そらのなでしこ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第3話 鵜・目・猫・目

 その日の午後の授業にはいまいち身が入らなかった。

「……」

 撫子は、頬杖を突いてぼんやりとしていた。

 教師の解説などは耳から耳へと通過していってしまう。

「……」

 いま撫子は、かつて感じたことのない胸を満たす多幸感にどっぷりと浸っていた。

 思い出すのは、昼休みの美夏子の言葉。

 

 『目に見えなくても、観測できなくても、それが無いことの証明にはならない! 存在を確かめる手段は、絶対にあるの!』

 

「……」

 初めて撫子だけにしか視えないものの存在を肯定してくれた。

 疑いも嘲りもしないで真摯に向き合ってくれた美夏子。

 先刻は時間切れで慌てていたために思い至らなかったが、これは撫子にとってはいくら感謝してもし足りない大切なことである。

 そうだ。久しくこの感覚を忘れていたが、きっと美夏子は撫子のともだ

「美咲! ここ答えてみろ」

「……ぇは、はいっ!? 」

 突如教師に名を呼ばれて我に返った撫子は、慌ててどたばたと立ち上がった。

 だが、ぼんやりしていたせいで授業の内容などなにひとつ理解していない。

 それどころか撫子はなぜ呼ばれたのかが分からないほど前後不覚に陥っていた。

「えー……っと、ああの、その……」

 昨日までの撫子にはなかった失態だ。

 教室の中は、むしろ嘲笑よりも唖然といった空気に包まれていた。

「なんだ。珍しいな。 もういい、次のやつ」

 教師は別段咎めることもせずに別の生徒を指名したが、撫子は羞恥に顔を伏せて周囲の空気から逃げるように座り込んだ。

 

 

◆◆

 

「で、昼は時間切れで話せなかったんだけど」

「宇目木先生のこと?」

 美夏子の問いに撫子は答えた。

 二人は放課後、再び校舎の最奥のミステリー研究会の部室に集まっていた。

 ここに向かう時の撫子の足取りは、自分でも驚くくらい軽やかだった。

 だが、あの時感じていた多幸感はどこへやら、美夏子を目の前にした撫子は気恥ずかしさからそんな足取りも消え失せ、言おうと思っていた感謝の言葉もなかなか切り出せず、美夏子が話を始めたのに合わせて普通に話題に乗ってしまった。

(あああなにやってんの私!? )

