そらのなでしこ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第6話 雲・心・月・性

「あ。戻ってきた」

 手首に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼り付けた蛮殻が郁に付き添われて戻ってきたのに気付いて、美夏子が覗き込んでいたスマートフォンから顔を上げた。

「どうだった?」

「どうもこうもあらせん」

 昴星中央総合病院のロビーの最も奥の片隅のベンチに腰掛けてている美夏子の元へやって来るなり蛮殻は憮然とした顔で呻いた。

「こんなんカスリ傷や。いちいち医者に診せる程のモンでもにゃあて」

「そうは言っても、どこか内部に深刻な怪我を負っていたら、事ですから」

 包帯を巻かれた片手をためつすがめつする蛮殻に、郁が生真面目に言い諭す。

 化け物相手に大立ち回りを演じ、アスファルトの上に投げ飛ばされたのだ。受け身の心得のある郁はともかく、派手に転がされていた蛮殻はあちこちに軽傷を負っていた。

 せっかく目的地が病院なのだから、大事をとってと郁に無理矢理受診させられたのだった。

 ちなみに蛮殻の今の服装は、いつの間に着替えたのかベージュの詰め襟、昴星高校の制服姿に戻っている。

「……んで。 美咲はまだ沈没しちょるんきゃも?」

「あはは。うんまだ」

 言って蛮殻が見下ろした美夏子の隣では、ベンチに腰掛けたままの撫子が頭を抱えてうずくまり、なにやらぶつぶつと繰り返していた。

 自ら進んでやった事とはいえ、皆の前で自己の本性をさらけ出すかぐやとの変身を実行し、かつこれまでにないハイテンションの体を晒したことで深刻な羞恥の念に苛まれることになったのだ。

 先の化け物と遭遇した現場からここまで連れてくるのも一苦労な有様だった。

 おかげで、蛮殻の診察待ちもあり、当初の目的である宇目木先生の見舞いにも行けていない。

「ナデシコー? ほら、元気出して? 誰も、変に思ってたりしないよ?」

 隣の撫子の肩を叩いて励ますが、撫子からの反応はない。

「そんなに何かまずかったですか? 変身した美咲さんは格好良かったと思いますけど」

「郁ちゃん!? 」

 しいー、と慌てて美夏子が口元に指先を立て、郁もはっとした顔で口を覆った。

「変身ちゅうのはな」

 突如、蛮殻が厳かに語り出した。

「強い自分に変わる為の、言うんなら”儀式”っちゅうか、気合みたいなもんや」

 うつむいた撫子は相変わらず反応しないが、蛮殻は構わず続けた。

「女も、気分で化粧したり、出で立ち変えたりするやろ。まあきっかけは何だってええ。要は、「そうしよう」っちゅう心意気や」

 ぴくり、と。撫子の肩が震えた。

「あん銀色のは、確かに強かった。おみゃあさんは、わしらを守ろうとしてアレやってくれたんやろ? 後で落ち込むんが分かっててあん謎の力使うたんやろ? 後がきつうなるんが分かってて、それを実行できるんは、どえらげにゃあ凄い勇気だで」

