そらのなでしこ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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最終話 笑・顔・満・面 (前編)

『ご苦労だった。 その情報、もらい受ける』

 衝撃の光景に目を剥き息をのむ郁の目の前で。

 輝きを失って黒い石塊となり果てたセレスティアルドライブから捻くれた銀の鉤爪が引き抜かれ、「かぐや」が、がくりと膝を落とした。

『あ……』

 座り込む「かぐや」を、多軸回転する幾重もの円環のヴィジョンが取り巻いた。

 歯車のようなその回転が突如軋んで止まると、まるでガラスのように微細に砕け散って消えてしまった。

 その衝撃に、元の制服姿に戻った撫子が、銀毛の仔猫がそれぞれの方向へ吹き飛ばされる。

「撫子さん!? 」

「美咲い!」

『お前たちのその不完全な合体がもたらす、通常のペルソルでは考えられない高出力のエネルギーの出所も分かっている。独自に疑似永久機関を作り上げたのは驚くべき事だが、それを破壊されては、その不完全な合体など維持してはいられまい』

 宇目木の顔は、血相を変えた郁と蛮殻が駆け寄って助け起こした撫子ではなく、離れた床に横たわるかぐやを見下ろしていた。

『安心しろ。お前が集めた情報は、オレが全て統合する』

 言うと、宇目木はかぐやに向かって歩き出した。

 撫子たちに無造作に背を向けて。

 その素っ気ない動作はもはや完全に撫子らへの興味を失っているように見えた。

「……か……ぐ、や」

 朦朧とした撫子が、郁の腕の中で身じろぎし、かぐやの方へ手を伸ばした。

「……っ!」

 突如、蛮殻が立ち上がり、歩む宇目木めがけて駆け出した。

「蛮殻さん!? 」

「おみゃあはかぐやを!」

 宇目木の腰にしがみついた蛮殻の絶叫に、郁も撫子を丁寧に寝かせてから飛び出した。

 かぐやを目指して蛮殻が組み付いた宇目木の脇を走り抜ける。

『……邪魔をするな』

 ぽつりと告げると、蛮殻の背に宇目木の強烈な肘が叩き込まれ、踏ん張っていた足を蹴り払われるとそのまま上着の背中を掴まれて投げ払われた。

 コンクリートの上を派手に転がっていく蛮殻を一顧だにせずに宇目木は前進し、かぐやを抱え上げて振り向いた郁の眼前まで滑るように接近する。

 振り上げた銀の手刀を屈んで躱した郁の死角から、宇目木のかかとが襲いかかった。

「ッ!? 」

 不意を打たれた郁はかぐやを抱いていない腕の肘で辛うじてブロックするが、その強烈な一撃で完全にバランスを崩してしまった。

 その上、続いて宇目木が振り上げた拳が腕の中のかぐやを狙っている事を察知し、その冷酷さに震えながらもとっさにかぐやを放り投げた。

 宇目木の向こうでようやく立ち上がった蛮殻めがけて。

 かぐやは意識がないのか、目を閉じたまま、体も脱力したままだ。

『あれを狙われては、投げるしかないだろうな』

 平淡に呟いた宇目木は、填められたと知って顔を青くした郁にあっさり背を向けると、こちらに駆け寄ろうとしていた蛮殻の胸板を突き飛ばして落ちてきた仔猫を片手で掴み取った。

『無駄な事はやめろ。邪魔をするな』

 床に転がった蛮殻の背を踏みつけ、銀の捻くれた五指で握り込んだかぐやを突き出して郁を牽制し身動きを封じる。

『それに、もう終わりだ』

 そして倒れる撫子と、苦渋の顔の郁と、苦悶に呻く蛮殻の見ている目の前で。

 宇目木の手の中で眠るかぐやのその身体が、輪郭を揺らめかせ溶け崩れるように形を、色を失い、宇目木の手の中へ吸い込まれて消えていった。

 

 

 その光景を目の当たりにしても、撫子の眼差しは微塵も揺らぐことはなかった。

 

 

