絵のモデルを頼んだ女子高生が幼女を拾ってきたんだがどうすればいいだろうか 作:込山正義
働き始めようと決意した後、俺はスマホで近場でバイト先を探した。
しかしこれがなかなか難しい。
疲れるのは嫌だし、たくさん働くのも嫌だし、そして何より給料が安いのは嫌だ。
条件を増やす程仕事が見つかり難くなる事など自明の理。さらに言えば遠い勤務地が最初から選択肢に入らないのも痛かった。俺は車の免許を持っていないのだ。無能である。
そんな風にあれではないこれではないと苦悩しながら自分のゆる〜い条件の合うものを探し、ようやく一つだけ候補を見つけた。
もちろん、こんな舐め腐った条件に合致するようなまともなバイト先がそう簡単に見つかるはずもないため、ある程度は妥協する事になってしまった。
しかし何事もやらない事には始まらない。とりあえず働いてみて無理そうなら即辞めればいい。
そんな軽い気持ちで俺は応募ボタンをポチッと押したのだった。
そしてその数日後の今日。俺はバイトの面接に赴いていた。
今はその帰りである。時刻はすでに昼をとっくに過ぎ、夕方に差し掛かろうかというところ。昼食をしっかり食べたとしてもお腹が空いてくる時間帯だった。
端的に言って外で何か食べてから帰りたい。ちょっとしたおやつでもいいから今すぐ何か食べたい。面接の疲れもあり、俺の体は栄養を補給したがっていたのだ。
と、そこでふと閃く。
今俺が歩いている場所。そういえば、ここからはさとうのバイト先が近いんではなかったか。
さとうは現在メイド喫茶で働いている。それを知った時からいつかは行ってみたいと思っていた。
ただ単純にメイド喫茶にも興味があったし、そこでさとうが働いているとなれば尚更だ。
『お帰りなさいませご主人様』とメイド服姿で笑うさとうを想像してみてほしい。
可愛いだろう? 実際に見てみたくなるだろう?
むしろ行かないという選択肢がないくらいだろう?
答えは応だ。そしてそうと決まれば即行動である。
今日がさとうの勤務日だということは把握している。時間的にもたぶんまだ働いているだろう。
こんな機会を逃すなどできない!
すぐにスマホで正確な位置を調べ、俺は初メイド喫茶を体験するべく歩き出した。
ああ、緊張する。おそらく先程あった面接の直前よりも緊張していた。
****
「おかえりなさいませ、ご主人様っ。がうがうっ!」
店内に入った瞬間、ケモ耳ケモ手スタイルのさとちゃんが出迎えてくれた。
なんという事だ。言葉に表せない程感動した。
この店に来た目的のほとんどを果たせたような気がする。次の瞬間に隕石が落ちてきたとしても安らかに爆ぜる事ができるだろう。
それ程までに心が満たされていた。我が生涯に一片の悔いなし。
「――ってあれ、お兄さん? どうしてここに?」
おっと放心してる場合じゃない。
さとうに出迎えてもらえたという幸運に危うく回れ右をして帰るところだった。
思い直してみるとやはりまだ満足するには早いような気がしてきた。
帰るのはしっかりとメイド喫茶を堪能してからにしよう。そもそもまだ注文すらしていない。
「ちょうど近くまで来てたからな。ついでにと思って寄ってみたんだよ」
「ああ、そういえば今日バイトの面接があるって言ってたね。そっか、この近くだったんだ」
納得したと頷くさとう。
「それではお席の方までご案内しまーす」
どこか態度が適当になった気がするさとうの後ろを追い、空いている席へと歩いていく。
だが満面の笑みは健在。なるほど。つまりこれはツンデレメイドか。
うん、それもそれでありだな! 全く問題なし!
「ご注文がお決まりになりましたら近くの使用人にお声掛け下さい」
まさにザ・メイドといった丁寧な一礼とメニュー表を残し、さとうは別の客の元へと去って行った。
フランクな態度を取ったと思った瞬間に不意打ちであの恭しさ。
まるで俺の内心を知っていて弄ばれているかのようだ。実際見惚れてしまったのだから言い訳もできない。全部可愛すぎるさとちゃんがいけないね!
