絵のモデルを頼んだ女子高生が幼女を拾ってきたんだがどうすればいいだろうか 作:込山正義
今まで持ってなかったのかよという非難の声が聞こえる気がするけど気にしない(´・ω・`)
時刻は夕暮れ過ぎ。
電話の主と会うために俺は待ち合わせ場所である近くの公園へと向かっていた。
今日が土曜日だという事を考えれば昼時に会うのが一番良いはずなのだが、生憎とさとうのバイトの時間と被ってしまっていたのだ。
自分がいないタイミングで件の人物と会う事をさとうは許容しない。そんな事態になると分かればわざわざバイトを休むと言い出すだろうし、もし仮に無理矢理行かせたとしても仕事に身が入らないだろう。
そのため今回は相手側に譲歩してもらった。本心では一分一秒でも早くしおに会いたかったはずだが、最終的には渋々といった様子で納得してくれた。
電話越しでも伝わる程の迷いと焦燥。自分がしおの兄であるという事を教えてくれた彼は本当に心の底からしおの事を心配していたのだろうと思う。実際に会ってみなければ正確なところは分からないが、それでも俺はそんな彼に対して僅かな期待の念を抱き始めていた。
家から歩く事およそ二十分。太陽が沈み切ったくらいのタイミングでようやく目的地付近へと到着した。
待ち合わせ時間まではまだ十分程あるが、居ても立っても居られなくなった彼が何十分も前から待ち続けている可能性もある。
その場合これ以上待たせるのは申し訳ない。
最後の数メートルを小走りしたところで大した差はないだろうが、まあそういう気分だったという事にして走り出す。
俺は『待った〜?』『ううん、今来たところ〜』というデートの待ち合わせのようなやり取りを未来視していた。現実も十中八九そうなるはずだったのだが、しかしここで予想だにしていなかった事態に遭遇してしまう。
人気の多い通りから少しだけ外れた道へと入り込んだ先にある公園。その中から男が発したと思われる怒鳴り声のようなものが聞こえてきたのだ。
電話越しで聞いた声とは似ても似つかない。
面倒事に関わるのは御免だというのが本音だった。しかしここが待ち合わせ場所である以上は様子を確認しない訳にはいかなかった。
俺は忍び足で入口の方へと近付いていき、声を荒げる人物に気付かれないようこっそりと中の様子を窺った。
そこで目に入り込んできたもの。それは倒れた人間に対して乱暴に蹴りを入れている二人の男の姿だった。
疑いようもない程に分かりやすい暴行の現場だった。
そしてそれを目撃した俺。見てしまったのに気付かぬフリをするなんて事はできないため、俺はそのよく知りもしない、地面に蹲っているせいで顔も分からない誰かを助けるべく、街灯の下にいる不良共へ向かって一歩を踏み出した。
「あ? なんだお前?」
二人のうち片方が俺に気付く。
ガンを飛ばし威圧するような態度を向けてくる。が、怒った時のさとうに比べたら全然怖くないので無視して歩みを進めていく。
「なんだ? お前も交ざりたいのか? けど残念だったな。こいつ一文無しだ――」
「その人から離れろ」
『ぜ』と続くはずだった言葉を遮り端的に告げる。
不良たちは一瞬呆けた後、俺の放った言葉の意味を理解したのかゲラゲラと笑い始めた。
「はははははっ、何だよ、お仲間かと思ったらただのヒーロー気取り野郎かよ!」
「正義の味方登場! ってね。うわーかっこいいー」
こちらを小馬鹿にしたような煽り文句と、途切れる事なく続く酷く耳障りで下品な高笑い。
それに対し、ムカついた俺は懐から武器を取り出した。
「なっ……!」
行動で示した無言の敵対に二人が一緒怯えた表情を見せる。
俺が取り出したもの。それは世間一般でスタンガンと呼ばれるものだった。
実物を見た事がなくとも形状と性能を知っている者は多い。どうやらこの二人もその例に漏れなかったようだ。瞳には焦りと恐怖が浮かんでいる。
しかし護身用と言われてさとうに無理矢理持たされたものだったのだがまさか本当に使う機会がくるとは思わなかった。
威圧目的で見せつけるようにスイッチを入れる。先端部分に稲妻が迸り、バチバチという予想よりも大きな放電音に相手が一歩後退った。
「……ちっ」
「……どうする?」
そして訪れる膠着状態。
俺は武器での脅しを続け、相手はとりあえず様子見をしている。
スタンガンを見せ付ければすぐに手を引くと思っていたのだが彼らは未だにこの場に居続けている。訳が分からない。これが動けない程恐怖を感じているとかなら話は楽だったのだが、まあ現実はそう甘くなかった。
このままでは痺れを切らした二人が同時に襲ってくる可能性もある。 そうなるとまずい。
たとえこちらに武器があり相手が丸腰の状態だろうと、一対二という数の不利が存在していると流石に部が悪い。
俺はあくまで画家。戦闘は苦手なのである。
くっ、せめてGペンさえこの場にあったならば……!
