そらのなでしこ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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最終話 笑・顔・満・面 (後編)

「ぃやったっ!」

「おおー」

「おっしゃあ!」

 怒りのペルソルと撫子の戦いの決着に、三人が喝采をあげる。

 ところが、かぐや・なでしこステイツの向こうに、床に散らばったくすぶる煙の中に、蠢く影があった。

「え? あれ」

「げ。しぶとい」

 それは、燃え残ったアンガーペルソルだった。

 紫がかった銀の身体は所々がぼろぼろに欠け落ちており、突っ伏したまま身動きできないようだったが、アンガーペルソルはうつ伏せのまま伸ばした片腕を、片手を握り、拳に紫の炎を浮かび上がらせた。

「あいつ!? まだやる気きゃも!? 」

 蛮殻が警戒し、美夏子と郁の前に出る。

 振り返ったかぐや・なでしこステイツも、そのペルソルの有様を見ると、さらに蛮殻をも遮る位置に立ち塞がった。

「美咲! なにしとるんきゃ!? 」

『……みんな、すぐにここから逃げて!』

 撫子の声が叫ぶ。

 かぐやの目には、それが視えるのだ。

 アンガーペルソルが、残った力を全て一点に集中させてその内圧を高めているのが、撫子の目にもサーモグラフィのように二重写しで見えた。

 つまり、それは自爆の前兆。

 それがどのくらいの規模の爆発なのかは分からない。

 けれど、紫の火球のそれよりもエネルギーの内圧が高いのが分かる。今も上昇を続けている。

 今からもう一度、こちらの大技を叩きつけようとしても、きっと爆発には間に合わない。

『みんな早く! 私とかぐやは大丈夫! だから、早く逃げて!』

「そないなことゆうたかて!? 」

「……行こう。みんな」

 言い募る蛮殻の袖を掴んで押し止めたのは、美夏子だった。

 眼鏡の向こうの、いつになく真剣な眼差しが、かぐや・なでしこステイツのセンサーを見つめる。

「大丈夫、なんだよね?」

『うん』

 撫子はうなずいた。

「よし、行こう!」

 郁も蛮殻も躊躇したが、結局、宇目木の肩を担ぎ上げて、ひしゃげたシャッターをくぐって倉庫から出ていった。

 その向こうから、走り去る足音をかぐやの聴覚で確認し、かぐや・なでしこステイツは振り返った。

 

