絵のモデルを頼んだ女子高生が幼女を拾ってきたんだがどうすればいいだろうか 作:込山正義
これほどハッピーエンドにしたい作品もなかなかないですよね。題名的に。
そして作品の都合上ガールズラブを必ず入れなければならないという罠。
もしボーイズラブまで増えたらその時は『太陽くんが年上女性に迫られた結果男に走っちゃったんだなぁ』とでも思ってください()
天から降り注ぐ陽の光が薄れ人口の灯が街を彩り始める夕暮れ過ぎ。
買い出しに出かけていた俺はその帰り道で耳が塞がれるような大雨に遭遇していた。
台風が近づいてきているという情報は知っていたし、家を出る時も曇り空だったため傘は持ってきている。
しかしそれが全くの無意味だったと思えるほどに風が強かった。
手に持つこの傘を広げた瞬間色々と大惨事になることは明らか。
これでまだ台風は直撃していないというのだからどうかしている。
気分的には強敵の大技を食らったような心境だ。
くっ、掠っただけでこの威力だと!?
「なんで俺、こんな日に外出したんだろう……」
体の側面に打ち付けられる雨粒の不快さに思わず悪態が漏れる。
いや、外出したのには当然理由がある。買う物があったからという明確な理由が確かに存在しているのだが、この現状を鑑みるに別に明日でもよかったはずだ。
いや、明日も雨が続くようなことを予報では言っていたから明後日か。やはり台風が来る前に買い物を済ませようという考えが甘かったのかもしれない。こんなことならずっと家で待機していればよかった。引き篭もり万歳。
「ん?」
口を固く縛ったビニール袋を抱えながら小走りで家を目指しているその最中。異様な光景を目の当たりにし、思わずその場で立ち止まってしまう。
そこには一人の少女がいた。
大雨の中を誰も彼もが忙しない様子で駆け抜けていく中で、その少女は明らかに目に付く存在だった。
直立不動の姿勢のままその場を動かず、ただただ雨に打たれ続けている。
それが屋内なら分からなくもない。雨宿りしているのだろうと推測できるし、実際にそうしている者もかなりの人数存在していた。
しかしここは今尚風雨が強まり続けている屋外だ。雨具も着用せずに居続けていい場所ではない。風邪を引いてしまう可能性はもちろんのこと、飛来物で大怪我をしてしまうことだってあり得るのだ。
見てしまったのに無視して通り過ぎるという薄情なこともできず、そして何より好奇心に負け、結局俺は彼女へと近づいていく選択肢を取ることにした。
「あのぅ、すいません……」
制服姿の女子学生に話しかけるという行為に内心ビクつきながらも、なんとか声をかけることに成功する。
明らかに年下の少女に対して下手に出るような一声はどうなのかと自分でも思うがこれは仕方のないことなのだ。
女の子に軽い調子で声をかけられるチャラ男って実はすごいのかもしれない。そのコミュ力を一割程でいいから分けてほしいものだ。
「……なに?」
声につられて少女がこちらを向く。俯いて見えていなかった顔の全貌が初めて露わになった。
何というかすんごい美少女だった。
全く俺はなんていう娘に声をかけてしまったのだろうか。状況がこんな危機的でなければただのナンパである。チャラ男の仲間入りだ。嬉しくない。
「えーと、こんなとこにずっといたら風邪引いちゃうと思うし、早く家に帰った方がいいんじゃない? ほら、親御さんも心配してると思うよ?」
声をかけたのにやっぱり間違えましたと言う訳にもいかず、結局俺はそんな有り体なことを口から発していた。
少女の反応はあまりよろしくない。
それもそうか。こんな言葉でどうにかなるなら最初からこんな奇行は犯していないだろう。しかも俺は赤の他人。無視されたり通報されないだけマシなのかもしれない。
……いや、人の心配して通報されたら流石に泣くけどさ。
「……家に、帰りたくないの」
少しだけ間を置いた後、少女は心の内を教えてくれた。
えーと、何々?
家に帰りたくない?それを聞いて俺は一体どうすればいいんですかね?
教えて偉い人!
