世の全ての悪を生み出した存在。善神アフラ・マズダと世界の終わりまで戦い続けるとされている神の事。両者は人間の善悪の彼岸が決する終末の日まで、決して相入れることはないとされている。
「そう、正にこの世全ての悪の根源とはよく言ったものさ。正に彼をよく表している言葉だ」
「どういう事だ」
「彼の身体の中には無数の悪で溢れている、必要悪でありながら彼がいるからこそ善は善として認められている。フフフフフッよく分からないかい?」
「ぶっちゃけ全く……」
「素直な子だね君は」
まるで祖父が孫に対して微笑ましい笑みを向けるかのように笑うオール・フォーワン。それが酷く不気味でしょうがない、恐ろしくてしょうがない。
「彼の個性は言うなれば人々の悪意、敵意などのマイナス面を強く受け変異、進化し続ける異様な物だ。故に君にもそうなって貰うのさ、君には何れ―――彼を倒す役目を背負ってもらう」
「何を言って……!?」
直後に凄まじい衝撃が襲いかかってきた、それは建物が倒壊するかのようなとんでもない衝撃音だった。一体何が起きているのかと思っているとオール・フォー・ワンは特に驚く事もなく、身体からチューブなどを抜くと工業地帯のようなマスクを装着する。
「実にいいタイミングだ、どうやらお客さん達が来たようだね」
「客っ―――っ!!?」
瞬間、先程まで座っていたオール・フォー・ワンは自分の隣に立ちながら肩に触る。その途端に伝わってくる凄まじい感情の渦のような物、思わず気分が悪くなりそうになりながらも彼はまるで父親が子供に優しく囁くように言う。
「さて剣崎君、共に折角来てくれたヒーロー達を出迎えようじゃないか……。あわよくば君を保護してもらわないと困るからね」
「俺、帰すってのか!?」
「その通りさ、君はヴィランではなくヒーローであるべきだと思うからね。その方が弔の為にもなる」
そう言いながら歩き出して行くオール・フォー・ワンへと続く、本当に意図が読めない。自らをヴィランへとスカウトしようとしてくる死柄木、しかしその死柄木から先生と呼ばれているオール・フォー・ワンは自分はヒーローであるべきだと言う。これでは言っている事が真逆ではないか、本当にどういう意図があるのだろうか……。
「オール・フォー・ワン、お前の狙いはなんだ……!?」
「弔を育てる事、かな。彼を僕の後継者とする、その為にはもっともっと彼には成長して貰わなければ困るのさ。成長するには競う相手を育てるのも重要なのさ」
「……俺は相手の糧、そういう訳か……」
「その通り。弔は何れ君すら超えて行くだろう、その為には君はもっと大きく成長して貰う―――弔の為にもね」
不敵に笑うオール・フォー・ワン、だが剣崎は違和感を感じている。それならば如何して自分にアンリ・マユを倒させる役目などを負わせるのか、つまりアンリ・マユもオール・フォー・ワンにとっては余り好ましくない存在で死柄木が成長する為に自分があいつを倒す必要がある……余計に混乱してきてしまう。歩き続けて行く中で、月の光の夜明かりが見えてきた。
「これはこれは、随分とバラエティ豊かな面々が揃っているものだね」
「何者だっ……!!
と此方を威嚇するような声が響く中で剣崎にもオール・フォー・ワンが言っていたお客が一体誰なのかを察する事が出来た。そこにいたのはプロヒーローの中でも指折りの実力者として数えられているベストジーニスト、ギャングオルカ、Mt.レディ、そして虎がそこで脳無と思われる怪人の制圧を行っていると思われるが、脳無も相当手ごわかったのか捕縛を行っているベストジーニストやMt.レディの顔色は芳しくない。
「剣崎、無事かっ!!」
「虎、さんっ……!」
「おっと静かにしておくれ剣崎君」
「貴様、我の弟子を離せっ!!!」
と構えを取る虎、それを無視するかのように制圧されてしまっている脳無を見てふむっ……と顎を撫でるように言葉を作る。
「成程、アンリ君の力を借りて改良を加えたタイプだったのだけどまさか制圧されるとは。流石№4のヒーローだね、ベストジーニスト」
「貴様……ヴィランだな、そして隣にいるのは件の剣崎 初君で間違いないな虎」
「ああっ我が間違うわけなどない!!」
「おっと、少しでも動けば彼を殺すよ」
と首元を捕まれる剣崎は息を飲む、オール・フォー・ワンは静かに言う。それに虎も動きを止めるが、同時にベストジーニストの動きも止まった。彼は自分の個性で剣崎を助け出そうとしたのだが、それすら見抜かれていたのかのように動くオール・フォー・ワンの動きに動きを止める。
「さてと、僕にも予定が詰まっていてね。彼はこのまま帰してあげよう」
「……何が狙いだ」
「何も考えていないさ、人質を取ったままなのは少しあれな気分でね」
「……いいだろう」
とベストジーニストは腕を下げる、何もしないから大人しく剣崎を帰せと言う事なのだろう。それを確認するとオール・フォー・ワンは剣崎の背中を叩いてさあ行きなさいと言う、剣崎はゆっくりと一歩一歩確かめるようにしながら虎の元へと歩いて行く。そして虎が彼を確保した時、オール・フォー・ワンは一気に上昇して行った。
「逃がすかっ!!」
とそれをさせないように素早く動くベストジーニストだが、それよりもずっと早くに空中へと逃れて行くとオール・フォー・ワンは一度剣崎を見ると、そのまま一瞬にして姿を消した。その直後に凄まじい衝撃波が周囲を破壊していき、その場は一瞬で瓦礫の山と化した。
「剣崎無事か!?」
「は、はいなんとか……」
「そうか、兎に角お前が無事で良かった……直ぐに連絡だ!!人質は確保したと!!」
開放された剣崎、だがそれらはまだ始まりでしかなかったのである。その後、オール・フォー・ワンは自ら死柄木の元へと出向き、彼らを脱出された後にその場にいたオールマイトを始めとしたプロヒーロー集団と激闘を繰り広げ、神奈川県の神野区の一角は凄まじい戦場へと変貌して行く。だが―――剣崎によって治療を施され、活動時間が大幅に伸びた事や他のヒーローの援護があった事でオールマイトはオール・フォー・ワンを討ち取り逮捕する事に成功した。悪の象徴、オール・フォー・ワン、その最後は同時にヴィラン連合の最後―――にはならなかった。
「平和の象徴、流石に凄ぇなぁ……だけどまだまだこれからだぜ。なぁ―――キング?」
「そうだな、これからだ。これからが本当の―――」
「「戦争だ」」
一時は静まりを見せる大きなうねり、だが水面下では更に巨大な渦が生まれようとしていた。それは何れ、世界さえ飲み込む災禍となって現れることだろう……。