 撫子は、初めてかぐやと出会った時のことを思い出していた。

 かぐやもペルソルだとして、仔猫の外見以外にいったい何を模倣したのか。美夏子と話し合っても結局答えが出なかったが、今なら分かる。

 かぐやは、初めて会った時に撫子がカラスの群から自分を守ろうとしたことを模倣しているのだ。

 美夏子が説明した、かつて「かぐや」が繰り返していた、両手を組んだハンマーパンチも、実は撫子の鞄を振り回す動作の真似だった。

 そしてかぐやは撫子を「守る」為に、撫子をすっぽりと覆うことにした。

 それが、かぐやと撫子の変身の正体だった。

『……いつも守ってくれて、ありがとうね。かぐや』

 撫子はぽつりと呟いた。

 なんで今そんな事を言おうと思ったのかは自分でも分からない。

 でも、お礼の言葉はいつ言ってもいいものだし。

 さて、自爆する気のアンガーペルソルをどうするか。

 撫子は、すぐそこが海なのだから、海に投げ込めばいいかと考えていた。

 そう思って倒れ伏すアンガーペルソルの元へ歩き出したその時。

 不意に視野が不鮮明になり、身体が重くなった。

 突如変身が解除され、超感覚とパワーアシストを失ったのだと気付いた時には、生身の制服姿に戻った撫子は暗い倉庫の床にへたり込んでいた。

「……あれ……?」

 身体に力が入らない。今の戦闘での疲労のせいだろうか。

 そもそもなぜ突然変身を解除したのか、かぐやを振り向こうと顔をあげた時、そこに誰かが立っているのに気付いた。

 ベージュのスカートから伸びる、黒のタイツに包まれた足。ベージュの上着に白いセーラーの襟。そして肩ほどの長さの髪。

「……え?」

 それは、先ほどここを立ち去った美夏子でも郁でもあり得ない。

 くるりとこちらを振り返ったその女子生徒は。

 見覚えのある、だが、いつも見ているものとは違和感のある顔。

 撫子と、全く同じ顔の人間だった。

「え?」

 だが、すぐに直感する。

 これは、かぐやが撫子を模倣した姿だと。

「どうし、て……?」

 けど、なぜ今そんな事をするのか分からない。

 目を白黒させる撫子の前で、無表情で撫子を見下ろしていたその撫子に変身したかぐやが、後ろを向いてアンガーペルソルを指さし、そしてこちらを向いて自分の胸を指さすと、その指先を上に向けた。

 しゃべることはできないらしいが、そのジェスチャーで撫子はかぐやの言いたい事を直感した。

(自分が、あのペルソルを連れて、空へ、行く)

「そんな!? ひとりだけで!? 」

 まさか、かぐやは自分を犠牲に撫子を助けようとしているのか。

「だめだよ、そんなの!? これまでみたいに、一緒に……」

 そこでまたかぐやが撫子を指さし、その指先を自分の喉元に向けた。そして手のひら胸に押し当てる。

(この姿を、持っていく。大切)

「え……?」

 かぐやは、自分を犠牲にしようとしているのではない。

 アンガーペルソルも一緒に連れて帰ろうとしているのだ。

 空へ。宇宙へ。

「……だ、だめだよ。あんな、恐い怒りの感情なんて、ないほうがいいよ」

 撫子の言葉が分かるのか、今度はかぐやは首を横に振った。

 顔は無表情だが、その眼差しが語っていた。

(気持ちは、大事)