「……それじゃあ、うち来る?このままだと本当に風邪引いちゃいそうだし……」
気付けば俺はとんでもないことを口走っていた。
どうすればいいのかを教えてくれたのはどうやら偉い人ではなくエロい人だったらしい。
なんてこったい。
****
無事自宅へと帰還を果たし、俺は自室で一人考え込んでいた。
帰り道に遭遇した不思議な少女だが、今現在はお風呂へと入らせている。
体調を崩している様子も見た感じはなかったし彼女のことはとりあえずこれで一安心な訳だが、その代償として自分の身が危険になってしまっていた。
『制服姿の女子学生を誘拐した男逮捕』
そんなニュースが流れてしまう可能性を考え全身から汗が噴き出す。
いや、別に俺は何も悪いことはしていない。
これは誘拐ではなく保護だ。むしろ褒められるべき行為であり決して犯罪になるようなことではない。
一人暮らしの部屋に未成年の女の子を連れ込んだのは確かに犯罪チックだが、ここまでならまだセーフのはずだ。
つまり俺が彼女に手を出さなければなんの問題もない!問題解決!
「お兄さん、ありがとう。おかげでさっぱりしたよ」
「おお、ちゃんとあったまってきぬうぇぇぇ!?」
ガチャリと扉が開く音に振り向き、すぐに巻き戻すようにして前を向いた。
部屋へと入って来たつい先程まで浴槽にいたはずの少女がその身にワイシャツ一枚しか着ていなかったのだ。
際どすぎる。大事なところが今にも見えそう、というか少し見えていた気もする。
あまりに刺激的すぎるその格好に思わず思考が停止した。
なぜ?どうして?ホワイ?
誰か説明プリーズエロい人!
「えーっと、用意してあったものを着たつもりだったんだけど……もしかして違った?」
俺の心の叫びが届いたのか、背後のエッチな女の子が説明してくれた。
そして思い出す。
――着替え用意するの忘れてた!
――というかぱっと見ワイシャツしかなくてもそれしか着ないとかありえないだろ!
――俺がそんなことする鬼畜に見えたのか!?
――疑問を持て!
――小悪魔なのか!?
――誘ってるのか!?
――童貞を弄んで楽しんでるのか!??
――ど、どど、童貞ちゃうわ!!!
「いや、ごめん、着替え置いとくの忘れてた!今すぐ用意するからちょっと待ってて!」
「……私は別にこれでも平気だよ?」
「俺が平気じゃないから!」
床に視線を固定したまま、彼女を直視しないように注意して部屋を出る。
すれ違う際に肩が軽く触れた気がしたが気にしている余裕はない。
……いや、やっぱすっごい気になる!
なんかいい匂いしたもん!
シャンプー俺が使ってる安いやつしかないはずなのになぜかいい匂いしたもん!
うっ、これじゃあまるで変態みたいなではないか。
くっ、落ち着け、落ち着くんだ俺!心頭滅却だ!
ここで襲えば人生が終わる!我慢できずに襲ってしまえば俺の未来が――。
……ん?襲う?
あ、俺童貞だから襲い方とか分かんねーじゃんあははははは。
よかったよかった。安心安心一安心……。
「はい、これ着替えね。こんなものしかなくて悪いけど」
「ううん、大丈夫だよ。わざわざありが……ねぇ、なんで泣いてるの?」
「泣いてないです」
彼女には結局男物のジャージを着てもらうことにした。というかそれくらいしかなかった。
男の一人暮らしなのだから仕方がない。むしろ女の子用の服がある方が大問題だ。
「ねぇ、お兄さんは私に何かしてほしいことはある?」
着替えが終わるのを部屋の外で待ち、完了の合図で中へ入ると彼女が突然そんなことを言ってきた。
しかしなんだろう。俺が普段着ているものを女の子に着せるのって、なんか、こう、あれだ。露出はほとんどないはずなのにすごくエロい!
煩悩退散!
「お兄さんは私を家にあげてくれたでしょ?だからそのお礼がしたいなって思って」
なるほど、つまり家賃的なものを払いたいと?いやいや別にそんなものこれっぽっちも欲しくは――
「私にできるお礼ならなんでもしてあげるよ?」
なんでも!?