 胸中では目を回して頭を抱えているのに、撫子の外面は自動的に平静な顔を形成して返答している。

 一度挫けた意気は、立ち直るのに時間がかかるもの。こうなってはもう後戻りできない。

「うんそう。ナデシコんトコの担任だったよね? 代理の先生はなんか言ってた?」

 宇目木 純(うめき・じゅん)。撫子のクラスの担任の教師である。

 整った容姿とスタイル、寡黙な性格が女子に人気らしいが、撫子の中では無口で無愛想で冷たい大人、という認識でしかない。

 その宇目木先生が昨日の夕方に事故に遭い入院したと、今朝のホームルームで伝えられたのだ。

「うん。命には別状なくって、検査次第で何日かで戻ってこれるって」

「ほほおおう」

 あごにL字の指先を当てた美夏子のチェシャ猫めいた笑みを見るまでもなく、撫子も自分たちが遭遇した化け物と宇目木先生との関連を思い付かずにはいられなかった。

 もしかして先生は、本当は化け物に襲われたのではないだろうか──と。

 なんとなくかぐやを見るが、かぐやはテーブルの真ん中でおとなしく座ってあらぬ方を見上げている。

「ふっふっふ。これは早急に事の次第を問い詰めなくてはなるまいて……」

「正直に教えてくれるかな」

 完全に悪役のような顔で含み笑いする美夏子に、撫子は至極真っ当な心配事を呟いた。

「もしかしたら、同じ秘密を共有する者同士ってことで、ここの顧問になってくれるかもしんないし!」

「でも、もし先生が化け物に襲われてたんだとしても、非常識なことは他の人には言いたがらないかもしれないよ? ……なに顧問て」

 美夏子の台詞の最後を聞き咎めて撫子は振り向いた。

「ん? このミステリー研究会の顧問にね」

「え!? ちょっと待って!? 」

 同時に恐ろしい可能性に思い至り、撫子は慌てて立ち上がった。

「顧問の先生、いないの!? そう言えばこの部活って、他の部員は!? っていうか、もしかして申請登録とかは……!? 」

「ういー♪ ナデシコご明察!」

 左右の指先を振って美夏子が歌うように肯定した。

「この「ミステリー研究会」は、ついこないだわたしが思い付いたばかり! でも「部」よりも扱いが落ちる「同好会」を名乗るわたしの謙虚さが素晴らしいでしょ? ちなみに部員はわたしとナデシコしかいないよ!」

「え!? 私も!? 」

 自分を指さして撫子は喫驚した。

 美夏子のことはもう好意的に受け容れてはいるが、それとこれとは話が違う。

「いや、でも、まだ私はやるともなんとも」

「えーいーじゃーん! 少ない協力者なんだし一緒にいられる口実作っといたほうが都合がいいってええ!」

 テーブルの上に身を乗り出してこちらの手にすがりついてくる美夏子を、もう今は無碍に振り払うことなどできそうにない。

 撫子は結局ため息を吐いて座り直した。

「……はあ。 いいよ。私もここに入ってあげる」

「あ り が と おうううう!」

 わざわざテーブルを回り込んで飛びついてきた美夏子にも、もはや苦笑するしかない。

「ぃようし! そしたらさっそくこれから病院に行って宇目木先生を尋問しよう!」

「いや、だから病院だから穏便にね!? 」

「俺がどうかしたか?」

 いきなり入り口からかけられた声に、撫子は抱きつく美夏子と共に飛び上がって仰天した。

 組み合った体勢のまま部屋の出入り口を振り向けば、いつもの怜悧な双眸に若干の呆れを混ぜた顔でこちらを眺める白衣を纏った男性教師が、ドア枠に手を掛けて立っていた。

「……宇目木先生!? 」

「お前たちはこんなところで何をやっているんだ?」

「センセ大丈夫なんですかあ!? 昨日事故に遭って入院したって……」

「車に軽くぶつけられただけだ」

 素っ気なく告げられた言葉に、撫子と美夏子は互いに目を見合わせた。

 いったいどんな連絡の不備があったのだろう。要検査・数日入院と噂されたはずなのに、傷ひとつなさそうな宇目木は確かに危なげなくそこに立っている。

「……あ~、はは……先生は、どうしてここに?」

 やがて気を取り直した美夏子が、困惑の色を残した愛想笑いで世間話のように問い返した。

「珍しく美咲が校内を奥へ歩いていくのを見かけてな」

 撫子は、人間不信から部活動には一切参加していない。

 それを知っている担任からすれば、昨日と今日の撫子の行動は確かに奇妙に映るだろう。

「それで。お前たちは、こんな物置でなにをしている? 用が済んだのなら下校しろ」

 室内を見回して言う宇目木の言葉に撫子は思わず小さく吹き出した。

 美夏子が言うところの「ミステリー研究会の部室」は、やはり知らない人間からは隣と同様の物置部屋にしか見えないらしい。

 ところが、その撫子の様子を横目で見ていた美夏子が珍しく頬を膨らませると、挑みかかるような目つきで宇目木を見返した。

「先生! 実は昨日、車じゃなくて化け物に襲われちゃったんじゃないですか!? 」

「ちょっ!? 」

 美夏子の脈絡を無視した唐突な問いに、撫子は泡を食って美夏子の袖を掴んだ。

 顧問獲得と事情を知る理解者の増援を望む美夏子は、どうやらその目的を諦めていないらしい。

「……まあ確かに無神経な運転手を化け物扱いしたくもあるが、車にかすられて転倒しただけだ。 おかげで自転車がおしゃかになったが」

 ところが、宇目木は淀みなく平淡に答えてみせた。

 見上げた美夏子の横顔は、さすがに落胆に沈んでいた。先ほどまで共に検討していた期待は、呆気なく打ち砕かれたことになる。

「バカなことを言っていないで、用がないのなら早く帰れ」

 重ねて言った宇目木が、僅かに首を傾けて二人の肩の向こう、部屋の奥を覗き込んだ。

「……猫を連れ込んだのか? 校内に居着かれると邪魔だぞ」

「あ……」

 言って宇目木がテーブルの上のかぐやに向かって歩き出した。野良猫をつまみ出そうというのだろう。

 撫子は慌ててかぐやを庇おうと宇目木のあとを追ったが、かぐやは伸ばされた宇目木の手を掻い潜って逃れると飛び降りた床を駆け抜け、窓の隙間に滑り込むと外へ飛び出していってしまった。