何はともあれメニューに目を通す。
そもそもここへ来た大元の要因はお腹が空いた事にあるのだ。食事目的でメイド喫茶を利用するというのもなかなか上級者な気がするが、まあそれは今考えても仕方ない。
デザート類も魅力的に映る。が、ここはまずご飯系を頼むのがベストだろう。その後余裕があればデザートも食べればいい。
さて、そうと決まれば何を頼むかだが……おっ、このオムライスなんていいのではないだろうか。
メイド喫茶でオムライスといえばメイドがケチャップで絵を描いてくれるところまでが定番である。
一番の王道といってもいい。
備え付けの写真を見ても普通に美味しそうであるし、とりあえずこれを頼むとしよう。
「すいません、注文いいですか?」
近くにいるメイドに声をかける。
正確にはメイド服を着てケモ耳を装着したさとうにだが。
近くを通りかかるタイミングを見計らっていたのだ。当然である。
「はい、少々お待ちください」
ケモ手袋を外し、代わりに伝票を手に取りこちらにやってくるさとう。
彼女が聞く態勢になったのを確認した後、メニュー表を広げてその中の一つを指差す。
「このオムライス一つ。あっ、あとホットコーヒーもお願いします」
「はいっ、メイドの萌え萌えお絵描きオムライスとコーヒーのホットですねっ」
おい!
メニュー表にはただのお絵かきオムライスとしか書いてねぇぞ!
一体どうなってんだ!
まさか正式名称はそれだったのか!?
ていうかコーヒーは普通なのかよ!
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
さとうの顔を見上げる。すごいいい笑顔だった。
こいつわざとか!?
悪戯っ子メイドめ!
でも悔しい! 可愛いから許しちゃうのぉぉ!
「……はい」
「それではご注文の品が出来上がるまで少々お待ちください」
そして彼女は笑顔のまま去って行った。
周りから視線を感じる気がするのはたぶん気のせいだろう。
しかしさとうは仮にも客である俺に対してあんな発言をして大丈夫なのだろうか。もしこれが店のシステムとかではなく彼女のノリと勢いによる独断で行った事だとすると少しまずい気がする。
全く、羞恥プレイが流行ったらどうする気だ! 店内がカオスになっちまうだろう! 責任取れんのか!
その後そわそわしながら待つこと数分。
まずはコーヒーが先に届けられた。
表面には可愛らしい猫の絵が描かれている。なんだこれ上手いな。ラテアートというやつか。
今度作り方を調べて実際に家でやってみるのもいいかもしれない。
これでも絵描きは得意な方だと自負している。プライドにかけて挑戦してみるしかあるまいよ。
しかしその場合はコーヒーをかなり甘めにした方がいいのだろうか。しおは見た目通りの子ども舌であるだろうし、さとうもかなりの甘党だ。
それに折角だしコーヒーを淹れるところから本格的にやりたい。
そうすると豆やミルク、砂糖以外にコーヒーメーカーも買わなければならない。カップも可愛いの新しく買うか。こう考えるとなんか買う物多いな。
まあいいや、後で改めて考える事にしよ。
「お待たせしました。こちらご注文のオムライスになります」
絵を崩さないよう気をつけながらコーヒーをチビチビと飲んで待つことさらに数分。
ついにメインディッシュであるオムライスが届けられた。
届けてくれたのはさとうである。彼女の手に持つお盆の上には猫の顔の形をしたオムライスが盛られた皿とは別にケチャップの入ったディスペンサーが置かれている。
これで今から目の前で絵を描いてくれるのだろう。とても楽しみだ。
「私がご主人様のオムライスに絵を描かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
腐っても美大卒であるこの俺がさとうの実力をじっくりと見定めてやるぜ!
「ありがとうございます。それではちょっとだけ失礼しますね〜」
俺の座る椅子の横に立ち、前屈みの体勢で絵を描き進めていくさとう。
至近距離で見られているにもかかわらず緊張している様子はなく、迷いのない動きでサクサクと絵が出来上がっていく。
ケチャップとか、描きにくさがペンとは比べ物にならないだろうに、凄いな。
そしてそのペースのまま絵は完成まで辿り着いた。速いな。
そして何より上手い。
このスピードでこの繊細さ。
なんて奴だ。やはり天才だったか……!