しかし無いものは無い。今この状況でそれを嘆いたところで事態は変わらないどころが下手をすれば悪化してしまう。
だから別の方法で奴らを撤退に追い込む事にする。
できればこの手は……この手だけは使いたくなかった。しかし背に腹は代えられない。
ここで諦めたら俺だけじゃない。あそこで倒れている人まで犠牲になってしまうのだ!
「ウフ、ウフフ、ウフフフフフッ……」
手のひらを顎に当て、全身をくねらせ、小首を傾げながら不気味な笑い声をあげる。
突如豹変した俺の様子に相手は戸惑っていた。
いいぞ。掴みはバッチリ。ここまでは目論見通りだ。
「暗くてよく分からなかったけど、あなたたち……」
この作戦が成功するかどうかは俺の演技にかかっている。だから手を抜く訳にはいかない。
俺は一歩一歩、焦らすように相手方との距離を詰めながら、二人の全身を両目で舐め回した。じっとりと、ねっとりと、自分でも気持ち悪いと思う仕草を心掛ける。
「イイ男ねェ」
俺が一歩踏み込むたびに、二人は二歩分退がっていく。
「顔も好みだけど何よりお尻が魅力的だわァ」
もちろん正面を向いている二人のお尻なんかがこちらから見える訳がない。完全にハッタリだ。
しかし二人は震えながらお尻を両手で覆った。
ここまで脅せばあとは簡単。最後の一押しをするだけだ。
「もう我慢できないしィ……コレで動きを封じてェ……そのまま食べちゃおうかしらァ?」
トドメと言わんばかりにスタンガンを相手に向ける。
チェックメイトだ。
「ひぃっ! こ、こいつヤベェ! 目がマジだぞ!?」
「…………」
「うわっ、あいつ俺置いて逃げやがった!? ち、ちくしょう、覚えて……い、いや、やっぱり忘れてくれぇ!」
脱兎の如く逃げ出した二人の背中を見送り、完全に見えなくなったところでホッと息を吐く。
撃退には成功した。しかしその代わりに何か大事なものを失った気がしてならない。
はぁ、人生って、辛いなぁ……。
「っと、落ち込んでる場合じゃない」
すぐに気持ちを切り替え、倒れている人物の元へと向かおうとする。
――と、そのタイミングで背後から足音が聞こえてきた。
まさかあの二人が戻ってきたのか。
嫌な想像に思わず身構えてしまうが、しかし現れたのは彼らではなかった。
公園に入ってきたのは女の子だった。しかも俺が知っている人物だ。
「――! あ、あんたっ、大丈夫!?」
その子は倒れている人物に気付き、俺の真横を疾風の如く駆け抜けながら慌てた様子でその者の元へと近付いていった。
「ボロボロじゃない! 一体何があったの!?」
しゃがみ込み、両手で全身をペタペタと触り、心配そうに声をかける少女。
俺は突然の事態で止まってしまっていた歩みを再開した。純粋に倒れたままであるあの人の怪我の具合も気になるし、何より確認しなければならない事があった。
ある程度進んだところで少女が振り向く。まるで今頃俺の存在に気付いたような反応だった。
周りが見えない程にこの人の事が心配だったのだろうか。もしかしたら二人は知り合いなのかもしれない。
「あなたは……!」
飛騨さんと正面から向かい合う形になる。
彼女は困惑の表情を浮かべている。しかしその視線には明確な敵意が宿されていた。それでいて後ろの人を庇うような体勢。完全に誤解されていた。
しかし誤解されているという事は先程の俺の迫真の演技は見られていなかったという事だ。安心していいのかよく分かんないなこれ。
「待て。やったのは俺じゃない」
事実を話すが飛騨さんに納得した様子はない。
当然だ。この状況だとただの言い訳をする犯罪者にしか見えない。
言葉のチョイスをミステイクしたと言わざるを得ないが、しかし実際のところなんて言うのが正解だったのだろうか。状況が状況なだけに何を言っても言い訳にしか聞こえない気がする。
「……違う……その人は……」
どうしようかと悩んでいると飛騨さんの後ろから振り絞ったような声が聞こえてきた。
これで俺に対する誤解は解けそうだ。そう一安心し次の言葉を待つ。
しかし待てども待てども続く言葉が聞こえてこない。
どうやら力を使い果たして気絶してしまったようだ。
怪我人に酷な事は言いたくないがもう少しだけ頑張ってほしかった。これでは『(俺の発言が)違う。その人は(犯人だ)』とも受け取られ兼ねないではないか。