「…………」

 おずおずと、撫子が頭を抱えていた手を離して顔を上げた。

「わしらは、おみゃあさんのその勇気を知っとるから、おみゃあさんの変身を笑うたりなんか絶対にさらせん。のう?」

「そうですよ」

 蛮殻の隣で、促された郁がうなずいた。

「…………」

 隣を見ると、美夏子も優しい笑顔でうなずいていた。

「……………………うん」

 ようやく、全身の緊張を解いた撫子がおずおずとうなずいた。

「ふふ。 そしたらさ。センセのお見舞いに行く前に、さっきの戦いでちょっと気になった点があるから、みんな聞いてくれる?」

 撫子の復調に笑顔になった美夏子がそう言って、スマートフォンとは別にタブレットPCを取り出した。

「さっきの、って、化け物のことですか?」

「まあね。 あ、それと、これからあの化け物のことは「ペルソル」って呼ぶから」

「「ぺるそる」?」

 三人が、めいめいのアクセントで繰り返し、首を傾げる。

 疑問符を浮かべる顔に囲まれながら美夏子はタブレットPCの画面に指先を滑らせて何事かを表示させ、くるりと皆に向けた。

「「ペルソナ」っていう言葉があってね。心理学の言葉で、簡単に言えばその人の外的側面、要は「上っ面の仮面」みたいな意味で」

 画面の、どこかの百科事典サイトの説明文を貼り付けたような部分を指先で示し、そのまま滑らせて表示内容をスクロールさせる。

「んで、かぐやとかあの化け物……多分あいつらもかぐやと同じ「SOLU」だと思うんだけど、その「SOLU」と「ペルソナ」を掛け合わせて「ペルソル」ね」

 言って現れた次の画面にも、美夏子が自分で作成したものか、いま言った言葉の組み合わせが大きな文字で解説されている。

「なんでかは、これから説明するね。かぐやと、あいつらの性質とか行動原理にも関わる話だから」

「……なにか分かったの?」

 再びタブレットPCを自分に向けてせかせかと操作し始めた美夏子に撫子がおずおずと問う。

「うん。まああくまでもわたしの推測なんだけど。 郁ちゃん」

「はい?」

 タブレットから顔も上げないまま問いかけた美夏子の声に郁が応える。

「あの赤っぽい化け物は、前に出くわした時、郁ちゃんちの武術で追っ払ったんだよね?」

「はい」

「蛮殻くんも、殴って追い払ってた」

「んにゃ」

 郁と蛮殻がめいめいうなずく。

「そして再び現れたあの赤っぽいあいつは、郁ちゃんと蛮殻くんの技を覚えて使ってきた。 多分あいつは、って言うかあの化け物たちは、自分たちが出会った相手の行動を真似る性質があるんじゃないかと思うの」

「そうなの?」

 撫子が、きょとんと問い返す。

「でも、私たちが初めて遭ったあの化け物は……?」

「前に、ネットで見つけた宇宙人遭遇の噂をナデシコに見せたことがあったでしょ。「いきなり目の前に現れて、出会い頭に悲鳴をあげたら逃げてった」って書き込み」

 覚えている。部室で美夏子に見せられた掲示板の内容だ。

「その人かどうかは分からないけど、多分あいつは、一番最初に会った人にいきなり悲鳴をあげられたんだと思うの。それでしょっちゅう悲鳴みたいな声を出したり、大声で攻撃してきた」

「……かぐやは?」

「きっと、最初に会ったのが仔猫だったんじゃないかな? 行動が反映されてるのかは、猫だと分かりづらいけど」

 そこで美夏子は操作を終えたのかタブレットから顔を上げた。

「で、そういった相手の動作をなぞる特性から、「仮面(ペルソナ)を被る「SOLU」」ってことで「ペルソル」ね。 見て」

 美夏子はタブレットをくるりと皆に向けた。

 そこには、非常にブレてはいるが、先刻遭遇した青銅色の泥人形と、赤銅色の化け物の画像が並んでいた。

 見覚えのある背景の色合いから、先の戦闘中に美夏子がスマートフォンで撮影したものだろう。

「僭越ながら、わたしが命名させてもらうね。 悲鳴を上げてた青いほうが「スクリームペルソル」。武術を使ってた赤いのが「ブドーペルソル」」

 写真の下に、美夏子の命名による名前が書き込まれていた。

「さっきの戦いで、ナデシコが変身した「かぐや」がやっつけたのは、こっちのスクリームペルソルだけだった。まぶしくてよく見えなかったけど、こっちの赤いブドーペルソルはうまいこと躱して逃げちゃったんだと思う」

「え……?」

 その時に理性を失っていた撫子には知る由もないことだった。

「……あの、私……」

「ナデシコのせいじゃないよ。ただ、またこいつが出てくるかもしれないから、みんな気を付けてね」

「はい」

「おう」

 郁が、蛮殻がめいめい返事した。

「……」

 慰められながらも自責を振り払いきれない撫子も、おずおずとうなずいた。

 ふと、目線を上げた撫子はそれに気付いて喫驚した。

「あ!?」

 声をあげた撫子に驚いた美夏子が、郁が、蛮殻が撫子が見上げた先を追って振り向いた。

「宇目木先生!?」

 続く言葉の意味を悟る。

 見ればこの広いロビーの向こう、上階に続くエスカレーターの先、二階を見通せる手摺りの向こうに、こちらを冷徹な双眸で見下ろす無表情が、宇目木の姿が見えた。

 それも、病院にいるにも関わらず、その姿は入院患者のそれではなく、いつも学校で見かけるスーツ姿の、上着の代わりに白衣を羽織った格好だった。

 その宇目木が、こちらが姿を認めたと分かったのか、身を翻して通路の奥へと消えていった。

「追うよっ!」

 美夏子の声に撫子も立ち上がり、一同はエスカレーターへ急いだ。

 