「あっ!? 」

「かぐや!? 」

 美夏子とそろって窓に駆け寄るが、かぐやは裏庭の砂利を駆け抜けて植え込みに飛び込みどこかへと走り去っていってしまった。

「ちょっと、ナデシコ、追っかけよう!」

「うん! 先生、失礼します!」

「さいならっ!」

 慌てて身を翻した撫子は鞄を取り上げると宇目木の脇をすり抜け、美夏子と一緒に部室を飛び出していった。

 

 

「かぐやー! かーぐーやー!」

「かぐやー、出ておいでー」

 学校の裏手を、撫子と美夏子がめいめい呼びかけながら歩く。

 河原を遮る土手と、高いブロック塀に挟まれた路地の、草むらや塀の隙間を丹念に覗き込みながら二人はかぐやを探し続けていた。

「どうしちゃったんだろうねえかぐやは」

「うん……」

 美夏子のぼやくような呟きに、撫子は気もそぞろにうなずいた。

 撫子には非常な懐き具合を見せるかぐやが、美夏子といい宇目木といい他の人間からの接触を極端に避けるのはなぜなのか。

 共通項と言えば例の「光の球」──曰く言うところの「コズミックエナジー」が視えるか視えないかの違いだが、かぐやが撫子以外の人間を避ける理由にはならない気がする。

「う~ん。この辺、野良猫とか多いから心配だねえ?」

「うん……」

 美夏子の言葉に、力無い細い声で応える。

 こっそりと横目で様子を伺う美夏子の、撫子を見る優しげな色の瞳には気付かずに。

「……え? なに?」

「ううん。なんでもない」

 二人は行き止まりに差し掛かって足を止めた。

 上は、この土手と川をまたぐ線路が通る橋。

 前と横を高いブロック塀が覆い、片側は急角度に盛り上がった土手になっている。

「……だめだ。いないよ……」

「別方面を探そうよ。戻ろう」

 美夏子の提案に従って来た道を振り返る。

 ところが、その先の側溝から道を遮るように鈍色の液体が滲み出てきたのを見て身動きを止めた。

 おぞましい恐怖がよみがえり足が竦む。

 側溝から這い出した液体が垂直に噴き上がり、見覚えのある歪んだ人型を成したところで二人同時に悲鳴をあげた。

「ひやああああ!? まままたでたあ!? 」

「に、逃げなきゃ」

 ところが振り返ったそこは行き止まり。

「うえええええ!? どどどどどうしよう!? 」

「ど、土手! 土手に登って!」

 三方を阻む壁を前におろおろと狼狽える美夏子の腕を引いて、撫子は土の急斜面へと後退した。

 だが、土手とはいえそこはおよそ五十度を越える、むしろ壁と呼ぶべき傾斜。手掛かりはまばらに生えた雑草しかなく、泥人形が迫るまでに必要な高さまで登ることは非常に困難だろう。

 けど、諦めるわけにはいかない。

「登って! 早く!」

「ああもうなんでこんなに土盛りあげてんのよここ!? 」

 ぼやく美夏子を押し遣りながら振り返ると、泥人形はもたもたした動作ながら着実にこちらへと迫ってきている。

『ーーーーッ!』

 泥人形のその面相に幾重にも刻まれた深い皺が、甲高い、耳障りな絶叫をあげた。

(……?)

 ふと、撫子はその泥人形の声と動作になにか、心のどこかに引っかかる違和感を感じた。

(……え? 私、どうして……?)