今なんでもって言った!?
それはつまりあんなことやこんなことやそんなことやへんなことまでなんでもっていうそういうあれですか!?
「ねぇ、何してほしい?」
美少女にお願い!そんな状況でエッチなお願いをするという以外の選択肢があるというのだろうか!?
いやない!
これは千載一遇のチャンス!据え膳食わぬは男の恥!
いけ!言うんだ俺!
エッチなことをしてくださいと言うんだぁぁぁ!!!
「……え」
「え?」
え、え、え、え……え!
「え……」
「え?」
え!え!え!えぇーい、いけぇぇぇぇぇ!!!
「え…………絵のモデルになってください……」
あああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!!!
「……お兄さんって、見た目通りのヘタレだよね」
それを言うな!……って見た目通り!?
「それとももしかして女の人に興味が……ああ、うん、言わなくていいや。その表情見れば分かるから」
一体どんな表情をしていると言うんだ!?
俺的にはクールな紳士路線に切り替えたつもりだったのに!少なくとも外面は!
「それで、絵のモデルってことだけど、今からでいいのかな?こんな……って言うとお兄さんに失礼かな?……まあいっか。こんな格好だけど」
地味なジャージで悪かったな。
でも失礼だと思うなら言い換えるか誤魔化すかしなさい。
「それとも……全部脱ごっか?」
コテンと可愛らしく首を傾ける少女。
自然と視線がジャージ越の身体へと引き寄せられ――。
「……………………いや、大丈夫」
「すごい間だったね」
うるさいよ!
「あー、でも、そうかぁ。……うーん、数日ごとくらいにうちに来てくれるっていうのは――」
「うん、いいよ」
「流石に…………え、まじで?」
「まじまじ」
ちょっと奥さん、定期的に男の家に遊びに来るのを了承するとか危機管理なさすぎますよこの娘。
あ、この状況の時点でもはや危機管理も何もないですかそうですかそうですね。
「そもそも絵なんて一日で描き終わるものじゃないでしょ?いや、私は詳しくは知らないけどさ」
両腕を上に上げ伸びをする少女。
その拍子にブカブカのジャージ越しに双丘がぷるんと揺れる様子が視界に映った。ゴフッ。
「じゃあとりあえず夕食にしよっか。私お腹空いちゃった」
家主の了解も得ず、少女は部屋を出て台所の方へとスタスタと歩いて行ってしまう。
俺の人となりを理解したからだろう。なんだか遠慮というものがなくなった気がする。いや、もともとなかった気はするがさらにというやつだ。
ん、そういえば今まで忘れていたが、彼女は家に帰りたくないと言っていたのだったか。
そもそも外は暴風雨が吹き荒れていて帰すに帰せない状況だ。
そして夕食という言葉で思い出したが、もしかして彼女は今日うちに泊まっていくつもりなのだろうか。
現状だけを鑑みるならば、十中八九そうなる。
え、ほんとに泊まるの?
いや、待て、落ち着くんだ。
やましいことは何もない。何度も言うがこれは人助けなのだ。
俺はただ風呂を貸し飯を出し寝床を提供するだけ。
いわば宿屋のおやっさんだ。そうだ、そう考えれば変な気も起きない。はずだ。たぶん。
宿で寝泊まりといえばファンタジーの定番。そう思えば段々とワクワクしてくる。気がする。そうだろ?そうだよな?そうに決まってる。そうだ。
そうに違いない!
「お兄さーん、まだー?ちょっと聞きたいことがあるんだけどー」
向こうから少女の呼ぶ声が聞こえる。
おそらく調理器具や食材の位置が分からなくて困っているのだろう。どれを使っていいとかも説明してないしな!