『ッぐッ!? 』

 突如、宇目木が身を折りくぐもった呻き声を漏らして後退った。

 圧迫から解放された蛮殻は素早く起き上がり、駆け寄ってきた郁の手を借りて立ち上がると撫子の側へと退がった。

「……何事やこりゃあ」

『ぐっ……これは……何故……!? 』

 苦悶の表情の宇目木が胸を、銀で覆われた反面を押さえて後退る。

『ぅあッ、ああああああ』

 身を捩り、まるで別個体の蛇のように暴れ出した自らの銀の腕を片手で押さえてなおも悶え続ける。

「先生には、「あなた」には、かぐやを取り込むだなんて、できないよ」

 静謐な声が語り出した。

「撫子さん!? 」

 喫驚した郁が振り返り、身を起こした撫子の手を引き助け起こす。

『っぐうう!? な、にを、バカなことを!』

「美咲、どういうことや!? 」

 蛮殻の手も借りて立ち上がった撫子は、身悶えする宇目木の眼光をも真っ直ぐに見つめ返した。

「「ペルソルは出会った人の行動を模倣する」んだよね。スクリームペルソルも、ブドーペルソルも、ガンペルソルもバイクペルソルもみんなみんなそうだった。でも」

 未だ悶え苦しむ宇目木を、撫子の瞳がしっかりと見据えた。

「でも先生は、「あなた」は違うよね。「あなた」は「ノーレッジペルソル」じゃない。「あなた」が模倣したのは、先生の「知ること」じゃないよね」

『ッ、ちが、う』

「違わない! 今だって、かぐやを取り込もうとして、それができなくて苦しんでる!」

 撫子が手を横に振って否定する。

「「知ること」を模倣した「あなた」がそれをできないのはどうして!?「知りたい」んじゃなかったの!? それができないなら! それじゃあ「あなた」が本当に模倣したものって、なに?」