完成したその絵を見て、俺は驚愕の表情を隠せずにいた。
いや、実際まじで上手い。このナマケモノ。
「って何でだよ!」
猫型に整えられたオムレツをガン無視していくその我の強さには感服せざるを得ない。
しかし感心する事と怒りを覚える事は別問題だ。
遠回しにディスってんのか! 絵が上手いのが余計にムカつくわ!
「何か問題がありましたでしょうか?」
「むしろ問題しかねぇよ!」
満面の笑みで首を傾けながら惚けるさとう。
くそっ、同じ方法でこの俺が何度も騙されると思うなよ!
…………。
くっ、可愛いじゃないか!
この借りはいつか必ず返すからな! 覚えてろよ!
「この後魔法の言葉をかける事でオムライスが本当の意味で完成します。いかがなさいますか?」
ふむ、なるほど、あれか。まあ答えは最初から決まってるな。
「お願いします」
「はいっ、ありがとうございます。それじゃあいきますよ〜」
さとうは両手でハートの形を作り、それをオムライスへと向ける。
「おいしくな〜れっ、おいしくな〜れっ」
そして語尾にハートが付きそうな甘い声で魔法の言葉を唱える。
ゴフッ……。
俺の体力、気力、精神力、その他諸々が一瞬の間にゼロとなった。
「ちなみに追加料金は千円となります。ごゆっくりお寛ぎくださいませ〜」
固まって動かなくなった俺を放置し、ピンク髪のメイドは次のお仕事のために移動してしまう。
その後ろ姿を目で追う事も出来ず、十数秒程が経過したあたりでようやく我に返った。
いや、放心してて突っ込めなかったけどなんか去り際に凄い事言ってたよね?
魔法の言葉だけで千円?
確実に冗談だと分かるけどその値段設定は流石に高…………いや、高くないな。むしろ安いと感じる自分がいる。
心の中の敗北感を誤魔化すためオムライスを端っこをスプーンで削り取り、口の中へと放り込む。
くそっ、美味いじゃねぇか。まるで完全敗北したような気分だった。何と戦っているかは自分でもよく分からないけど。
その後さとうが描いてくれた絵を崩すのが勿体なくてかなりの時間をかけてオムライスを完食したり、同じく絵を崩すのを躊躇って温かさを失いつつあったコーヒーを飲み終えたりしながら食事を終え、そして会計へと向かった。
「私の手が空いた途端に席を立つなんて、もしかしてお兄さん狙ってやってる?」
「うっ、まあ半分くらいはな……。でもお絵描きは俺が指名した訳じゃないぞ。そっちこそ狙ってやってくれたんじゃないのか?」
「ふふっ、内緒っ」
ウインクしながらお口チャックポーズは反則やでぇ。
「お会計の方千三百円になります」
財布から二千三百円ちょうどを出す。魔法の言葉込みの金額だ。
「申し訳ありません。当店ではチップ制度は受け付けておりませんので」
千円札が返ってくる。知ってた。渋々財布に戻す。
「それではちょうどお預かりしますね〜」
テキパキとレジにお金をしまうその姿はまさにプロ技だ。俺にはちょっと真似できそうにない。
さて、これで会計も終えたしこのまま家に帰るとするか。
料理の味や見た目、内装のオシャレさや店員の可愛さ。全てに大満足だったしまた来るのもいいかもしれない。
そんな事を考えながら店を出ようとした時、思い出したようにさとうが駆け寄ってきた。
「あ、お兄さん。私そろそろあがる時間だから外で待っててくれる?」
「んんっ、おう、了解」
耳打ちされた際にかかった吐息にくすぐったさを感じながらなんとか了承の返事をする。
「いってらっしゃいませご主人様〜」
さとうや他のメイドたちの挨拶に見送られながら、今度こそ店から退出する。
まあ、いってらっしゃいといってもすぐそこで待機するんですけどね。
しかし、さとうと一緒に帰宅か。
それは今月に入って初めてで、人生で二度目のイベントであった。
****
「お兄さん、お待たせ」
「うん。いやほんとに結構待ったよ」
店を出てからおよそ一時間経ってようやくさとうは現れた。
まさかこんなに遅いとは思わなかった。ただぼーっと突っ立てるだけで潰せる時間には限度があるのだ。