「今行く!」
変な気が起きないように謎にテンションを上げるという行為を継続しつつ、俺は台所へと駆け出した。
その後一緒に夕食を取り、たまたまテレビで放送していた映画を鑑賞し、何気ない会話を軽く交わし、そして俺たちは眠りについた。
部屋のベッドは少女に提供し、代わりに俺はリビングのソファーで寝た。
少女は家主の俺をソファーで寝かせる訳にはいかないと遠慮していたが、流石にそこは譲らなかった。
まさか女の子をちゃんとした寝具以外で寝かせるなんてことはできないし、ましてやベッドで二人で寝るなどもっとまずい。
うちのベッドはシングルなのだ。まあダブルなら一緒に寝たかといえばそんなこともないのだが。
何はともあれ、俺はなんとか誘惑に負けずに夜を乗り切った。
テンションアゲアゲで変な気が起きないようにしていたためものすごく疲れたが、まあどうしても必要なことだったので仕方ない。
外はうるさいがあっさりと睡魔は襲ってきて、そのまま俺の意識は闇の中へと沈んでいった。
そして翌朝。
少女と二人で朝食を済まし、彼女の見送りのために玄関へと赴く。
彼女は学生で今日は平日。つまりこれから学校があるのだ。
「そうだ」
ドアノブに手をかけた状態で少女がこちらに振り向いた。
「絵のモデルをやることになった訳だけど、お兄さんからは何か服装のリクエストとかある?」
ああ、そういえばそうだ。確かに格好は大切だ。
リクエストだって当然ある。
だが安心してほしい。別にわざわざ購入する必要はない。恥ずかしい格好でもない。
なぜなら、その服をすでに君は着用しているからね!
「制服でお願いします!」
「……そういうことは恥ずかしげもなく言えるんだね」
なぜだか呆れたような顔でこちらを見てくる少女。
え、恥ずかしい?でもメイド服とかチャイナ服とかよりはマシだろう。
ものすごく当たり障りのない回答のはずなのだが何故そんな表情をするのか。
ちなみにチャイナ服が意見に例に出たのは頭の二つのお団子がどこかチャイナっぽいと思ったからだ。
え、じゃあメイド服はなぜかって?
趣味ですけどなにか?
「じゃあ……行ってきます」
僅かに微笑み、彼女は扉を開けて去っていった。
しかしこれでお別れということもないだろう。
モデルの件もそうだが、弱まったとはいえ未だ降り止んでいない雨のために傘を持たせている。
家に招いただけでそれ以上のものを差し出そうとするほど律儀な彼女のことだ。きっと返しに戻って来てくれるだろう。
まあもしこれで二度と会わなくなったとしても俺がちょっぴり悲しくなるだけだ。全く、全く問題はないのだ。
雨の中で出会った少女との交流は、こうして始まったのだった……ってなると、嬉しいなぁ。
****
一晩を一つ屋根の下二人っきりで過ごしたのにもかかわらず何もなかった年下の異性――松坂さとうとのちょっぴり変わった関係は今も終わることなく続いてる。
あれは一夜限りの夢であってもう二度と会えなくなってしまうのではないかという一抹の不安も見事外れ、彼女はその日の天気に関係なくその日の気分によってうちへと遊びに来るようになっていた。
それは初めて出会った日の次の日のこと。
「へぇ。お兄さんってほんとに絵を描くんだ」
「え、なんで?」
「ううん、ただ、もしかしてあの時の言葉は咄嗟についた嘘だったんじゃないかなぁ……って思ってただけだよ?」
「おい」
「あはは、もちろん冗談だってば」
それは二度目の邂逅から数日後のこと。
「なあ、モデル代とかって払った方がいいのかな?」
「え?それはつまりお金を払うってこと?」
「うん」
「そういうのはいらないかな」
「そうか?でも長時間拘束してなんだか申し訳ない気が……」
「お兄さんは私を部屋に入れてくれた。私はお礼にモデルをする。そうじゃないんだったらもうここには来ない」
「じゃああげない」
「……うん、そうして」
それはさらに数日後のこと。
「ねぇ、愛がどういうものか知って……ごめん」