「うわ!? こっち下りだった!?」

 ところが、そこのステップが次々と下がってくるのを見て美夏子は慌てて方向転換する。

「こっちです!」

 行き先を見失った美夏子の袖を掴み、郁が登りエスカレーターの方角へと一同を導く。

「あれ? そう言えば、あの仔猫さんはどうしたんですか?」

 自動で登る速度も惜しみ、せかせかとステップを駆け登る途中で郁が問いかけた。

 病院に入る辺りで、負傷した蛮殻と落ち込む撫子の手助けをしている内に意識から抜け落ちていたのだが。

「大丈夫。かぐやなら、私の鞄の中にいるから」

「へ?」

「詳しい説明はあとでね! ちょっぴりドッキリな謎だから!」

 郁と撫子の遣り取りに、美夏子がステップを駆け上がりながら声をかけた。

「こっち!」

 今度は迷わずに、上がった二階の通路を回り込んで先ほど宇目木を見かけた場所へ駆け込む。

 ところが、そこには既にあの白衣の後ろ姿はなかった。

「探そう!」

「こっちに行ったように見えましたよ」

 他に宛はない。郁が指し示した通路へぞくぞくと駆け込んでゆく。

 この先は長い一本道だったが、突進してくる学生に驚いて仰け反る入院患者ばかりであの白衣の後ろ姿は見えない。

「走らないでー!」

「すみませーん」

 女性看護士の注意の声に、律儀に立ち止まりかけた撫子の背を押しながら美夏子が適当に返事する。

 やがて真っ直ぐ続く通路の途中に右への曲がり角が現れた。

「げ。どっちかな!?」

 前と右。どちらもまだ通路が長く延びている。

「あれ!」

 郁が指さした方向、右の通路を振り向くと、遠い先の曲がり角に吸い込まれるように消えてゆく白衣の裾らしきものが見えた。

「行こう!」

 美夏子の宣言に一同はその曲がり角へ駆け込む。

 患者や見舞い客を躱しながら通路を駆け抜けるたび、通路が分岐するたびにその白衣の裾は次々と先の通路へと消えてゆく。

 追いつきつつあるのか。

 それとも。

「あのう! なんか、誘われてません!?」

「ふん! もったいぶったやり口やな! ナマで見るんは初めてや!」

 郁と蛮殻の言葉に、撫子もその白衣の裾の動きに疑念を抱いた。

 曲がり角までの距離は一定ではないのに、撫子らがその通路に辿り着いたのを見計らったかのように、その裾は同じ消え方をしているのだ。

「うふふふふ、なんだかオラわくわくしてきたぞ!」

「ええといやもうあの気を付けてよ!?」

 目をぎらぎらさせて隣を走る美夏子に、事態の不気味さを楽観視できない撫子は一応つっこみを入れた。

 やがて人気のない一角に辿り着いた一同は、また白衣が消えた場所を見て怪訝に足を止めた。

「……ええと」

 さすがに美夏子が戸惑いの色を見せる。

 そこは上階へ向かう階段。

 そこには、黄色いロープが一本、横に遮るように張られ「関係者以外立ち入り禁止」の札が提げられていたのだ。

「……こっちに、行ったよね?」

「こっちに行ったように見えました」

 指さして問う美夏子に、郁が淀みなく応える。

 同時に、がしゃあんと遠くで重い鉄扉の閉まるくぐもった音が響いてきた。

「……ふん。まるでドラマか映画やな」

 蛮殻が階段の手摺りが描く螺旋を覗き込み上を見上げて呟いた。

 皆まで言うまでもない。体験するのは初めてだが、「屋上へ来い」と誘われているのだ。

「おっしゃ! じゃあいっちょ行ってやろうじゃないの!」

「待って!」

 意気揚々と黄色いロープを跨ごうとする美夏子の袖を取って止める。

「なんか、変じゃない? って言うか、危なくない?」

「えー? なに言ってんのナデシコ。 あれただの先生だよ?」