「「怒り」、だよね」

 その時、全員の背後から声が差し込まれた。

 撫子がこのたった数日間で最も聞き慣れた声。

 このたった数時間を経ただけで、すごく懐かしく感じる声。

「お前は、「アンガーペルソル」だー!」

「あ……」

 振り返ったそこにいたのは。

 ひしゃげたシャッターをくぐって倉庫に入ってきたのは、昨日の夕方ぶりに見る懐かしい顔。

「美夏子!」

「撫子おっす! みんなも!」

 美夏子が、拉致されて一晩監禁されていたとは思えない、いつもの底抜けに明るい笑顔で一同に敬礼して見せた。

「……で、センセエのペルソルが、わざわざ嘘を吐いたっちゅうのはどういうこっちゃ?」

 未だに倉庫の奥で悶え苦しみ続ける宇目木を見返し、蛮殻が美夏子に尋ねた。

「ペルソルっちゅうのは、マネしたこと以外はせんのやろ?」

「美夏子っ!」

 ところが、撫子が蛮殻の問いを遮って飛び出し、美夏子に抱きつくと大泣きを始めた。

「ごめんね美夏子!? ごめんね!? 」

「おおっとっと!? よーしよしよし、いーんだよー」

 撫子の突撃を抱き止めた美夏子が、優しく頭を撫で返す。

 受け止めた勢いでその場で一回転した美夏子は、足を踏み変えて体勢を立て直すとわんわん泣き続ける撫子を抱きしめたまま蛮殻の方を向いた。

「ういー♪ 人間て誰でも、知られたくない事とか恥ずかしい秘密ってのがあるさね」

 見た目に反して心が脆い蛮殻は言わずもがな。

 美夏子は知らないはずだが、郁のウイッグを始めとする女子としての憧れ。

 そして撫子の人間不信の原因となった出来事。

「そういうのって、隠しておきたいもんでしょ」

「センセが? なんや隠しよぉてペルソルと手ぇ組んだんかなも? そしたら「隠し事ペルソル」ゆうんじゃにゃあが?」

「ううん。隠したいと思ってるのは先生自身。隠したい事っていうのは、自分の事を誰にも理解されない先生の怒り」

 今朝、美夏子の煽りを受けて垣間見せた宇目木の本性。

 普段の態度とのギャップから見出した、美夏子の推測である。

「ペルソルが模倣したのは、その怒りなんよ」

 指先を振りながら美夏子がすらすらとそれを解説する。

「宇目木先生の、その怒りって、どういうことですか?」

「んー。詳しいハナシは後にしよっか。見て」

 指先をさし示して皆に促す。

 全員が振り向いた先で、倉庫の奥で、とうとう膝を折りうずくまった宇目木が掴んだ片腕を突き上げて仰け反った。

『ーーーーーッッ!!』

 多重にぶれた獣のものとも機械ともつかない異音の絶叫が倉庫の中に反響する。

 すると突如、一瞬の閃光を放った異形の影が三方に分かれてそれぞれの方向に弾け飛んだ。

 ひとつは、昏い紫がかった銀の人型の異形。ひとつは完全に生身の姿となった宇目木。

 そしてもうひとつは、こちらに向かって元気に駆けてくる銀毛の仔猫、かぐやだった。

「かぐや!」

 走ってきたかぐやは、まず蛮殻の巨体を螺旋状に駆け上がると肩から肩に郁へと飛び移り、さらに隣へ駆け抜けて美夏子の頭を踏み台にして跳ねると撫子の腕に着地し、肩に駆け登って撫子の頬にほおずりした。

「かぐや! かぐや!」

「おほー、元気だねー」

「ああ……無事で良かった」

「……なんで、かぐやは出てこれたんや?」

 初めてかぐやに触れられた蛮殻が呆然と問う。

「そりゃかぐやがこれまでナデシコを通して学んできたものは「相互理解」だもの。それを拒絶してきた宇目木センセには、センセを真似したペルソルには受け入れられないよ。拒絶しかできないんだもん」

 やがて、衝撃に朦朧とした様子ではあるが、宇目木から完全に分離したらしき紫の異形がゆっくりと身を起こした。

「じゃあ、やっぱりペルソルの目的って……」

「うん。ナデシコもよく気付いてくれたね」

 呆然と呟く撫子に、美夏子がウインクで応えた。

「ペルソルはきっと、「挨拶の仕方」を学ぶ為に地球に来たんだと思うよ! だから驚かれたり殴られたりしたのを勘違いしちゃった子もいたけど、かぐやがきちんと理解してくれた」

 そして撫子の上腕をぽんと叩いて促す。

「でも、そんな純粋な知的生命体たちに、あんな悪い感情を、情報を渡しちゃいけない! ナデシコ! アレをやっつけて! ペルソルの使命は、かぐやが遂行するんだから!」

「うん!」

 美夏子の言葉を受け、撫子が一歩前に出た。

「かぐや! お願い!」

 肩に乗っていたかぐやが、その声に応え体を駆け降りると腰をぐるりと一周し、閃光を放つと銀の円環へと変わった。

 だが、そのベルトのバックル部に据えられた天球儀めいたフレームの中央には、壊れて輝きを失ったセレスティアルドライブがあるままだった。

 だけど、撫子は、そんな事など一切気にしてはいなかった。

 

 撫子の後ろ姿を見ながら、美夏子はこれまで考えてきたことを反芻していた。

 言うまでもなく、稚拙な仮説に次ぐ仮説の上塗りの繰り返しでしかなかったが、それらは撫子の直感のおかげで形を成してきた。

 かぐやと撫子が作り上げた疑似永久機関という原動力にして弱点でもあるそれを狙われる心配もしていた。

 けれど、ペルソルと人間の関係なんていうものは、人と人とのそれと実は大差ないのかもしれない。

 友情が生み出す感動と喜びを分かりあえた時に湧き出すエネルギーというのは、けっこう凄いものだろうと思う。

 今や数日前とは見違えるほど明るい顔になった撫子と、学習を積み重ねたかぐやなら、もしかしたら、きっと。

 