「おい、なんで全部言う前に謝った?」
「私は知りたいの。愛がどういうものか知りたい」
「ねぇ、俺の話聞いてる?」
「だって分からないんだもん。愛してるって囁かれても、肌を合わせても、な〜んにも感じないの。いつも何か欠けていて満たされない」
「ちょっと?」
「未完成なの。だから知りたい。愛を知って満たされたいの」
「もしも〜し」
「もちろんお兄さんは応援してくれるよね。ありがと」
「いや何も言ってないんですが……」
またさらに数日後。
「お兄さんの絵はいつ完成するの?」
「ん〜、もうすぐかなぁ……」
「ふーん……ちょっと見せて?」
「もちろんいいけど……。あれ?そういえば今まで見せたことなかったっけ?」
「わあ〜、すごいね。でも私こんな綺麗じゃないと思うなぁ」
「そうか?」
「ふふふっ。お兄さんの目には私はこう見えるんだね」
「んー……いや、実物はもっと綺麗だと思うぞ?上手く表現出来てないのは俺の力不足だな」
「……お兄さんってそういうところは素直だよね」
「え?」
「分からないならいいよ」
こうして会うたびに筆を進めていき、絵はだんだんと完成に近づいていった。
しかしそれは同時にこの関係が終わりが近づいているということも意味していた。
この絵が完成した時、俺と彼女の関係はどうなるのか。
そのまま交流は続くのだろうか。それともこれを境にお別れとなってしまうのだろうか。
分からない。分からないが、少なくとも俺は彼女との関係をなるべく長く続けたいとそう思っていた。そう思い始めていた。
彼女が美人だからというのも確かにある。でもそれ以上に、俺はたぶん、他人との交流というものに飢えていたのだ。
これほど人と親しくなったのはいつ以来だろうか。
美大にいた頃は人と関わることを極力避けていたし、高校時代もおそらく友人と呼べる存在はいなかった。
中学の頃に両親を亡くした俺は、その後の人生で人と関わることに恐怖を抱いてしまっていた。
失うのが怖かった。どんなに仲良くなったとしても、別れの時は必ずやってくる。それがどうしようもなく怖かったのだ。
そんな思いをするくらいならば天涯孤独で生涯孤独で構わない。
そう考えたこともあったが、どうやら俺の心は独りに耐えられるほど頑強ではなかったらしい。
ああ、だめだ。別れたくない。
このまま終わりになんてしたくない。止むに止まれぬ事情があるならまだしも、こんな自然消滅みたいな形は受け入れられない。
目的がなくなったから会わなくなるなど悲しすぎる。
損得勘定抜きに付き合える間柄が友人だと言うのなら、俺たちの関係は友人ではなかったということになってしまう。
違う。少なくとも俺は、彼女のことを大切な友人だと認識している。
向こうは何とも思ってないかもしれないが、それでも俺の中にあるこの気持ちは本物だった。
ああ、そうか。
これが愛か。
彼女は愛が知りたいとぼやいていたが、今なら教えてあげることができるかもしれない。
そしてこの気持ちが愛だというのなら、きっと俺は彼女のことを愛しているのだろう。
その感情はまだ恋愛ではなく友愛だが、愛だということに変わりはない。
俺は彼女を愛している。その事実が、ストンと胸の奥に落ち着いた。
今まで本当の意味では知らなかった感情を、初めて理解出来た気がした。
しかし俺の想いも虚しく、絵は着々と完成へと近づいていっている。
どんなに力を抜いても、スピードを落としても、完成に向かうことだけは避けられない。
最初は彼女を描きたいと思っていた感情も、今では分からなくなってきてしまっている。
描きたいのに描きたくない。完成させたいのにさせたくない。相反する二つの意思が、心の中でぐるぐると渦を巻いているようであった。
ああ、憂鬱だ。
それでも時間は流れ、日常は過ぎ去っていく。
ああ、ほんと、彼女と過ごすこの部屋の中だけ、時が止まってしまえばいいのに……。
――そこでふと俺は我に返った。
あれ?なんかこれってヤンデレっぽくね?