「あっ!? かぐや!」

「えっ!? 」

 美夏子の喫驚の声に思考を中断して振り返ると、美夏子が見上げた先、土手の上から銀色の仔猫、かぐやが土の斜面を駆け降りてきたところだった。

「かぐやっ! 」

 思わず喜色をあげる。

 ところがかぐやは再会の感慨もないように斜面の途中の美夏子の脇を通過して着地すると、地面を疾く走り抜けて撫子の身体を螺旋状に駆け上がった。

「え!? えっ!? 」

 そして撫子の腰の周りを迅速にぐるりと駆け回ると、その姿は瞬く間に銀の帯となり、やがて閃光と共に仔猫に代わって別のものが撫子の腹を取り巻いていた。

 それは、複雑な機械を正面に据え付けた、幅広のベルトだった。

「えっ!? えええ!? 」

 銀色の球を中心に据え、金属色の円環が半球状に幾重にも重なって配置されたそれは、ミステリー研究会の部室にあった天球儀に酷似していた。

 それらを納めた紡錘形のフレームの右側の上端から、見覚えのあるナイフスイッチが垂直に生えていた。

 それが猫のしっぽのように、くいくいと手招きするように動く。

「……ちょ、ちょっとかぐや!? どうしたの? なんの真似なの?」

 昨日、初めてかぐやに全身を取り込まれたのとは異なる変化のシークエンスに、撫子はただ困惑するだけだ。

 見れば、なぜか足を止めていた泥人形が再び足を蠢かせてこちらへと迫り始めた。

 背後には無手の美夏子。分かっている。選択肢はひとつしかない。

「んもおうっ!」

 撫子は自棄ぎみに声を張り上げると、ベルトから伸びるナイフスイッチを両手で握りしめた。

「……っ!? 」

 そして、スイッチを左へと押し倒す。

 その途端、撫子を幾重もの半透明の円環のヴィジョンが取り囲み、間近に迫っていた泥人形を弾き飛ばした。

 同時に閃光に包まれた撫子の身体を、ベルトの縁から溢れ出た銀の幕が上下に流れるように広がり覆ってゆく。

 やがて全身を覆い隠した銀の幕は中身にぴっちりと密着するように収縮して女性らしいボディラインを描いた。

 ただし変化はそこで止まらず、肩が、前腕が、臑の部分が隆起すると、頑丈そうな紡錘形のプロテクターを形成して固着した。

 胸と背中も部分的に盛り上がり、滑らかな曲線で構成された胸郭へと変化する。襟元に二重の線がアーチを描くセーラー服のような鎧だ。

 そして頭の両側頭部からも突起が生まれ、迅速に中を窪ませて鋭角に形を変えたそれは、まるで猫の耳のようだった。

 やがて変化が完了した撫子だったものは、まるで猫耳を生やした銀の装甲服とでも呼ぶべきものへとその姿を変えていた。

 両目にあたる位置にある巨大なイエローのセンサーアイがきらりと閃いた。

『うーーー!』

 やおら撫子だったものは両腕を眼前にそろえて身を丸めると、続いてその両腕を左右に大きく広げて仰け反った。

『なーーーーーーー!』

 まるで己の登場を世界に宣言するかのように元気な声を張り上げた撫子だったものは、ぴょんと小さく跳ねると前に飛び出した。

『なーーー!』

『ーーーーーッ!? 』

 そして昨日と同様に、組んだ両手を真上から振り下ろして泥人形を殴りつける。

 だがその威力は格段に上昇していたようで、泥人形は派手に転げながら大きく吹き飛んでいった。

『なーー! なーーーー!』

 それを追って駆け出した撫子だったものが再び組んだ両拳を振り下ろすが、泥人形は一回転余計に転がってそれを避け、狙いを見失った両拳はアスファルトを粉々に打ち砕いて埋め込まれた。

『なーーーー!』

 ところが、撫子だったものは拳を振り下ろした勢いのまま身を投げ出して前転すると体勢を立て直してあっさりと泥人形に迫る。

『なーーーー!』

『ーーーーーーッ!? 』

 再び、立ち上がった泥人形に振り下ろした両拳がヒットした。

 