 それが、善意でも、悪意でも。

 かぐやは、この世界の人間の感情を、全部お土産にするつもりなのだ。

 やがてかぐやは撫子に背を向けると、すたすたと倒れるアンガーペルソルに歩み寄った。

 そして手のひらをかざす。

 すると、周囲に残留していたコズミックエナジーが集まり、輝きがアンガーペルソルを包み込んだ。

 輝きに包まれたアンガーペルソルの、圧力を高めていた危険な気配が鎮まってゆく。一体どうやってか、かぐやはアンガーペルソルの自爆エネルギーを押さえ込んだらしい。

 続いて、かぐやの、撫子を真似た姿が揺らめいて全身を銀色に変え、装甲服形態の「かぐや」に変身した。

 再び手振りで残留していたコズミックエナジーを操り背後に球形に寄せ集めると、ルナティックオービットを作り出す。

 そのルナティックオービットが、突如四つに割れて花のように広がった。

 屈み込み、アンガーペルソルを抱き上げて立ち上がったかぐやの背後で、展開したルナティックオービットが回転を始め、その速度を増していくごとに輝きを放ち出した。

 そしてふわりと浮かび上がったかぐやが、胸を反らすようにして上を向き、回転するルナティックオービットを真下に向ける。

 やがて膨大な輝きを真下に噴射し、アンガーペルソルを抱えたかぐやが上昇してゆく。

 真上に飛び上がった輝きはそのまま倉庫の天井を突き破り、上昇する速度を上げていった。

「何事や!? 」

「撫子さん、まさか!? 」

 その時、血相を変えた蛮殻と郁が駆け込んできた。

「あんにゃろ自分を犠牲に……って、あれ? 撫子? あれ?」

 穴の空いた天井から差し込む光の下で座り込む撫子を発見した美夏子が、怪訝な顔で空を、撫子を交互に見返す。

 あまりにも唐突で、呆気ないかぐやとの別れに、撫子は呆然としていた。

 出会ってから、たったの四日だ。トータルで実質三日間にも満たない時間だ。

 たったそれだけの短時間しか一緒にいなかったのに、撫子のこれまでの悪想念を払拭し、世界を塗り変えてくれたのだ。

 今はあの仔猫の姿をした友達が、とても大事で、こんなにも胸の中で大きな存在になっていた事に自分でとても驚いた。

 かぐやには冗長なお別れの挨拶といった概念がないのだと理屈では分かっても、せめてもっとお話ししておけば良かったと後悔が押し寄せる。

 何より初めての出来事だ。

 そんな、大事な友達が、突然いなくなるなんて。

 もう、会えなくなるなんて。

 昨日美夏子が浚われた時とはまた意味が違った。

 初めて体験する、底冷えのする強烈な喪失感に、身体をがたがたを震わせた撫子は、自らの肩を両手で抱きしめて身を折った。

 寒い。なんて寒いんだろう。

 いつしか、撫子は激しく泣きじゃくっていた。

 ちょっと前まで「友達なんてまやかしだ」と激しく嫌悪していたのに。

 この喪失感は、その時の寂寥感よりも苦しい。

 こんな辛い思いをするなら、最初から友達なんて──

「いない方がいいなんて、そんな事ないよ」

 ふわりと、暖かさが身を包んだ。

 いつの間にか隣に来ていた美夏子が、撫子を抱きしめていた。

「かぐやは使命があってここに来て、結局帰らなくちゃいけなかった。短い間だったけど、一緒にいられた事は、良かったじゃない」

 思わず縋るようにその腕を掴み返した。

 ゆっくりと染みてくる暖かさに、震えが少しずつ収まってくる。

「かぐやにとっても、ナデシコは使命の為の駒なんかじゃなかった。そうでしょ?」

 そうだ。最後に自分の姿を写し取っていったのは、かぐやなりの親愛の証だった。

「離ればなれになるのは辛いけど、きっと元気でやってくよ。ナデシコなら、感じ取れるんじゃないかな」

 そうだろうか。

 いや、そうでなければ、何の為のこのコズミックエナジーが視える体質なのか。

「何を言っても、お別れは辛いもんだからさ。今は泣いていいよ。でも、後で必ず元気になって」

「……うん……」

 今になって、ようやく美夏子が慰めてくれている事のありがたさに気付く自分がほとほと嫌になる。

 でも、我慢なんてできそうにないから、撫子は思いっ切り泣くことにした。

 

 

 回復した宇目木を加えた五人は、消防と警察が殺到し大騒ぎに包まれたすばる埠頭の倉庫街から離れ、昴星高校の校舎の奥の物置き部屋──もとい、「ミステリー研究会の部室」に集まっていた。

 今日は休日なのだが、宇目木が鍵を開けて一同を誘った。

「俺は、口下手なものでな」

 各々椅子に腰掛けた一同を前に、宇目木はそう語り出した。

「女子生徒にきゃあきゃあ言われるのには辟易していた。俺としては、何がどうでこうしているわけではないし、正直、もてはやされる意味が分からない」

 言って、宇目木は頭を掻いた。

「どこに行っても似たような感じでな。誰も本当の俺の事など良く知りもしないで勝手なイメージを押しつけてくる事に憤っていた」

「そういう理不尽が、怒りの基だったんですねー」

 美夏子がしたり顔でうなずいた。

「そこをペルソルにつけ込まれた……いや、俺が利用した、だな。 ペルソルの思惑は知らないが、俺の声で語った事、ペルソルと合体していた間の事は、感情を暴走させていたとはいえ、俺のした事だ」

 そこで宇目木は深く頭を下げた。

「お前たちを傷つけて、すまなかった」

 美夏子は、郁と、蛮殻を振り向いた。

「んー。まあ、わたしはミステリ心がワクワクするような体験ばっかで、むしろありがたかったくらいだけど」

「ボクも別に。自分の修行不足を痛感しました」

「ワシもや。あんなん、ただのケンカやきに。 ……なんや負けっぱなしなんがシャクやけど」

 美夏子はあっけらかんとした顔で、郁と蛮殻は苦笑顔で答えた。

 そして一同は、撫子を振り向いた。

「美咲は……」

「……友達のした事ですから」

 撫子は、どこか透き通るような笑顔で答えた。

「先生が助かって、本当に良かった」

「……そうか」

 言って、深く溜め息を吐く。

「すまない。そう言ってもらえるのはありがたいが、どうすればいいのか、正直考えあぐねていてな。警察に自首しようにも、凶器もないしアリバイやら移動経路がメチャクチャで」