「……はぁ。本当に俺は何もやってない。神にでもさとうにでも誓うから今は信じてくれ」
言いながらスタンガンを飛騨さんの足元に放り投げる。
ガシャン。予想以上に大きな落下音が響いた。
えっ、壊れてないよね? さとうから借りたやつなのになんで乱暴に扱っちゃうんだよ俺。ほら、飛騨さんもビクってしてるじゃないか。
「それ持ったままだと運びにくいからな。飛騨さんが代わりに持っててくれ」
いつまでも地面に寝かせておくのは忍びないだろう? という意味に加えて俺が変な真似をしたらそれで止めればいいという意図も込めたつもりなんだがちゃんと伝わっただろうか。
不安は残るがしかし今はそれを確かめている時間が惜しい。早くこの人を家に運ばなければならない。
この人の周りにはしおの顔写真付きのチラシが大量に散らばっていた。その状況から見てこの人物がしおの兄である神戸あさひなる人物である事はまず間違いないだろう。
しおの写真を大量に集める変態という線も考えられなくもないが……まあゼロに等しい確率なので切り捨ててもいいだろう。
なぜ全く同じ写真を集めなければならないのか。観賞用保存用布教用に分けるとしても三つあれば事足りるだろうに。
抱え上げる際にさりげなくフードを外しその顔を覗き見る。今までよく見えていなかったのだが……なるほど、確かにしおの面影があるような気がする。
目を瞑っているので分かりにくい。が、この人物はしおの兄であると、何故か、何となくだが納得してしまったのだ。
結局一人では上手く背負う事ができず、飛騨さんに手伝ってもらう事で何とか事なきを得た。意識のない者を運ぶのって難しい。俺はまた一つこの世の真理を理解したのだった。
「えっと……どこへ運ぶつもりなんですか?」
「ん? ああ、俺の家だよ」
後ろを付いてくる足音を確認しながら、俺は自宅への道を歩き始めた。
自然としおの写真は捨て置く事になってしまう。仕方ないと分かってはいても小さな罪悪感に身を焦がされた。
違う。これは別にしおの事を蔑ろにした訳じゃないんだ!
****
疲れた。ものすごい疲れた。
彼は別に重くはなかった。むしろ不健康だと思う程軽かった。しかしそれなりに距離があったのがいけなかった。
途中飛騨さんが交代を申し出る事が数回あった。しかし俺はそれを全て断った。
結局ギリギリではあったがなんとか一人で運び切る事に成功した。
運動不足を実感した。今度さとうたちと一緒にスポーツでもして体を動かした方がいいかもしれない。
「お帰りなさいお兄さん。……と、しょーこちゃん?」
「えっ、さとう?」
家の扉を足でノックすればさとうが出迎えてくれた。
彼女は俺を見、俺が背中に背負っているものを見、そして最後に俺の後ろに追従していた人物を見て驚愕をあらわにした。
この場に飛騨さんがいる事は流石に予想外だったのだろう。実は彼女はしおの姉だったのだ! などといった展開ならばとてもドラマ的なのだがもちろんそんな事はない。本当にただの偶然の産物だ。
そして何故か飛騨さんも驚いていた。俺とさとうが同居している事を彼女は知っていだはずなんだけど。
実際にそれを目撃したら、というやつなのだろうか。
「とりあえず入って」
さとうに促され二人、もとい三人で中へと入る。
俺と待ち合わせ場所で会うのが第一関門だとするならば、玄関でさとうと会うのは第二関門となるはずだった。
俺が大丈夫だと判断してもここでさとうの感覚に引っかかったらしおとの顔合わせは認めない。そういう決まりになっていたはずだったのだが、まあ問題の人物に意識がないのでは仕方ない。
あさひ君を家の外に放置したり、飛騨さんという友人を無下に帰す訳にもいかないと判断したのだろう。結局こんな時間にもかかわらずもてなす感じになってしまった。
まああさひ君に関してはもてなすというよりも治療するというのが正しいのであるが。
「う、うぅ……」
布団に寝かせて傷の手当てを軽く施し、熱も少しだけ出ていたので冷えシートを額に貼り、その後黙って様子を見守っていたところ、唐突にあさひ君が呻き声を上げた。
目が覚めたのかと注視するが起き上がる気配はない。しかし代わりに腕が上がった。
「ダメだ……。行かないでくれ……。帰ってきてくれ……」
心が苦しくなるような悲痛な叫び。
伸ばされた腕は当然のごとく空を切る。しかしあさひ君はそれでも諦めないと言わんばかりにもがき続けている。