「…………」

 昨日に続いて、かぐやを伴った謎の変身を遂げた撫子を、美夏子はようやく這い上がった土手の中腹で雑草にしがみつきながら見つめていた。

 細部の形状を変えた撫子が変身したものは、見た目だけでなく腕力も強くなっているようで、泥人形を圧倒する勢いは昨日よりも凄まじい。

「……うーん……」

 それにしても、撫子はなぜ両手を組んだハンマーパンチしかしないのだろうと美夏子は訝しんだ。

 元々、格闘の心得のない撫子だから仕方がないのかもしれないが、だとしても両手を交互に振り回した方が簡単な動作のような気がするのだ。

 例えば、癇癪を起こした子供が暴れる時は、まさに両腕をぐるぐると交互に振り回すものだ。

 両手を組んで殴りつける、という動作は、そうしようと思ってやらない限りはしない動作だろう。

 なのに変身した撫子は、どんな体勢であろうと、彼我の位置がどうあろうと、必ず両手を組んで殴りつけようとする。

 ……あと、あの「なーなー」言っているアレは、なんなのだろう。撫子って、あんなキャラじゃないような……?

「……」

 まあどうでもいいか。

 ともあれ、対抗手段を持たない美夏子は撫子の足手まといにならないように、とっとと安全圏に退避しなくてはならない。

 土まみれになりながらようやく土手の上に這い上がると、制服の前をはたきながら声を張り上げた。

「ナデシコー! もう大丈夫だから!早く逃げよう!」

 変身した撫子の脚力ならば、土手の上などひとっ飛びで跳んでこれるだろう。そう思って呼びかけたのだが、撫子には聞こえた様子がない。

 あれほど恐れていた相手を、今なお絶好調に滅多打ちにしている。

「ナデシコー!」

 再び呼びかけてみるが、無反応。

「……?」

 美夏子が怪訝に首をひねったその時、撫子がやおら怪物を殴る手を止めて辺りを見回した。

「ん? わたしなら、ここだよー!」

 自分の姿を見失っているのかと思って三度呼びかけてみるが、美夏子の声には反応しない。

 きょろきょろと、忙しなく周囲を探りおろおろし始めたのだ。

 その間に泥人形は後退すると、再び鈍色の液体に身を変じて傍らの側溝へと流れ込んで消えてゆく。

 撫子は、脅威がいなくなってもまだ何かを求めておろおろと見回していた。

「……なにしてんのナデシコは」

 恐らく、変身した撫子のパワーアップを脅威と見て逃げたのだろう、泥人形がしばらく経っても戻ってこないのを確認した美夏子は、土手をずるずると降り始めた。

 せっかく苦労して登った土手から降り立つと、まだおろおろと周囲を見回している撫子に駆け寄ってその肩を叩いた。

「ちょいと、ナデシコさん?」

『う?』

 くるりと振り向いた撫子だったものは、口元に拳を当てて小首を傾げて見せた。

(……かわいいじゃねえですか)

 「萌えキャラ」という概念にあまりピンと来ない美夏子だが、なぜか一瞬浮かんだ感想に自ら口の端をひきつらせた。

 だがすぐに気を取り直す。

「いやいや、う?じゃなくてさ。あいついなくなったから、とりあえずさっさと逃げようよ」

 ぱたぱたと手を振って見せるが、なぜか撫子は一泊置いてからはっと気付いたかのようなリアクションをすると、慌てた様子でベルトのナイフスイッチを引き起こした。

 たちまち閃光に包まれて元の制服姿の撫子に戻る。

 その足下に、銀毛の仔猫・かぐやが降り立った。

「いやいやいやいや!? 違うの違うの!? なんでもないのなんでもないよ!? だだだだ大丈夫だから!? 」

 そして変身を解除するなり真っ赤な顔でまくし立て始めた撫子に、美夏子はきょとんと見返すよりほかになかった。

 

 




 今回のサブタイトルは「うのめ ねこのめ」。 本来のことわざ「鵜目鷹目」の一部を当作の登場動物の猫と取り替えました。
 言葉の意味は「餌を探す野生動物のように、熱心に求めるものを探し回るさま」といった感じでしょうか。
 ところが、今回のサブタイトルの真の意味は、もう少しあとに明かされることになるのですが。
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