「セーンセセンセ」

 眉をしかめて呻く宇目木に、美夏子がぱたぱたと手を振った。

「警察に言うような悪いことなんか、センセはなにもしてませんよ?」

「しかしだな……」

「どうしても、って言うなら、センセ、この「ミステリー研究会」の顧問になってください! それで手打ちにしましょう!」

 その言葉にきょとんとした宇目木は、やがて怪訝に問い返した。

「……いいのか? それで」

「ええ! なにしろあの宇目木先生が、実はムッツリの残念系イケメンだって分かってこちらも気が楽だし、舞台裏が知れたセンセも気兼ねしない居場所ができるしイイコトずくめ!」

「……好きに言ってろ」

 たちまち憮然とした顔になるが、やがて当の宇目木が笑みを吹き漏らした。

「分かった。 お前にはかなわないな」

「おっしゃーー!」

 美夏子ひとりの喝采が上がり、遅れて全員の笑い声が巻き起こった。

 

「隣のアマコー、今日学園祭らしいねえ?」

 「隣のアマコー」とは、隣町にある天ノ川学園高等学校のことである。

「とは言っても、もうこの時間では、ほとんど終わりではないでしょうか」

 腕時計を覗き込んだ郁が言う。

 時刻は昼を大きく回っている。

 そんな、学校からの帰り道の途上で、少し前を歩く撫子が一同を振り返った。

「でも、そういうとことか、行ってみたいよね。みんなで」

 言って、にっこり笑うその笑顔を、美夏子が、郁が、蛮殻が眺め。

「いー笑顔見せてくれんじゃんナデシコ。ちょっとクラっときたわ」

「えええええ!? そそそそそんな」

 たちまち顔を真っ赤にした撫子が頬を両手で挟んでおろおろと回る。

「あはは。ボクは出会って三日ですけど、見違えましたよ。本当に」

「あ……うん」

 郁のカラっとした笑みに、撫子は神妙にうなずいた。

 会って間もないのに、郁には本当に深く世話になった。

「ワシも、美咲に感謝せにゃあいかんの」

 後ろに続く蛮殻が厳かにうなずいた。

「そもそもの用事の、初めて会うたペルソルちゅう怪事件が、解明と同時に解決してもうたしな」

「それは、どっちかっていうと美夏子のおかげだし。蛮殻君も大変だったし」

 そして撫子は一同を見回し。

「それに、私の方も、ありがと。 かぐやのおかげでもあるけど、みんなと友達になれた!」

 満面の笑顔に、美夏子が、郁が、蛮殻がそれぞれ笑顔で応えた。

「やれやれ。ボクも見習わなきゃいけませんね。よいしょ」

「わっ!? 」

「ぬわあ!? 」

 神妙にうなずいた郁が、いきなりプリンセスヘアの巨大なウイッグを引き抜いたのを見て美夏子と蛮殻が同時に仰け反った。

「ちょ、ちょっと、郁ちゃん、いいの!? 」

「ええ。 もう、こういうのはヤメにします。女子力は別方面でなんとかするって、約束しましたしね」

 からっとした笑みでウイッグを振り回す郁を、美夏子が青い顔でしげしげと見上げた。

「……いや、郁ちゃん、悪いけど、そっちのすごい髪より普通に似合ってるよそれ。なんでそんなもんかぶってたの?」

 美夏子の様子に、見合った郁と撫子が笑い合った。

 そこで、美夏子の怪訝な目線が途中で郁の向こうを見上げているのに気が付いた。

 その視線の先を追って見れば、蛮殻がなぜか真っ赤な形相で郁を凝視して固まっていた。

「どしたの? 蛮殻くん」

「あー。驚かせちゃいました?」

 美夏子と郁に言われても、蛮殻は赤い顔で凝視したままだ。

 だがそこで美夏子の顔が悪魔のようなニヤケ面に変わった。

「どーおー? 蛮殻くん、郁ちゃんの新たな姿は」

 郁の両肩を掴んで蛮殻を向かい合わせ、意地悪な声でそういうと、蛮殻は赤い顔を火でも出るのかと言うほどさらに赤く染めて、己の鳩尾の辺りを握りしめて後退った。

「……っ、かっ、かわいい……」

「おっ?」

「わあ!」

「……っ!!」

 美夏子と撫子の喝采に、郁までもが顔を真っ赤に染めた。

「あ、いや、これはそん、ちぎゃあ、んみゃ」

 とうとう羞恥が最高潮に達したらしき蛮殻が両腕を振り回して訳のわからない奇声を喚くとあたふたと後退りしてゆく。

「ん、んじゃ、ワシゃあこれでなも! またの!」