 壊れたベルトを装着した撫子が、大きく深呼吸してから上を見上げた。

 そこは暗い倉庫の天井しかないが、撫子はその先の、遠く空に浮かぶものの存在を感じ取っていた。

 小さい頃からいつもそばにあったもの。

 いつも自分だけに視えていたもの。

 自身の不幸の象徴でしかなかったもの。

 それらがなぜか、今はとても近くに感じる。

 ちょっと前までは、それは人生に降りかかった厄介事でしかなかったけれど。

 でももう今は違う。

 だから撫子はもう一度大きく息を吸い込み、いきなり大声で叫んだ。

「うなーーーーー!」

 素の撫子の姿での初めての奇行に郁と蛮殻が目を白黒させたと同時に、倉庫の中に突如光の嵐が吹き荒れた。

 これまでにない大量のコズミックエナジーの奔流。

 考えるまでもなく、撫子が自分自身の声で召還したものだ。

「いくよかぐや! みんな!」

 輝きの渦に囲まれて、片手を腰に、曲げた片腕を胸の前に、腰をひねって気取ったポーズを取ると、撫子は笑顔でそれを告げた。

「変身!」

 そして両腕を左右に振り払う動作でバックル上端のレバーを押し倒した。

 壊れたバックルは今だ暗い孔を穿たれたまま。

 だがいつもの円環のヴィジョンの代わりに、コズミックエナジーの渦が撫子の周りを幾重にも幾重にも取り巻いた。

 

 まるで繭を作るようにコズミックエナジーに包まれる撫子を見つめ、美夏子は胸中でひとりごちた。

 誰だって、なりたい自分や、理想の姿への憧れがあるはすだ。

 一番の自分らしさ。もしそういうものに巡り会えたら、それはきっと、とてもとても嬉しい事のはずだ。

 出会いは本当に偶然だったけど。動機もまあ不純だったかもしれないけど。

 学年で一、二を争う問題児である美咲 撫子の、仏頂面の裏にある本当の撫子は、いったいどんな笑顔で笑うんだろうという興味があった。

 自分だって、実は似たようなものだった。

 オカルト趣味のせいで孤立していた。

 撫子だったら、一緒に笑ってくれるんじゃないかって思った。

 強引なやり方だったけど、なし崩し的に一緒にいてくれて。そしたら不思議な事まで次々と起きて。

 不思議な事と一緒に本当の撫子をもっともっと知りたくなった。

 今やコズミックエナジーとも友達になってしまった撫子の、これから見せる姿はきっと、その撫子の心の本来のカタチ。

 撫子のstate(ステイツ/ありさま)なのだ。

 

 渦巻くコズミックエナジーの一部が吸い込まれるようにバックルのセレスティアルドライブに流入してゆく。

 やがて、穿たれていた孔が光ににじむように塞がり、綺麗な表面を取り戻すとかつてと同じ、いやそれ以上の輝きを放ち始めた。

 周囲を飛び回るコズミックエナジーが、足に、腕に、胴に頭に顔に次々と付着し撫子を完全に包み込んでしまった。

 さながら大雪に立ち尽くすかのごとく堆積した光の粒子の山が、やがてひときわ強い閃光と同時に弾け飛んだ。

 そのあとに現れたのは。

 大きなセンサーアイといい猫耳状のエナジーインテークといい、基本は「かぐや」と全く同じ形状だが、その全身が黄金の輝きを放っていた。

 それだけではない。肩アーマーや前腕、脚や背中のあちこちに、頭部の猫耳状のものと同じ、三角形のエナジーインテークがいくつもついていた。

 全体的に鋭角が増え、腕脚にエナジーインテークがずらりと並ぶさまはさながら鮫のエラのようだが、ステップを踏んで元気よくガッツポーズしたそのしなやかな動きはやはり猫だ。

 これが。これこそが、撫子自身が導き出したかぐやとの新たな姿。

「仮面ライダーかぐや・なでしこステイツだー!」

『うーーー!』

 びしりと指さして宣言した美夏子の前でかぐや・なでしこステイツは身を丸めると、続いて大きく両腕を広げて仰け反った。

『なーーーーーーー!』

 まさに自らの誕生を宣言するかのような高らかな叫び。

 沸き上がった元気が天まで行って戻ってくるかのようだった。

 