うわ、まじかよ。流石にそれはないわー。自分で自分に引くわー。
……という訳で今までのは全部なしの方向でお願いします。
****
「むむむ……」
すでに半ば完成まで来ている絵を見つめ、思わず唸り声が漏れ出る。
その絵はほとんど完成しているようで未だに完成していなかった。
理由の一つとして絵の完成=さとうとの別れということを考えてしまっている俺の内心も確かにあるのだが、それ以上にこの絵には何かが足りないと漠然としたものが俺に囁いてくるのだ。
この絵に足りないものはすなわち彼女自身にも足りないものだということにはなんとか気づけた。そしてその欠落したものが以前彼女が自ら話していた『愛』なのだということも分かっている。
だがだからといってどうしろというのか。
愛を足せば絵が完成するからといってはいそうですかと足せるものではない。
周りに大量のハートマークでも浮かべればいいのだろうか。いや、絶対違うな。
うんうん言いながら悩んでいると、唐突に玄関を叩く音が聞こえてきた。
何事かと様子を見に行く途中でガチャリと鍵が外れる音が聞こえ、間髪入れずに扉が乱暴に開かれる。
鍵を開けられる時点でその人物が松坂さとうであることは理解していた。
俺が合鍵を渡しているのは彼女しか存在しない。管理人さんがマスターキーを使えば可能だろうがまさかこんな強引な侵入をするとは思えないしな。
そして俺が玄関に到着すると同時、彼女も姿を現した。
全身は雨に濡れ、荒い呼吸を繰り返している。
そして何より目を引くのはその両腕に抱えたもの。
彼女はなぜか幼女を抱えていた。訳が分からなかった。
「はぁ、はぁ……。ごめんなさい、ここしかないと思って」
訳は分からない。だがだからといってじっとしていることもできない。
抱えられた幼女はさとうの腕の中で眠っていた。そしてその様子は傍目に見ても分かるほどに衰弱している。
「とりあえずお前はタオルを用意しろ!場所は分かるだろ!俺はその間に風呂沸かしてくるから!」
「うん!ありがと!」
理由は分からないし状況も分からない。
けど、助けなきゃいけないだろう。
万が一があってからでは遅い。幼い子どもは体が弱いのだ。心配し過ぎて悪いことなんてないはずだ。
思えばさとうと会ったのもこんな雨の日だったか。
浴槽に溜まっていくお湯を見つめながら、俺はそんなことを思い出していた。
****
さとうが幼女をお風呂に入れている間、俺は絵を完成させるために筆を取っていた。
まさか俺が一緒に風呂に入る訳にもいかないため、あとは彼女に任せるしかない。
今回はちゃんと着替えも用意した。子ども用の服なんてもちろんなかったのでそこは我慢してほしいところだ。
何はともあれ少しの間暇ができた。そしてその間に絵を完成させてしまおうと思い立ったのだ。
その理由はさとうの表情を見たことにあった。
玄関で向かい合った時彼女は非常に焦った様子であったが、その顔はどこか嬉しそうでもあったのだ。
それを今すぐに描きたいと思った。忘れないうちに描き残したいと、そう衝動的に思ったのだ。
そこからは早かった。
腕が自分のものではないかと思うくらいに迷いなく動き、ものの数分で絵は完成した。
元々ほとんど出来上がっていたとはいえ驚異的なスピードだ。
これが愛の力というやつだろうか。英語にするとラブパワー。うん、すごく恥ずかしい力だ。
「ふぅ……完璧だな」
完成した絵を見てしみじみと呟く。
自分で自分を褒めたくなる程、その絵は最高の出来だった。
今まで描いてきたものの中で一番かもしれない。それくらいの満足度だった。
「やっぱり美少女には笑顔が似合うよな」
輝く瞳と僅かに弧を描いた口元。
それは自然に生まれる幸福の表情。今までのどこか作りめいたものとは違う、本心からの笑顔だとそう思えた。
さて、一区切り付いた訳だが、だからといって達成感を感じている余裕はない。
次はあの幼女について考えなければならないのだ。
女子高生誘拐に幼女誘拐まで付いたら流石にギルティだ。性犯罪者不可避である。
「どないしろっちゅうねん」
まさか絵のモデルを頼んだ女子高生が幼女を拾ってくるとは思わなかった。
こういう時はどうすればいいんですかねぇ!?
教えてエロい人!!!
原作の主要キャラは苗字が牛で名前が調味料ですよね。
その法則に従い主人公の本名はバイソン・レモンペッパー(仮)とでもしておきます。
もし何か意見がありましたらどうぞご自由にお願いします。