 言って振り返って駆け出した蛮殻は、すぐそこにあったコンクリート製の縁石を蹴り砕いてつまづくと、痛む足を抱えて跳ね回り、それでもなお逃げるように走り去っていった。

「ぐふふ。これはまた今後が楽しみなネタだねい?」

「美夏子さん!」

 眼鏡を光らせて含み笑いする美夏子に郁が珍しく大声をあげるが、その声は力無い。

 やがて駅を内包した複合商業施設の入り口にさしかかったところで、撫子は二人から若干道を逸れた。

 そこで撫子は気が付いた。「これ」をするのは、これで二回目。しかも新たに郁も加わっている。

 少しだけ、緊張する。

 でも、もう大丈夫。

 コズミックエナジーは今だ視えるままだけど、もう、だからどうとは思わなくなったから。

「じゃあ私、こっちだから」

「ええ。撫子さん。また明日」

「おーう! また明日ね! バイバーイ」

 手を振り合って帰途を別れる。

 こんな些細な事も、撫子にとっては初めての事で、それができることがとても嬉しくて幸せなことだと、撫子は改めて思いを噛みしめた。

 

 そして、駅へ続く商業施設の通路を歩いていると、視界の端に特徴的な一団が映るのに気が付いた。

 誰かと目を合わせるのが苦手な悪癖のため凝視はしないが、彼らは鮮やかなブルーのブレザーを着用している。

 あれは、隣町の天ノ川学園高校の制服だ。

 その一団の端に、黒ずくめの少年がいるのにも気付いた。

 向かい合って手を振っているようで、恐らくその一同は友達なのだろう。

 ──もう、他の友達の集団を見ても、心がざわついたりはしない──

 近づくほどに、その黒ずくめの少年の服装が、蛮殻と似たような改造学ランぽいものであるように見えてきた。

 しかも、髪型が、真ん中だけを盛り上げた、確かリーゼントとかいうヘアスタイルだった。

(……意外と、近いところに似た人がいるんだなあ)

 それとも、自分の知らないところでは流行っているのだろうかと胸中で首を傾げながらそのまま歩を進めた。

 確かに奇矯奇抜な格好で、蛮殻と先に会っていなかったら、以前の撫子だったらきっと、目撃したらぎょっとしてしまっただろう。

 だから、失礼にならないよう、極力平静を保って、気付かないふうを装ってその少年の脇を通り過ぎた。

「…………」

 なぜか、黒ずくめの少年から、こちらを伺う気配がした。

 自分はそんなに「蛮殻みたいなタイプの人々」に好まれる質なのだろうかと訝しみながらも撫子は黙殺して歩き続けた。

 ところが。

「……え?」

 目の端を、見覚えのある光の粒が通り過ぎた。

 驚いて振り返ると、既に光の粒はなく、代わってひどく感覚を引き付ける気配があることに気付いた。

 立ち去る天ノ川学園高校の一団の、黒ずくめの少年の懐あたりから、なぜか馴染みのある気配が漂っていたのだ。

(……まさか、ね)

 友達のかぐやは、空に帰ったのだ。

 ふと、先刻のミステリー研究会の部室での宇目木の話を思い出す。

 ──ペルソルと合体していた時に感じたものだが、美咲はコズミックエナジーに対する高い親和性を持つ体質らしいな。

 ──だから、あの猫との変身で、高い能力を発揮できていたのだろう。

 それが本当なら、もしかしたら、コズミックエナジーの謎の力で、なんらかの便りが届くかもしれない。

 それまで、かぐやがもたらしてくれた「友達」の輪を大切に、過去の悪想念を振り払い、こちらも元気でやっているのだと報告できるようになっておこう。

 そして空の彼方の友達の未来を祈りながら、撫子は再び帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 時を少々さかのぼる。

 

 地上から空へ、宇宙目指して一直線に上昇を続ける流星があった。

 アンガーペルソルを抱えたかぐやだ。

 腕の中のアンガーペルソルは身体を部分的に欠損させ、ぐったりしている。

 コズミックエナジーの作用によりエネルギーの操作や凝縮を不可能にされているアンガーペルソルだが、その時、かぐやの腕の中で再びもがき始めた。

(離せ! 理不尽だ! 憤慨する!)