『ーーーーッ!』

 ようやく、宇目木と分離させられた衝撃から立ち直ったらしき紫の異形──アンガーペルソルが獣のような怒号をあげて突進してきた。

『いっくよぉー!』

 同時にぴょこんと跳ねたかぐや・なでしこステイツも駆け出してゆく。

 だがそれは、対決のための疾走というよりもまるでお出かけするかのような走り方だった。

「いまのうちに、蛮殻くん、センセのことお願い!」

「よっしゃ!」

 言われ、蛮殻が倒れる宇目木の元へ駆け出した。

 コズミックエナジーの嵐は倉庫中に吹き荒れているが、それは蛮殻の視界を邪魔するものではない。

 宇目木の腕を肩に回して担ぎ上げ、美夏子と、郁とともに戦闘の現場から離れる方に移動する。

 しかし、そこで展開されているそれを、果たして「戦闘」と呼んでいいものかどうか。

『ーーーーッ!』

 歯を食いしばった鬼の形相のアンガーペルソルが腕を、脚を振り回す度に凄まじい風がうなりをあげる。

 のだが。

『んんー、いやっほーい!』

 かぐや・なでしこステイツは、そんな嬌声をあげながら、アンガーペルソルの攻撃をかいくぐり、周囲を踊るように飛び回っているのだ。

 飛び回っているのだ。

 この空間一帯に密集したコズミックエナジーの奔流の中にあって、かぐや・なでしこステイツはまるで水中を泳ぐように上下左右自由自在に動き回っていた。

 それは、全身のエナジーインテークから取り込んだコズミックエナジーを任意の方向に噴射することで可能とする立体機動。

 その上、この領域に限って、かぐや・なでしこステイツはコズミックエナジーの流れや抵抗を完全に理解し把握している。

『ーーーーッ!』

『ふふーん♪』

 今も、たまたま背を向けたところにもの凄い勢いで振り回されてきたペルソルの拳を、かぐや・なでしこステイツはそちらを見もせずにふわりと宙返りして躱したのだ。

 それは小魚の群に棒を突っ込むがごとく、アンガーペルソルの怒り狂った攻撃はかぐや・なでしこステイツにかすりもしない。

『うりゃー!』

 そしてかぐや・なでしこステイツが反撃に転じた。

 それは、宙に浮いたまま、離れたところを蹴り付ける見当違いの動作に見えたが、脚の軌跡にそって流れたコズミックエナジーが、あろう事か鋭い弧を形成してアンガーペルソルに殺到したのだ。

『ーーーーッ!? 』

 胸板に輝く三日月の激突を受けて転倒するペルソルを、宙でバタ足をするかぐや・なでしこステイツの足下から次々と飛来した三日月──今や任意で無限生成できるセレーネモジュール「クレッセントサイズ」が滅多打ちにする。

『ーーーーッ!』

 立て続けの攻撃の中から起き上がり、癇癪を起こしたように床を殴りつけて立ち上がったアンガーペルソルが飛び出し、ちょうどかぐや・なでしこステイツが舞い降りた地点に拳を叩き込んだ。

「ああっ」

 その模様を見ていた郁が悲鳴をあげる。

 だが、その拳は、かぐや・なでしこステイツの手前の空中で止まっていた。

 両者の間にあるコズミックエナジーが部分的により密集し、密度を上げて圧力の盾と化したのだ。

『ーーーーッ!』

 アンガーペルソルが怒りの咆哮を上げて何度も何度も拳を繰り出すが、それらのことごとくが不思議そうに小首を傾げるかぐや・なでしこステイツの手前で次々と密集を繰り返すコズミックエナジーの盾──セレーネモジュール「ヘミソフィアンシェル」に阻まれる。