仕方なくスマホをいじっていたのだが、あの段々と減っていくバッテリー残量の恐ろしさったらなかった。
もしさとうが来る前に充電切れになっていたら、それこそ退屈極まりない無意味な時間を過ごすことになっていただろう。
せめてあと何分かかるかの連絡を入れてほしかった。そうすればそこら辺を適当にぶらぶらするという選択肢も取れたかもしれないのに。
「お兄さん。そこは『ちょうど俺も今来たとこだから大丈夫だ』って言うのが正しいと思うよ?」
「絶対違う」
そのセリフはデートの待ち合わせ時にのみ適用されるものだ。今回のシチュエーションはどこか似てる気もするがそれでもここで言うのは正しくないだろう。確実に。
「……まあ今回はどう考えても私が悪いよね。ごめんねお兄さん」
まあ待ちぼうけをくらった事はもういい。
さとうに可愛らしく謝られてしまえば大抵どんな事でも許してしまう自分のチョロさはすでに嫌という程理解している。
それより気になってるのは彼女の後方だ。そこには若干困惑した様子でこちらの様子を窺っている女の子がいた。
彼女がさとうのバイト仲間であり同時に友人である事は分かる。
メイド喫茶内でも彼女の姿は見たし、さらに言えば少し会話もした。ホットコーヒーを持ってきてくれたのは彼女だったのだ。見た目もとても可愛らしいので印象に残っている。
しかしだからといってプライベート空間となったこの場で俺から話しかける勇気はない。そしてそれは向こうも似たようなものなのだろう。
せめてさとうが俺を彼女に紹介するか彼女を俺に紹介するかすれば事態は進行するというのに。
彼女を放っておいたまま二人で会話するのは可哀想だろう。後ろの友人が手持ち無沙汰にしているぞ、という意思を込めて視線で合図を送る。届け俺の想い!
「あっ、そうだった。お兄さん、紹介するね」
どうやら伝わったようだ。
さとうと入れ替わるようにして後ろにいた女の子が前に出てくる。
「こちら私のお友達のしょーこちゃん」
「え、えっと、飛騨しょうこです。さとうさんの友人をやらせてもらってる者です」
丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をしてくれる女の子、もとい飛騨さん。
それに倣ってこちらも自己紹介をする。まあ名乗る程の者でもないけど一応ね。名乗られたのに名乗り返さないのは画家道に反するからね。
「しょーこちゃんにも少し話したでしょ? 今私このお兄さんのとこでお世話になってるんだ」
「へぇ、そうなんだ。……って、ええっ!?」
驚愕の声をあげる飛騨さん。
ていうかそれ言って大丈夫なのか?
これが原因で情報が漏れて俺捕まったりとかしないよね? ねぇ?
「と、という事はっ、この人が例のヒモの!?」
震える指でこちらを指しながら愕然とした表情を向けてくる飛騨さん。
なんだよヒモって。引きニートより悪化しとるやないか。
元凶であろう人物にじーっとした視線を向ける。その先でさとうは頭上に疑問符を浮かべ首を傾けていたが、その後理解したとばかりにポンっと手の平を叩いた。
「しょーこちゃん。それ誤解だから」
「え、誤解?」
今度は飛騨さんが疑問符を浮かべる番だった。
しかし小首を傾げるという仕草可愛いな。なぜにこんな男心をくすぐられるのだろうか。
「でもさとうはこの人と同棲してるんだよね?」
「うん、してるよ」
「それにさとうは最近好きな人ができたって言ってたよね?」
「うん、できたよ」
「その人のためにお金を貯めてるとも言ってたよね?」
「うん、言ったよ」
「そしてさとうは今その好きになった相手と同棲している」
「うん、してるよ」
「……つまりその相手はこの人って事だよね?」
「違うよ」
「違うの!?」
ああ、なるほど理解した。つまり俺としおを間違えてるという訳か。
まあ俺とさとうが同居してるのも事実だからな。勘違いするのもすれ違いが起きるのも無理はない。