(だめ、だよ)

 かぐやは静かに抑える力を込めた。

(あなたは、私と一緒に、帰るんだよ。一緒に、情報を持って帰ろう。使命を果たすんだ)

(使命なんか知るか! 理不尽だ! 憤慨する! なにもかも破壊してやる!)

 だが、アンガーペルソルのもがく力がいちだんと増してきた。

(コズミックエナジーを寄越せ! これさえあれば、腹立たしい何もかもを木っ端微塵にしてやれる!)

(だめ、だよ)

 だが、アンガーペルソルが欠けた腕脚を振り回して暴れ始めたことで、凄まじい速度で上昇しているかぐやの身体に激しい振動が襲いかかった。

 全てを推力に変換して稼働している今のルナティックオービットとかぐやとは直接的に接続されているわけではないので、このまま重心がずれてしまうと、振り落とされる恐れがある。

(やめよう。使命を果たすんだ。もうこの星での用は済んだよ)

(うるさい! 何かを破壊しなければ、この焼けるような熱さは収まらない!)

 アンガーペルソルはさらに暴れ、ルナティックオービットの制御も危うくなってきた。

(やめよう。このままでは、どちらも危険だ)

(うるさい!)

(あっ)

 闇雲に身体を振り回すアンガーペルソルの腕に振り飛ばされ、かぐやの身体がルナティックオービットから弾き飛ばされてしまった。

(これだ! このコズミックエナジーさえあれば、オレは!)

 ひとり残ったアンガーペルソルがルナティックオービットにしがみつくが、エネルギーの制御を禁じられたアンガーペルソルにはルナティックオービットに込められたコズミックエナジーを操作することができない。

(この! 戻れ! オレに従え! オレは! おれは)

 空中に投げ出され落下するかぐやが見上げる先で、アンガーペルソルだけを載せたルナティックオービットが宇宙へと飛び去っていってしまった。

(…………)

 さて。どうしたものか。

 ひとりごちたかぐやは、とりあえずエネルギー消費の多いこの銀の装甲服姿をやめ、省エネルギー構造の姿に戻った。

 とは言っても、猫の姿は情報を上書きした際に消失したので、「美咲 撫子」の姿になった。

 さて。どうしたものか。

 自由落下の中、下から上へ吹き荒ぶもの凄い風になぶられながら考えた。

 いずれにしても、地上に戻ったならば、再び「空」へ上がる手段を探さなくてはならない。

 この星の重力圏さえ抜けることができれば、そこからは自力で帰還することができる──

「ッ大丈夫か!」

 ふと気が付けば、既にどこかの地上に着いており、かぐやの身体は何者かに抱きかかえられていた。

 その腕の中で仰け反っていた姿勢を起こすと、かぐやを受け止めた人間の顔が目に入った。

(……「バンカラ」?)

 大勢のそろいの青い服を纏った人間の中で唯一異なる、見覚えのある黒い服を着た人間。

 それは、大事な美咲 撫子と共に行動していた「バンカラ」と呼ばれる個体に良く似ていた。

(「バンカラ」みたいな人間なら、大丈夫かな)

 こちらを覗き込んでいるその顔を凝視しながらそう考えたかぐやは。

 この人間はきっと、自分のことを助けてくれるだろうと安心した。

 

 ここからのかぐやの身に起こる出来事は、また別の物語である。

 

 




 最後のサブタイトルは、もう読んだまんま、語ったまんまなので、特に付け足すことはありません。

 と、言う訳で、この物語は原作の第三章と第四章の間に起きた、四日間の出来事でした。
 原作では作中の日数の経過が表現されていないので、かと言ってもあんまり長くても財団Xの調査が無能ってことになるので、当初は作中期間を一週間以内に纏めなきゃなーと思ってはいたのですが、思いの外コンパクトになってしまいました。
 まあ弦太郎も半日足らずでSOLUを恋する女の子に仕立て上げているので、似たような友情パワーのおかげって事でどうか劇中のことは多目に見てください。

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