『ッガーーーーーッ!』

 紫の鬼の形相に赤みが差すほど猛り狂ったアンガーペルソルが、より凄まじい怒号を放つ。

 体がきしむ音が聞こえそうなほど力強く身構えたアンガーペルソルの周囲に、紫色に揺らめく火の玉が浮かび上がった。

 その数は十を越え、次々と撃ち出されてはまた火の玉が空中に現れる。

「うわわわわ!? 」

「ちょ!? こらあかん!? 」

 それらは狙いを定めて発射されたものではない。

 ペルソルの、無軌道な怒りの向くまま、盲滅法にバラ撒いた攻撃らしい。

 たまたま近くに炸裂した火球に泡を食った蛮殻と郁が、慌てて宇目木を、美夏子を庇って離れる方へ逃げる。

 だが、こんな見境のない攻撃では、いつ、どこに着弾するか分かったものではない。

 かぐや・なでしこステイツには相変わらずかすりもしないが、火球のひとつがとうとう美夏子らめがけて飛来した。

「ひゃ……!? 」

 その恐怖に身を竦める美夏子だが、その火球はなぜか途中でその軌道を変え、ふわりと浮き上がると逆戻りしてゆく。

 ほかの方角にバラ撒かれた火球も同様だ。

 無軌道に撃ち出されていた紫の火球が、なぜかふわふわと上空を舞い踊っているのだ。

「あ……」

 美夏子は、その火球の群の向こう、倉庫の天井付近に浮かぶ、さらなる輝きを見つけた。

 それは、セレーネモジュールのひとつ、「ルナティックオービット」だった。

 それも一つだけではなく、三つ、四つも浮かんでいる。

 それらルナティックオービットが重力を、このコズミックエナジーの奔流の中にあってはエネルギーの流れをも操り、アンガーペルソルの紫の火球を操作しているのだった。

 暴虐に荒れ狂う獰猛で危険なアンガーペルソルに対し、かぐや・なでしこステイツの能力はまさしく無敵だった。

 やがて、宙を虚しく漂う紫の火球はその火勢を弱め、やがて消えてしまった。

 アンガーペルソルは、両腕をだらりと下げ、うつむいている。まるで脱力したかのように。

 先ほどの、紫の火球の乱れ撃ちが、アンガーペルソルの最後の渾身の大技だったのだろうか。

 そこに、かぐや・なでしこステイツが舞い降りた。

『ごめんね。そんな、大変な感情を持たせちゃって』

 脱力のまま立ち尽くすアンガーペルソルに、そっと片手を差し出した。

『きっと、かぐやがきちんと伝えるから、心配しないで。 本当に、ごめんね』

 重ねて謝罪を告げ、伸ばした片手を差し上げると、天井付近に滞空していた四基のルナティックオービットが高度を下げて配置を変える。

 それにつれ、アンガーペルソルと、そしてかぐや・なでしこステイツの体が浮かび上がった。

 やがてそれらは、地上から斜め上へと一直線に配置される。

 そこでかぐや・なでしこステイツの片手が、ベルトバックル下端のエンターレバーを弾いた。

『リミット、ブレイク!』

 撫子の声で叫んだと同時、周囲を吹き荒れるコズミックエナジーがその流れを変え、一直線に並ぶ四基のルナティックオービットと、かぐや・なでしこステイツの身体に流入してゆく。

 その流れが描く渦は、まるでこの倉庫の暗闇の中に生まれた銀河のようだった。

 跳び蹴りの体勢に姿勢を変えたかぐや・なでしこステイツの身体が上昇を始め、やがてその勢いは流星のように加速した。

 いや、その足先に輝く弧月を顕したそれは銛と呼ぶのがふさわしい。

『トータルイクリプス・ライダーキック!』

 その輝く銛がアンガーペルソルを捉え、そのまま上昇を続け、その先に並ぶルナティック・オービットをペルソルごと次々と貫いていった。

 次々と炸裂する四つの輝きに続いてドス黒い爆発が巻き起こり、その爆煙と獣のごとき断末魔を背に飛翔してきたかぐや・なでしこステイツが優雅に地上に着地した。

 

 

 

 

──続く──

 

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