「……え~、っと……」

 サスペンスチックな雰囲気に飲まれていた所に至極常識的な指摘を、最もノリノリになっていたはずの美夏子からされて撫子は袖口を摘んだまま戸惑った。

「そう言えば、警察を呼ぶにしても、先生は特になにも悪いことしてませんしね」

「強いて言やあ、立ち入り禁止んトコに入りよったくらいかなも」

 続く郁と蛮殻の意見にも、これまでの追走劇はいったい何だったのかと思わず天を仰ぎたくなる。

「……えっ、と…… じゃあ、行こっか」

「おっしゃ!」

 僅かな逡巡の末に結局うなずいた撫子の前で気勢を上げた美夏子がロープを跨ぎ、郁と蛮殻が続々と階段を登って行った。

「……はぁ」

 溜め息を吐いた撫子は、のろのろとロープをまたいで皆の後を追った。

 

 撫子が階段を登りきるのを待って、突き当たりの鉄扉に手をかけた美夏子が一同を見回した。

「じゃ、開けるよ」

 言って、ぐっと手に力をこめる。

 ところがその非常に重たい鉄扉は美夏子の腕力には余る重量だったようで、顔を赤くして全身を扉に押しつける美夏子を見かねて伸ばした蛮殻の片手によって鉄扉はようやく開かれた。

「……わあ」

 外の夕焼けと、吹き抜ける涼風に思わず声を上げる。

 ところが屋上の真ん中に立っていた異形の影に気付きその息を飲み込んだ。

「!? 」

 思わず四人は身を固くする。

 そこに立っていた異形は、逃げたと思われた赤銅色の異形・ブドーペルソルではなく、まるで黒い鋼を練り上げて作り上げた、だが酷似する特徴的な体躯を持つ初めて見るペルソルだった。

「なんやあれ!?」

「まだいた!?」

 悲鳴をあげる美夏子の目線の先で、その黒の異形は片腕を持ち上げてこちらに突きつけた。

 その機械を寄せ集めたかのようなごつごつとした太い腕の先端には、深い、昏い孔が穿たれている。

「!? 」

 それを見て閃いた撫子と蛮殻が、美夏子と郁の袖をそれぞれ引っ張って身を翻した。

「下がって!?」

「中ぁ入れ!」

 叫んで四人が屋内に転がり込むや否や、蛮殻が力任せに鉄扉を閉めた。

 それと同時にまるで巨大な雷鳴のごとき爆音と凄まじい衝撃が扉を殴りつけ、中央付近がぼこりと盛り上がった。

「がっ!?」

 鉄扉の間近にいた為に蛮殻はその、鉄扉をへこませる程の衝撃波をまともに喰らい、大きく仰け反って階段を転げ落ちていった。

 残る三人も両耳を塞ぐ掌をも貫く轟音に朦朧とし、蛮殻を助ける手を伸ばすこともできない。

 そんな中、撫子の鞄の中からにゅるりと這い出してきた銀毛の仔猫、かぐやが衝撃で目を白黒させている撫子の足を駆け上がり腰で一周するとベルトの姿となった。

「……!?」

 その途端、目を回していた撫子がたちまち目の焦点を合わせて仰け反っていた体勢からバネでも仕込まれたかのような勢いで起き上がると、右の拳を腰に当て、曲げた左腕を胸の前に構えた。

「変身!」

 決然と叫び、両手を左右に振り切ったその途上で左手がベルトの上から突き出したナイフスイッチを押し倒す。

 たちまち月光を思わせる神秘的な協和音が鳴り響き、いくつもの円環のヴィジョンに取り囲まれた撫子の姿が銀色のヴェールに包まれて「かぐや」へと変身した。

『うーー!』

 それまで朦朧としていた衝撃など微塵も感じさせない動きで身を丸め。

『なーーーー!』

 全身を伸ばして反り返り、高々と叫んだ。

『なーーーー!』

 そしてへこんだ扉を蹴り開けて屋上に飛び出してゆく。

 その際、ひしゃげたせいで金具が歪んだドアが丸ごとちぎれて吹き飛んでいった。

 

──zapi!