まるで手放してしまったものを再び手中に収めようとするように。そしてその行動からは一度掴んだら二度と離さないとでもいうような、強迫観念にも似た強い意志が感じられた。
「――誓いの……言葉」
「!!」
不意にあさひ君の口から聞こえてきたセリフ。それに対して大きく反応を示す者がいた。
さとうだ。
「病める時も 健やかなる時も」
『誓いの言葉』。
その結婚式を思わせるやり取りを、さとうとしおは度々行なっていた。
この行為はさとうにとって特別なものだったはずだ。しかし今、しおと自分の二人だけに許されていると思っていたセリフが、目の前にいる初対面の少年の口から発せられてしまっている。
それはさとうにとってどれ程堪え難い事なのだろうか。彼女の体が僅かに震えている事からもその激情が読み取れる。
そしてちなみにであるがこの誓いの言葉に俺が交ぜてもらった事は一度もない。
「喜びの時も 悲しみの時も」
普段はどんな事があっても感情をほとんど表に出す事がないさとう。
そんな彼女が明らかに動揺している姿を見ていられなくなった俺は、気付けば彼女に一歩近付きその頭にポンと手を乗せてしまっていた。
ほとんど反射的な行動だったため自分で自分のした事に驚いてしまったが、しかしさとうから拒絶が返ってくる事はなかった。
安心した俺は調子に乗ってそのまま頭をナデナデしてしまう。心なしかさとうから発せられる圧が収まった気がする。気のせいでない事を祈ろう。
それにしても良い撫で心地だ。なんかすごいサラサラしている。
「「富める時も 貧しい時も」」
そして気付けば声が二人分になっていた。
さとうではない。俺でもなければもちろん飛騨さんでもない。
さとうの頭を撫でるのに夢中で気付かなかったが、そこにはいつの間にかしおの姿があった。
しおは別室で待機させていたはずだ。しかしだからといって閉じ込めていた訳ではない。
だからこの場にいるのは彼女の意思なのだ。
そんなしおは頭痛を堪えるように頭を押さえながらも、一歩ずつ、着実にあさひ君の元へと歩みを進めていく。
「「死が二人を分かつまで」」
その二人の兄妹の様子を、周囲は黙って見つめていた。
さとうすらもその光景を邪魔すまいとただじっと黙って見つめているだけだった。拳を握り締め歯を食いしばりながらというギリギリの状態ではあったが、それでも何とか耐え抜く事に成功していた。
「オレは――」「私は――」
そして二人は再会する。
虚空を彷徨うだけだと思っていたあさひの手が、しおの両手によって優しく掴み取られたのだ。
「し……お……?」
あさひ君が目を覚ます。
瞼を上げたその視線の先で、望んで止まなかった存在が月のように微笑んでいた。
「うん。久しぶりだね、お兄ちゃん!」
いや、それは月というよりも、もっと眩しい、太陽を思わせるような笑みであった。
****
あさひ君が目を覚ました事により彼とさとうによる話し合いが行われた訳なのだが……これが俺の予想以上に丸く収まった。
初めは確かに言い争いをしていた両者だったのだが、しかしいつの間にか話の内容がしおの魅力についてという事柄になってしまっていたのだ。
近くで聞いていたはずの俺もびっくりの話題変換である。
その様子に俺は呆れ、飛騨さんは苦笑し、しおは恥ずかしそうにわたわたしていた。
さとうとあさひ君は仲が悪い。それはおそらく本質的なものであり、周りがどうこうしても意味のないもののはずだった。
しかし間にしおという人物が入ると話は別のようだ。
むしろ仲がより険悪になる可能性もあったかもしれないが、どうやら今回は無事良い方向へと転がったようだ。一安心である。
その後は置いてけぼりになっていた飛騨さんにも事情を全部説明し、結果突出した事件もなく平和に話し合いは終わりを迎えた。
さらに夜も遅いという事でお泊り会を開催。飛騨さんは流石にいきなりは厳しいと言っていたのだが、突如吹き荒れた暴風雨により参加せざるを得なくなる。
こうして一夜を過ごし、五人の距離は一気に縮まった。
やはり家族とはいいものである。しみじみ。
さとう「しおちゃんのいいところを十個答えて」
あさひ「可愛い優しい明るい賢い逞しい行動的頑張り屋好き嫌いが少ない気配り上手オレの妹」
さとう「合格」
しょうこ「おい最後おかしいだろ」