頭を抱え、唸りながら混乱していた飛騨さんだったが、やがて閃いたように目を見開いた。そして俺とさとうを同時に指差しながら叫ぶ。
「分かったわ! つまり三角関係なのね!」
「…………」
納得したとばかりに目を輝かせている飛騨さん。彼女の頭の中ではさとうを取り合う二人の男という構図が出来上がってしまっているのだろう。事実ははかなり違うというのに。
しかしすぐに否定の言葉が横からあがると思ったのだがなかなかあがらないな。静かなさとうに視線を向けてみれば彼女は顎に手を当てて何やら考え込んでいた。
「……どうした?」
「ん? いや、もしお兄さんがしおちゃんを好きだったりしたら確かに三角関係になるのかなぁって思ってさ」
「いやいや流石にしおに恋愛感情はねーよ。三角関係云々以前に犯罪だわ」
「そう?」
「俺は近所に住んでる年上のお兄ちゃんくらいの距離感が気に入ってるんだよ」
「実際には同じ家に住んでるけどね」
そうなんだよなぁ。
しおは無いにしても、いつかさとうとの仲が進展しちゃったりするのかなぁ。
ねーか。
「しょーこちゃん」
新たに生まれた誤解を解くために飛騨さんに話しかけるさとう。
「私とお兄さんともう一人は別に三角関係って訳じゃないよ。……今はまだ」
おいなんで余計な一言付け足した。
「え、そうなの? んん? うーん、んー……。うぅ、だめだ、こんがらがってきたぁ……」
再び頭を抱える飛騨さん。
そんな彼女の様子に笑みを浮かべながらさとうは家の方へと歩き始めた。え、この状態のまま置いてくの?
……まあいいか。俺もさとうに付いていく事にする。
「うーん……。――って、ちょっと待ってよ二人ともぉ!」
先に行く俺たちに気付き飛騨さんも慌てて追いかけてくる。
その後もさとうを中心にして会話を広げながら、俺たちは夕暮れに彩られた街並みを並んで歩いて帰っていった。
****
飛騨さんと別れ今はさとうと二人きり。
飛騨さんは結局混乱した状態のまま帰っていった。唸っている様子が面白かったのか、さとうは彼女の質問に対して曖昧にしか答えなかったのだ。
まあ、真実を話す訳にはいかないというのもあると思うが。
「そういえばお兄さん、結局オムライスとコーヒーしか頼まなかったよね」
唐突にさとうが質問してきた。
確かに俺はメイド喫茶で食事しか頼まなかった。
メイドたちとゲームをしたり一緒に写真を撮ったりというオプションもあったのだが、結局俺はそれらを注文する事はなかった。
理由は単純。さとうの魔法の言葉おいしくなーれで満足してしまったからだ。あれ以上は俺の精神が保たないのである。
「まあ、また今度行った時に頼む事にするよ」
「へぇ、また今度来る気なんだ。このまま常連さんになっちゃったりして」
「いや、そんな高頻度で行くのは流石に……」
ありかもしれない。
しかしその考えは心の中に留めておいた。さとうに知られるのはちょっと、いやかなり躊躇われた。
「そういえば今日のさとうはなんか変だったよな。らしくないというか。いや、俺からしたらむしろありなんだが」
なんとか話題を変えようとする。
しかし変えた先で結局やらかすという失態。
むしろありってなんだよ。その発言がすでになしだわ。
「ああ、あれね」
さとうがそっぽを向きながら呟いた。
「あんな感じの態度じゃなきゃやってらんないよ。お兄さんには分からないかもしれないけど、知り合いにメイドモードで接するのって結構恥ずかしいんだよ?」
おお、そうだったのか。
しかしこう言ってはなんだが少し意外だった。
まさかさとうがそんな事を思っていたなんて。
「へぇ。お前にも恥ずかしいっていう感情があったんだな」
「お兄さんは私を何だと思ってるの?」
ジト目を向けられる。
いやごめん悪かったって。でもだってさとうだしそう思うのも仕方ないじゃん。ね?
「あ、そうだお兄さん。話は変わるんだけどさ――」
思い出したように呟き、一転してこちらを真剣な目で見つめるさとう。
「私、新しいバイトを始めようと思うんだ」
…………え?