 

 まるで無線機のスイッチのような音を吐いて、その黒い異形は改めて右腕の砲口を突き出した。

 角張った体つきと言い、きびきびとした動作と言い、まるでロボットか何かのような動きだった。

 そして突き出した腕から爆音が轟き、孔から弾丸が射出された。

 それはジグザグに駆ける「かぐや」には当たらずに虚空へと消えてゆく。

『なーーー!』

 

──zapi!

 

 肉迫して飛びかかろうとした所で、黒の異形が第三射を放ち、「かぐや」は空中にあって身を捩ってどうにかこれを躱した。

 ところが、着地したところをさらに狙い撃ちされ、跳び退いたところを弾丸が抉り、また後方へ跳躍してゆくたびに「かぐや」の足元を弾丸が次々と襲った。

 せっかく間近まで迫った間合いを広げられた「かぐや」が遠巻きに駆け出してゆくのを、黒の異形がその右腕の砲口と共にぴたりと見据えて狙い追従する。

 

「……「ガンペルソル」、と……」

「ここでメモっちょる場合か!?」

 屋上入り口の陰で、スマートフォンを片手にタブレットをいじる美夏子に、また打ち身の箇所を増やした蛮殻が突っ込んだ。

「ところであれ、初瀬蟹さんの推測が正しかったとして、誰の何を真似ているんでしょう?」

「ミカコって呼んでいいって」

 物陰から戦闘を見つめる郁に美夏子が応える。

「やっかいだねー。鉄砲まで出てきちゃうなんて」

「おい、「ガンペルソル」ちゅうて、まさか」

「そ。たぶん、お巡りさんに鉄砲で撃たれたことがあるんじゃないかなあ、あのペルソル」

 美夏子の推測に、蛮殻の青い顔に一筋の汗が流れた。

 良く見れば、警察官の制服と言うには黒みがちだが、その角張った体躯はなんらかの制服に見えないこともない。

「やばいなあ。いざって時にはお巡りさんのことアテにしてたのに……」

 表情を深刻に曇らせて美夏子は郁の下からどかんどかんと断続的に爆音が轟く戦闘の現場を覗き込む。

「ちょ、おい」

 それを聞いて蛮殻が呻いた。

「そりゃ美咲のやつもマズいんとちゃうんか!?」

「マズいよ!?」

 ちらと蛮殻を見上げて言い返す。

「でも、変身したナデシコはいまいちハナシが通じないし、もうどうしたらいいんだか……」

「さっきの、あの三日月みたいな技は、また使えるんでしょうか?」

「わかんない」

 郁の言葉にも沈鬱に首を振る。

「手ぇこまねいててもしゃあないやろ。 ワシが行って注意を引いて来たる」

「無茶だって!? 鉄板もコンクリートもへこましちゃうんだよ!?」

 のそりを踏み出しかけた蛮殻を、郁と美夏子が左右から袖を掴んで止めた。

「当たらにゃあどってことないわい!」

「もし当たっちゃったら終わりでしょー!?」

 喚き合うそこに、どこからかひとひらの雪が舞い込んできた。

「……え?」

 いや。それは光の粒。

 それと見て取った瞬間、三人のいる所が光の吹雪に巻き込まれた。

 

『うーーーー!』

 跳ね回り、転げ回ってガンペルソルの砲撃を避け続ける「かぐや」が、その一瞬の隙に身を丸めて伸ばし、高らかに叫んだ。

『なーーーーーーーー!』

 声が大空に高くこだまするや否や、この病院屋上があっと言う間にコズミックエナジーの嵐が舞い降りた。

 

──zapi!

 

 突然の変化に狼狽えるガンペルソルをよそに、「かぐや」は身を翻すと近くに密集していたコズミックエナジーの群に頭を突っ込んだ。

 続いて二度、三度と身を翻し、踊るような動作で両側頭部のエナジーインテークにコズミックエナジーを取り込んでゆく。

『なーーーー!』

 やがてバックル中央の球体「セレスティアルドライブ」が黄金の輝きを放ち始める。

 「かぐや」の右手が天球儀のフレームを回転させると球を取り巻く幾重もの円環のフレームが複雑に連動して回転し、中央の「セレスティアルドライブ」の輝きが球面の上で左に引き絞られて三日月の形となる。

 そこで「かぐや」の右手がベルトバックルの下端に張り出したアーチ状のエンターレバーを下に弾いた。

《く・れっせん・と♪》

 ベルトが奇妙なアクセントで認証を告げ、「かぐや」の傍らに長大な光の弧、「クレッセントサイズ」が現れた。

『なーーーー!』

 それに手をかざして操作し、二度、三度と振り回してから「かぐや」はガンペルソルめがけて駆け出した。

 

──zapi!

 

 ところがガンペルソルの立ち直りは早かった。

 即座に右腕の砲口を向けると続けざまに弾丸を発射してくる。

『なーーーー!』

 「かぐや」はそれらを右に、左にと跳ねて躱しながら接近し、クレッセントサイズの射程に入ったところで両腕を振り下ろした。

『なーーーー!』

 ここで初めてガンペルソルは最初の立ち位置から動いた。

 くるくると迅速に身を翻して「かぐや」のクレッセントサイズを躱すと、振り下ろした体勢で着地した「かぐや」の無防備な横姿めがけて発砲した。

『っ!?』

 脇腹に弾丸が突き刺さり、「かぐや」の矮躯が派手に吹き飛び転がっていった。

 その途上で投げ出されたクレッセントサイズが霧散して消えてしまう。

「ナデシコっ!?」

 思わず美夏子が叫ぶ。

『うなっ!』

 ところが、うつ伏せで倒れていた「かぐや」が仰向けに転がりヘッドスプリングで元気良く飛び起きると再び同じ勢いでガンペルソルへ駆け出してゆく。

 あれほどの威力の直撃を脇腹に受けたというのにまるで何の痛痒もないような「かぐや」の様子にはほっとした。

 けれど無茶だと美夏子は思った。

 端で見ていても劣勢なのが分かるし、素人目でも飛び道具が圧倒的有利なのも分かる。

 それに、「かぐや」の防護は本当に頑丈なのか。中の撫子は本当に無事なのかが分からないことが一層不安を掻き立てた。

「ナデシコっ!? 逃げて!」

 蛮殻の無茶も忘れたように飛び出そうとする腕を郁に掴み止められながら美夏子は叫んだ。

「聞こえてるでしょ!? しっかりして! 逃げていいんだよ! 危ないよ!」

 いくらかぐやとの変身がハイテンションをもたらしているとしても、痛かったり危なければ逃げるくらいは考えるはずだ。そう思っていた。

 なのに変身した撫子はそういう発想すらも失っているように見えた。

 かぐやとの変身による高揚感は、まさか撫子の危機意識すら消してしまっているのではないか──?

「やめて!? ナデシコ! 逃げて!」

「美夏子さん! 落ち着いてください!」

「おみゃあはそんまま押さえとけ」

 飛び出そうともがく美夏子の腕を掴み止める郁の横を、いつの間にか真っ黒な番長スタイルに変身した蛮殻が駆け抜けていった。

「ちょ、蛮殻さん!?」

 呆気に取られるも、美夏子を押さえている郁はそれを見送るしかない。

「うおおおおおおお!」

 気勢を上げて蛮殻が突進してゆく。

 その軌道は、ガンペルソルからは僅かに逸れた方向だった。

 ペルソルの目標を増やし、狙いを迷わせ砲撃を逸らさせるつもりなのだろう。

 ペルソルを遠巻きに走るコースも、蛮殻自身が弾丸から躱しやすくするため。

 素人なりに考えた行動なのだろうが、生身の蛮殻では、当たれば一撃で致命傷に繋がるその危険度は「かぐや」とは大違いだ。

「蛮殻さん!」

 郁が叫んだ。

「おおおおおお!」

 迫る二者に対し、だが結局ガンペルソルは「かぐや」めがけて発砲した。

「なんでやああああああ!?」

 涙の尾を引きながらペルソルの脇を駆け抜けてゆく蛮殻。

 「かぐや」は、弾丸を横に跳んで躱しながら、なおも疾く走る。

 

 

(まだだよ! ぜんぜん足りないよ!)

 光輝く高揚感の奔流に包まれた撫子の心は、歓喜しながらその奔流を遡るように飛翔していた。

(もっと! もっとだよ!)

 その先にある"何か"を求めて、飽くことなく突き進み泳ぐように手を伸ばした。

(そうそう! まだなんだから! もっと、これからなんだから!)

 指先をかすめた"それ"を再び伸ばした手に掴み取り、愛おしそうに抱き込んだ撫子は満面の笑みを浮かべて──

 

 

『うーーなっ!』

 跳躍して砲弾を躱した「かぐや」は宙返りしながらコズミックエナジーが最も密集している地点に着地すると、踊るように頭を振り上げ、振り下ろし、エナジーインテークに掻き集めてゆく。

 

──zapi!

 

 ガンペルソルは迅速に振り向いてさらに発砲するも、「かぐや」は禄に見もせずにそれらを躱しながら、まるで仔猫がじゃれつくようにコズミックエナジーを掻き集める。

 背後の遠くで流れ弾がフェンスを、非常階段の鉄扉を貫いてゆく。

 やがてベルト中央の球体が再び目映い光を放ち、ころりと起きあがった「かぐや」がベルトの天球儀の円環のフレームを操作すると、その球体の輝きを絞る動作が今度はちょうど半分で止まった。

『うなっ!』

 そして下端に張り出したエンターレバーが弾かれた。

《は・ぁ・ふ・むーん♪》

 再びバックルから奇妙なイントネーションが告げると、今度は「かぐや」の左右にひとつずつ、輝きが吸い寄せられるように密集して何事かの形を成した。

 それは、縦長のアーモンド型の円盤に見えた。

 全長は、「かぐや」自身の身長にわずかに足りない程度だが、先の「クレッセントサイズ」に比べ幅がある。

 それが、ふたつ。

『なーーーー!』

 両手を左右にかざしたまま「かぐや」が走る。

 新たに現れた光の円盤も、「かぐや」の動きにつれてぴったりと左右に追従する。

 

──zapi!

 

 ガンペルソルは、構わず発砲した。

「ナデシコっ!?」

 それを見た美夏子の悲鳴があがる。

 真っ向から迫る砲弾に対し、「かぐや」は今度は真っ直ぐに突進していったからだ。

『なーーーー!』

 「かぐや」は一声あげるとその場で両手を交差させた。

 同時に雷鳴のごとき爆音が響き渡った。

 ところが、砕け散ったのは弾丸の方で、その爆煙の中から輝く球体が飛び出してきたのだ。

「え……?」

『なーーーー!』

 呆然と見つめる美夏子たちの目線の先で、その光の球が二つに割れ、その中から両腕を広げた「かぐや」が走り出てきた。

 ガンペルソルはなおも次々と砲弾を撃ち出すが、その度に左右の光の円盤を閉じ合わせると、それで砲弾を弾き飛ばしてしまう。

 見れば、その光の円盤は四等分に切ったスイカの皮のような形状をしていた。

 それを目前で閉じ合わせることで半球と成していたのだ。

 そしてそれはクレッセントサイズとは役割が異なるセレーネモジュール「ヘミソフィアンシェル」。

 よりコズミックエナジーを密集させて作り上げられたそれは、表面に触れたあらゆるものを弾き飛ばす強固な障壁だった。

 かぐやと任意の変身を果たした撫子が生み出した、「かぐや」の二つ目の新しい力。

『うなーーーー!』

 声をあげた「かぐや」は、狼狽えたように砲撃を繰り返すガンペルソルに対しヘミソフィアンシェルを前にかざしたまま突進していった。

 そして直進する中でベルトバックル上端のナイフスイッチを引き起こして再び倒し込む。

『りみっと、ぶれいくっ!』

 再び撫子の声が叫び。

 ベルトバックルの中央から爆発的な輝きが噴き出し、同期してヘミソフィアンシェルが輝きを増した。

 膨大なエネルギーの流動の影響を受けた周囲のコズミックエナジーがまとわりつき、水面の轍のように光の尾となって続くそれはもはや月と言うより流星の様相を成し。

 弾丸を弾きながら突撃した巨大な光芒は、ガンペルソルを光の爆発に巻き込み貫いていった。

『うーなっ!』

 ざしゃー、とコンクリートの床を擦り立てて急停止し、光の半球をまるでカーテンのように左右に振り開いた「かぐや」の背後で、黒き鋼の身体は縦に溶け崩れ、ガンペルソルは蒸発するように黒の霞となって消えてしまった。

 

 




 今回のサブタイトルは「うんしんげっせい」と読みます。
 無心・無欲の例えで、名誉や利益とは離れた心というかそんな。
 今回のことで、一歩、心が解きほぐされた撫子を示すには高尚過ぎたでしょうか。
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